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15年01月 後編

⇒前編から続く



『逢沢りく』ほしよりこ 文藝春秋 上巻9784163901466 下巻9784163901473 各¥1,00+税

りくは中学生。おしゃれなパパと、カンペキなママ、「オーラがある」と友だちが憧れる、ちょっと特別な存在。美しい彼女は、蛇口をひねるように、嘘の涙をこぼすことができた。悲しみの意味もわからずに――。
 関西の親戚の家に預けられたりくを襲う〝あたたかな〟試練の数々とは?
「い~っやっ! ちょっと! めっちゃくちゃベッピンやないの~っ!」
「あんためっちゃ目立ってるし!」
関西弁ワールドに翻弄され、「私は絶対になじまない」と心に誓うりく。どうなるりく? そしてママとパパは……?
笑って笑って最後に涙する感動作誕生!(文藝春秋HPより)

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今月はめずらしく二本だてでご紹介。しかもコミック!
とにかく素晴らしかったのです。この二冊。
まずは『逢沢りく』。この傑作ったら!!
わたしは本当にどうしたらいいのか右往左往してしまった。

主人公のりくは、蛇口をひねるようにすっと、簡単に涙を流すことができる女の子。
でも悲しくて泣いたことはないのです。
悲しいってなに?
どういう感情?
そんなことよくわからないけど、ちょっと今つまらないから泣いてみようと、はらはらと涙を流す。
見ている人たちはおろおろしたり、もらい泣きしてしまったり、とにかく感情をかき乱されてしまう。そして、なんとなく 〝 特別な存在 〟 として彼女を見ています。
りくもそう見られていることをわかっていて、今かなと思うところで泣いてみたりしちゃうんだなー。

そういうのってはたから見ているとすごくかわいそうなんだ。
かわいそうだけど本人はあまり気づいていない。
たぶん、浮気しているオシャレなパパも、過保護で気分屋で完璧主義のママも同じようにあまり気づいていない。というか気づかないふりをしている。

物語が動き出すのは後半。ママのわがままのせいでりくは大阪の大おばの家でひとときを過ごすことになります。
それが、これぞ大阪! っていう感じの家で、おばさんおじさんの掛け合いは夫婦漫才そのものだし、遠慮なんかみじんもなくぐいぐい人の心をこじ開けてくる。見ているこちらとしてはおなかをかかえて笑ってしまうやりとりも、りくにとっては宇宙人の会話。しかもかなりうるさい。
とにかく茫然自失で、帰れる日までじっと静かに耐える日々・・・。
だった。だったのだけど・・・。

最後、読み終えてわたしは力のかぎり全力で走って走って走って、それからわぁわぁ声をあげて泣きたかった。そうするのがいいと思った。
どうしようもなく、あふれ出す感情を止められそうもなかった。
このえんぴつ一本の線から生まれたとてつもない傑作を胸に。



『猫なんかよんでもこない。 その4』杉作 実業之日本社 9784408411781 ¥900+税

 涙と笑顔の最終巻! ついに、「そのとき」がやってきた。チン子が生きた18年の命の輝きを、オレは見届ける。
 雪の日にアニキにひろわれた2匹の猫。ときには泣きながら、ときには笑いながら、オレたちはいつも一緒だった。クロが死に、オレは漫画家になり、結婚し、子どもが生まれ、生活も場所も変わったが、オレとチン子の関係はずっと変わらなかった。
 そんなチン子とオレにとって、大きな変化がおとずれた。チン子はもう17歳。人間でいえば80歳を越え、オレも40歳を過ぎて鼻毛に白髪がまじるようになってきた。このままチン子がいなくなったらどうしよう。仕事も金もなにもなくオレにはチン子しかいなかった。チン子にたよっていたのはオレの方だった。(実業之日本社HPより)

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まったく同じように、この傑作を胸に抱いてわぁわぁ泣きたい。そう思ったのが『猫なんかよんでもこない。その4』
シリーズの最終巻、完結編。
ここまで読んできてわたしはすっかり、チン子もポコも(ねこの名前)大好きになっていたし、何より飼い主で著者の杉作さんの大ファンになっていた。
だからもう問答無用で悲しいのだ。最終巻ってことは終わりなのです。杉作さんには違う作品でまた会えるけど、チン子とポコにはもう会えないかも。
それが何よりさびしい。
猫まんがなんてもうくさるほどこの世にでているし、どれもかわいくいやされて、ときには感動したりして大好きなのだけど、この作品は他の物とはひと味もふた味も違います。
何よりも猫と著者杉作さんとの心のつながりが、ものすごいシンプルな絵とストーリーの中にしっかり描かれているところ。

