読書日和

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「読書日和」備忘録

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18年09月

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新しい「一眼」――文藝春秋営業部 川本悟士
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『Number』なんか写真が変わったなぁ。

 みなさん、この夏は、お盆は、いかがでしたか。私はといえば、休もうと思って里帰りしたのに父親が急にこんなことを話し始めるので、つくづく出版社には勤めるもんじゃないなと思いました。

 さて、実は『Number959号』、たしかに私も手にとったとき「あれ?」と思いました。編集後記にもあるのですが、連載の位置が変わって、新しいコーナーもできました。少し前に編集長をはじめとした新しい体制になり、それが現れていたというわけです。

 ちなみに、前の『Number』の編集長はどこに……と思われたそこのあなた。実は月刊『文藝春秋』で新しく編集長をしています。そんな目で月刊『文藝春秋』の9月号をめくってみてください。「雑誌は編集長のもの」という言葉も世の中にはあるようです。なにか「あっ」という変化に気づかれるかもしれません。

「ちなみに」ついでにお話すると、新編集長最初の号は〈 芥川賞 〉の掲載号。月刊『文藝春秋』の編集長は芥川賞選考の司会もしなければならないので、早々に大変な重責を担うことになります。前日から当日にかけて、歴代の編集長はどんな準備をしているのでしょうか? かつて話をきいたところでは、芥川龍之介の墓参りをしたり、験を担いで冬でも夏物のスーツをきたり、黒子に徹して目立たないようにと白いワイシャツを選んだりするとか。雑誌一冊とっても、いろんな思いがのっているんですね。


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 閑話休題。さて、実家でいきなりそんな冷水をかけられた私ですが、ふと、「そういえば、親父はどうしてこんなことに気づいたんだろう」と思いました。連載の位置ならまだしも、写真ですよ? 写真の背景の雰囲気、色味の具合、そういったところに目がいくほど、この人はそういうことに興味があったっけ……? きいてみると、あっさりと答えが出てきました。

「俺も昔は写真に凝った時期があるんだよ」なんと……!
 実は私、最近長年興味のあったカメラに、ようやく手を出しました。親子って嫌ですね。もともとスポーツの写真なんかを趣味で撮っていたのですが、もう少しだけ真面目に撮ろうかな、なんて思ったのにはきっかけがあります。

 一番は、宮城谷昌光『海辺の小さな町』と出会ったことでしょう。中国歴史小説界の第一人者である宮城谷先生ですが、これはなんと『アサヒカメラ』に連載されていた、大学生の四年間を描いた青春現代小説です。大学入学の記念に父から贈られたカメラ。カメラを手にしたことで、それまで出会わなかった人と出会い、見えなかった景色を見つけるようになる……。カメラに込められた秘密が次第に解き明かされていくにつれ、ついつい引き込まれてしまいました。

 そんなふうに名作にあてられて、「あぁ、久しぶりに俺もなにか撮りたいなぁ」そんな風に思いつつ、例によってフラフラと書店をさまよっていたそんなある日、思わずカメラのコーナーで立ち止まってしまい、読み始めたら、どんどん実際に触ってみたくなったという、まあ意地悪に簡略化してしまえば、盛り上がっていたところに教本を読んでテンションがあがったよ、という至極単純なお話なのかもしれません(笑)。


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 ようするに、「何かを始めるまでわからなかった景色」というのがあるんだろうな、ということです。たとえば、真夏にバイクで走っている人を見て、多くの人がそう思うように、昔は私も「いいなぁ、涼しそうで」なんて思ったものでした。ところがどっこい、やってみるとあれは結構キツいものです。考えてもみてください。灼熱の日差しのなか、脚でエンジンという「石油ストーブ」を挟んで信号が変わるのを待つあの時間のどれだけ長いことか……! 乗るようになってからというもの、「真夏のライダー」をみるたびに、「大変だなぁ」と反射的に思うようになってしまいました。

 たとえば、こういうことなんでしょう。一度カメラに凝ると、思わず写真のひとつにも目が行くようになり、「なんか変わったなぁ」と思うようになる。もちろん、本当に変わったのかはきいてみないとわかりませんが、ひとつ趣味をもつと、そういう視点というか、それまでだと気づけなかった視点から見ることができる新しい「眼」も、ひとつ増えるんだなぁと思います。

 いよいよ気候は行楽シーズン。それこそバイクに跨って、面白いものを探しに行くにはうってつけの季節がやってきます。旅のおともに、きっかけをくれるかもしれない本を1冊、いかがですか。



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「敵は倒すためにあるんやない」
「何のためにあるんですか?」
「歩み寄るためや」


 わざわざ敵を探しては、揚げ足を取って糾弾する。本筋からは外れた重箱の隅をつついて、鬼の首でも取ったように譴責する。そんな不毛な諍いがここ10年ぐらいで急増した気がする。それって、誰が得するんだろう? 《 汝らの中、罪なき者まず石をなげうて 》と聖書にもある。どう叩くかよりも、どう歩み寄るか。そう考えた方が、世の中の幸せの総量は増えていくんじゃなかろうか。



今月の紹介本



新刊案内
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永野裕介のスクリーンからこんにちは。
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 緊迫感! 緊迫感! 緊迫感! ピリッピリの緊迫感を味わいたいならこの作品!

 テイラー・シェリダンの脚本は、映像スリルと社会問題提起が素晴らしい。『ボーダーライン』の時も脚本だけの参加だったが、緊迫感凄まじく素晴らしい作品だった。そして今作は自分の脚本で監督。やっぱり面白かったです!

 緊迫感では『ボーダーライン』に及ばないが、今作は地元のハンター演じるジェレミー・レナーと新人FBI捜査官役のエリザベス・オルセンが、このストーリーに厚みを出していてとても良かった。特に、ハンター役のジェレミー・レナーがめちゃくちゃ格好良くてハマり役! これだけキャラが立ってると続編期待しちゃうな~。

 ……で、結局何が言いたいかというと、社会派クライム・サスペンスとして秀逸でバディ作品としても面白いものは中々出会えないのでオススメです!

 話は変わって、今邦画で久々に盛り上がりをみせている作品をご存知でしょうか? 都内2館から始まり、現在は全国二〇〇館を超え大感染! 『カメラを止めるな!』自分も観ました。えっ!? 感想? ウ~ン……言えない(汗)。それがこの作品のミソだから! 勿論、面白かった! 良く出来てる(笑)。皆さんも是非!



ルールなんか知らなくっても――丸善津田沼店 沢田史郎
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 卒爾ながらお尋ねしたい。

 例えばサッカーを題材にしたスポーツ小説を、「私、サッカーよく解らないから」と言って敬遠しているそこのあなた。それならあなたが警察小説を読むのは、殺人事件の捜査を〝 よく解っている 〟からなのか? SF小説を買うのは、宇宙旅行をよく知っているからなのか? 或いは冒険小説に手を伸ばすのは、人跡未踏の砂漠やジャングルに詳しいからなのか? ファンタジー小説のページをめくるのは、魔法や呪いに知悉しているからなのか? 勿論、そうではない筈だ。ってか、そうだったらたまげるよ(笑)。
 巧い小説、面白い物語というものは、そこで描かれている文化や文明に疎い者でも、容易にその世界に引きずり込んでしまう、そういう引力を持っているのだ。いやむしろ、まだ見ぬ世界を垣間見せてくれることこそが、或いは行きたくても行けないどこかに連れて行ってくれることこそが、〈 小説 〉というものの魅力だろう。だからこそ僕らは、常軌を逸したマッドサイエンティストや未知の深海生物、謎の宇宙生命体やゾンビや魔物や妖怪が出て来る話でも、それを〝 荒唐無稽 〟と笑い飛ばさずに、それどころかあたかもそれが目の前に現れたかの如く、ハラハラドキドキと胸高鳴らせてきたのではないか。

 ならば、である。作中で題材になっているスポーツを〝 よく解らないから 〟という理由だけで遠ざけてしまうのは、果たして正しいと言えるのだろうか?

 更に幾つか、検討を重ねたい。


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 主人公が43歳で死んだと思ったら18歳に戻って人生をやり直すケン・グリムウッドの『リプレイ』。タイムスリップものの金字塔であるあの小説は、タイムトラベルの経験が無い人にとっては〝 よく解らない 〟作品だろうか? ナチスドイツの〈 チャーチル拉致計画 〉を「これ、史実じゃね?」というぐらいのリアリティで描き切ったヒギンズの『鷲は舞い降りた』。あの興奮は、特殊部隊に在籍した人にしか伝わらないだろうか? 或いは、吉川英治の『宮本武蔵』池波正太郎の『剣客商売』は、剣術に不案内な者には理解不能な作品だろうか? ついでだからもう一つ。スティーヴン・キングの不朽の青春ホラー『IT』は、殺人ピエロに追いかけられた事が無ければ怖くも何ともないのだろうか?

 答えは全て、〈 否 〉であろう。優れた小説というものは、経験や蘊蓄のある無しで読者をふるいにかけたりしないものなのだ。

 だとしたら、だ。スポーツを描いた小説に於いても、知識や体験にかかわらず心を踊らされたり目頭を熱くさせられたりする事が、あって当然だとは思わんか?

