読書日和

dokushobi.exblog.jp

「読書日和」備忘録

ブログトップ

2018年 10月 06日 ( 1 )

18年10月

a0304335_08215111.jpg




a0304335_08222861.jpg




a0304335_08224166.jpg




乾杯は……――文藝春秋営業部 川本悟士
a0304335_08225396.jpg


 この原稿を書いているのは、帰路の新幹線のなかになってしまいました。カープがマジックを減らしいよいよ地元優勝か!……ということでいてもたってもいられず、他の用事と合わせて実家広島に帰ったのが三連休前の金曜日。

『Number 962号』のカープ特集号をまって、現地での盛り上がりをルポにしながら……と皮算用をしながらの帰省でしたが、雨まじりの天候とあいまって雲行きが怪しくなり、結局、往路の「ビールかけのにおいをプンプンさせながら帰ったるわ!」くらいのテンションは、復路では「明日は早いしソフトドリンクを一杯飲むか……」という重苦しい言葉へと変わっていきました……。

 というわけで今回は、実家の書棚でみつけた一冊から、あるソフトドリンクについて取り上げます!

 読者の皆さんにとってソフトドリンクといえばお茶でしょうか、ジュースでしょうか。この辺りは年齢によって違ってくるところかもしれませんね。ちなみに、個人的な事情で今回は「スカッとさわやか」にすすみたいところなので、今の私の気分は炭酸ジュースです。

 いくつになってもおいしいですね、炭酸ジュース。夏祭りに秋祭り…八月、九月と小さい頃からよくお世話になりました。まさに「スカッとさわやか」といえばコカ・○ーラ、フランスの国民的炭酸といえばオラ○ジーナ……飲料メーカー社員に聞くとまさに星の数ほど炭酸飲料ジャンルの商品はあって、それぞれに固定のファンがいるようです。


a0304335_08244786.jpg


 今回取り上げる『なぜ三ツ矢サイダーは生き残れたのか』(……今更ですが、なんだかここまで商品名を隠してきた意味があまりないタイトルでしたね……)によれば、そんななかでも今も書店に並ぶような多くの文豪が愛してやまなかった飲料が、サイダーであるといいます。

 著者によれば、炭酸水はそもそも腐敗しにくかったこともあり、大航海時代の船乗りの日常にあふれていたもので、開拓の結果安く砂糖が手に入るようになると、レモン果汁と砂糖と炭酸水を合わせたイギリス式の「レモネード」が誕生しました。当初は治療薬として親しまれていたようです。

 伝来の諸説も色々あるようですが、そのレモネードが海を渡って日本にやってきたのは、幕末のころ。ここから日本のサイダーの歴史がはじまったというわけです。その後多くの日本人に愛されていきます。

 その一人が宮沢賢治で、彼は好物の天ぷらそばを馴染みの蕎麦屋で頼んでは、お店の仲のいい友人とよもやま話をしながら「ちょっと一杯やりましょう」とサイダーを注文していたとか。ちなみに、夏目漱石の家でもよく飲まれていたようです。夏目漱石は洋行帰りなので、当時としてはめずらしく「炭酸水」それ自体を飲むことに慣れている人だったのかもしれません。彼が胃潰瘍で病床に臥せっているときも、口にできたのは炭酸水だけだったというあたり、まさに「命の水」ともいえそうですね。

 意外なところでは、軍隊との相性も良かったようです。当時、旧海軍の戦艦にはすべて、ラムネ製造機が装備されていた、という話もあるとか。ラムネとサイダーはフレーバーの違いが大きく、ラムネはレモンの、サイダーはリンゴとパイナップル風味のものを使っていたようですが、後者のほうが値段が高かったため、ラムネは庶民派、サイダーは高級品とされていました。


a0304335_08251863.jpg


 そんな当時は高級品だったサイダーですが、軍隊の中では比較的安く手に入れることができたのだとか。若い兵士の間で親しまれ、彼らが親世代になっていく頃には「カレー」や「肉じゃが」と同様、世代をまたいで広まっていったのかもしれませんね。

