2019年 01月 08日 ( 2 )

本屋日和2019

第73話
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by dokusho-biyori | 2019-01-08 06:24 | 本屋日和2019 | Comments(0)

19年01月

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平成と2010年代を振り返って――文芸春秋営業部 川本悟士

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「本年もお世話になりました。良いお年をお迎えください。来年もまたよろしくおねがいします」から「あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。」のフレーズが口に馴染んだみなさん、こんにちは。無事に年を越せた一方で、新しい1年も部屋にはびこる本の山でホコリがえげつないことになっている私、今年も頑張る所存です。

 さて、平成最後がいろいろと取り沙汰される昨今ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。個人的には、いろんなところで平成最後という言葉を目にするわりに、「昭和っぽい」という言葉はあれど「平成っぽい」という言葉があまり聞こえないのは、なんだか自分が何者なのかもフォーマットされないまま古くなっていくような感触を覚えて、ちょっと微妙な、不思議な気分になります。

 まあ平成という30年はそれだけ変化が激しかったのかもしれませんが、そのへんはまた今度考えるとして、実は2019年は2010年代最後の1年でもあるわけです。ちょっと前にそれに気づいたときに「あ、この10年はどんな1年だったんだろう」と気になったので、今回は平成スポーツ史を振り返った『Number』の968・969号から、特にこの10年のスポーツを振り返ってみたいと思います。

 思い返せば2010年、私は深夜までサッカーを見ていました。前日深夜までテレビにかじりついて、立て続けに食らったゴールにクラスメートたちと呆然とした2006年のワールドカップがセンセーショナルだったこともあり、始まる前は「決勝トーナメントは遠いなぁ」なんていっていたのを覚えています。もちろん、口ではそんなことをいいつつ、結局またテレビにかじりつき、案の定熱狂。そこから日本人選手がインテルやミラン、マンチェスターユナイテッドに移籍し、中田英寿や中村俊輔が活躍するニュースできいたことのある世界的クラブがすぐ近くの存在になったような気がしました。


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 その後も2011年、なでしこジャパンがワールドカップを制しました。あのときもウトウトしながらでも思わず見てしまったのをよく覚えています(笑)そして2014年のブラジルワールドカップでまた衝撃を受け、2018年はロシアに熱中するという、こうして考えると典型的な揺れ動きをした世代なのかもしれません。

 ただ、サッカーはそれこそまさに平成の時代と並行して進んで来た面もあり、その意味では2010年代に印象的なものというと、どうしても震災になるんでしょう。プロ野球は3時間半ルールみたいな直接的な変化もありますが、あの頃はそれこそどんなものでもそことの関係のなかで言及されているような気がして、さまざまな形で影響し続ける、無意識レベルで目を背けることができなくなっていたように感じたのを覚えています。

 その震災とのからみで思い出すのは、野球好きとしては「2013年の田中将大」でしょうか。24連勝という驚異的な記録と、ドラマチックな胴上げ。2013年はバレンティンのホームラン60本、上原浩治のワールドシリーズ胴上げ投手など、ドラマチックなことが多かった1年でした。あのあとに両リーグでトリプルスリーがでたり、Bクラスの常連だったカープがぐっと強くなったり、十年一昔とは言いますが、近鉄バファローズのローズ・中村応援歌を口ずさんでいた身としては時代が変わったんだなぁ……と思わざるを得ませんね。


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 そんな2013年ですが、オリンピック東京開催がきまった年でもあります。思えばこの10年、夏季・冬季かかわらずオリンピックのたびに結果に一喜一憂していた気がします。バンクーバー、ソチ、平昌、ロンドン、リオ……それこそ水泳の個人メドレーや陸上の短距離走でメダルがとれる未来なんて小さい頃は想像できませんでしたし、トレーニングの進化など背景は様々なのでしょうが、驚きを隠せません。

