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美味なる新書

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『蕎麦屋の常識・非常識』片山虎之介 朝日新書
『なぜ和食は世界一なのか』永山久夫 朝日新書



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『缶詰に愛をこめて』小泉武夫 朝日新書
『だしの神秘』伏木亨 朝日新書



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『夜ふけのおつまみ』スヌ子 角川新書
『間違いだらけの野菜選び』内田悟 角川oneテーマ21



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『家めしの王道』林望 角川SSC新書
『新オリーブオイル健康法』松生恒夫 講談社+α新書



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『日本全国「ローカル缶詰」驚きの逸品36』黒川勇人 講談社+α新書
『缶詰博士が選ぶ!「レジェンド缶詰」究極の逸品36』黒川勇人 講談社+α新書



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『炎の牛肉教室!』山本謙治 講談社現代新書
『食卓は学校である』玉村豊男 集英社新書



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『コスパ飯』成毛真 新潮新書
『江戸の料理史』原田信男 中公新書



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『物語 食の文化』北岡正三郎 中公新書
『とことん!とんかつ道』今柊二 中公新書ラクレ



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『唐揚げのすべて』安久鉄兵 中公新書ラクレ
『洋食ウキウキ』今柊二 中公新書ラクレ



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『小林カツ代のお料理入門』小林カツ代 文春新書
『小林カツ代のお料理入門 ひと工夫編』小林カツ代 文春新書



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『蕎麦屋のしきたり』藤村和夫 生活人新書
『極みのローカルグルメ旅』柏井壽 光文社新書



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『世界一美味しい煮卵の作り方』はらぺこグリズリー 光文社新書
『大衆めし激動の戦後史』遠藤哲夫 ちくま新書



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『これでいいのだ!瀬尾ごはん』瀬尾幸子 ちくま新書
『「和食」って何?』阿古真理 ちくまプリマー新書



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『男のパスタ道』土屋敦 日経プレミアシリーズ
『男のハンバーグ道』土屋敦 日経プレミアシリーズ



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『すごい和食』小泉武夫 ベスト新書
『うまい肉の科学』肉食研究会  成瀬宇平 サイエンス・アイ新書



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『江戸の食卓に学ぶ』車浮代 ワニブックス〈plus〉新書



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by dokusho-biyori | 2018-03-18 17:40 | 過去のフェア | Comments(0)

柿村将彦『隣りのずこずこ』

畠中恵『しゃばけ』森見登美彦『太陽の塔』を生み出した

あの「日本ファンタジーノベル大賞」が帰って来たぞ!

復活第一弾、「日本ファンタジーノベル大賞2017」を受賞した

柿村将彦『隣りのずこずこ』

は3/20頃、新潮社から発売予定!!



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by dokusho-biyori | 2018-03-08 09:15 | 試し読み | Comments(0)

18年03月

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 小学生の頃、彼にとってラグビーは正月にやっている、ぶつかりあって変わったボールを使う競技だった。磯辺焼きを食べながら、ぼんやりと目で追っていた。なぜそんなに進みたいのにボールを前へ投げないのかと、不思議に見ていたような覚えがある。年齢が上がるにつれて、だんだん試合も見なくなっていった。

 中学生の頃、彼にとってラグビーは、ただひたすら男っぽい、荒くれ者っぽいイメージしかもてないものだった。それを逆手に取って、いわゆる女性らしい、心優しい文化部的なラグビー部員しかでてこないギャグ作品を見ながら、ゲラゲラと友達と笑っていたのを思い出す。

 高校生の頃、彼にとってラグビーは家庭科室にあった。息子が名門校でラグビーをしていた先生が、息子とその部活動の友人たちとで撮ったいかつい写真を冷蔵庫に貼っていたのだ。砲丸のようなおにぎりをたくさん作り、寸胴のようなでかい鍋で味噌汁を作ってもてなしても、じーっと行儀よく座った彼らが食べ始めるとあっという間に全部なくなるのよ、本当にいい子たちなの、と笑う先生の顔は、当時もすごく眩しかった。