 そんなサイダーは戦後、空襲などによって生産力が落ちた状態でコーラの来襲をうけたりしつつ、そのたびに長く残って現在に至るようです。炭酸が弾けるときに薫る独特のあの風味が、何年も愛されてきたということでしょう。

 今回の帰省では、発売の迫ったガリレオシリーズに触れようと、映画『容疑者Xの献身』を観たりなどもしたのですが、十数年ぶりにあった石神と湯川が杯を重ねるのはスコッチウイスキーのボウモアなんですね。見た瞬間、そうか、ボウモアか! と感動しました。えてして銘柄には銘柄の、個人的な思い出があったりするもので、彼ら二人にも、ボウモアにまつわる何かがあったのかもしれないな、と思ったからです。

 それこそ三ツ矢サイダーについての思い出を振り返ってみれば、中学の部活や試合の帰りにしばしばプシュッと開けて飲んだことでしょうか(今思えば仕事終わりにビールを飲んでる私は無事に正常進化を遂げているのではないかという気がしないでもないのですが、ここでは考えないことにします)。やっぱりそういうときの周りの様子というか、チームメイトの顔、話題になっていた音楽、履いていたシューズ……そういうものがセットで浮かんでくる辺り、あの頃から大して変われていない私は、案外あの時を楽しんでいたのかもな……と思えてきます。

 実家を背に移動しながらいうのも変な話ですが、今度の帰省では昔の友人に声をかけてたくなってきました。そのときに何を飲むのかって? 優勝の美酒なら「最高です」。



残る言葉、沁みるセリフ
a0304335_08285745.jpg


《 おまえの額が狭いのはおまえが選んだことなのか、
おまえは自分の意志で顎にホクロをつけたのか 》

『リバース&リバース』奥田亜希子

 アトピーの男の子をからかっている小学生たちを、おばあちゃんが一喝する場面。セリフはこの後、こう続く。《 自分では選べないようなことを持ち出して誰かを傷つけるのは、最も品性の下劣な行為だ 》と。いいこと言うなぁ、おばあちゃん。新潮社という出版社は、こういう本もたくさん出版してきたのだ。



ルールなんか知らなくってもPART2――丸善津田沼店 沢田史郎
a0304335_08373574.jpg


 先月に引き続いて、ルールなんか知らなくっても楽しめるスポーツ小説、第2弾。

 春に、なんとも嫌~な事件があったアメリカンフットボールだが、恐らく、あんな酷い話は例外中の例外ではなかろうか。あの一連の騒動を、「こんなことでアメフトを嫌いにならないで」と、祈るような気持ちで見つめていたファンやプレーヤーはさぞ多かろう。あの事件が発した警告や教訓は様々にあるのだろうが、少なくともアメフトというスポーツが悪い訳でない筈だ。

 ということで、今月の一発目は、私立城徳高校アメリカンフットボール同好会。

 僕も本書を読むまでは、アメフト部なんて大学か実業団にしか無いだろうと思っていたんだが、高校にも、全国で100チーム強はあるそうだ。

 と言っても、例えば高校野球なら、千葉県予選だけでも毎年170チーム前後が参加している訳だから、競技人口で言えばアメフトなんぞマイノリティの極みである。故に、テレビで中継されることはめったに無いし、サッカーで言えば天皇杯決勝に当たるライスボールでさえ、スポーツニュースで2、3分も映像が流れれば御の字である。当然、ファンも増えないし、それどころかルールの浸透もままならないというのが現状……と言うよりも、20年も30年も前からずーっとそうだ。