 日本で行われるのは2020年。大河ドラマでもとりあげられ、いよいよまた渦に収斂していく感覚がやってくるのでしょうか。新しい10年のスタートになる大会期間の数週間は、もうすぐそこです。

 すぐそこ、といえば、2019年のスポーツイベントこそ目の前です。女子ワールドカップ、バスケットボールのワールドカップもありますが、国内的話題でいうと、2015年の熱狂が懐かしいラグビーが、いよいよ4年後のワールドカップを迎えます。日本代表の活躍もさることながら、世界各国のラグビーが間近で見られるチャンス。MLBの開幕戦が日本で行われるのもそうですが、こういう普段は見られない選手の一挙手一投足を食い入るように見つめることができる機会がやってくるのは、首都圏に住んでいてよかった、と思う田舎者です(苦笑)。

 いよいよはじまる1年。また年末に『Number』で総決算されるころには、どんな1年かわかることでしょう。また、たくさん写真を撮らなくちゃなあ……。



残る言葉、沁みるセリフ

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《 人生には時々、流されないと生きて行かれない瞬間が来る。そういう時は流されてもいい。だけど流れが穏やかになって自力で泳げるようになったら、泳ぐことだ。(略)そうじゃないといつまでも流されて、どんどん自分が本来着きたかった場所から遠ざかる 》


 そしてこう続く。《 自力で泳いでいる間に目的地を自分の意思で変更するのは構わないんだ。だが流されているだけなのに、安易に手近の岸にあがろうとしちゃダメだ 》と。さて、僕は今、流されているんだろうか。それとも、自力で泳げているんだろうか。



珍しく青春ミステリーなど Part1――丸善津田沼店 沢田史郎

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 今更、念を押すまでもないとは思うが、僕はミステリー読みでは全くない。

 Who、Why、Howといった知恵比べよりも、人物造型や感情表現のリアリティ、印象的な情景描写などに関心が向いてしまい、作者が周到に仕込んだ伏線や陽動にはちっとも気付かないまま読み進んだ挙句、いざ種明かしの段になっても「やられた!」とか「そう来たか!」なんていう驚愕を味わう以前に、「えっ? なんでそうなるんだっけ??」などと、そもそも謎解きというゲームに参加出来ていないという状況が頻繁にある。

 そんな僕がミステリーを薦めたところでどれ程の説得力があるのか甚だ疑問ではあるが、珍しくミステリーを立て続けに読んで、しかもそれがどちらもアタリだったから、ちょっと紹介してみたい。

 素人を主人公にしたミステリーって、制約が多くて大変だろうなとは、ミステリー音痴の僕でも想像はつく。捜索令状さえあれば鍵をこじ開けてでも建物内に入り込んで、ちょっとでも怪しいと思った物品は片っ端から押収出来る警察と違って、素人探偵の場合は何かを強制する権利を持たないのは勿論、相手の敷地に一歩でも無断で入れば不法侵入だし、犯罪の証拠と云えどもこっそり持ち帰れば堂々たる窃盗罪である。

 20~30年前頃のミステリーでは、一般庶民の俄か探偵が、悪役の首筋をエイヤッと叩いて気絶させるだとか、針金を使ってものの数分で扉を解錠したりだとかいうケースが決して珍しくなかったんだけど、そんなこと、特殊な訓練受けた人じゃなきゃ出来っこないっちゅーねん(笑)。

 流石に最近は、そういった作者のご都合主義は見かけなくなったけど、それだけに、創作のハードルは一層高くなっているのではあるまいか。


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 ましてや主人公が未成年だったりしたら、その困難さは尚更だろう。親や教師の目はごまかさなきゃいけないし、当然、徹夜の張り込みなんかは無理だろうし、移動するにしても車の運転は出来ないしとっさに何万円も払って飛行機に飛び乗るなんてのも難しかろう。