なんでもない猫とのやりとり、たとえば目線の行く先だったり、しっぽの動き方だったり、そんな猫を飼ったことのある人でもちょっと見逃しているような繊細な動作をしっかり描き込んでいて、意思疎通をはかっていたのがよくわかるのです。
実際杉作さんとチン子は本当に種を飛び越えた、友人または家族のようで、夜中のふたりだけの散歩なんてうちの猫では考えられない行動(外に出れば人間と一緒に動いてくれるわけがない)。
そんな奇跡のような人間と猫の生活が、実に、じつに! あっさりと描かれていてそれも好き。
それでももの言わぬ友への愛は隠しようもなくひしひしと伝わってきて、ねこの方でもそれをわかっているんだろうなと思えるところも、また・・・。
猫飼いには、つらい想い出もよみがえります。だからこそ、よりそってくれる物語が必要なんだ。きっと。(酒井七海)



(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 01月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。


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酒井七海の「きょうの音楽」
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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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# by dokusho-biyori | 2014-12-30 08:56 | バックナンバー

14年12月 後編

⇒前編から続く



短期集中連載
『世界一の本の町 神保町の歩き方
            ~超初心者向け』2.


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あぁ本当にいい天気。
汗ばむほどの陽気の中、わたしたちは本の雑誌社を出てまずは目と鼻の先にある『羊頭書房』さんへ。
そうそう古書店は店の名前も個性的でおもしろい。
羊頭書房・・・羊の頭・・・完全に何らかの儀式に使われる絵しか思い浮かばない。
まさかいきなり魔術や妖術の本ばかり扱っているお店!? ドキドキ。
とおそるおそる入ってみると、なんのことはないわりと一般的な文芸書やミステリーを扱っている本屋さんだった。
店内3坪くらい!? すごく小さい。入り口付近にあるレジに女性店員さんがひとり座っていた。女性だとやっぱり問答無用で安心するね。なんとなく、理不尽に用がないなら帰ってくれぎろり。ってことはないと思うんだよね。
古本屋で何がこわいってああいう店主ほどこわいものはないもの。
棚3列ほど、レジの前にも低い棚がある。早川のミステリはこのせまい空間でもかなりそろっているのではないかと思った。それから幻のサンリオSF文庫もある。
そのときちょうどサンリオSF文庫の本を出すところだった杉江氏が、これで今は価値がついて数万もするものもあるんだからわかりませんよね~・・・とびっくりすることをさらりと言った。す、数万!! 本当ですか。文庫で!
ほえーっと腰をぬかす。
何か間違って遠いむかしに買っていたりしないだろうかと、家の本棚をあさることを決意(←もちろんない)。
まぁ、値段っていうのはものの価値なのだから、欲しい人がたくさんいれば価値があがって値段もあがるのは当然のこと。とは言えSF小説に1冊数万とは・・・古本の世界は奥が深い。深すぎる。

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ところで、こちらでわたしが気になった本が一冊。
ミステリもSFもましてや妖術もまったく関係ないのですが、見た瞬間くぎづけになってしまった。
それは『ビール礼賛』(山本幸雄、東京書房社)このタイトルでしかつめらしい函入り!
内容はまったくわからないが、このタイトルはビール好きとしては当然気になっちゃうね。でも一件目だったので購入はせず、ちらりと見てからそっと棚に戻した。のちのちこれをすごく後悔する。