 とまぁそんな訳で、今月はルールなんぞ知らんでも血沸き肉躍るスポーツ小説! を勝手に特集。

 まず最初の舞台は、高校の弱小サッカー部。小野寺史宜の、その名も『ホケツ!』。こちら、長らく品切れのまま放置プレイの憂き目に遭っていたのだが、この9月、遂に文庫化された事を寿ぎたい(因みに巻末の解説は、浦和レッズに全てを捧げる男・本の雑誌社 〈 炎の営業 〉杉江由次氏。高校のサッカー部で最後までレギュラーになれなかった自身の体験を、大人になった今の目線から振り返る、沁み入るような文章は必読だ)。


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 高校3年生の宮島大地は、母親とは死別し、父親は失踪。以来、伯母と二人で暮らしている。サッカー部では万年補欠で、なんと、これまで公式戦に出た事が一度も無い。けれど、伯母にはそうとは言えず、エース並みの活躍をしていることになっている。

 性格は温和で、他人と言い争うようなことはまず無いし、誰かを無理矢理にでも引きずり降ろして、自分がレギュラーになろうなんていうふてぶてしさも持ってない。フリーキックの練習で得意な位置を後輩に横取りされても怒れない。怒りを我慢するのではなく、「まぁいいか」と思ってしまう。部員同士が喧嘩すると、そんなつもりは無くてもいつの間にか仲裁役になっている。何となくいい雰囲気になっている女子もいるが、異性として好きなのかそれともただ気が合うだけなのか、自分の気持ちがよく分からないから、具体的な行動も起こさない。

 といった感じで、宮島大地という青年は、気が小さいと言うか、優し過ぎると言うか、欲が無いと言うか、要するに自己主張がやたらと薄い。《 レギュラーになれねえのに、仲間ヅラして 》などと、時には貶められたりもする。

 けれど、彼のそんな性格を〈 短所 〉ではなく〈 長所 〉と捉えて応援してくれる人もいる。

 例えば、ハンバーガーショップでバイト中の友人を尋ねた時。友人の「おごるよ」という申し出をやんわりと断ると

《 「いいって。バイトしてんだから。ちょっとは割引もあるし」「だからっておごってたら、意味ないでしょ」「おごることに意味はあるだろ」 》

と返されて、ほっこりする。

 経済的な負担をかけまいと、無理をして国立大学を受けようとする大地に、伯母は言う。
《 ねぇ、そんなにわたしに迷惑をかけたくない? 》と。

そして数日後にこうも言う。

《 わたしのために国立大学に行こうなんて思わなくていい。でもわたしがそう言っても思っちゃうんなら、もうそれはそれでいい。大地がそう決めたんなら、がんばってほしい。ただ、落ちたらわたしに迷惑をかけるとか、そうは思わないでほしい。わたしがそれを迷惑だと思うなんて、そんなふうには思わないでほしい 》と。


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 そんな理解者に囲まれることで、ふわふわと中空を漂うように頼りなかった大地にも、漸く自分が見えて来る。

《 ゴールを決めたい。ぼく自身が決めなくてもいい。チームとして、決めたい。一パーセントでも確率が高いほかの選択肢があるなら、ぼくはそちらを選ぶ。それこそがぼくだ 》

自分自身のそんな本心を悟った大地がどう動くかは、勿論ここに書くのは我慢する。

 ただ、一寸の補欠にも五分の魂。レギュラーになることだけがスポーツの価値ではない。それは、学問でも仕事でも子育てでも釣りでもジョギングでもダイエットでも、同じだろう。レギュラーにはなりたい。結果は出したい。でも、結果が出なかったら無駄だ、とも思いたくない。オリンピックは参加する事に意義が在る、なんてきれい事を言いたい訳ではないんだが、それでも、〈 やってみたけど出来なかった事 〉と〈 最初からやろうとしなかった事 〉では、たとえ結果は同じでも、大切なところで何か大きな差があるに違いない。要するに、人生、結果だけが全てじゃない。そんな青臭い事をついつい考えさせられる、爽快な青春小説が『ホケツ!』であった。

『ホケツ!』を読んで気に入ったら、同じ著者の『リカバリー』も是非是非手に取って欲しいサッカー小説だ。実はこれ、僕が巻末の解説を担当しているのでここで詳述はしないけど、父親、母親、チームメイト、幼馴染み、そういったつながりを力に、艱難を乗り越えていく青年とおっさん、二人のJリーガーの〝 三歩進んで二歩下がる 〟微速前進の物語。《 唐揚げならサッカーだ 》という名セリフには、誰もが頬をほころばせる筈。

 因みに、『ホケツ!』 『リカバリー』の著者・小野寺史宜氏が、WEB本の雑誌の「作家の読書道」で特集されているので、こちらも併せてオススメしたい。


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 サッカー小説をもう一つ。はらだみずき『スパイクを買いに』は、ちょっと走っただけで息が上がる、運動不足のおっさんが主人公。出版社で編集の仕事に携わる岡村は、意に染まない異動によってストレスを溜め込んでいる。その上、中学生の息子とも意思の疎通が上手くいかずにギクシャクし、休日に憂さを晴らせるような趣味も無い。

《 まるで毎晩日曜日の夜で、まるで毎朝月曜日の朝のようだった 》……。

 そんな岡村に変化をもたらしたのが、ひょんなことから関わった草サッカー。

《 あの人たち、みんな、なにかしら忘れ物をしてきた連中。今さら、なにになろうってんでもないだろうけど、グラウンドに集まってくるんだよね 》

という素人サッカー。そこのメンバー表に名を連ね、走り回って汗みどろになって翌日は筋肉痛に悩まされるという週末を繰り返すうちに、当然ながら、少しずつ息が続くようになって走れるようになり、筋肉痛も軽くなる。すると不思議な事に、壁にぶつかっていた仕事でも、好転の兆しが見えてくる。と言うのは実は正確ではなくて、多分彼は悟ったのだ。やること為す事全てが上手くいく試合などあり得ないのと同様に、仕事でも家庭でも、障害だの苦境だのが在るのが当たり前だという事を。上手くいかないのが普通なのだという事を。

《 よく、なにかを始めるのに遅すぎることはない、というけれど、半分本当で、半分は嘘のような気がする。子供の頃、若い頃、あるいは今しかできないこと、というのもあると思う。でもたぶん、自分が始めたいと思ったそのことは、その人にとって、始めるのに遅すぎることはない 》

そんな考え方もあるという事に気付いた岡村には、街の風景がいつもと違って見えたに違いなく、同様に本書を読み終わった読者の目にも、きっと見慣れた景色がちょっと違って見えるんじゃないかと思ったりする。


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 サッカーが人気スポーツの西の横綱だとすれば、東の横綱はやっぱり野球だろう。と言っても、Jリーグ誕生の何十年も前からプロリーグがあるだけに、小説の数も膨大だ。故に、今日ここに挙げるのはほんの一例、大海の中の一滴だと思って読んで頂きたい。

 ここで本来なら須賀しのぶを真っ先に挙げたいところだが、いつぞやの本誌で彼女の野球小説をまとめて紹介したので、今回は他の作家にスポットを当ててみたい。

 で、五十嵐貴久の名前を挙げると、多分、新しいファンは意外に感じるかもしれないが、二〇〇三年に発売された『1985年の奇跡』は、彼の出世作だと言っていい。舞台は文字通り、1985年の都立小金井高校野球部。単行本刊行時の帯の惹句は《 練習よりも夕やけニャンニャン 》。

と言っても若い衆はピンと来んだろうが、1985年当時、フジテレビで平日5時からそういう名前のバラエティ番組があってだな、オーディションから誕生したおニャン子クラブなるアイドルユニットが、今のAKBだとか乃木坂だとかに勝るとは言えども劣らない人気を博しておって、その会員ナンバーを全て覚えて自慢げに吹聴する奴がいたりして、部活一筋で夕方5時の番組なんかまず観られなかった俺は、そういう輩をヒマ人どもめ、と心密かに軽蔑などしていたのだが、要するにそういう時代の、とある弱小野球部に、プロからも注目される超高校級のピッチャーが転校してきて、それまでめちゃくちゃテキトーに練習していた部員たちが、「あれれ? ひょっとして俺たち甲子園行けんじゃね!?」と俄かに色めき立って、実際に転校生が投げるようになってからは連戦連勝、何しろ全く失点しないからまぐれ当たりでもエラーでも、一点取りさえすれば勝てるんだから、野球部にはいつしか全校の期待が集まるようになる。


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 ところが……と、当然ながら青春小説に挫折はつきもの。その〈 挫折 〉を詳述してしまうと所謂〝 ネタバレ 〟になってしまうのが、レビューを書く側としては非常に苦しい。かろうじて言えるとすれば、どん底から這い上がれるかどうかの瀬戸際にいるエース・沢渡に送った、野球部員たちの名セリフ。

《 まあ、その、つまり、何だ。沢渡はダチだと、つまりそういうことなんじゃねえのか 》

 もし自分の回りにも沢渡みたいな奴がいたら、彼らと同じ言葉を言える人間でありたいと、そう思いながら目頭を熱くする読者は、決して僕だけではない筈だ。一九八五年の空気を知らなくっても、〝 友だちって何だ? 〟というどの時代にも共通するテーマに真正面から挑んだ爽快な青春小説である。
 野球は9人でやるスポーツである。という言い方はやや正確性に欠けるかも知れない。ピンチになればピッチャーを替えるし、チャンスになれば代打を送ったりもする。9人というのは、試合をするための必要最低限の人数だから、9人いれば試合は出来る、と言うのが正解だろう。では、その9人が揃わない野球部はどうするのかと言えば、昔は、選手が揃わない=試合をする権利が無いということで、夏の高校野球地区大会にも、出場する事すら叶わなかった。しかし2012年、高野連の規則改定により、部員9人に満たない高校は連合チームとして地区予選に出場出来ることになった。

 その恩恵を受けたのが朝倉宏景『野球部ひとり』の野球部員たち。落ちこぼれ満載のヤンキー高校・都立渋谷商業野球部は全部で8人、東大に毎年何人も合格している都立自由が丘高校野球部は、なんとびっくりたった一人で野球部をどうにか存続させていて、その二つが連合チームを組んで、シブ商の武闘派プレーと自由が丘の頭脳プレーの融合で、マジで狙うぜ甲子園!

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 ってな筋書きは、恐らく言わんでも想像はつくだろう。故に、ここで強調したいのはストーリーの山谷ではない。例えば、だ。自由が丘高校の本多選手。くどいようだが、何しろ部員は自分一人だから、バッティング練習をしたくても、投げてくれる投手もいなけりゃ、守備をする内野も外野も捕手もいない。故に彼は、想像上のピッチャーから放たれる想像上の速球を想像上で打ち返し、一人ベースを駆け抜けて、想像上のバックホームに間一髪間に合ってヘッドスライディングでホームインする。そして、想像上のベンチに帰って、壁に向かってハイタッチする。

 そんなおままごとのような練習を繰り返していた彼に、柄は悪いがとにかく8人の仲間が揃ったのだ。これで、リアルな野球が出来る!