 って言うか、そもそも「さっさと警察に届けろよ」って話だし、何かの事情でそれが難しくても、親とか先生とか周りの大人に相談するのがフツーだし、そういう常識を無視して未成年だけで事件を解決しようとするならば、その理由は何やねんってことになるけど、読者が納得出来る〝 理由 〟を作り出すのは至難の業に違いない。

 かと言って、親や警察をアテにしなくても済む程度の〝 事件 〟にしてしまうと、今度は緊迫感と言うか重大さが欠けてしまい、「そんなん、どーでもエエやろ」ってことになってしまって、そもそもミステリーとしてどうなの? ってことになりかねない。

 永嶋恵美の『一週間のしごと』は、そこんとこのバランスが絶妙で、〝 自分たちだけでどうにかしなきゃいけない状況 〟のリアリティと、子どもたちだけで解決できるギリギリの難易度という匙加減が大変巧み。故に、僕のようなミステリーを愉しむ事が下手な読者も、「いや、それあり得ないでしょ」などと野暮なツッコミを入れることなくハラハラ出来る。

 とりわけ、中盤以降、〝 事件 〟が当初の予想から少しずつズレ始めてからは、危機一髪の連続でかなりヒヤヒヤさせられるんだが、それは取りも直さず、主人公たちをきちんと〈 素人 〉らしく描いてきた作者の努力の賜物だろう。即ち、侵入だの戦闘だのに慣れていない高校生だからこそ「オイオイ大丈夫かよ」と心配になる訳で、先に述べたような〝 敵の後ろから忍び寄って首筋に手刀一発 〟的なご都合主義ミステリーだったら、この緊迫感は絶対に生まれない。

 と言う訳で、前置きが長くなったが『一週間のしごと』である。


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 主人公はともに高校1年生の恭平と菜加。恭平は頭脳明晰冷静沈着、菜加はおっちょこちょいの直情径行型。そして、高校受験を控えた菜加の弟・克己は、しっかり者だが少々ビビリ、というキャラ設定。

 物語の幕開けは土曜日の渋谷。ヤンママ風の母親が、幼い子供を怒鳴り散らして置き去りにする場面を、菜加がたまたま目撃する。放っておくのも気が咎めるので声をかけると、小学校に上がるかどうかという歳の子どもが、なんと一人で家に帰ると言う。鍵もちゃんと持っている。きっと慣れてはいるんだろう。とは言えさすがに心配だからと、子どもの自宅まで付き添ってみたものの、待てど暮らせど親が帰宅する気配はない。やがてお腹も空いてくる。

 と、ここで菜加が、交番ではなく自分の家に連れ帰ってしまうから、物語がこんがらがる。彼女としては、ちょっと飯でも食わせてやろうという程度の軽いおせっかいだったに違いない。が、実はタロウ――殆ど喋ろうとしないから、便宜上、菜加と克己が付けた名前――とその母親は、この時点でかなり危険な状況に置かれていて……。

 という導入部。繰り返しになるが、未成年がヤバい事件にそうとは知らずに首を突っ込んで、ヤバいと気付いた時には後戻りするには遅すぎた、というリアリティはなかなかのもの。

《 善良なる市民の義務は、迷子を交番に連れていくことであって、自宅に送り届けることじゃない。渋谷の駅前に交番くらいあっただろ 》

と、相談を受けた恭平が菜加を責めたところで後の祭り。教師や友人の目をごまかしながら、学校を抜け出したり、夜中に民家を見張ったりといった描写は、喩えるなら『007』を高校生レベルにスケールダウンしていながらも、緊迫感はそのまんまといった風情。


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 そして本作を傑作たらしめているもう一つの要素が、主役を務める3人の若者たち。先に述べたように〝 頭脳明晰でクールな恭平 〟〝 お人好しだけどおっちょこちょいの菜加 〟〝 一番の常識人で危ない橋は極力避けたい克己 〟というそれぞれの個性が徹頭徹尾ブレることなく、気弱だった筈のキャラがピンチに陥って発作的に勇敢になっちゃうみたいな強引さが全く無い。