 大学生の頃、彼にとってラグビーは次元の違うスポーツだった。彼の大学は決してスポーツの強い大学ではなかった。だが、アメフトとラグビーは別格で、1回生の終わりになると、見どころのあると期待されたやつらがスペシャルメニューに取り組むらしいということをきいた。単なる練習量の話ではない。食べるトレーニングだ。普通の食事に加え、いりこやきなこ、牛乳や納豆、卵やプロテイン……。尋常じゃない量を食べ、身体をデカくしていくのだという。まさに、自分とは違う世界のことのような気がした。
 大学院の頃、彼にとってラグビーは人の背中から感じるものだった。同期に、他の大学のラグビー部で活躍していた学生が入ってきたからだ。クールで、それでいて頼もしい、身長は決して高くないのに、少しばかり背中の大きく見える人だった。その人が言った。


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「ラグビーって、本当に人間性の出るスポーツなんだ。何度相手に当たっても倒されるし、疲れて痛くて足が動かなくなる、もうだめだと思うような瞬間もある。でも、そんなときに顔を上げて、自分のなすべきことをできるのか、それが常に見られているスポーツなんだ。いくら日頃いいこと言ってても、そんなときにサボっちゃうと、ああ、そういうやつなんだな、と正直思う。それがいいか悪いか、って話じゃなく、でもプレーヤーとしてはそこで立って走り続けてほしいんだ。」

 ひょえぇ……と震えながら、でもこれが彼の見てきた景色なんだな、そう思った。

 同じ頃、彼は近所で美味しい飲み屋を見つけた。温かい自家製の豆腐が名物の、品のいい割烹のお店だった。人の良さそうなマスターと、きれいな女将さんが切り盛りしていた。あるとき、カウンター席の上に、木彫りのラグビーボールがあることを見つけた。訊くと、もともと同級生は社会人リーグに進んでバリバリと活躍するような大学でラグビーをプレーしており、お店を始めるときいたその同級生たちが、お祝いにとプレゼントしたのだそうだ。その横に飾ってあるミニチュアのラグビージャージと、そう話すマスターの照れ笑いが、どこか誇らしげにも見えた。

 そんな折、彼は入院した。食中毒に無理が重なったんだと思う。入院すると不思議なもので、本当に暇でしょうがなかった。本を読んでも暇、寝て起きても暇……。次第に彼は自分のそれまでを考えて、これからの身の振り方を考えるようになった。夢に挫折した頃で、時期的にも進路を変えなければいけないとは思っていたが、変えても変えなくても、どちらも自信はなかった。そんなとき、退院してテレビをつけた。高校生の頃、冷蔵庫に貼ってあったあの選手たちが、ワールドカップの大舞台で、当たっても倒れても、立ち上がって走っていた。

「頑張れ……!」
たぶん、人生で初めてラグビーにのめり込んでいた。ルールがわかるようになったからだけではない。わからないことも多かった。でもどういうわけか、これはどうしても見てなきゃダメなんだ、そう確信していた。試合に勝ってからは、よく覚えていない。


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 社会人になってすぐ、彼にとってラグビーは恩師のゆかりのあるスポーツだった。就職のときに相当に鍛えてもらった恩師は、ラグビー名門校の出身だった。毎年リーグ戦に足を運ぶ相当に熱心な卒業生である。就職して、一緒に秩父宮に行った。逆転負けに痛恨、動けなくなった恩師を促して、バーで飲んだ。恩師は言った。

「就職したとき、先輩から『迷ったらゴーだ。だから迷わずゴーだ』と教えてもらった。以来、迷うたびにいつもこの言葉に立ち返るようにしている」

 その言葉をきいたとき、走馬灯のようにラグビージャージが彼の目に浮かんだ。振り返れば、トライを分けるあのラインは、彼の見てきたラガーマンたちにとって単なるゴールではなかった。そのラインを飛び越えて、彼らはずっと走り続けていたんだと思う。

 彼にも僕にも、ラグビーの経験はない。だからここではあえて、ラグビーを愛する人をラガーマンとして呼ぼうと思う。そのうえでいうなら、『Number PLUS サンウルブズ 狼の咆哮。』のなかで「2019年のワールドカップを超えて」と繰り返し言葉にするラガーマンたちをみると、かなわないなぁと思ってしまう。2019年のラグビーワールドカップは、日本である。それまでに色んなことがあるんだろう、と平凡に言ってしまうことは容易だろうが、それを超えていくのは容易ではないことくらい、私にも容易に想像できる。