 ただし、天才的なプレーヤーがいる訳ではないので、勝つことは簡単ではない。参加する事に意義が在るとは言え、やる以上はやはり勝利を目指したい。そこで、本多くんが日頃から研究してきたデータを使って、野村監督のID野球さながら、頭脳プレーで勝利を目指す。

 そしていよいよ夏の県予選。

《 正直、試合前には半信半疑だったのだ。本当にこんな走塁を繰り返して、強豪校に勝てるんだろうか? そんな不安は、今やすっかり消え去っていた。へとへとになりながら積み上げてきたものがようやく実を結んだ気がした 》

……と、これ以上は書けないが、何しろとにかく、本作をただの野球小説だと思っていたら大きな間違いで、落ちこぼれたちが自分たちにも少しは取り柄があることに気が付いて、その取り柄を最大限に活かして限界を突破しようとする、起き上がり小法師の物語なのだ。

 本当は、他のマイナースポーツも採り上げるつもりだったんだけど、紙幅が尽きたので次回ということで、今月はここまで。



編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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9月のイベントカレンダー
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# by dokusho-biyori | 2018-09-10 09:10 | バックナンバー | Comments(0)
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沢田: と言う訳で、エクスナレッジ『世界を変えた本』の刊行を記念して、座談会を開催致します。テーマはズバリ【俺たちを変えた本】です。まずは、それぞれ自己紹介を。

杉江: こんにちは。本の雑誌社の杉江です。本読みの総本山みたいなところに勤めているので、子どもの頃から本の虫だったように思われることが多いですが、18歳11ヶ月まで殆ど全く本を読んでませんでした。

沢田: そうそうオイラも、若い頃から本好きだったみたいな印象を持たれることが多いんだけど、中学高校は、バスケが上手くなることと女子にモテることの二つしか考えてなかった。

右田: エクスナレッジの右田と申します。親父が出版社勤務だったので、幼い頃から誕生日やクリスマスのプレゼントは常に本。お蔭様で立派な本嫌いになりました(笑)。だってファミコン欲しかったんだもの……。

杉江: この座談会大丈夫ですか(笑)? 出版、書店業界のメインストリームである、幼き頃からの本の虫がいないのでは? 本来はそっちが多いんですが……西尾さんに期待です!

沢田: そろそろ来る頃ですけどね。

杉江: と言った途端に来た(笑)。

西尾: 遅れまして申し訳ありません。右田様は初めまして。杉江さんはいつもお世話になっております。沢田さんは……今日も会ったのでとりあえずお疲れ様です。
 丸善津田沼店で文芸書を担当しております西尾と申します。学生時代からバイトで書店勤めを始めて、気付いたら人生の半分くらい書店にいる計算になります……。

沢田: で、私が進行役も兼ねます、丸善津田沼店の沢田です。皆さんヨロシク。 西尾さん、子どもの頃から読書家だった?

西尾: 子供の頃から本は好きな方だったとは思います。インドア万歳な性格だったので、小学校の図書室とか学級文庫とかは、結構読み漁ってた記憶はあります。ちなみに高校では図書委員でした。

沢田: 待望の、純粋培養的読書人だ。
 俺は、小中高の頃は、「男が本なんか読んでたらカッコ悪い」と言うか、男なら「腕白でもいい、逞しく育って欲しい」的な風潮が強くて、中一の時、国語の教科書に井上靖の『しろばんば』の一部、確か「どんど焼き」の場面が載っていて、面白かったから『しろばんば』を買って読んでたら、周りに馬鹿にされた。

西尾: 私個人としては読書男子素敵ですけど。なんていうか落ち着いた雰囲気があって。

沢田: 俺が小中の頃は「ネクラ」という言葉が流行った時代で、活動的でない人は片っ端から「ネクラ」のレッテルを張られたんだな。だから女子でも、休み時間に自分の机で一人で本読んでるようなのは、「ネクラ」な奴として、少なくとも男子たちの恋愛対象からは外されていたな。

杉江: うちの母親は乱暴で、本を読んでる男の子なんてもやしっ子だと考えてて、5つ離れた兄貴は末は博士かと町で言われるほど本の虫だったのに、本なんか読んでたらダメだ! って放課後、家からほっぽりだされ、大切な本を捨てられたらしいです。それを見ていた弟の僕はとにかく毎日野原というか校庭や近所を駆けずり回る男の子に育ち、本なんか触れちゃいけないもんだと思って暮らしてました。

右田: 本なんか触れちゃいけないってのも凄いな(笑)。

杉江: ところが大学受験に失敗し、浪人して予備校通いをしていた時にどうしても国語の成績が上がらず親友に相談したところ、本を読めと。そいつが杉江にはこれだろと薦めてくれたのが、村上龍の『69』『愛と幻想のファシズム』で、それをまさに寝食忘れて貪り読んで、翌日から人生が全く変わりました。

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沢田: 村上龍は、『だいじょうぶマイ・フレンド』を読んで、これは俺に読まれることを1ミクロンも想定していない小説だな、と悟って、以来無縁。

杉江: その作家の最初の一冊って大事ですよね。『だいじょうぶマイ・フレンド』は最初に読む本では絶対ないです(笑)。

西尾: で、杉江さん、村上龍で人生がどう変わったんですか?

杉江: 何が変わったかというと、人生の主導権が自分にある、って気づいたことなんですよね。それまで親や社会から、いい大学出ていい会社に入らないとダメな人間になってしまうと押し付けられてきたのが、「そんなの全然関係ないじゃん」と教えてくれたんです、本が。それから一気にダムが決壊するように本を読みました。

右田: 人生の主導権が自分にある。これ凄いなぁ。まさに俺を変えた本っすね。

沢田: 右田さんは?

右田: 僕は、19歳で働きもせずプラプラしてたら、見かねた親父に「家を出るか、働くか」の選択を迫られ、飛び込んだ人文書の出版社。ここで、ようやく読書と向き合い始めました。めちゃくちゃ晩成型です。

杉江: 入社して、いきなり営業に?

右田: 商品管理っすね。会社の1階が倉庫で毎日取次の集品トラックが来てました。埃と汗にまみれ、短冊挟んで出荷業務でしたね。たまに取次へ見本出し。ロン毛でGパンなおいらが窓口に並んでると100%白い目で見られましたよ(笑)。

杉江: たまにそういう場違いな人並んでますね。白い目で見てます、私も。でもそれだと本を「物」として接するからより読まなくなりそうなのに、よく本好きに変われましたね。

右田: 編集の仕事もやってて、編集者同士で飯食いに行ったりしたんですけど、そいつらがまぁ賢くて。「なんでそんなに物事知ってんすか?」って聞くと、「本読んでるからだよ」と。ちょいと憧れた。なんかモテそうだし。『ダ・ヴィンチ』買って、読書の習慣をつけようとしたのが始まりですかね。

沢田: うーむ、本を読むようになっても、物知りになった実感は無いな(笑)。

右田: そこなんすよ~。騙されました(笑)。

沢田: あ、でも西尾は30代の女性はフツー使わんし、知らんだろうという語彙を使いこなすよね。あれは多分、読書の賜物だと思う。

西尾: そうでしたっけ?

沢田: こないだも、会話の細部は覚えてないけど、結婚が云々という話をしていた時に、「あたしはどうせ、行かず後家でこのまま独身ですよ」みたいなことを言っていて、「行かず後家」って現実の会話で初めて耳にしたぞ(笑)。

西尾: 学生時代から語彙選択がおかしいっていうか古臭い的なことは言われてましたが……。自分としてはごく普通に使っているつもりなんですが。

右田: で、編集の先輩からオススメとして紹介されたのが筒井康隆。確か『最後の喫煙者』だったかな? ハマった。圧倒的にハマった。そして貪るように読んだ。

杉江: 筒井康隆といえば『文学部唯野教授』読んで、よくわからないけど面白いっていうか世の中にはなんか知らないことがたくさんあるぞって教えられた記憶がありますよ。

沢田: 筒井康隆、読んだこと無いんですよね、実は。

杉江: 今から読んでも、人生変わるかもしれませんよ!

沢田: この歳になって人生変えるの、めんどくせーな(笑)。

西尾: 右田さんの話が進まないじゃないですか(笑)。右田さん、続きを。

右田『虚航船団』は衝撃だったなぁ。内容は文房具vs.鼬というぶっ飛んだ設定。さすがはSF。そして、随所に登場する哲学者と哲学論。とうぜん哲学書など読んだこともなく、チンプンカンプンで理解するのが大変だったけど、何度も読み返した。

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沢田: チンプンカンプンなのに、よく読み返す気になったね。

右田:「これって、もっと本読んでたら、この本もっともっとモアベターで面白いんじゃね?」って。そうした意味で読書のきっかけを与えてくれた本でした。

西尾: なるほど、「よく分らなくてもこんなに面白いんだから、分るようになればもっと面白いだろう」ってことですね。

右田: で、当時話題だった『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル 訳=池田香代子)を先輩から借りて読んだ。そしてほとんど理解出来なかった19の夜でした。

沢田:『ソフィー~』は当時、流行ったよね。俺も何度も挑戦して、その度に寝た(笑)。

杉江: 沢田さんを変えた本は何なんですか?

沢田: 20歳の頃に何気なく読んだ『竜馬がゆく』にが~ん! となった。

西尾: 意外と定番が来ましたね。

沢田: 竜馬が暗殺されるってのは当然読む前から知ってる訳で、結末が分かってるのに感動出来るって事にも驚いたし、何よりも「本で泣けるんだ!?」と、その事にびっくりした。

杉江: 分かります。僕も村上龍に出逢った時は、その瞬間雷に打たれたというか、身体の中にぼうぼうと炎が燃え上がりました。

右田: さすが、炎の営業(笑)。

杉江: あの時、こんなに本って凄いものなのか、ならば俺は本を作るところで働くのだ! と決意し、大学進学をすっぱりやめてしまいました。なので僕ほどこの座談会にぴったりな人間はいないと思います。

沢田: 『竜馬~』の次に出逢ったのが、椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』。確か新潮文庫になったばかりじゃなかったかな。今は無き水道橋の旭屋書店で椎名誠フェアみたいなのをやっていて、当時は「フェア」という概念すら知らず、椎名誠なる作家も知らず、まさに本に呼ばれるように手に取ったらびっくり。

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西尾: びっくり?