 そして、事件のそもそもの発端ともいえるタロウ少年。セリフらしいセリフは殆ど無いにもかかわらず、こんなにも魅力的なのは何故なんだ? 物語の中盤、かすかな笑顔を見せる程度で喋りもしないし怒りもしなかったタロウが、思わず涙をこぼす場面がある。ちょっと長いが引用したい。

《 最近までタロウは母親のことを「ママ」と呼んでいたのだろう。菜加にも覚えがある。ちょうどタロウくらいのころ、子供っぽい呼び方が恥ずかしくなって、急に「お母さん」と呼ぶようになった。それでも、時折、思い出したように「ママ」と呼んでしまったことがある。
 リュックサックからハンカチを出して、タロウの涙を拭いてやった。「お母さん」と呼び始めたばかりの子供が「ママ」という呼び方に戻る時。それは、寂しかったり、心細かったりするときだ。
 泣くな、とは言えなかった。もしも菜加が泣くなと言えば、タロウは泣きやむに違いない。無理矢理にでも泣きやむこと出来る、タロウはそんな子どもだ 》

 そんなタロウが、泣くまいとしながらも抑えきれずに涙をこぼしているのだ。この健気さに胸打たれない読者は鬼である。そしてこの頃には既に我々は、どうにかしてタロウを幸せにしてやりたくて、だけど自分たちには手出しが利かないから菜加と恭平と克己を、全力で応援することになる。いや、よく組み立てたね、このストーリーを。

 実は本作、2005年の単行本発売時に読んで、面白い面白いとやたら盛り上がった記憶があるんだが、今回の文庫化で久しぶりに読んだらやっぱりめっちゃ興奮しながら読了した。書店員としてまたこの作品を販売できるのは実に恐悦至極に存じます。って言うか、もっと早くに文庫化しろよ、東京創元社。




 悲劇のヒロインとして生まれ変わったブロリーに心奪われました!

 昔からドラゴンボールが好きで、その中でも一番好きな敵キャラがブロリーでした。ブロリーは映画限定のキャラというプレミア感と屈強な肉体で不死身。子供の頃の私は、ブロリーを観て絶望を覚えたほど最強の敵キャラでした。

 これまで三度、劇場に登場した事から人気なのは周知の事実。そのキャラを改めて軸にし、今現在のドラゴンボールの世界に入れ込むのはどうなんだろう?と、最初は凄い心配でした。しかし、ものの見事に溶け込んでくる作品に仕上がっていて驚きました。ドラゴンボールを知ってる人も知らない人も、すんなり世界観に入っていける前半の重厚なストーリー。迫力のあるアクションシーン。鑑賞後の今、ありがとうと心から思う。

2018年も終わりましたので、年間の個人的ベストテンを上げます。

①スリー・ビルボード
②判決、ふたつの希望
③ブリグズビー・ベア
④孤狼の血
⑤彼が愛したケーキ職人
⑥タクシー運転手~約束は海を越えて
⑦ボヘミアン・ラプソディ
⑧ドラゴンボール超 ブロリー
⑨THE WITCH 魔女
⑩アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル



珍しく青春ミステリーなど Part2――丸善津田沼店 沢田史郎

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 越谷オサムと聞いて多くの人が思い出すのは、やっぱり『陽だまりの彼女』なんだろう。あの松潤が主演で映画化されて、たちまち文庫もベストセラー。くすぐったくなるような甘酸っぱい描写、思わず吹き出さずにはいられないユーモア、そして誰もが夢にも思わなかったクライマックスと、三拍子揃った実に完成度の高い小説だと思う。恋愛ものが好きな人ならまずもって後悔はしないだろうから、未読の方にはこの機会に、是非にとお勧めしておきたい。

 とは言え、だ。越谷オサムの本来の土俵は、決して恋愛小説だとは思わない。いや、恋愛小説が下手だと言っているのではないよ、念のため。恋愛の描写も巧いんだけど、彼にはもっと得意なジャンルがあるのだと、そう言いたいだけだ。