ただ、それはゴールではないのだ。



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《 いまよりずっと歳を重ねたとき、そこから見る今は、若い、だろう。あのころのわたしはもう若くないと思って控えめな格好だった、と振り返るのと、無茶やってたなと笑うのなら、後者のほうがずっといい、そう思わないか? 》


 知り合いの老人に「もっと派手な服装でもいいんじゃないか?」と促されて断固拒否した主人公に、その老人がそっと諭したセリフ。ファッションに限らず、〝 今しか出来ない冒険 〟というものを、少しは持っていたいものでござる。



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 明日、世界が終るかも知れない――。という設定は、『宇宙戦艦ヤマト』から『風の谷のナウシカ』から『ドラえもん のび太と鉄人兵団』から『ディープ・インパクト』から『アルマゲドン』から『インターステラー』まで、古今東西玉石混交、挙げ出したらキリが無い。世界の終末、人類の滅亡というテーマに何故人々は、これほど惹きつけられるのか? ひょっとして、みんな滅亡してみたいのか? いや、まさかな。

 なんてことを考えたのは、L・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』(訳=佐田千織)を読んだから。帯の惹句は《 きょうで世界が終わるなら、あなたは誰と過ごしたい? 》。

 舞台は、北緯81度という世界最北の天文台。そこに戦争の噂が聞こえてきたと思ったら、空軍のジェット機が来て、職員・研究員を残らず乗せてあっと言う間に帰って行った。ただ一人、老天文学者のオーギーを除いては。偏屈で頑固なオーギーは、星空を眺めながら孤独に人生を終えようと、北極圏からの脱出の機会を自ら望んで放棄したのだ。

 ところが。その翌日だったか翌々日だったか、彼は二段ベッドの下の段に、8歳ぐらいの女の子が丸くなって寝ているのを発見する。可哀そうに、急な撤収騒ぎの中で〝 不在 〟に気付かれず、置いてけぼりを食ったのだろう。そう考えたオーギーが無線であちこちの基地に連絡を取ろうと試みるも、どの周波数帯もてんで反応が無い。やがて日が経つに連れて、彼は認めざるを得なくなる。理由は皆目見当もつかないが、人類は滅亡したか、或いはほぼそれに近い状態まで追い込まれてしまったようだ、と。

 しかしオーギーは、それならそれで構わなかった。彼にはそもそも残された人生は長くはなく、遣り甲斐のある研究も思う存分積み上げてきた。あとは、ゆっくり老いて、静かに死ねれば充分だ。

 とは言え、さしもの偏屈老人も、この極北の地に、しかも極夜が始まろうとしているこの時期に、10歳にも満たない少女を「自分の力で生きてゆけ」と突き放すほどの冷血漢ではない。世界で何が起こったのか、アイリスと名乗るこの少女が誰なのか、分からないことばかりだけれど、取り敢えず二人で生きていくしかあるまいな……。


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 こうして、珍妙な二人組の生活がスタートする訳だが、初読の時は〝 友達以上、親子未満 〟といった二人の親交に、幾度も胸を温められた。人類滅亡後の地球などと言うと、血沸き肉躍るSF巨編をついつい想像しがちだが、本書はむしろその対極。静謐に、安寧に、世界の終わりなどどこ吹く風といった雰囲気で、ゆっくりと二人は心を通わせてゆく。例えば或る夏の日、アイリスが綿毛がいっぱいの野草を取って来る。最近めっきり白髪が増えたオーギーは、《 こいつがわたしに似ているといいたいのか? 》と苦笑しながら、《 しおれた花のひとつを引き抜いて、自分のボタンホールにそっと挿した 》。どうということもないシーンだが、心を開ききっている二人の仲良しぶりが垣間見えて、ホロリとさせられる名場面だと思う。

 しかし、実はこの物語にはもうひと組の主人公がいる。2年前に人類初の木星探査に飛び立った六人の宇宙飛行士たち。彼らが見事にミッションを成功させ、いざ地球に帰還せんとしたその矢先、どんな手段で幾ら通信を試みても、地球と交信出来なくなる。しかもそれが、何週間も続いている。ということは、核戦争か地殻変動か或いは未知の病原菌によるパンデミックか、原因は不明ながら地球は既に、「自分たちが出発した頃の地球」ではない、と覚悟した方が良さそうである……。

 二度目の時には、こちらの宇宙飛行士たちに随分と感情移入して読んだ。どうやら地球に帰っても人間は一人もいないかも知れない。放射能汚染があったりすれば、自分たちもタダでは済まない。かと言って、このまま宇宙をさ迷い続ける訳にもいかない。そんな状況に追い込まれた時に、人は何を考えるのだろう?