 そもそも、アメリカ生まれのスポーツってのは、概してルールが面倒臭い。

 ヨーロッパ産のサッカーやラグビーにだって初心者には解りにくいルールが全然無いとは言わないが、アメリカ生まれのバスケットボールの〈 バックパス 〉や〈 バスケットインターフェア 〉、ベースボールの〈 ボーク 〉や〈 インフィールドフライ 〉のややこしさに比べれば、〈 オフサイド 〉だの〈 オーバーザトップ 〉だのはカワイイもんである。


a0304335_08540007.jpg


 恐らくは、ヨーロッパ発祥のスポーツってのは、サッカーにしろラグビーにしろ或いはゴルフにしろテニスにしろ、自然発生的な遊びが少しずつ発展したものであるのに対して、アメリカ産のスポーツってのは、粗っぽく言ってしまえば、「こういうスポーツを作りましょう」という目的が先にあって、それに合わせて人工的に作り出されたという歴史があって、例えばバスケは、〝 寒い冬に屋内で出来るスポーツを 〟って目的が先ずあって、それに合致するようなスポーツを言わば無理矢理ひねり出した訳なんだけども、だからこそ無駄にルールが細かくなったと言うか、自然発生的に生れたスポーツなら何となく「こういう場合は、まぁこんな感じでいんじゃね?」といったユルさで長年運用されてきた歴史によって定着したルールを、アメリカ産の場合はゼロから論理的に組み立てたから、無意識の内に〝 緻密 〟になり過ぎたんじゃないか……と個人的には考えているけど正しいかどうかは知りません。

 とにかく、そんな風にルールがややこしいアメリカ産スポーツの中でも、極め付きがアメリカンフットボールであるという意見に、反対する人は少なかろう。大体、試合中に審判が巻尺持ちだして長さを測るって、どんだけ神経質やねん。サッカーのスローインを見てみろ。ボールがタッチを割った場所で構えたからそこから投げ入れるのかと思ったら、ずるずるずるずる5歩も6歩も歩いて、最初とは全然違う場所から投げても審判、何も言わへんやん。「大体、こんぐらいでいんじゃね?」。そういう大らかさが、アメフトには全然無い。

 って、けなしている場合ではなかった。むしろ、誉めなきゃいけなかったのかも知れないが、取り敢えずアメフト知らない人にかなり乱暴に説明すると……。


a0304335_08560773.jpg


①野球のように〈 攻守交代制 〉のスポーツである。サッカーなどは、守備側がボールを持った瞬間に攻撃に転じるが、アメフトの場合、基本的には攻撃側と守備側の交代は、野球のように一度プレーを中断して行われる(多少の例外はある)。

②野球のスリーアウトに対して、アメフトは〈 4アウト制 〉である(ここで言う〈 アウト 〉とは説明の為の造語であって、正式には〈 ダウン 〉と言います)。即ち、攻撃側は〈 4アウト 〉までに10ヤード(約9.1メートル)ボールを進める事が出来なければ、攻守交代。10ヤード進められたらそれまでの〈 アウト 〉はリセットされて、再び〈 4アウト 〉までに10ヤード進みなさい、となる。

③どんな時に〈 アウト 〉になるかと言うと、分かり易いのはボールを持った選手がコートから出てしまった時や、タックルで潰された時。他にも色々あるけど、まぁ最初は細かいことはいい。

④とにかく、〝〈 4アウト 〉以内に9.1メートル以上ボールを進める 〟という行為を繰り返して、結果的にゴールラインの向こうにボールを持ち込めば、めでたく〈 タッチダウン 〉で6点貰える(ラグビーのようにボールを地面につける必要は無い)。

 相当に大雑把だが、これだけ知っていれば、何となくは試合の流れについて行けると思う。

 で、その〝 何となく 〟で楽しめてしまう小説が、須藤靖貴『俺はどしゃぶり』だ。念のために言っておくが、細かいルールや専門用語が出て来ない訳ではない。ただ、そういうところは「よく分からん」と読み飛ばしても話の筋は追えるし、一つ一つ理解してからでないと読み進められないという人には、巻末に専門用語の脚注もある。そして何よりも、この小説の醍醐味は、プレーの描写ではない! ということが大事なとこだ。