 その一例として、今回は『空色メモリ』を挙げてみたい。汗かきデブとひょろひょろメガネという典型的な〝 非モテ男子 〟という素材に、『陽だまりの彼女』的な恋愛要素と、北村薫『空飛ぶ馬』風の〝 日常のちょっとした謎 〟をブレンドして、恋と友情が弾ける、痛快で爽快な青春ミステリーに仕上がっている。

 舞台はとある田園地帯にある高校の文芸部……っていうだけで、既に非モテフラグって感じだが、その部長がひょろひょろメガネのハカセこと、河本博士、2年生。読書家故にやたらと博識ではあるが、その知識が他人とのコミュニケーションに役立った試しは無く、イジメられている訳ではないけれど注目を浴びることもないという典型的なマイナー系。

 ハカセの友人の桶井陸は、ブーちゃんというあだ名が示す通り、身長は170センチ弱なのに、体重は98キロ、ウエストは115センチという小さな巨漢。居場所が無いのかヒマなのか、多分両方なんだろうけど、正式な部員ではないのに文芸部に入り浸り。

 こんな2人だけが出入りする、校舎のはじっこの寂れた部室に、或る日、控えめで可愛らしい1年生のメガネ女子が、何故か入部を希望してやって来る。その楚々とした風情にハカセは解りやすく一目惚れ、陸はそんなハカセを面白がりながらもそこは友だち、一生懸命に援護射撃を開始する。


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 といった日常を、陸が日記とも随筆ともノンフィクションともつかない形で、我流に書き綴った文章が、本書『空色メモリ』であるいう構図。そのタイトルは、この文章を保存しているのが空色のUSBメモリだからってだけで、ロマンチックでもセンチメンタルでもないんだが、自分たちの日常をあけすけに綴っているだけに、陸としては、誰かに読まれてはちょっとマズい。

 ところが或る日、そのUSBメモリが盗まれたことで、陸とハカセを中心に何人かの高校生たちの運命の歯車が動き出す――って程大げさな話ではないんだが、山も谷も無かった彼らの学校生活が、途端にバタバタと騒がしくなる。

 物語の背骨になるのは当然、そのUSBメモリの捜索と奪還な訳だけど、他にも読みどころは幾つもあって、例えば件の〝 ハカセ一目惚れ事件 〟の行方。と言うか、一目惚れ事件を通して描かれる、ハカセと陸の間柄。

 恋愛経験ゼロのハカセは、野村さんというその1年生を前にすると、告るどころか、ごく常識的な会話すら成り立たない。《 沈黙がこわくてむやみに焦る 》と陸にアドバイスを求めたところで、陸だってまともに女の子と付き合ったことなど無いのである。《 その焦りが向こうにも伝わってんじゃないの? それで『なんか話しにくい人』みたいに思われてんだよ 》という気配までは察しても、じゃあどうすりゃ良いのかなんて、知恵も経験も持ち合わせは無い。

 だから、ちょっとした緊急事態でハカセが初めて野村さんに電話しなくちゃならなくなった時、上手く話せるかどうか不安がる彼に、陸は一言《 心配するな。相手も日本語だ 》と、無茶な励まし方をする。

 或いは、野村さんをカラオケに誘えるシチュエーションを陸がせっかく演出してやったにもかかわらず、そうとは気づかずにハカセがスルーしてしまった場面では、《 あー、じゃねえよ。絶好球見逃してむずかしい球に手を出しやがって 》と叱ったりもする。


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 そんな彼らのやりとりは〈 友情 〉とか〈 友誼 〉などの硬い響きではなく、〈 ツーカー 〉とか〈 馬が合う 〉といった柔らかさを感じさせる仲の良さで、読んでて実に心地が良い。