 こうなると分かっていたら、喧嘩なんかするんじゃなかった。せめて、仲直りしておくべきだった。大事な人に、ちゃんと大事だと伝えておけばよかった。振り返る度に温め直せる思い出を、もっとたくさん作っておくべきだった。そもそも宇宙探査になど出たりせず、最後まで大切な人の隣りに居ればよかった……。


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 人類に一体何が起こったのか? これから地球はどうなるのか? オーギーとアイリスは無事に暮らしていけるのか? そして、宇宙飛行士たちの運命は? 様々な謎を抱えたまま、物語は静かに進む。しかし、主題は恐らくそこではない。世界の終わりに臨んだ時に、あなたが後悔することは何? その後悔の芽は、今の内に摘んでおかなくて大丈夫? アイリスたちのそんな声が聞こえてくるような気がするのは、恐らく僕だけではないだろう。

 お次は、もっと明確に人類が滅亡する話。B・H・ウィンタース『地上最後の刑事』(訳=上野元美)は、「半年後に小惑星が地球に衝突して人類は壊滅する」という予測が発表された世界。当然、ヤケになって犯罪に走りまくる輩もいれば、《 死ぬまでにしたいことリスト 》を実現させるために南太平洋のリゾートに旅立ったりする者も急増している、という世の中。

 そんな中、かろうじて機能を保っている警察署でも、事件の捜査はおざなりで、分かり易い犯人がいなければすぐに事故や自殺で片付けようとする。まぁあと半年で地球が滅亡するとあらば、それも無理からぬことだろう。

 しかし、新米の捜査官パレスだけはそうではなかった。ベルトで首をつったと見られる遺体を見分して、ベルトだけが高級品なのを見逃さず、他殺であると確信して捜査を進める。当然、周囲には変人扱いされるか、多少マシでも「物好きな奴」といった好奇の目で見られ続ける。


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 物語はSF的要素をほぼ排して淡々と描かれる。数少ない手掛かり、数少ない協力者、そして限られた時間……。滅亡を前に日に日に荒んでいく世情を背景に、パレスが親代わりとなって育て上げた妹とのすれ違いや、唯一パレスの味方をする若き巡査との連帯などの人間模様も絡み、ハードボイルドタッチのミステリーとして堪能した。「このご時世に、何故そうまで熱心に捜査を続けられるのか?」と、或る人物に尋ねられて、《 未解決だからです 》と即答する、愚直でストイックな一人のプロフェッショナルの物語。

 もしノーベル文学賞に「小惑星衝突部門」が出来たとしたら、真っ先にこの作品に受賞させたい。伊坂幸太郎『終末のフール』である。

「8年後に小惑星が衝突して人類は滅亡する」と発表されてから5年が過ぎた、という世界。つまり残りはあと3年。パニックに陥った人々の暴走や、ヤケッパチの犯罪は、半年ぐらい前から不思議と落ち着きを取り戻した。多くの人が「騒ぎ疲れた」「暴れ飽きた」という精神状態であることに加え、どうせあと3年の命ならば、せめて穏やかに暮らした方が得だということに気付き始めた、という二つが小康状態の理由だと言われている。

 それでもジワジワと暮らしにくくなっている世の中で、夫と娘の反目を仲裁しようとする妻がいたり、自殺に追い込まれた妹の仇をとろうとする兄弟がいたり、試合のアテも無いのにひたむきにトレーニングを続けるプロボクサーがいたり、死んでしまった恋人の後を追おうとする青年がいたりと、実に十人十色な生き方で人びとはカウントダウンを迎えようとしている。

 袖振り合うも多生の縁。様々な人生がふとすれ違ったり交差したりしながら、彼らの意思とは無関係に影響を及ぼし合って、全体の大きな物語が積み上がっていく構成は、伊坂幸太郎の十八番。どの登場人物に感情移入するかはそれぞれだろうが、「自分だったらどうするか?」という自問自答は、全ての読者の脳裏に等しく浮き沈みするに違いない。