 ならば、その〝 醍醐味 〟とは一体なんぞや? それを今から説明するから、まぁお聞きなさい。


a0304335_08580965.jpg


 舞台は先ほど申し上げた通り、埼玉県にある私立の男子高。そこで、語り手であり主人公である国語の教師・佐藤吾郎が、アメリカンフットボール部を立ち上げる。その名も城徳ベアーズ。但し、部員の勧誘で早々につまづく。身体能力が優れた奴はとっくにどこかしらの部に属しており、結果、集まったのは《 運動経験は体育の授業だけ 》といったスポーツ落ちこぼれ軍団。

 そんな彼らが汗と涙と友情でめきめき実力をつけて大会でダークホース的な快進撃を続け……たりは全然しない。

 練習は、サボりも手抜きもせずに黙々とやる。時には喧嘩するぐらい熱くもなる。だから、入部前は体重100キロを越えていた生徒の身体も、数カ月でグッと絞られて逞しくはなった。けれど、ロクに運動したことすら無いズブの素人がそう簡単に強くなれるほど、スポーツってのは甘くない。技術的にはまるっきり亀の歩みである。初めての対外試合では、94対0という大敗を喫した。センスも才能も無いのは明らかだ。それは多分、彼ら自身にも判っている。

 それでもベアーズの面々は、アメフトをやめようとは思わない。「好きこそものの上手なり」と言うよりも明らかに「下手の横好き」の部類なんだが、一向に上達しないのに、毎日飽きもせずグラウンドに出て、真夏のクソ暑い時期でもプロテクターをつけてヘルメットをかぶり、必死ににグラウンドを駆け回る。

 そうなのだ。スポーツというものは、才能があるからやる、才能が無いからやらない、というものではないのである。

 その姿に胸打たれるのは、何も読者だけとは限らない。

《 何かがうまくいかないとき、俺はそれを「でぶ」のせいにしてきた 》と、顧問の吾郎は述懐する。

《 足が遅い、懸垂が一回もできない、勉強ができない、意地汚い、女にもてない……。すべて太っているせいだった 》

《 ならばジョギングするなり減食するなりして痩せればいいのだが、そういう発想は浮かばなかった 》

《 でぶだから仕方ないと自他ともに認めてしまう。何に対してもすぐに諦めてしまう 》


a0304335_08591057.jpg


 でぶで運動音痴でセンスがゼロでも、懸命に前に進もうとするベアーズの選手たちと、過去の自分とを引き比べて、「俺」は頬ゲタを張られたような気持ちになるのだ。

《 拍手を送りたい。誰か脱落すると思っていた。(中略)ダンプカーがラリーコースを走らされているようなものだろう。いつ逃げ出してもおかしくない。なにしろまともに走れなかったのだ。だが連中は頑張った 》

 やはり、である! 若者が損得抜きで何かに打ち込む姿ってのは、胸をうつもんなのである!

 そして、いよいよ今シーズン最後の試合。我らがベアーズの目標は、初勝利! ではない。一度でいいから試合中にタッチダウンを奪ってみたい――。それだけ聞けば、何て情けないチームなんだと思うだろう。だが、ここまで170ページ、彼らの奮闘を見つめてきた読者諸兄は、決してそうは感じない筈だ。アメフトのルールが分からなくても、ベアーズの面々が己の限界に挑戦し続けてきたことは、読者の胸にはハッキリと刻まれている筈だ。

 故に。第4クォーターのラスト数秒。精根尽き果てて足元もおぼつかない選手たち。その一人一人の肩を抱くようにして、吾郎が強く優しく飛ばす檄。《 ……いいか、これが最後のオフェンスだと思え 》から始まるセリフに、手に汗握らない読者はいないだろう。

 先に述べた「この小説の醍醐味は、プレーの描写ではない!」とは、そういうことだ。



今月の紹介本



永野裕介のスクリーンからこんにちは。
a0304335_10010168.jpg



 レバノンから大傑作の誕生です! 下半期に入ってから断トツに面白い作品! 激押しです!!