さて、お次は地図にもしっかり「建築書」と書き込みがある『南洋堂書店』さんへ。建築書専門店ということで、建物自体がすっごく凝っていらっしゃる。
コンクリート打ちっぱなしで、正面はガラス張り、床は板張りという感じ。
ちょっと入るのに勇気がいるオシャレ度だけど、入ってしまえばなんとも居心地のいい空間じゃないか。
すごすのにちょうどいい広さってあるよね。ここはまさにぴったりな広さ。狭すぎず広すぎず、適度な光と高めの天井(というか2階まで一部吹き抜け)が本当に居心地よい。
すっかりのんびりまわってしまった。でもぼーっと見ていたようで、見逃しませんでしたよ。わたしの大好きな松家仁之さんの『火山のふもとで』(新潮社)――駆け出しの建築家のひと夏を描いた小説。傑作!!――もさりげなくささっているセンスのよさ! 最高。
さぁ、次は、、、と歩いたところでわたしたちお昼がまだだったのでした。
神保町と言えば、、、、カレー!!
というテンション意味不明にMAXなところで、つづく。(酒井七海)




(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 12月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。




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酒井七海の「きょうの音楽」
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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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# by dokusho-biyori | 2014-11-25 09:01 | バックナンバー

14年12月 前編

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『酔って記憶をなくします』石原たきび 新潮文庫 9784101336916 ¥430+税


 酔っ払い、それは奇跡を起こす生き物。乗り過ごしや、モノの紛失は序の口。酔って海へ、気づけば鼻の辺りまで海水が。上司のハゲ頭に柏手を打って拝む。交番のお巡りさんにプロポーズ。タクシーで5万円払い「釣りはいらねえよ」。居酒屋のトイレで三点倒立の練習。ホームレスと日本の未来について語り合う……全国の酔っ払いの皆さまがやらかした爆笑失敗談&武勇伝が173連発!(新潮社HPより)

『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』益田ミリ 幻冬舎文庫 9784344416604 ¥571+税
33歳の終わりから37歳まで、毎月東京からフラッとひとり旅。名物料理を無理して食べるでもなく、観光スポットを制覇するでもなく。自分のペースで「ただ行ってみるだけ」の旅の記録。(幻冬舎HPより)

『哲学の先生と人生の話をしよう』國分功一郎 朝日新聞出版 9784022511157 ¥1,600+税
哲学者・國分功一郎が初めて挑む人生相談。ときに優しく、おおむね厳しい言葉で生きる力を与えてくれます。人気メルマガ「PLANETS」で話題の連載、待望の書籍化!(朝日新聞出版HPより)

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   「○○」のきっかけ

 みなさま、はじめまして。某出版社販売部の女子部員です。少しの間、お付き合いいただけると嬉しいです。
 何かを始めるきっかけになる本、みなさまありませんか? 私の○○のきっかけとなった本を3冊紹介させてください。

① 「減酒」のきっかけ 『酔って記憶をなくします』
想像の斜め上をゆく酔っぱらいたちのエピソードがてんこ盛りの本です。衝撃的におもしろいので、光の速さで読めます。ひとしきり笑ったあとに「明日は我が身かも」と思いました。私は強いわけでもないのにお酒を飲むことが好きです。たまに深酒し、友人に迷惑をかけたこともあります。現在は、「いい感じに酔えたな」と思ったらそこでお酒をストップしています。すごくないですか? でもそうさせるほどの力がこの本にはあると思います! 読む分には最高に笑えるけど、自分がしでかしたら全く笑えない……。断酒と決めきれないのは許してくださいね。酔っぱらうって楽しい!

② 「47都道府県制覇」のきっかけ 『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』
著者・益田ミリ氏が四年かけて47都道府県に行く旅の記録です。みなさま、47都道府県中いくつ行ったことがありますか? 数えてみましょう。乗り換えのための滞在はカウントしません。旅行や観光、レジャー目的のみです。私は20です。制覇まであと27。県が違えば人も食べ物も街や自然も違う。人の優しさには直接ふれあいたいし、食べ物はその土地の空気と水のもとでおいしくいただきたいし、「知らない日本」を自分の五感で感じたい! そんな私は台湾人の母と日本人の父を持つハーフです。日本で育ち国籍も日本なので、普段は「私は日本人」感が強いですが、行ったことのない県に遊びに行くと、「私は半分外国人」感がひょっこり出てきます。「知らない日本」に出会うと「日本で育って良かった!」と思います。いろんな顔を持つ日本で育ったことに幸運を感じます(台湾も大好きです)。これからも「知らない日本」を体感するために、47都道府県制覇をがんばります。