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 僕の場合は、或るひと組のおしどり夫婦。子どもが欲しいけど出来なくて、不妊治療もさんざんやったけど効果が無くて諦めて、そしたら地球が滅亡すると発表されて。大混乱の5年間を何とか生き抜いてあと3年という今になって、ひょっこり妊娠が発覚する。To be or not to be !? 産むべきか、産まざるべきか? そりゃ悩むよな誰だって――という程度の感慨しか無かったのだ、初読の時は。今回久しぶりに読み返してみて、この作品のメッセージ性に漸く気付いた。

 僕らは通常、当分は生きる前提で生活している。勿論「当分」の長さには個人差があるだろうが、少なくとも「3年後に死ぬ確率100%」という覚悟で生きてる人は稀だろう。生きていればいずれ死ぬのは定めだけれど、それは明日ではないし明後日でもなく、はっきりはしないけど「当分」先。そういう感覚で過ごしている人が、恐らくは大半なのではあるまいか。だから例えば子どもを産むと決める時は、この先30年も40年も親子でいられると信じて疑わないし、就職にしろ学問にしろスポーツにしろ恋愛にしろ、長い人生の途上で少しずつクリアしていくつもりでいる。

 だが、ちょっと待て。僕らが明日死なないという保証はどこにある? 事故や事件に巻き込まれるかも知れないし、大災害に見舞われるかも知れない。病に襲われるかも知れないし、ふと死にたくなって自ら死を選ぶ可能性だってゼロとは言えない。神ならぬ身の僕らにとって、一寸先は闇なのである。にもかかわらず僕らは日頃、たっぷりと時間を与えられている気で過ごしている。

 前述のプロボクサーが「明日死ぬと言われたらどうするか?」と尋ねられて、《 明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか? 》と、逆に問い返す場面があるのだが、果たして僕らは、同じ問いに同じように返せる生き方をしているだろうか? 僕自身の答えは「否」である。明日死ぬ、或いは3年後に死ぬ、そう断定されたら、やり残したことと後悔することだらけである。

 それでいいのか? と、この小説は静かに読者に問いかけてくる。明日死ぬかも知れないつもりで、今日を存分に生きているか? と。その時になって「こうなると分かっていたら……」なんて言っても手遅れだぞ、と。


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 そう思って読んでみると、「あと三年」の為に「今」を精一杯生きようとする登場人物たちの人生は、実は案外幸せなんじゃないかという気もしてくる。少なくとも今の僕のように、切られた期限に気付かずに日々を浪費しているよりも、遥かに充実した「晩年」になることは確かだろう。物語の終盤、ある人物がふとこぼす《 死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ 》という言葉が、読後も長く余韻を引く。伊坂幸太郎の、初期の代表作と言っていい名作だ。

 日本の作品をもう一つ。『塩の街』は、有川浩のデビュー作にして、自衛隊三部作の第一作。

 或る日何の前触れも無く、巨大な――大きな物だと500メートルもある――塩の塊が世界中に飛来して、以降、人間が塩になってしまう奇病が大流行する。塩になった人間は、無論死ぬ。治療法も予防法も見つからないまま、致死率100%の《 塩害 》により、日本は半年で8000万の人口を失ったというから、まさに滅亡の危機。

 ヤケクソ気味の犯罪が多発したり、パニクった人々が無責任な噂に振り回されて右往左往するといった大混乱は、このテの滅亡文学のお約束。そんな荒んだ世界に一人放り出された小笠原真奈は高校生、見るに見かねて彼女を保護したタフガイの秋庭は三十歳のちょい手前。行きがかり上一つ屋根の下で暮らし始めた二人が、例えば「海に行きたい」と群馬から徒歩旅行を続ける青年に力を貸したり、刑務所からの脱獄犯と出くわしたりといったエピソードが続く連作かと思いきや、それらはほんのプロローグ。或る日、秋庭の旧知の――秋庭の様子からは、決して望んで会いたい相手ではなさそうな――人物が訪ねて来て、真奈と秋庭の関係も、そして世界と人類の運命も、音を立ててガラガラと転がり始める……。