沢田: 本って、笑えるんだ!! と。初めての体験だったね、小説読んでマンガ以上に笑ったのは。

杉江:『哀愁の町~』は僕も沢田さんと全く同じで、えっ!? 本ってこんなに笑えるの? こんなに面白いの!? って目から鱗が落ちました。

沢田: シーナ文学のあの可笑しさは、衝撃的でしたよね。吹き出すどころではなくて、呼吸困難レベル。革命的だとさえ、思いました。そして、「男なら、酒が飲めなくてはいけないのか」と気付き、とにかく酒の強い男になろうと、ガムシャラにビール飲んでました。真昼間のデートとかでも、相手がコーヒーだの紅茶だの飲んでるのに、俺はビール。そうしないと男がすたると思ってた。

右田: 酒の強い男になろう! っての分かります。北方謙三のおかげで寝酒がウィスキーになりやした。

杉江: 沢田さんの酒じゃないですが、『哀愁の町~』の影響で、男はアパートで共同生活せなばならんと中学の友達のアパートに住み込んでました。

沢田: 俺も、『哀愁の町~』読んですぐの頃、バイク仲間とアパート借りた(笑)。
 で、そのシーナさんが興した『本の雑誌』とはなんぞや? と探したら、当時は多分まだ直取扱いだったんでしょうけど、神田界隈には結構あって、初めて現物を手にしたのは、三省堂だったかなぁ。

杉江: 椎名さんと言えば、僕の人生を変えた2冊目の本は、『わしらは怪しい探検隊』と野田知佑の『新・放浪記』です。これを読んで今すぐ旅をせねば、カヌーに乗らねばと思い、お金を貯めるためにアルバイトを始めたんです。そのアルバイト先が八重洲ブックセンターで、2ヶ月バイトしてカヌー買って仲間と日本中の川を下りました。

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西尾: えっ、カヌー買ったんですか? 凄いですね。

杉江: 僕、子供産まれるまでカヌーイストだったんですよ!

沢田: 想像がつかん(笑)。『本の雑誌』で採り上げられてる本をコツコツ読んでる内に、読書の泥沼にずぶずぶハマッて、バイク通学の途中で三省堂か旭屋に寄って本を買って、日比谷公園のベンチで読みふける、という生活を続けていたら、大学を卒業できませんでした。

杉江: 本の雑誌でアルバイトしようとは思わなかったんですか?

沢田: 本の雑誌社のアルバイトなんて、信じられない読書量でないと無理なんだろうと。だって当時は、書評の文章も半分ぐらいしか理解できなかったような記憶が。因みに、沢野ひとしさんのマンガは難し過ぎて、未だに理解できません。

杉江: あはは。あれは常人には理解できません!

沢田:『本の雑誌』に出逢わなければ、まず間違いなく、本屋にはなってなかったと思います。

杉江: 当時、本屋さんを語るなんて、きっと本の雑誌くらいしかしてないですよね。

沢田: で、別な職業に就いて、もっと給料が良い人生を歩んでいたんじゃないか、と。

杉江: 問題は、給料が良い人生が、イコール「いい人生」なのかどうかってことですよね。
 僕も椎名誠に憧れて、本の雑誌社の求人広告を見つけ、もしかして本人に会えるかもと記念受験してみたら採用されたんですよ。それまで医学書の出版社に勤めていたので、本の雑誌社に転職しなければ間違いなく給料の良い人生を過ごしていたと思います。
 たまに人生としてはどっちが良かったんだろうって考えますが、その時の価値観を育ててくれるのもまた本なんですよね。

沢田: なんか、いい話っぽくなった(笑)。

右田: C・W・ニコル読んでからトレッキングブーツ履くようになった。人生は変わらんかったけど、ニコルによってファッションは変わった。

沢田: 俺は、宮本輝の『優駿』読んで、ダビスタにハマった(笑)。

右田: 最近だと『盤上の向日葵』読んで将棋指したくなったし。影響されすぎなのかしら?

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西尾: なんというか……お三方の話が濃すぎて、私もう傍観者でよくないかな? という気持ちになっております……。

沢田: いやいや、絵本でも教科書採用の童話でも何でもいいから、これ読んで価値観が変わった! みたいな本、あるでしょ。

西尾: 私は逆に、子供の頃から当たり前のように本を読んできたから、そこまで激しい衝撃を受けた記憶が余り思い浮かばないんですよね……。わくわくするのも泣けるのも、登場人物に共感したり反発したりするのも自分の中では普通というか。

杉江: 僕は逆に、西尾さんみたいな人がどうして本を読み続けられるのか不思議だったりしますよ。

沢田: 西尾さんみたいな人って、どんな人?

杉江: いや、僕らが経てきた衝撃的な体験も無く、読書を続けられるというのは逆に凄いなあと。

沢田: あ、そういう意味か。確かに、普段は比較的ドライだよね。

西尾: 読書を続けるということを特に意識したことないですね。そこに本があるから読むのが普通、というか。学生時代なんか、もちろん本も読むんですが、他にも暇つぶしに国語便覧とか辞書読んだりっていうのが私のまわりでは結構普通だったりしたんですが。
 私からしたら、本を読んでカヌー買ったりお酒飲んでダンディズム極めようとしたりするその行動力の方が驚きです。

沢田: こないだ有川浩『旅猫リポート』の感想訊いたら、「なんと、この私が泣きました!」って、自分で「この私が」なんて言ってたね(笑)。

西尾:『旅猫リポート』は泣かせるツボをちゃんと心得ているというか、結構テンプレ的な泣きの構造だったと思うんですよね。だから、普段捻くれてる私でも素直に涙腺直撃されたというか。

右田: テンプレっすか。他になんか無いですか?

西尾: そうですねぇ……小学校低学年の時に読んだ『鬼太郎の天国・地獄入門』(水木しげる)で死生観植え付けられたとかはありますが。

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杉江: 行動力って言うほど大袈裟なものでなくても、影響されたりしませんか?

西尾: 多少の影響はあるかもですが、それを実行に移すかどうかですね。仮に私が『哀愁の町~』を読んで影響を受けたとしても、友人と共同生活は送らないと思いますし。

杉江: いつだか考えたことがあるんですが、本の影響力で人生変えちゃったような人、つまり僕なんですが、いつまでも本に何かを求めているような気がします。ただ物語を楽しむとかでなく、その中から有益な何かを手に入れようとしてるというか、最初のガツンとした読書の追体験をしようと考えながら本を読んでいるような。

右田: 本に何か求めるってのもあるけど、何か始める時に背中をポンっと押してもらいたいってのもあるかな。そして押してもらって走り出す感じ。

西尾: 本に求めるもの……私は多分、自分が経験しえない事を追体験したいのかな、と思ってます。基本は日常を忘れるためのコンテンツというか。

右田: 僕は根っこに音楽があって、高田渡さんの影響で山之口貘の詩集と出会い、無我夢中に読みました。もっとちゃんと音楽やろうと思い、結構高額のギブソンのアコギを買いましたよ。もちろん月賦で。分かりやすい影響ですが、間違いなく俺を変えた1冊です。

西尾: あーそれはありますね。好きな人が「影響受けた」と言った本を自分も読むと。

沢田: それで思い出すのは『北の国から 89帰郷』で、蛍が憧れていたのが、緒形直人扮する和久井で、電車の中で和久井が読んでいた宮沢賢治を蛍も読むんですよね。
 そういう経験が自分にも無いか思い出そうとしてるんだけど、全然無ぇな。

杉江: 小・中と大好きだった女の子と高校卒業したときに本屋さんでばったり再会し、その子が当時大ベストセラーだった『ノルウェーの森』を買おうとしてたので、うちにあるから貸してあげるよって兄貴の蔵書無断で貸したんですよ。貸せばまた会えるでしょ? それなのに返しにも来なけりゃ音信不通だし、それ以来僕は村上春樹が大嫌いになり、人を信じなくなりましたね。

右田: その女の子は杉江さんの人生を変えてくれなかったんすね(笑)。切ない話だ……。

西尾: 人を信じなくなった、という点においては人生変えられちゃっているような気もしますが。

右田: それは先天性かも……(笑)。

杉江: えっ!?

西尾: ピュアだった人が人に裏切られるのを経験するのはとても悲劇ですよ……。

右田: 杉江さん。ピュアでなくて良かったですね。

杉江: あれ!? ピュアだったはずなんだけど……。あっ、ピュアだったら下心満載で本貸さないか。

西尾: この場合、村上春樹さんが流れ弾当たって被害受けてるのがまた……。

杉江: 一度も読んだことないですけどね……。

西尾: わたし、学生時代に書評で興味を持って『レキシントンの幽霊』だけは読みました。結果、余り自分の好みではないという結論に達してそれ以外を読んでないです。
 村上龍は『イン・ザ・ミソスープ』が新聞連載してるときに読んだんですけど、よく分らん、ってなってました。

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杉江: 西尾さん、両方とも最初に読む本じゃありません!(笑)

西尾: 私、初手を間違えてましたか……!

杉江: 僕は村上龍が語った本を片っ端から手をつけました。柄谷行人とか現代批評あたり。書いてあることが全然わかなくてこんなのみんな分らないんだろうと思ってたら、はじめに勤めた医学書の出版社の先輩達がこの手の本を語り合ってて、右田さんじゃないけど衝撃受けました。
 あと、ジャン・ジュネの『泥棒日記』も村上龍が語ってて、買おうとしたらその頃文庫が品切で、箱入りの『ジャン・ジュネ全集』というのを書いましたけど、結局一度も開かないまま人にあげてしまいました。

西尾: そういえば本と言われて小説とかそんなのばかり考えていたんですけど、沢田さん『ドラえもん』は人生変えてないですか?