③ 「哲学」のきっかけ 『哲学の先生と人生の話をしよう』
哲学者・國分功一郎氏が読者の人生相談に答える本です。深く、優しく、ときに厳しく、真摯に向き合う國分氏に感銘を受け、涙しました。相談内容では明かされていない相談者の心の中も深く考えられています。「哲学は人生論でなければならない!」という國分氏の強い気持ちを感じ取れます。これからの私の人生に、哲学はどうからんでくるのか。非常に興味深いです。まずはこの本で紹介されている哲学書から読んでみようと思います。
 最後に、私に貴重な場をあたえてくださった丸善 津田沼店 文芸書ご担当・沢田さん酒井さんに御礼を申し上げます。



『コールド・スナップ』トム・ジョーンズ/舞城王太郎 訳 河出書房新社 9784309206578 ¥2,000+税

 クソったれのボケってなもんだ。神はどうして私にこんなことしたの? 暴力・痛み・性・死……サノバビッチとジャンキーまみれのファックライフ! 魂が共鳴する舞城初の翻訳書。解説:柴田元幸。(河出書房新社HPより)

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まったくこんなにめんどうくさい小説は読んだことがない。
と言いつつ二度も読んでしまった。そしてこれは、壮大なテレ隠し文学だなと思った。
かなり乱暴に言ってしまうと、文章の8割・・・いや、9割意味がない。ただただラリって、ぶっとんでるだけであります。
終止、躁鬱のどちらかか、べろんべろんに酔っぱらってるか、ドラッグで頭の半分とんでるかのどれか。
それなのに残りの1割で、ちらりちらりとのぞく人生の深淵が、こちらの心に深く差し込んできて驚かされてしまうのだ。
予想もしてないのだから。

少なくとも表題作『コールド・スナップ』は、傑作だと思った。最後の七行ではあやうく泣きそうになってしまった。
うそだろ、さっきまであんなにヘロヘロだったじゃん。。あぶな、こっちも深みにはまっちゃうところだったわ!
と、すんでのところで滂沱の涙を流すのをなんとか踏みとどまりました。電車のなかで・・・。
それで、ああその他九割のどうしようもない文章は、どうもこの人テレているらしいと思ったのだ。ほんとのこと言ってもしょうがないし恥ずかしいから、ごまかすために酔っ払ったり、ジャンキーになったりしてるのかもしれないなと。
それでも、それでもやっぱり最後の瞬間には人生の美しさを信じてしまってる人だという気がして、油断してるとふいにそういうところをだしてくるもんだから、こちらも思わず足をとられそうになってしまうのだ。
その他の短編は、正直非情にムラがあり、素晴らしいものもたくさんあるのですが、あれっ・・・えーっ・・・というものもあり・・・でも
おーブラザーおまえだったらまあいいよ。カンパイしようぜっていう具合になってしまうという。
おそろしきトム・ジョーンズ・・・

それからやはり、これだけ表紙にもバンッと大きく 〝 舞城王太郎訳 〟 と入っていると、訳がどうなのかがどうしても気になるところ。
わたしには専門的なことは、なんらわからないのだけど、たしかに型破りなんだろうと思うし、マイジョー! という感じはたっぷりです(なんせ冒頭一行目が 〝 クソったれのボケってなもんだ 〟 から始まる)。
読みづらい人には、たぶん本当に読みづらいと思う。
翻訳のルールとか基本とかきっと完全に無視なんだろう。
でも、唯一無二ではあるんじゃないかなーと思ったし、前にどなたかが言っていたのだけど、翻訳物はいろんな訳があってもいいと思うって。たしかにそうだなぁと。
だからこの『コールド・スナップ』いつか違う人の訳でもぜひ読んでみたい。
きっとまた違う感慨を与えてくれる。そう信じられる作品。

めんどうくさいけど、愛おしい。
人間そのものととてもよく似た小説だなと、そう思った。
(酒井七海)



『しょっぱい夕陽』神田茜 講談社 9784062192279 ¥1,300+税

 人生、まだまだ折り返せてない。仕事も恋愛も現役まっただ中、家庭や人生設計は問題だらけ、でも心はあの頃のまま――。48歳の年女・年男たちの奮闘を描く、ユーモアとペーソスに溢れた作品集。(発売前プルーフより)

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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ


ってのは、ご存知石川啄木の『一握の砂』(新潮文庫、他)から。短歌に興味が無くてもこの歌の、特に上の句には共感できるって人はたくさんいるんじゃないでしょうか。友人知人や同級生、会社の同僚上司部下など、自分の周りの人たちがことごとく立派に見えてしまう。逆に自分自身のことは、とりわけ劣っているような気がして元気を失くす。そんな気持ちを全く経験したことの無い人なんか、恐らく一人もいないでしょう。
 自分に比べてあの人はこんなに○○だ、という「○○」の中に人それぞれ色んな言葉を当てはめて、羨むやっかむしょげ返る。例えば、自分に比べてあの人はこんなに「友達が多い」、「成績が良い」、「収入が多い」、「役職が高い」、「お洒落が上手い」etcetc……。
 友がみなわれよりえらく見ゆる日よとは、なるほど巧い事を言うもんだと思います。

 でもな、とここで伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』(新潮文庫)から、泥棒の黒澤のセリフを引いて反論してみたい。
〝 でもな、人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ? 誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない 〟
 だから、だ。自分より素敵な人生を生きているように思えるあの人や、自分より楽しく暮らしているように見えるあの人も、きっと、みんな、誰だって、人知れず間違ったり悩んだり傷ついたりつまづいたりしながらエッチラオッチラ汗水流して、水前寺清子さんじゃないけれどそれこそ三歩進んで二歩下がるような毎日を生きているに違いない訳で、そういった試行錯誤は「人生のアマチュア」である僕らは誰もが似たり寄ったりな筈で、要するに、人生の充実度だの達成感だの幸福度だのは周りからどう見えていようと本当のところは本人にしか分かり得ないことだし、だから、それらを計る物差しだって人それぞれだろうし、バラバラの物差しでいくら比較しても無意味でしょう。他人との比較なんか、馬鹿馬鹿しいからもうやめよう。

 そんな風にスッキリと割り切ったような気持ちになれるのが、神田茜さんの『しょっぱい夕陽』。登場するのは例えば、妻には浮気され、同窓会では忘れられ、自分のことを在っても無くても構わない石ころみたいな存在としか思えない公務員。或いは、お局的存在として周りから煙たがられ、保護者からも冷たい目で見られて居場所を失くすベテラン保育士さん。そんな五人の四十八歳の、取るに足りないちっぽけな暮らし。多分全員が、自分は何者にもなれずに終わるらしいと、覚悟とも諦めともつかないものを胸の中に抱えつつ、若い頃に描いた人生とは似ても似つかない毎日を生きている。
 うん、確かに生きていくのはラクじゃないよね。それは僕だって今まで散々体験してきた訳で、この物語の主人公たちの痛みや切なさは、ヒリヒリするように実感できる。だからこそ、彼らが、在りもしない幸せ、在りもしない充実との比較を拒んで自分の意志で踏み出す一歩に、精一杯の声援を贈りたくなる。
 恐らく彼らの人生は今後も順風満帆ということは無いだろうし、上中下という分け方をすれば少なくとも上流に入ることは無いだろう。でも、それで良いんじゃね? だって彼らは、〝 幸せは人との比較の中には決して存在しない 〟 ということを、はっきりと実感したんだから。

 そう言えば、かの有名なラ・ロシュフコー公爵が、こんな言葉を遺している。
〝 われわれは、どちらかといえば、幸福になるためよりも幸福だと人に思わせるために、四苦八苦しているのである 〟(『ラ・ロシュフコー箴言集』二宮フサ訳、岩波文庫)

 そんな貧弱な生き方は、僕は御免こうむりたい。(沢田史郎)



『1000ヘクトパスカルの主人公』安藤祐介 講談社 9784062170444 ¥1,300+税

 一人暮らしのアパート、コンビニのアルバイトに軽音サークル。特に不自由はなく、不満も無い。就職活動を前に漠然と不安を感じていたからだろうか、大学3年生の城山義元は、空を見上げていた。「もはや上手い下手の次元ではない。奇跡の産物に思えた」物語の後半で、義元は感謝する。仲間に、片思いの相手に。老婆に、主婦に、すべての縁に感謝する。1000ヘクトパスカルの空の下、せいいっぱい生きる人たちを描いた、唯一無二の青春小説。(BOOKデータベースより)