 最初はスルーしようと思っていました。何故なら、個人的に宗教や政治が絡んだ作品は少し苦手なのと、この手の作品は著しくエンタメ性に欠ける事が多い印象があるからです。けど、アカデミー賞にノミネートされた作品なので観とくか……と言うのが最初の思いでした。しかし、劇場を出た時の思いは、自分の先入観を悔いました。法廷劇でこんなにエンタメ性が高い作品だったとは……。

 この作品で、まず素晴らしいと思ったのは話の入り。補修工事の現場監督ヤーセルがアパートの水漏れ工事を進めた所、その部屋に住むトニーが出て来て、そんなの頼んでない! と激怒。新しく取り付けた排水管を破壊する。これにヤーセルは我慢できず、クズ野郎と吐き捨てる。何か身近に起こりそうだな~と思い、すぐストーリーに入れました。そして、トニーはヤーセルの悪態を許さず、謝罪を要求。しかし、絶対謝らないヤーセル。

 この小さな出来事から話はドンドン大きくなり、レバノン全土が注目する裁判に……という流れ。あの時、謝っていればな~……。

 そう、これです! これがその作品です。いつの間にか当人同士より外野が大騒ぎ。聞き覚え、身に覚えはありませんか? これです! 勿論、この作品には宗教や政治の問題はありますが、それを抜きにしても最高に面白い作品だと私は思います!



ルールなんか知らなくってもPART2――丸善津田沼店 沢田史郎

a0304335_10034040.jpg


 さて、アメフト以上に〝 設定 〟で忌避されるジャンルがある。競馬だ。興味の無い人にとっては、働きもせずに金儲けを目論む欲張り者たちのギャンブル、程度にしか映らないかも知れない。そういう一面も確かにある。

 だが、それ以上に競馬と言うのは、一秒でも早くゴールを駆け抜けるために、人と馬とが心を一つにして戦うスポーツなのである。だから僕も、野球の日本シリーズやJリーグのチャンピオンシップを観る感覚で、ダービーや有馬記念も結構観るけど、馬券は殆ど買ったことが無い。

 で、スポーツとしての競馬の面白さを、初心者にも分かり易く垣間見せてくれるのが、2001年の小説すばる新人賞受賞作、松樹剛史の『ジョッキー』だ。

 主人公はタイトル通り、中央競馬の騎手・中島八弥・28歳。諸事情あってどこの厩舎にも属さずフリーで活動しているが、最多勝に絡むような有力騎手ではないので、騎乗依頼はなかなか来ない。乗る機会が少ないから、レースで勝ち星を重ねて名を上げることも出来ない。名前が売れないから、騎乗依頼はなかなか来ない。以下同文……といった悪循環で、時には冷蔵庫の中が空っぽになるほどの、食うや食わずの生活が続いている。

 スポーツに限らずどんな世界でも、功成り名を遂げて記憶や記録に残る人というのは、ほんの一握り。大多数は、チャンバラ映画の斬られ役の如く、顔も名前も覚えて貰えないままひっそりと活動してひっそりと舞台から消えてゆく。

 ではそういった名も無き多数派が皆、才能が乏しかったり努力が足りなかったりするのかと言うと多分そうではなく、ある世界で成功する為には人間の力ではどうしようもない〈 運 〉とか〈 巡り合わせ 〉といったものが、やはり必要なんだと思う。


a0304335_10121497.jpg


 で、八弥。それぞれの馬の気質や脚質を見極めて疾走本能を引き出すのは抜群に上手いのに、ツキに恵まれずに結果が出ない。にもかかわらず、腐らない。勝てなくても、人のせいにしない。なおかつ、馬が頑張って走った後には、精一杯誉めてやる。更には、勝てない時もたまに勝てた時も、変わらずに支援してくれる周囲への感謝を忘れない。そんな彼の快活さのお蔭で、物語全体が常に明朗な雰囲気に充ちている。