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 以降、ハリウッドで映画化すればさぞ面白かろうというアクション&ラブストーリーが一気呵成に進むのだけど、一読すれば、有川浩はデビュー当時からやっぱり有川浩だったんだと、ファンなら大いに納得する筈。巨大なエビの大群が横須賀を襲ったり書物を守る為に図書館員が武装して戦ったりと、これまで数々の〝 常ならぬ発想 〟を物語化してきた彼女だが、その作風の根底には、〝 人が人を真剣に想う時のパワー 〟みたいなものが常に流れているように思う。愛が地球を救うかどうかは分からんが、本気の〝 想い 〟は誰か一人ぐらいなら多分救える。そんな等身大のメッセージを、舞台を変え、登場人物を変え、世界観を変えながら、幾つもの作品で描き続けてきたのが有川浩ではないかと思っている。

 だから〝 人が塩になる 〟などという突飛な発想に尻ごみせず、安心してページを開いて頂きたい。そこには、老若男女や肌の色に関わらず、誰もが持っている普遍的な感情がページ一杯に展開していることを約束しよう。

 今月のトリは、A・ケイ『残された人びと』(訳=内田庶)。こちら、知る人ぞ知る名作アニメ『未来少年コナン』の原作である。昭和53年の春から半年間NHKで放映されたこのアニメ、あの宮崎駿監督のなんと〝 初監督作品 〟なのである。僕ら昭和40年代前半生れの人間にとって、「コナン」と言えば名探偵ではなく「未来少年」であり、その仲間は毛利蘭や服部平次ではなく、ラナやジムシィ、ダイスにモンスリーなのである。

 世界中を巻き込んだ大戦争に於いて、核兵器をも越える超磁力兵器によって地球は大変動に見舞われる。大きな大陸は殆ど海に沈んでしまい、僅かに残った陸地に、僅かに残った人類がへばりつくように暮らしている。往年の科学技術は殆ど根こそぎ失われ、水車で小麦を挽いたり牛馬に頼って畑を耕したりといった、中世に戻ったかのような生活。人びとは皆貧しく、暮らしは楽ではないけれど、戦争よりはマシな世の中であることは間違いない。


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 しかし、支配欲が強い奴とかその欲を暴力で叶えようとする輩はいつの世にもいるもので、かつての科学兵器を復活させて、世界征服を目論む一派が、いよいよ実力行使に出ようとしていた……。という舞台で、その組織に捉まった青年コナンを中心に、超能力で遠くの人と会話が出来る少女ラナや、その祖父で地殻変動を予測した科学者のラオ博士などが、悪の野望を砕く為に立ち上がる。

 アニメを知っている僕からすると、『未来少年コナン』のダイジェスト版を読んでる感じで、〝 原作 〟と言うよりも〝 原案 〟と呼んだほうがしっくり来る。物語そのものよりも、「宮崎監督、この小説をよくぞあそこまで膨らませたな!」と、そっちの方に感心してしまう。アニメを知らない人が本書だけ読んだら、う~ん、どうなんだろ(笑)。正直、設定も人物も一つ一つのエピソードも大味で、面白くない訳ではないんだけど、現代の緻密なミステリーやSFに慣れていると、ちょっと物足りないかも。

 3月頭の時点で店頭に一冊在庫があるけど、版元品切れ重版未定なので、今後は二度と入荷しないかも。欲しい方はお早めに。とは言え、アニメも原作もどちらも知っている身としては、むしろアニメのDVDをこそ薦めたい。コナンの大胆な野性児ぶりや、ジムシィの極端な食いしん坊ぶりに笑い転げつつも、人間が人間らしく生きて行く為に必要なものは何か? そしてそれ以上に、不要なものは何か? といったメッセージが、説教臭くなく物語に溶け込んでいて、何度観ても心が洗われる。

 コナンの育ての親である「おじい」が、コナンに旅立ちを促すシーン。《 人間は一人では生きてはいけない。いや、一人で生きてはならないんだ 》と諭し、《 仲間を見つけ、仲間の為に生きろ 》と励ます言葉が、この作品の本質を一言でずばり表していると言っていいだろう。

 余談ながら、随分前の『ダ・ヴィンチ』だったかのインタビューで、俳優の石田ゆり子さんが「理想の男性は『未来少年コナン』のコナン」と語ってました。僕としては、ダイスとジムシィも捨てがたい。






編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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3月のイベントガイド
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by dokusho-biyori | 2018-03-05 08:35 | バックナンバー | Comments(0)


「読書日和」備忘録


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