沢田: うーむ、『ドラえもん』はむしろ、大人になってからの方が、「好き」の度合いが強いかも。小学生の頃は『平家物語』を読んで、多分、子供向けの抄訳版だったんだろうけど、名乗りがカッコよく思えたから一生懸命覚えて、自転車を馬に見立てて「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、やあやあ我こそは~」とかって、鎌倉武士ごっことかしてたな。

杉江: 一言言っておきますが、小学生で鎌倉武士ごっこしてたのは日本で沢田さんただ一人です!(笑)

西尾: 鎌倉武士より、どっちかというと平安貴族の変な笑い方をやってたような記憶が……。

杉江: 平安貴族の笑い方ごっこ!? この座談会どうかしてる!!

西尾: いわゆる麿っぽい感じで「~でおじゃ? ホーッホッホ」みたいな。子供って、そういう変な喋り方真似するじゃないですか?

杉江: しないじゃろ!

西尾: 一つ滅茶苦茶影響受けたのがありました。子供の頃に水木しげるさんの『ゲゲゲの鬼太郎』に触れて、長じて京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』に出会い、そこから『画図百鬼夜行』『桃山人夜話』、柳田国男の『遠野物語』を通って、今は立派な妖怪好きになってますね……。一人で境港に行くくらいには影響受けてますね。余りに日常化していたので気付けなかったです。

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杉江: 水木しげるさんは人生変えますね。最近著作読んでます。妖怪もそうですが、生き方に惚れてます。これから人生変えられるかも。

沢田: あとは小学校4年か5年の時、佐藤さとる『だれも知らない小さな国』読んで、さすがにコロボックルは居ないとは思っていましたが、それでも1割ぐらいは「どこかにいても不思議は無い」と信じていて、昆虫採集で野原を駆け回っている時なんかに、草木の陰に潜んでいないか、気にしてました。

西尾: 小学生の頃本を読んでやった遊びといえば、『ちいちゃんのかげおくり』のかげおくりですかね。自分の影をじっと見つめたあと、空を見るとその影がそこにある、っていうのなんですけど。皆で校庭に出て本当に出来るのかって試してました。
『ちいちゃんのかげおくり』は戦争が題材なので、今やると色々考えてしまいそうですね。当時はそこまで深く考えずに皆でやってましたけど。

右田: 小学一年の読書感想文、『かわいそうなぞう』で賞もらった経験ある。

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沢田; 戦争もので言うと、渡辺清『戦艦武蔵のさいご』が強烈な読書体験だった。空爆の最中の甲板で、「小さな人が踊ってる」ような影が見えたから不審に思って近づいて見たら、膝から下を吹き飛ばされた兵が、懸命に腕を振って歩こうとしていた、とか。

右田: それは強烈ですね。森村誠一の『悪魔の飽食』も強烈でした。

沢田: 731のやつですよね? こないだ、詳細な記録文書が開示されて云々、みたいなニュースありましたね。

右田: 司馬遼太郎『燃えよ剣』に血湧き肉躍り、柴田錬三郎『眠狂四郎』で必殺技に憧れ、隆慶一郎『吉原御免状』で吉原を目指しました。

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杉江: 吉原目指した(笑)!?

沢田:『燃えよ剣』はラストの数行が本当にいい。歳三とお雪の恋愛小説だと思う。

右田: 時代小説の扉を開けてくれたのが司馬遼太郎の『梟の城』でした。めちゃくちゃ面白くて、この作家は忍者作家なんだろなってしばらく勘違いしてました。

沢田: といったところで、そろそろ各々の「俺たちを変えた本」、発表と参りましょうか。

杉江: では僕から。
1、村上龍『愛と幻想のファシズム』
 前述の通り、全く本を読まない人生を過ごしていた18歳の時、友達にすすめられ、一晩で一気読みした後、まさに人生が変わりました。本が面白いと知ったのも大きいですし、自分の人生は自分のものだと教えてもらえた衝撃は今でも忘れません。

2、野田知佑『日本の川を旅する』(品切れ)
 村上龍を読んで、人生が自由だと知り、では自分は何をしたいのか悶々とし出した時にこの本を読み余りの自由さに憧れ、自分もカヌーを買い求め旅に出ることにしました。人生、好きなことをしていい、それを実践してみた最初の一歩です。

3、藤脇邦夫『出版幻想論』(品切れ)
 一番したいのは出版社で働くことだと気づいて、どうにか潜り込んだ出版社で任されたのは営業でした。人見知りだし、ペコペコ頭下げてダサいし、出版社はやっぱり編集だし、と思っていた自分に、出版営業の誇りを植えつけてくれた本。

4、目黒考二『本の雑誌風雲録』
 ひょんなキッカケで夢だった会社で働けることになったのですが、実はそれまで椎名誠のファンだったものの『本の雑誌』自体は読んだことがなく、働き出して不安な中、社史でもあるこの本を読みました。この本の中には、本の雑誌が大切にしなければならないことが全て詰まっていて、今でもときおり読み返し、間違ったことをしていないか確かめてます。

5、高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』
 これまで紹介した本は全て読んで人生を変えられた本ですが、この本は作ったことで人生が変わりました。大好きで、伴走してきた作家さんの代表作を作ることができ、しかも賞まで頂き、そして転覆しかかっていた会社の状況も売上によって支えることができました。自分の人生で、一番達成感を味わえ瞬間をこの本から頂きました。

番外編、ちばあきお『キャプテン』 『プレイボール』
 人生を変えた本というよりは、バイブルです。中学生で読んで以来、毎年、年に2回読み直してます。人生に大切なことはみなこの2冊から学びました。

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一同: おー、凄い。

右田:『出版幻想論』『本の雑誌風雲録』は未読ですが、杉江さんが選ぶとガチですね。

杉江:『出版幻想論』は白夜書房の営業の人が書いた本で、これも後にバイブル的に読んだ土田世紀の漫画『編集王』に出てくる営業マンみたいな人でカッコよかった。編集者が独りよがりで作った本がどれだけ本屋さんで迷惑かけてるか、みたいな感じで。

右田: 僕の営業的バイブルは杉江由次著『炎の営業日誌』かなぁ。未読だけど……。

杉江: 未読かよ(笑)!

右田: 野田知佑は『BE‐PAL』読んでた19、20歳の頃は憧れたなぁ。それこそ自由な感じで。まぁ単純に仕事したくなかっただけなんすどね……。

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杉江: あの頃、『BE‐PAL』ってある種、ライフスタイル誌だったのかもしれませんね。僕も毎号欠かさず買って、野田さんの連載や様々なアウトドアの特集をむさぼるように読んでました。
 なんか働きたくない、というよりはサラリーマンになりたくない、サラリーマン=ダサいって思い込みが強かったです。

右田: ホントそれです。ただ僕は杉江さんみたいにカヌー買うほどガチではなかったですよ(笑)。

沢田: 僕の5冊は、以下順不同で。
● 司馬遼太郎『竜馬がゆく』
 繰り返しになるけど「本で泣ける」ということを初めて知った作品。

● 椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』
 これもさっき述べた通り、「本で爆笑する」という初体験の作品。そして、シーナさんの生き方と言うか、真っすぐさに強く惹かれた。若い頃に色々体験すると、あーいういい顔したおっさんになれるのだな、と思った。

● 本の雑誌社『本の雑誌』
 杉江さんへのサービスではなく、この雑誌と出会っていなければ、絶対に俺、本屋になんかなってなかった。本って、そんなに深いんか!? と。それほどのものを、ちょっとでも読み逃すのは人生の損ではないか!? と。そう感じてずぶずぶと本の世界にハマッていった。
 あと2つか。5冊に絞るの、難しくないっすか?

西尾: 5冊って言い出したの、沢田さんじゃないですか。

沢田: うーむ。では4冊目と5冊目。
● 半村良『かかし長屋』
 司馬遼の歴史小説はともかくとして、完全フィクションの時代小説なんか読んだ事なかったのに、当時、なぜこれを手に取ったのか謎。呼ばれた、ってことでしょうか。時代小説の面白さを初めて教えて貰った作品。貧乏人たちが支え合って暮らしていく姿が清々しくて、今まで何回読み直したろう。これの影響で江戸庶民の暮らしに興味が湧いて、一茶の俳句とか江戸川柳とかに随分首を突っ込んだ。

● 宮部みゆき『龍は眠る』
 ミステリーでもあり、サスペンスでもあり、ファンタジー(超常現象もの)でもあり、青春小説でもあり、恋愛小説でもあり、っていう現代の複合型エンタメを、多分これで初めて堪能した。それまで読んできたミステリーと違って、「謎解き」だけがどでーんと真ん中に居座っているのではなくて、他の要素と並列的に、物語に惹き込むための〝 幾つかの魅力の一つ 〟でしかないと言うか、要するに、読んでいて惹き込まれる要素が「モグラたたき」的にあっちやこっちから次々に顔を出すという点に、本当にびっくりした。ミステリーって、面白いんだな! と初めて感じた。

番外編、片岡義男『彼のオートバイ、彼女の島』
 品切れだから番外。とにかくひたすらバイクに乗りたかった高校生の頃の〝 背伸び本 〟が片岡義男でしたね。『湾岸道路』とか『スローなブギにしてくれ』とか。カッチョイイ大人とは、疲れた顔で通勤電車に乗るのではなく、バイクに乗って、夜は暗い部屋でジンを飲むものなんだと思った。今なら、東本昌平の『RIDEX』とか『雨はこれから』なんかが、かなり近い雰囲気を醸し出してる。『彼のオートバイ~』を読んでなければバイクに乗っていなかった、かどうかは分らんが、確実に背中を押された。どこか復刊してくれんかな。

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杉江: 沢田さんの『かかし長屋』と『龍は眠る』めっちゃ意外です。でもほんとめっちゃ面白いですよね!! 半村良は『どぶどろ』も面白いし、酒場ものも大好きです。

沢田:『どぶどろ』ちょっと暗くてなぁ。『かかし長屋』は、時代物なんか読んだことなかったのに何故手に取ったのか、今となっては全く分かりません。

右田:『かかし長屋』は初めて沢田さんにオススメされた本です。ホント面白かった! 市井ものでは最上級で半村良の見方が変わった一冊ですよね。

沢田:『龍は眠る』は、二十数年前、宮部みゆきがとにかく大流行していた時期に流されるようにして買って読んだら、それから暫く、宮部みゆきにハマりました。

右田: 宮部さんは基本時代物ですが、最近の『荒神』もすごく良かった!