 そして我らが陸である。ブーちゃんなどと体型をネタにイジられてもどこ吹く風といった風情の彼はしかし、その体型こそが一番のコンプレックスになっており、だけども、体型を気にしてるのを悟られるのは恥ずかしいから、さも気にしていない風を装って、陽気で愉快な三枚目を演じ続ける。

 実は彼には、中学の時に勇気を出して告白したら、《 デブじゃなくて、普通の人じゃないとやだ 》とこっぴどくフラれた過去があり、それは当然大きなトラウマになっていて、そうは書いてないけど「俺みたいなデブが女の子を好きになるなんて、おこがましい」ぐらいに深々と、自己否定の根が張っている気配がある。だから、ちょっと気になる女子がいても、自分で自分の気持ちを、まるで生き埋めにでもするかのように葬ろうとする。

《 いやちょっと待て。なんでそんなことが気になる。なに色気出してんだ。デブだろ。ただのデブとしか思われてないよ 》と。気になる彼女は《 おれと仲がいいんじゃなくて、おれとも仲がいいというだけのことだろ 》と。そして、例のトラウマが顔を出す。《 中学のとき、そのへんを履き違えて痛い目に遭ってんじゃん 》と。

 解るよね? 誰だって、ピエロになりたいとは思わないじゃん。

 けれども、だ。件のUSB盗難事件を解決するため四苦八苦してゆく過程で、〝 デブの陸 〟を肯定してくれる仲間が、一人、二人と現れる。

 最初は陸も気付かない。体型が話題になると自虐的なギャグで笑いをとって、その裏では、トイレにこもって汗ふきシートを使いまくる。デブで汗かきというコンプレックスを覆い隠すのは、陸に取って三度の飯よりも大事な日課だ。ところが、少しずつ見えてくる。「なんか俺のデブとか汗かきとか、相手、あんまり気にしてなくね?」と(笑)。


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 そうなのだ。この小説、友情と恋愛で味付けしたミステリーという体裁を採りながらも、実は、コンプレックスだらけの若者がそのコンプレックスに懸命に抗って自分を肯定してゆく姿を描いた、めちゃくちゃ爽やかな青春小説なのだ。そしてその、自分の欠点から目を逸らそうとする弱い自分を、ナチュラルに受け入れて支えてくれる存在。即ち、〈 仲間意識 〉や〈 連帯感 〉をケレンも美辞麗句も無く実に真っ直ぐに描き出す。それこそが越谷オサムの、最も越谷オサムらしいところだと思うのだ。

 日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞となったデビュー作『ボーナス・トラック』では、ひき逃げされて命を落とした若者の幽霊と、その事故を目撃した青年が、奇妙な同居生活をしながら友情を培ってゆく姿を、爆笑+爆笑+最後は切なくという絶妙の筆遣いで描いてみせた。

 廃部寸前の軽音楽部を舞台にした『階段途中のビッグ・ノイズ』では、たった一人の部員となった主人公が、部員を集め、切磋琢磨し、時には言い争ったりもしながら、メンバーを信頼することとメンバーの信頼に応えることを学んで、四面楚歌だった状況をじわじわと変えてゆく。

 そして『空色メモリ』だ。

 人は見かけじゃないとか、恋愛は顔じゃないなんてキレイ事を言うつもりはない。スタイルが悪いよりかは良いに越したことは無いし、ブサイクよりも美形の方が、誰だって良いと思うだろう。でもさ……と、これ以上続けるとそれこそキレイ事になるから止めておくけど、「自分なんて」と欠点ばかりを挙げて一歩を踏み出せずにいる若者たちに、是非とも読んで貰いたい。

 無鉄砲なエネルギーと、傷つきやすい繊細さが矛盾することなく同居する十代という世代を、越谷オサムほど活き活きと描く作家は、そう多くはいないと思う。



新刊案内

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編集後記

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連載四コマ「本屋日和」

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1月のイベントガイド

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by dokusho-biyori | 2019-01-08 06:16 | バックナンバー | Comments(0)