 また、八弥よりも遥かに運に恵まれているように見える後輩・大路佳康も、憎み切れない生意気さで、ストーリーにユーモラスな味付けをして飽きさせない。何しろ、たまに八弥がレースで勝つと、《 やりましたね! 生活費二ヵ月分! 》などと、馬鹿にしてるのか喜んでるのか判断に迷うような祝福をしたりする。

 その他にも、成績不振で引退するジョッキーや、逆にデビュー以来連勝街道まっしぐらで、八弥の数倍、数十倍の賞金を稼ぐ同期などが、ある時はライバルとして、またある時は同じスポーツに懸ける友人として、八弥の騎手人生に出入りする。

 更には、男性中心の古い体質を引きずる競馬界で孤軍奮闘する女性調教師や、実力はありながら勝ち星に恵まれない八弥を何かと気にかけてくれる調教師、飼い葉の管理から馬小屋の掃除まで厩舎の雑用係とも言える厩務員など、表からは見えない場所で競馬を支えている人々も仔細に描かれ、競馬が〝 馬を走らせるだけ 〟の単純なスポーツではない事がよく解る。

 よく解かると言えば、レース中の騎手のテクニックも具体的に描かれていて、「ただ馬に乗ってムチを振るっているだけじゃないんだ!?」と、初読の時には大いに驚いたのを覚えている。例えば、右脚を前に出す〈 右手前 〉と左脚を前に出す〈 左手前 〉を、手綱とあぶみを操って巧みに入れ替える描写など、まるでサッカーの神業フリーキックでも見せられたかのようで、まさにスポーツと呼ぶに相応しく、読後は〈 競馬 〉を観る目が確実に変わるに違いない。


a0304335_10131713.jpg


 そして終盤。貧乏神に取り憑かれたような八弥にも、遂に巡ってきた一世一代の大勝負。舞台は秋の天皇賞。しかし相手は、競馬史に残るような活躍を見せる名馬中の名馬。対して、八弥が乗るのは、無類の末脚を持ちながら常に後方を気にして、レースに集中出来ない臆病な馬。そんな相棒に八弥は、過去の失敗を後悔し続ける自分をいつしか重ねるようになる。

《 リードはまだ十分にある。ゴールまでは、もう二百メートルを切っている。しかしエスケプはその場所を見ずに、後方ばかりに気を取られて、後方ばかりにおびえている。/情けないと八弥は思った。/同時に八弥は、そこに中島八弥の姿を見た。/――俺も、似たようなものか 》

 本当は、この直後の十数行を引用したいんだが、言ってしまうと読者の楽しみが半減してしまうから我慢する。我慢するが、これだけは言う。このクライマックスを読んでいる最中は、元からの競馬ファンも本書で初めて競馬を知った人も、共に観客の一人となって、「行けーっ!」と叫びながら拳を振り回しているに違いない。

 そして、くどいようだがやっぱり確信する筈だ。〈 競馬 〉はギャンブルである以前に、過酷でドラマチックなスポーツである、と。

 ついでながら触れておくと、本書を読んで競馬に興味を持たれた方は、是非、宮本輝の『優駿』にも手を伸ばして頂きたい。生産者、馬主、騎手、調教師、そしてファン……。幾人もの人生がオラシオンという名馬を軸に次々と連鎖して、思いもよらないドラマが生まれる。オラシオンの活躍をそれぞれが勇気に変えて、人生の艱難を乗り越えてゆく。