西尾: 私も右田さんと同じで宮部さんといえば時代物、な人間ですが、現代物なら『淋しい狩人』が好きですね。

沢田『火車』が直木賞逃した時に、『本の雑誌』で「今年の直木賞をやり直す」みたいな特集ありましたよね。

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右田: 凄い企画っすね(笑)。流石です。

杉江: そんな特集しょっちゅうです(笑)。

沢田: 次、西尾さんいこうか。

西尾: 私の5冊ですが、人生振り返って滅茶苦茶考えてみました……。
● 水木しげる『鬼太郎の天国・地獄入門』(品切れ)
 初めて明確に死というものを意識させられた作品。生前の行いが死後に影響すると知って、読んでしばらくはそれまでの自分の行いはどうだったのかとか、死ぬことが怖くて仕方なかった記憶。水木先生は私の人生の方向性を決定付けた方でもありますね。妖怪好きという。

● ボルフ『深夜の幽霊ドライバー』(品切れ)
 小学生の時、学級文庫にこれがあって、いわゆる少年探偵団モノとしては乱歩よりも先に出会った作品。謎あり冒険あり恋愛ありで、今思えばミステリ好きになった原因はこれなのかな? と。学年が上がるとき、本を処分するから好きなの持って帰っていいと言われたので、持ち帰った思い出。ちなみにまだ持ってたりします。

● 夢野久作『ドグラ・マグラ』
 初めて読んだのは高校生の時、余りに頭に入ってこなくて途中で読むのを断念しました。それから何回か挑戦するも、いつも同じところで挫折。それまで、合わないと思った本でもとりあえずは読了できてたので、世の中にはどれだけ頑張っても読み通せない本があるということを教えてくれた1冊です。結局5回目くらいで何とか読み切りましたが、あんまり記憶に残ってません。今読んだらちゃんと頭に入ってくるかもですが。

● 遠藤周作『沈黙』
 大学の授業で映画を見て、それから原作という流れでした。信仰と生きることと死ぬことと。命を擲っても守りたいものを自分は持っているのか、これから持てるのか。今でもふとした時に登場人物たちを思い出して、そういったことについて考えます。

● 茨木のり子『自分の感受性くらい』
 本と言うより、この詩ですね。高校卒業の時、古典担当の先生がこの詩を朗読してくれて。基本豆腐メンタルなネガティブ人間なので、心が折れそうなときやネガティブが行き過ぎそうになったときにこの詩でリセットを心がけてます。

 このうち、『深夜の幽霊ドライバー』は品切れなので他を一つ。
● クラフト・エヴィング商会『すぐそこの遠い場所』
 これに限らず、クラフト・エヴィング商会の本は好きなのですが。本の中で紹介される、あるわけないと思いつつ、でもひょっとしたら実はどこかに本当にあるんじゃないかと信じたくなるようなアイテムや物語を見ていると、想像力を刺激されます。小説とは違った意味で、本の世界で遊ぶ楽しさを教えてくれた1冊とでもいいましょうか。
 人生を変えたではなくて、今の自分の根幹を成したというか、方向付けた本たち、というべきなのかもですが

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杉江: おおおお! 西尾さんの5冊素晴らしい。やっぱりこういう感じで本を薦められるとめっちゃ読みたくなりますね!

沢田: ジャンルがめちゃめちゃだな(笑)。『鬼太郎の天国・地獄入門』は、『鬼太郎の天国と地獄』ってタイトルで復刊してるようだ。

西尾: クラフト・エヴィング商會さんは、装丁や帯なんか全部揃って一つの作品、ってところも大好きです。『らくだこぶ書房21世紀古書目録』の「すでに未来はなつかしい」ってフレーズなんて心に静かに沁みますね。数年前にあった世田谷文学館の展覧会もめちゃくちゃ面白かったです。

沢田: 茨木のり子は、女性エッセイの棚で若い女性向けにアピールしてもいい本かも知れない。多分、今の子たちにも響くと思う。

西尾: 茨木のり子さんは鉄板といえば鉄板ですね。私の中では石垣りんさんとならんで強い女性詩人二大巨頭みたいな感じですが。

右田:《 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ 》茨木のり子に怒られてみたい……。

西尾: 優しい言葉ではなく、この少し突き放したような感じがいいのだと思ってます。自分を客観的に見られるので。

沢田: じゃ、トリは右田さんで。

右田: ちょいと青くさいですが、おいらの5冊です。
1、司馬遼太郎『梟の城』
 時代小説の扉を開けてくれたのが司馬遼太郎の『梟の城』でした。めちゃくちゃ面白くて、この作家は忍者作家なんだろなってしばらく勘違いしてました。

2、子母澤寛『新撰組始末記』
 そして、今なおメインに時代物を読み続けるに至った決定的な1冊がこれ。もう夢中で繰り返し読みました。ほかの時代小説→新撰組始末記→ほかの時代小説→新撰組始末記な感じで。僕にとっての『新撰組始末記』は時代小説におけるベースキャンプみたいな感じです。

西尾: 時代小説におけるベースキャンプって、いい表現だな。

右田: 続いて3つ目
3、山之口貘『山之口貘詩文集』
 高校時代に出会い衝撃を受けたフォークシンガー高田渡さん。彼がこよなく愛した詩人が山之口貘。沖縄の貧しい人々の目線から生まれる詩の数々かたまらなく素敵で、どっぷりとのめり込んだ。
 ぼくが今でも弾き語りを続けていられるのは、この2人に出会えたお蔭です。

4、筒井康隆『虚航船団』
 宇宙空間。ホチキス、コンパス、雲形定規などの文房具たちが繰り広げる虚構の冒険。筒井ワールド全開の摩訶不思議な世界。もうこれで筒井康隆にどハマりしました。未だにふざけた思考で世の中を見てしまうのは筒井康隆のせいなのです。できれば責任とってほしい……(笑)。

5、ニック・ホーンビィ『ハイ・フィデリティ』(絶版)
 好きな女の子のためにテープを編集し、フラれた女の子の思い出順にレコードを並び替える。どこまでも青くさいダメな男の姿が自分と見事に合致し、「これ俺だよな〜」と苦笑いしつつ何度も繰り返し読んだ1冊。

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杉江:『ハイフィデリティ』、僕も好きです! 僕の場合は同じ著者の『ぼくのプレミアライフ』がこれ俺だよ! と思えるサッカーサポ本です。

右田: プレミアライフもいいっすよね。ハイフィデリティには逆に救われたたかな。また大人にならなくていいんだって。つまりは、両方とも童貞感満載なんすよ(笑)。

沢田: これで全員の「俺たちを変えた本」が出揃った訳ですが、思いがけず読書人生を振り返るような座談会になりましたね。

杉江: 肝心の『世界を変えた本』の紹介が、これまでほゼロなんですが(笑)。

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右田: おっと、いけねぇ。それでは、少し真面目に。
『死者の書』、『ケルズの書』、『兵法』、『源氏物語』、『君主論』、『種の起源』、『アンネの日記』、『星の王子さま』……。
 人類史に刻まれた名著の数々を美しいビジュアルで解説。内容だけでなく装丁やデザインなど〈 物 〉としての美しさにも焦点を当てつつ、壮大な知の遺産をたどる。 精巧な中世の彩飾写本、最初のメディア革命ともいえる世界初の印刷本、人間の宇宙観を転換させることになった科学書、偉大な小説とその挿絵……。古今東西、あらゆるジャンルから厳選した80冊以上を、その本が登場するまでの背景や後世に残したものを含めて、鮮やかに描き出した1冊です。

西尾: この造本で本体3,800円は、安いですね。

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沢田: 色鮮やかな原書を眺めながら、気になる本を今読める形で読むってのも一興だな。河出文庫の『神曲』とか中公文庫の『君主論』とか角川ソフィアの『孫子の兵法』とか、『世界を変えた本』の写真見ながら読めば頭に入りそう。

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西尾: 『不思議の国のアリス』とか『オズの魔法使い』あたりは、今でも充分に「オシャレ」で通る装丁ですね。

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杉江: これがTシャツの柄だったらカッコイイ。

沢田: 他にもイソップだとかシェイクスピアだとかアダム・スミスだとかアインシュタインから毛沢東まであって、まさしく「世界を変えた」本たちだね。

杉江: これらと、僕らの「俺たちを変えた本」って、並列で語っちゃっていいんですかね? 冒涜になりませんかね(笑)?

沢田: 冒涜って(笑)。

杉江: まあでもこれからもいろんな本を読んで変わっていくんだと思うんですよね。どんな本に出会ってどんな自分になっていくのか楽しみです。

西尾: 今回改めて自分と本の関係を振り返ってみて、自分にとって本というのは呼吸や睡眠みたいな、普段意識していないけど、生きていく上で不可欠なものなのだなぁと思いました。人生を変えるというより、積み重なって蓄積される人生の一部というか。その蓄積の仕方で今後の人生も微妙に方向の修正がなされるのでしょうが。

右田: 今までに出会った本によって自分がどう変わったかは分からないけど、確実に人との繋がりが増えた。そんな「本を語り合える環境」にいられる幸せ、そしてその繋がりからの影響、自身の変化を、これからも楽しんで行きたいものです。



【世界を変えた本と俺たちを変えた本】座談会小冊子、丸善津田沼店店頭にて無料配布中です! 御用とお急ぎでない方は、是非ともお立ち寄り下さい!!
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# by dokusho-biyori | 2018-08-13 11:34 | 開催中フェア | Comments(0)

18年08月

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8月の風に乗って――文藝春秋営業部 川本悟士
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 夏休みということで、いつもよりもちょっとだけ違う人が読むのかもしれません。ということで今回は少しだけ社会科の先生のような語り口でお送りいたします。

 それにしても暑いですね。最初は七月の三連休が暑いときいていたのですが、次第にその翌週、7月いっぱい、8月上旬まで……とどんどん暑さの期限が延びています。まるで宿題をしない学生の言い訳みたいですが、その分だと8月過ぎても暑かったりしそうなので今回は考えないでおきましょう。