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 自分自身の十代、二十代を振り返る時いつも、甚だ疑問に思うことがある。若い頃って、どうしてあんなにも自信過剰でいられたんだろう? まともな努力もしてないくせに、人生きっとどうにかなると信じていたし、大人になれば自動的に幸せになれると疑わなかった。♪ そのうち何とか、な~るだ~ろ~う~! って、植木等かっちゅうねん。
 今思うに、多分あれは本当の意味での「自信」ではなく、先行きに対する漠然とした不安や焦りがたくさんあって、それに押しつぶされない為に、或いはそこから目を逸らしたいが故に、根拠も無いまま自分の未来を無理やり信じ込もうとしていただけ、なんだろうなぁきっと。

『1000ヘクトパスカルの主人公』は、そんな若い頃の 〝 地に足がついてない感 〟 とでも言うべき動揺を丁寧にすくい取っていて、どこか懐かしいような気持ちでのめり込んでしまった。
 神田川沿いの安アパートで独り暮らしをしながら大学に通う城山義元くんと、彼の決して多くはない友人知人との交流を、彼の狭い生活圏の中だけを舞台に描いた、パッと見かなり地味な青春小説。そこには厚い友情も、燃えるような恋も、汗と涙のスポーツも、一切登場しない。義元くんとその仲間たちは、授業に出たり出なかったり、酒を飲んだりバイトをしたり、彼女が出来たりフラれたりしながら、何一つ特別な要素の無い学生生活を、エンジョイと言うより浪費していく。
 ところが或る日を境に、彼らの「執行猶予期間」は終わりを告げる。就活という名の椅子取りゲームに否応なく参加させられて、彼らは途惑いを隠せない。例えば、義元くんのサークル仲間の一人は、こんなことを言う。
〝 だって、おかしいと思わないか。試験の点数とか惚れたはれたにしか興味のなかったような学生たちが『用意、どん』で一斉にスーツ着て、御社の社風が云々だのモチベーションだのスキルアップだのって大層なことを語り始めるんだぞ。なんだか気味が悪いよ 〟
〝 お目出度い人間だったよ。子供の頃から自分は何者かになるもんだって、根拠もなく信じ込んでた。その何者かっていうのが全然具体的じゃないんだ。とにかく 〝 何か 〟 でかいことをやるとか、〝 何か 〟 で大儲けするとか、漠然とし過ぎていて妄想にすらなっていない。気が付いたら何者でもないまま時間だけが経ってた 〟

 いやあ解るなぁという人、結構いやしませんかね? 「社会」という得体の知れないものが上から覆いかぶさってくるような、何とも言えない圧迫感。住み慣れた水槽がジワジワと狭められて、少しずつ身動きが取れなくなっていくような息苦しさ。自分の意志とは無関係に物事が進んで、覚悟も出来ない内に何かが終わり、決心もつかないまま何かに巻き込まれてゆく。そんな青春期特有の狼狽と混乱を、この作品は僅か十人かそこらの登場人物に実に巧みに語らせていると思う。これ、二十数年前の僕が読んだらどう感じたんだろうな。

 巨大なベルトコンベアの上で選択の余地も無いままに流されていくような日々の中で、しかし義元くんは、自分なりの道標を見つけ出す。ヒントは、唯一の趣味と言っていい「写真」。レンズを通して目の前の風景の一部を選び取る。それは取りも直さず、他の全ての景色を切り捨てる事でもある、と気付いた彼は、一人静かに決意する。曰く
〝 そんな中で時々、自分がたくさんの落とし物をしてきたように思えて寂しくなることもあった。でもそれはないものねだりなのだ。何かを選ぶということは、他の全てを切り捨てること。落とし物のように思えるものは全部、選び取ってきたものと引き換えに切り捨ててきたものなのだと思う 〟

 人生は毎日が選択の連続だ。しかも、後戻りがきかない。だから自分が選ばなかったものの方に、つい未練を感じてしまうこともある。でも、今目の前にある現実、平凡で見あきた日常は、自分自身がファインダーを覗いて切り取った風景なんだ。だったらもっと大事にしてみてはどうだろう、自分が選択した景色を。年甲斐もなく、そんな爽快な気分にさせてくれた義元くんとその仲間たちに、心からのスタンディングオベーション!(沢田史郎)



⇒後編へ続く
# by dokusho-biyori | 2014-11-25 09:00 | バックナンバー