 随分前に仲代達矢と斉藤由貴、緒方直人で映画化された事があって、そっちの方はちょっとアレな出来だったけど、原作は吉川英治文学賞を受賞した、宮本輝の初期の代表作。クライマックスは東京優駿=日本ダービーの府中競馬場。これまでの3年間にそれぞれの形でオラシオンに関わってきた人々が、それぞれの思いを胸に見つめる先には、ゲートの中で風にたてがみをなびかせるオラシオン……。


a0304335_10135776.jpg


 初読の時はアルバイト先の休憩室で、物凄い勢いで涙が溢れて止まらなくなって、恥ずかしいからトイレの個室に隠れて読み進めたのを、今でもハッキリと覚えてる。

 競馬の世界を舞台にした小説ではあるけど、主題は競馬そのものではなく、オラシオンという名馬に大なり小なり関わることになった人々が、それぞれの形で迎えることになった〈 人生の岐路 〉。だから、GⅠが何だとか斤量が何だとかいう競馬の知識は、全く無くても大丈夫。読後は、〈 感動 〉などという単純な言葉では表しきれない様々な感情が、胸の奥から溢れ続けるのを止められなくて途惑うに違いない。

 近藤史恵『サクリファイス』は、僕が知る限り〝 初心者に最も優しいスポーツ小説 〟だと思う。

 何しろ初読の2007年には、〈 ツール・ド・フランス 〉なる自転車のレースがあるのは知っていたが、「ル・マン24時間の自転車版?」みたいな、超間違った知識しか持っていなかったのに、読み始めたら一気呵成。しかも、自転車ロードレースの何たるかをストーリーに巧みに織り込んで説明してくれているから、読了後はいっぱしの自転車通気取り(笑)。

 一つには、著者自身がロードレースのド素人で、たまたまテレビで見かけたレースシーンに魅了されて小説化を思い立ち、自転車についてゼロから調べて書き上げたという経緯があるからだろう。だから、ロードレースを知らない人でも〈 ここさえ理解して貰えれば、面白さは伝わる筈 〉というポイントは体験的に知っていたろうし、逆に〈 こういうところを説明しないと、初心者には難しい 〉という点もしっかり把握していたに違いなく、だからこそ、これほどまでに素人が楽しめる作品になったのではなかろうか。


a0304335_10155810.jpg


 で、その自転車ロードレース。所謂〈 競輪 〉のように専用の楕円コースをグルグル回るのではなく、一般の公道を通行止めにして使うという点で、マラソンをイメージして貰うと解かり易いかも知れないが、距離と時間が全然違う。

 何しろ一日に150キロから時には200キロ以上、5時間から7時間も走り続け、レースによってはそれを何日も続けてトータルの優勝者を決めるというのだから、傍から見れば狂気の沙汰だ。因みに前出の〈 ツール・ド・フランス 〉は、山あり谷ありのコースを3週間、2日間の休息日以外は雨の日も風の日も走り続けるというから、もはや非人道的と言っていい(笑)。

 そんな過酷なレースだから、実は個人で競いながらも緻密なチームプレイが不可欠で、故に〈 エース 〉と〈 アシスト 〉という役割が存在する。そして、それこそがこのスポーツを面白くしている最大の要因だ。

 取り敢えず〈 エース 〉については説明は不要だろう。文字通りチームの中心的存在で、勝利の担い手。一番速くて強い人。チームは〈 エース 〉を勝たせる為に戦略を組む。ならば、〈 アシスト 〉とは何ぞや?

 本書『サクリファイス』の中で《 捨て駒 》と喩えられる場面があるが、〈 アシスト 〉とはまさしくそれで、例えば〈 エース 〉の体力温存の為にその前を走って風よけになる。〈 エース 〉がパンクしたら自分のタイヤを差し出す。サポートカーから補給用のドリンクを受け取って〈 エース 〉に届けるなどなど、自分もレース中であるにもかかわらず〈 エース 〉への滅私奉公を優先し、その結果自分がリタイヤしても〈 エース 〉が優勝出来ればそれでヨシという、縁の下の力持ち的な存在。


a0304335_10164077.jpg


 そんな役回りを、《 自由 》だと感じるのが、『サクリファイス』の主人公・白石誓=愛称・チカ。陸上の3千メートルでインターハイ優勝まで勝ち取った実力の持ち主ながら、常に勝つ事を期待され続け、勝利を義務付けられたような窮屈さに心が悲鳴を上げている時に、たまたま知ったロードレース。必ずしも自身の勝利を目指す訳ではないという〈 アシスト 〉に魅力を感じて転身し、プロチームに入って2年目の23歳。