 そんな8月ですが、夏といえばみなさんどんなことを思い浮かべるでしょうか。年齢が上がるにつれて、段々と概念としての夏といいますか、イメージとしての夏が好きになりました。実にジジ臭い話ですね。キンキンに冷やしたスイカ、花火、夕立に入道雲。風鈴の音に蝉の声、抜けるような青空。プールにでも飛び込めばもう、夏休みだ! という感じですね。社会人になると夏休みという言葉に異様な興奮を覚えるようになるようです。私もすべからくテンションが上ります。まあ現実に上がるのは気温ばかり……。外に出たところでテンションはだだ下がるので、あくまで好きなのはイメージとしての夏でしかないのですが。

 そんな8月ですが、広島出身の私にとってはなんだかんだ、終戦とは切っても切れない関係です。もしかしたら学校でそういうテーマに取り組むことになった学生さんもいらっしゃるかもしれません。なので、そんな人たちに少しくらい役立てるように、今回は戦争に関した文庫からお話しましょう。

 まず、課題に取り組むのであれば、「名作」に当たるのがいいでしょう。第二次大戦にかかわる名作のひとつといえば、やはり玉音放送までの1日を描いた『日本のいちばん長い日』だと、私は思います。



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 これは複数回映画化されている作品で、映画を見比べるのも一興です。簡単に言ってしまえば1945年、ポツダム宣言受諾を知らせる玉音放送を巡って織りなされる24時間の人間模様を描いたノンフィクションの傑作です。決して、当時の会議にのぞんだ人たちもサイボーグではありません。人間として、部下を背負い、立場を背負い、家族を背負い、自分自身の人生を背負って、そのうえで発言を重ねていました。いち人間として、「登場人物」たちをみることができるようになるかもしれません。

 次におすすめなのが、『昭和16年夏の敗戦』です。太平洋戦争での日本の敗戦は、昭和20年夏です。が、その4年前、アメリカとの戦争の経過を予測せよ、という極秘の命令のもと、日本中のエリートが集められていた、というノンフィクションです。その名も〈 総力戦研究所 〉。どうでしょう、実にドラマチックにすぎると思いませんか。私は最初思いました、いやどこのアニメかと。ところがこれを読むと、〈 総力戦研究所 〉に集まった精鋭たちがどれだけ知恵を絞り合い、その上でも日本の敗戦を導きだしたのか、思わず胸の熱くなる展開が続きます。いやまあ、一番の(色んな意味で)胸が熱くなるのは、どうしてその結果が出た上でも日本は開戦に踏み切ったのかというポイントなんですが。この2冊を読んで、私は教科書に書かれていた人名が、たんなる記号ではなく、生きていた人間なんだと妙に腑に落ちました。ああ、俺だったらこのなかで、どういうことが言えるかなぁ……と。

 と、ここまで読むとなんとなく〝 方向性 〟が決まってきそうですね。では最後に、一番私が好きで、そして一番むずかしいと思っている、もっとも短いものをおすすめしましょう。『格差ゲームの時代』(品切れ重版未定)にある、「広島とHIROSHIMA」です。あまりに短いので、かえってまとめないほうがいいかもしれません。なので多少文章の背景的なところから。



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 著者は、1963年広島生まれの男性です。ただし、広島市内をルーツにもつ方ではありません。当時の広島に、そして広島を巡る言説のなかで生活した、ニューカマーの実感。その視点からの、広島、原爆、そして戦争というものの〝 引力 〟が語られています。この〝 引力 〟をいいかえれば、絶対的な正義のもつ〝 磁力 〟といってもいいでしょう。描かれているのは、そのような力に対する〝 嫌な感じ 〟です。《 一つの正義は正義であることによってその外部を消し去ろうとする。/そういう意味の磁場に身をゆだねることが、子どもの私にはできなかった。拒否した、なんてかっこいいものじゃない。ただ、できなかったのだ。あえて成長という言葉をつかえば、私はいまだその子どもから一歩も成長していない。だから、正義を考えつづける。正義と別の正義を考えつづけている。/それが私にとっての戦争と平和である 》

 私は、いつもこの最後の文章が胸に残ります。

 戦争に関するこうした本を読むたびに、私は自分が、気を遣う割には空気に乗り切れない人間なんだなぁとしみじみ思います。でも、きっとそういう人は世の中の人が思うよりも、ずっとたくさんいるのでしょう。息苦しいなぁ、とか、周りの流れに乗れないなぁ、と思うこともみんなたくさんあって、でもそれは、たぶんに普通のことなんだと思います。だからこそ、自分と同じような「普通の」人たちがどんな現実を乗り越えてきたのか。その現実に、自分ならどうできただろう。一方でそんなことを考えながら、他方で「腹が減ったな」とそうめんをすする。かつて戦争の終わった暑い夏の日だからこそ、そんな甘い物としょっぱい物を交互につまむような毎日を、いつもより少しだけ大事にしたいと思います。



残 る 言 葉 、 沁 み る セ リ フ
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《 国を愛する心は、上から植えつけられるものでは断じてない。まして、他国や他の民族への憎悪を糧に培われるものであってはならない。
 人が持つあらゆる感情と同じように、思いやることから始まるのだ。そして信頼と尊敬で、培われていくものなのだ。 》


 西でも東でも北でも南でも、国際情勢が何だかギスギスしてきた昨今、何の力も持たない一般庶民の僕ら一人一人が上記の如き思いをシェア出来たら、悲しいニュースは激減するんじゃなかろうか。終戦記念の8月に、是非読んで欲しい作品の一つです。



お仕事小説で前を向く その2――丸善津田沼店・沢田史郎
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 先月の余勢を駆って、引き続き〈 お仕事小説 〉の巻。

 藤原伊織と言えばハードボイルドのイメージが圧倒的なんだろうけど、実は一般の勤め人、所謂サラリーマンを主役に据えた傑作も幾つか遺してくれている。中でも『シリウスの道』は藤原伊織らしさが満載で、乱歩・直木ダブル受賞の『テロリストのパラソル』よりも、こちらの方こそが代表作だと僕は思う。

 背景は、生き馬の目を抜くが如き広告業界。18億円という巨額の新規競合案件を軸に描かれるのは、プレゼンに向けた新チームの発足とその練成、丁々発止の派閥争い、仕事への誇りと情熱。更には25年前、まだ中学生だった主人公たちの友情と淡い初恋が挿入され、戻れない過去への郷愁と未練を行間に滲ませながら、しかもハードボイルドの香気はしっかりと全体に行き渡らせるという、読みどころ満載、まさに神業のような小説だ。とりわけ強調したいのは、新人営業マンの成長物語としての一側面。決して物語の本流ではないものの、なまじの小説やマンガ、映画などには及びもつかぬ爽快なエピソードの連続に、ザワザワと胸が波立つような興奮を誰もが覚えるに違いない。

 主人公の辰村は38歳で、東邦広告の営業副部長。弱電メーカー大手の大東電機が新規事業に進出するに当たり、その広告展開を18億円の規模で競合にかけるという。指名を受けて競合に参加することになった東邦広告は、辰村と上司の立花を中心に新チームを立ち上げ、プレゼンまでの怒涛の1ヶ月がスタートする、という幕開け。

 そこで登場するのが、広告業界1年目、25歳の戸塚青年。《 超大型のコネ 》で途中入社してきただけに社内のあちこちで《 バカ息子 》と噂されているものの、辰村だけは早くから伸びしろを見抜いて、彼なりのやり方で広告営業のなんたるかを叩き込む。その千本ノックのようなしごきに対して、戸塚の方も、時には涙を流しながらもガムシャラに齧りつく。


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 例えば、あるトラブルを収束させるために、戸塚が誇りも沽券もかなぐり捨てた行動に出たと、辰村が知ったその直後の描写を引用してみる。

《 辰村は「戸塚」と声をあげた。「泣くな」/「はい」/「背筋をのばせ。胸を張れ」/「はい」/ゆっくりと顔をあげ、やがて戸塚がまっすぐにこちらを見た。/「そうだ。仕事をやるときゃその姿勢でいつも胸を張ってろ。こっちが向こうの会社より図体がでかいからいうんじゃない。そいつがまっとうな仕事のやり方だからだ」/戸塚はうなずいた。そして口を開こうとし、ふたたび閉ざした 》

 どうだいこの、厳しさでカムフラージュされた愛情は! 以降、全力で辰村の期待に応えようと精進を続ける戸塚青年のガッツに、誰もが目を離せなくなること請け合いである。その感動と興奮は、喩えるなら『SLAM DUNK』の全国大会1回戦。庶民シュートしか出来なかった花道が、特訓の末に会得したジャンプシュートを成功させた、あの瞬間の洋平たちの心持ち。そう、《 巣立つヒナ鳥を見る母鳥の心境 》ってやつである。

 とは言え、この物語の本筋は多分そこではないんだろうな、ということにも気付いてはいる。

 例えば、欲得と自己保身しか頭に無いような重役連中に足を引っ張られながらも、ジリジリとゲインを重ねるチーム辰村の奮闘だったり、少年期の辰村が、大阪の貧しい下町で培った友情だったり、その頃のとある事件が、太陽の前を横切って一瞬陽射しを遮る雲のように、大人になった辰村たちの人生に時折落とす陰だったりといった具合に、この物語にはとにかく読みどころが満載で、挙句の果てには『テロリストのパラソル』にまで細~く繋がっていたりもして、ファンには勿論、藤原伊織初体験の読者にとっても、巻を措く能わざる傑作であることは間違いない。



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 それでも僕は、何度読んでもどうしても戸塚に感情移入してしまう。ある重要な会議で司会を任された戸塚が、誰からも見えないテーブルの下で、ハンカチを握りしめて緊張に耐えている場面など、思わず「ガンバレ!」と声をかけずにはいられない。ハードボイルドと括られると腰が引ける読者もいるかと思うが、そんな単純な色分けが如何に無意味か、読めばきっと分かる筈。

 2007年にまだ59歳の若さで食道癌に斃れた藤原伊織が、もし今も健在であればきっと世に送り出したであろう未知の傑作を思うと、残念なこと極まりない。

 営業マンの話をもう少し。

 例えばあなたが、接着剤メーカーの営業職だったとして、「〝 接着力がゼロ 〟の新商品を売って来い」と言われたら、如何にする? そんな無茶な、と思うよね(笑)。その無茶な社命を受けたビジネスパーソンたちの四苦八苦。

 今野敏と言えば取りも直さず警察小説の第一人者であるけれど、ヤクザが荒廃した私立高校の立て直しを図る『任侠学園』のように――先日、最新刊『任侠浴場』が刊行、堂々のシリーズ4作目――ユーモア満載の作品も実は得意にしている作家で、トゲの無いジョークの隙間に時折しのばせる人間愛と言うか人生肯定のメッセージは、一度味わってしまうと癖になってやめられない。

 そんな今野敏コミカルバージョンで、僕が最も推したいのが『膠着』

 舞台は老舗の糊メーカー〈 スナマチ 〉。そのやり手営業マン本庄史郎と、その部下で入社数カ月の丸橋啓太の許に、〝 極秘会議 〟への出席要請が届く。何事かと首をひねりながら御殿場工場に赴くと、開発部の担当者は開口一番、新製品の開発に失敗したと宣言する。

《 「結論から申し上げます。出来上がった接着剤は、ええ、そのう、接着能力がありませんでした」/啓太は再びのけぞりそうになった。接着力のない接着剤……。じゃあ、それはいったい何なのだろう 》。



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 そもそもは、耐熱性に優れて、人体に付着しても安全で、なおかつ電導性も確保した画期的商品を目指していたらしいが、

《 接着剤の宿命みたいなものなのですが、付加価値として何かの機能を持たせようとすればするほど、接着力が弱まる傾向があります。今回もある程度それを予想していたのですが、まさか、接着力がまったくなくなってしまうとは予想もしていませんでした 》

って、そりあ予想してたらそんなもん作らねーだろうよなぁ(笑)。

 問題は、だ。まず一つ目に、巨額の開発費を投じてきただけに、失敗しました、じゃあやり直そうという訳にはいかないこと。二つ目。開発失敗が世間に洩れたら、間違いなく株価が急落するであろうこと。そして三つ目。とあるアメリカ資本の接着剤メーカーが、スナマチに対して敵対的TOBを狙っているという確度の高い噂があり、それが事実だとするならば、株価の急落はスナマチにとって命取りになる、即ち、乗っ取られる。

 故に――。本庄や啓太たち営業部隊に、過酷な、かつて誰も経験したことが無いような大命が下る。この、接着力が無い接着剤を、どうにかして売れ、と(笑)。

 といった様相で幕を開ける今野版お仕事小説は、前述の会議からして、その可笑しさときたらキリも無く引用してしまいたくなるレベル。シアノアクリレートが云々、メチル基とエチル基が云々と化学的な説明を重ねる開発担当に、しびれを切らした一人が《 そういうことじゃなくって、例えば何に使えるのかというような話を聞きたいわけで…… 》と問えば、問われた方は《 現時点では、何も用途がありません。何せ、接着力のない接着剤ですから 》とケロリと答えたりする。

 まるで漫才か落語にでもなりそうなこんなやり取りが続くのだけど、話しあってる連中は開発部を初め、宣伝部も販売部も、勿論啓太たち営業部も、誰もが真剣そのものだから、岡目八目のこちらとしてはそれが余計に可笑しかったりして、四六時中クスクス笑いが止まらない。思うに『膠着』というタイトルは、糊がくっつくという意味の他に、毎日のように会議を続けても埒が明かない〝 膠着状態 〟を重ねた絶妙なタイトルではあるまいか。



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 その膠着状態を啓太たちがどう突き破るのか。それは勿論、読んでのお楽しみだけれど、《 野毛さんの説明を聞いていて、何かひっかかるなって思ったんですが…… 》という啓太に対して、本庄が《 一つだけ教えてやる 》と先輩としてのアドバイス。曰く《 そういうのが大化けすることがある。ひっかかりやひらめきをばかにするな 》とは、業種に関わらず全てのビジネスパーソンへの助言にもなりそうで、つまりこの作品はただ面白おかしいだけの小説ではなく、しっかりと啓太の成長譚にもなっている。

 警察小説しか読んだことない今野敏ファンは、騙されたと思って読んでみて欲しい。読後は「俺もちょっと頑張ろうかな」なんて気持ちにきっとなる。

 営業の話をもう一つ。安壇美緒(あだん みお)『天龍院亜希子の日記』は、堂場瞬一や朝井リョウを輩出した、小説すばる新人賞

 主人公の田町讓は27歳。人材派遣会社の営業で、つまり〝 登録して派遣される方 〟ではなく、派遣先を探して派遣社員を送り込む側で、職場はブラック。欲深い経営者が自分だけ得をしようとして起るブラックと言うよりも、金も人も余裕が無いが故に労働環境が過酷にならざるを得ない、といった感じのブラックさ。派遣社員がバックレて派遣先に謝罪に行ったり、代役を探したり、見つからない時は自分が代わりに現場作業に出向いたり、しょっちゅうしょっちゅう終電で、当然土日は寝てばかり。そんな場所で讓も同僚たちも、日々疲弊している。だから職場の雰囲気も年がら年中ピリピリしている。更には讓の場合、遠距離恋愛の恋人とも、最近何となくギクシャクしている。



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 という第一幕目は、どうにもこうにもどんよりした雰囲気なんだが、これが不思議と暗くない。勿論、元気いっぱいハッピーラッキーと言うには程遠いけど、かと言って読む程に気持ちが沈み込むような陰鬱さは無い。それは多分、何だかんだ言っても讓が、仕事にやり甲斐を見出そうとしているからで、その〝 まだ参ってない 〟姿に、僕は救われるのだ。

《 革靴は走るとすぐに傷むというけれど、仕事中にとっさに走りだすこの感じは嫌いじゃない。なんらかのアクシデントで突発的に、何かを急くのはわりと好きだ。俺は仕事が嫌いじゃない 》

 そうは言っても、いいことばかりでは決してない。仕事なんだから当たり前だ。嫌な事も日々てんこ盛りだ。割りの合わないキツい職場に派遣社員を押し込む時など、罪悪感が胸の中で頭をもたげたりもする。それでも讓は、世の中で役に立つ駒でありたいと願う。そのちっぽけな悪あがきが清々しい。

《 この仕事が良いものなのかどうなのか、そういうことはわからない。俺がちゃんと働けてるのかも実のところわからない。だけど、ひとまず自分の目の前にある仕事でもって、ちょっとでも人の役に立てたらいいなと、俺だって人並みに思っている。誰かに喜んでもらえたらいいなと考える日が、俺にだってたまにはあるんだ 》

 この、大袈裟過ぎない前向きさに救われる。悟ったかのような言葉で言い訳を粉飾してカッコつけながら何もしようとしない大人より、一緒にいて気持ちがいいのは、多分、青臭くても愚直でも、讓のように希望を捨てずに行動を起こす人の方だろう。

 作中、讓が思わずこぼした本音によって、会話の相手も讓自身も、自分たちなりの幸福を実感するシーンがある。

《 なんだよ、俺は意外にこんな簡単に幸せになれるんだ 》

 傲慢に言い切ってしまうと、多分このセリフこそが本書のテーマだ。映画やドラマの如く、9回ツーアウトからのサヨナラホームランなんて、現実にはそうそう巡り会えるもんじゃない。もんじゃないけど、だからと言って人生投げ出す訳にもいかないじゃんか。ならば大逆転など狙わずに、ヒットを重ねてジワジワと這い上がる。日々の暮らしの中で、或いは毎日の仕事の中で、ふと手にした小さな安息を、取るに足りないと馬鹿にしないで大事にする。そんな風に幸せを拾っていけたら、きっと、なかなか悪くない人生を送れるんじゃないか。『天龍院亜希子の日記』は、そんな穏やかな気持ちにさせてくれる作品だった。



永野裕介のスクリーンからこんにちは。
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 多幸感溢れる作品! 映画好きなら是非観てほしい! あの頃の好きな気持ちを思い起こさせてくれる作品です。

 ビックリしたのが、主人公の生い立ちが超ヘビー。25歳ジェームスは、外気から遮断された地下シェルターで両親と3人で暮らしている。ここで先ず「んっ!?」と引っかかる。そして、子どもの頃から毎週届く『ブリグズビー・ベア』という謎の教育ビデオだけを観て育つ。えっ! 25年間も? 外に出ず、教育ビデオだけ!? そして、ある日警察が来てジェームスを連れ去りこう言う……「あなたが一緒に住んでいた両親は、25年前にあなたを誘拐した犯人です」……!? なんちゅう展開! 人生25年目にして初の外の世界。見覚えのない本当の家族。えっ! ジェームスどうなっちゃうの!? ……ネタバレみたいになってしまったが、ここまでザッと冒頭15分程だろうか……だが、勿論ここからが面白い。

『八日目の蝉』を始め、昨今……〝 産みの親より育ての親 〟という作品が多く見られる。前回、ここで紹介した『万引き家族』もこのモチーフでした。これをストーリーに落とし込むとなると、やはり重い雰囲気になってしまう。しかし、この作品は少し違う。ジェームスは『ブリグズビー・ベア』という謎の教育ビデオだけを観て育った超ピュアボーイ。ここからこの主人公が周りを巻き込んで、遥か斜め上を行く展開で物語は進んで行きます。

 私はこの作品、ファミリー喜劇のジャンルだと思いました。ブラックな部分もありますが、とても優しい世界観で笑える作品に仕上がってるな~と。あと、マーク・ハミルをスター・ウォーズ以外の作品で観られたのがとても新鮮で良かったです!



今月の紹介本
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『格差ゲームの時代』佐藤俊樹(品切れ重版未定)

『膠着』今野敏

『昭和16年夏の敗戦』猪瀬直樹

『シリウスの道』藤原伊織

『天龍院亜希子の日記』安壇美緒

『日本のいちばん長い日』半藤一利

『また、桜の国で』須賀しのぶ



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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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8月のイベントカレンダー
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# by dokusho-biyori | 2018-08-03 10:17 | バックナンバー | Comments(0)