 チカが所属するのは、大阪を拠点とするチーム・オッジ。そこにいるのは、日本でもトップクラスの絶対的エース・石尾豪を初め、7年間石尾をアシストし続けてきたベテランの赤城、若手の中ではスピードはピカイチ、いずれ石尾にとって代わるとさえ囁かれている、チカと同期の伊庭和実など、個性的と言うよりもクセが強いと形容すべき自転車おたくたち。

 そんなオッジが日本各地を転戦する姿を追う内に、自転車を全く知らない人でも少しずつルールを理解し、同時にその魅力に取りつかれてゆくのが『サクリファイス』の凄いとこ。

 と同時に、近藤史恵が本格ミステリーの新人賞・鮎川哲也賞でデビューしたという事を、思い出して頂きたい。

 第2章から始まる〈 ツール・ド・ジャポン 〉。移動日を挟みながら正味6日間で争われる国内有数のこのレースでの、各登場人物の言葉や行動を、決して飛ばし読みなどせずに、どうか細大漏らさず脳裏に刻みながら読んで欲しい。とりわけ、エースである石尾が、〈 勝利 〉へのこだわりをチカに滾々と語る場面。

《 アシストを徹底的に働かせること。それが勝つためには必要だ。自分のために働かせて、苦しめるからこそ、勝つことに責任が生まれるんだ。奴らの分の勝利も、背負って走るんだ 》

 最終章まで読み終えて、この石尾の覚悟と矜持の本当の意味を読者が知ったその時こそ、読者は、近藤史恵がミステリー出身の作家であったことを思い出し、本作が、スポーツ小説の中に巧みにミステリーを織り込んだ稀に見る傑作であることを、思い知るに違いない。


a0304335_10185755.jpg


 勿論、団体競技特有のチーム内の友情や確執、嫉妬や競争心も丁寧に描写されているから、謎解き云々は取り敢えず措いておいて、まずは傑作スポーツ小説としての喜怒哀楽を存分に楽しんで頂きたい。そうして読了した時に、衝撃で呆然とするのも、感極まって落涙するのも、それは皆さんご自由に(笑)。

 因みに本シリーズは長編としては『エデン』 『スティグマータ』と続いていて、更にスピンオフ的な短編集『サヴァイヴ』も刊行されている。そして、それらのどれもが『サクリファイス』に勝るとは言えども劣らない緻密な構成に仕上がっているから、『サクリファイス』がお気に召した方には断固おすすめしておきたい。

 特に短編集『サヴァイヴ』に収録されている「プロトンの中の孤独」は、犯罪や事件など一切発生しないのに、鮎川賞作家・近藤史恵の面目躍如! 『サクリファイス』でチカを鍛え上げたエースの石尾豪。彼がまだ新人だった頃のエピソードを描いた僅か60ページ程の短い話なんだが、本格ミステリーのお手本のようなフィニッシュで、僕なんぞは、結末を知っている今でも、読み返す度に気持ちが高揚するのを抑えられない。

 昨今は〈 ツール・ド・フランス 〉の映像もネットに多数上がっているから、それを流しながら読むのも、気分が盛り上がっておすすめです。



連載四コマ「本屋日和」――丸善津田沼店 西尾文惠
a0304335_10215654.jpg




編集後記
a0304335_10224772.jpg




新刊案内
a0304335_10232199.jpg




a0304335_10233556.jpg




a0304335_10234713.jpg







[PR]
by dokusho-biyori | 2018-10-06 10:31 | バックナンバー | Comments(0)