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17年05月 前編

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 今回、最も入手に苦労したのが『人形はなぜ殺される』だった。近所の大型書店に行ってもどこも置いていないし、営業先で探してもなかなか見つからなかったのだ。一応、まだ版元品切れにはなっていないようだが、このままだと再び絶版の憂き目も近いだろう。しかし、これほど素晴らしいミステリーが新刊で手に入らなくなるのは誇張でなく日本ミステリー界における大きな損失になる。ということで、ぜひ気になった人は書店で買って欲しい。面白さは保障済みである。

31位 水上勉『飢餓海峡』新潮文庫
 日々の暮らしに何となくの物足りなさは感じていたとしても、徹底的な欠乏感、飢餓感を覚えることは現代では稀だろう。ところが、つい60年ほど前まではこの国全体が絶対的な飢餓感で覆われていた。本書の犯人はそのなかでも圧倒的な飢餓感に突き動かされた人物だ。食べ物の欠乏だけではなく、金や地位、名誉といったあらゆるものへの渇望が、壮大な犯罪人生を彼に歩ませることになる。

 事件の発端は青函連絡船の転覆事故。多数の死者の中に乗客名簿にない二人の死体が発見される。同日札幌では強盗殺人が発生し、犯人が証拠隠滅を図った放火が街を焼き尽くす大火となっていた。二つの事件の関係性を疑い出した警察は、ある一人の男の存在にたどり着く。犯人もトリックも早い段階で明らかにされ、物語の大半は犯人の足跡をたどる刑事たちの執念の捜査に費やされる。この執念の捜査が一歩一歩犯人に近づいていく過程も読みどころなのだが、ちょっと視点を変えれば事件の捜査はすなわち、犯人の人生をたどる行為だと気づく。戦後の混乱期において一人の男が圧倒的な飢餓感に身を焦がすように生きてきた、壮絶な人生が浮かび上がってくるのである。

 全てを失った国において、全てを失った男が多くのものを手にしながら起こしてしまった悲劇の事件。10年に及ぶ捜査期間は一つの事件を追うには長すぎるだろうが、一人の男の人生をたどるには必要な時間だったのかもしれない。


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30位 山田風太郎『妖異金瓶梅』角川文庫
 山田風太郎のミステリーはその先進的なアイディアにおいて、多くのミステリー作家たちに影響を与えながらも「トリックの先取り」という点では後進を苦しめてきた(と思われる)。90位の『明治断頭台』、48位の『太陽黒点』などのメイントリックは「これを最初に思いついたのが自分だったら……」と悔やんだ小説家は何人いるだろう。この「トリックの先取り」において最も強烈なのがこの『妖異金瓶梅』である。あまりに大胆不敵なトリックにおどろいて、椅子から体がずり落ちた上に眼鏡もずり落ちたほどである。もちろん、どんなトリックなのかは明かさないが、連作形式の本書を第二章まで読み終えたとたん、この小説は異次元のミステリーに変貌するのだ、とだけ明記しておこう。

 ただ、メイントリックにばかり気をとられるのはもったいない。短編個々のトリックも十分すぎるほど素晴らしく、「赤い靴」などはオールタイムベスト級の傑作である。というより、メイントリックのおかげで短編一つ一つのトリックがじっくり楽しめる構造になっていて、読者は「次はどういうトリックを見せてくれるのだろう」と期待しながら次から次へとページを捲り続けることが運命づけられている。

 ちなみに、本書は中国四大奇書(場合によっては三大奇書)に数えられる『金瓶梅』『水滸伝』をベースにしながら書かれたミステリーである。北宋時代の大富豪・西門慶の屋敷で次々と起こる事件の謎を描きながら、武松などの梁山泊一派の影もちらつく。つまり、山田風太郎お得意の伝奇小説テイストも楽しめるのだ。山風エッセンスが凝縮された大傑作である。


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29位 高村薫『レディ・ジョーカー』 新潮文庫
 恐ろしく多種多様な要素を含んだ小説である。もちろん、主軸となるのは「レディ・ジョーカー」と名乗る犯罪集団が起こす誘拐事件と企業恐喝とはっきり分かる。ただ、そこからいくつもの物語が派生的に語られることになる。事件を捜査する警察の物語はもちろん、事件を追う記者、恐喝に脅かされる企業の経営陣、経済界の闇の部分……、様々な登場人物が「レディ・ジョーカー事件」を中心にそれぞれ全く違った思惑で行動する。企業恐喝だけでも十分大きな事件だが、著者はさらに踏み込んで事件が巻き起こすあらゆる波紋を描き、日本全土を巻き込んだ壮大なうねりを描いている。

 物語は壮大とはいえ、分解されれば結局個々の物語の集合だ。犯罪者たち、捜査本部の刑事、企業の社長、新聞記者、それぞれの視点を行き来しながら「レディ・ジョーカー事件」は語られる。まるで、テレビ番組をザッピングするように。犯人に翻弄される人々がいたり、犯人の思惑とは関係なく事件と関わる人物がいたり、個々の思惑が錯綜する様がリアリティたっぷりに描かれている。事件を犯罪者と警察の単純な二項対立として描くのではなく、事件の周辺人物たちの群像劇をして描いたことが、陰謀入り乱れる予測不可能な物語を完成させたのだ。

 最後に本書を読むにあたって、「レディ・ジョーカー事件」が「グリコ・森永事件」をモデルにしていることと、仕手株、総会屋といった言葉の意味は理解しておいたほうが物語を十分に楽しめることを指摘しておく。

28位 高木彬光『人形はなぜ殺される』 光文社文庫
 人が殺された時、怨恨だったり遺産目当てだったり、それ相応の理由が用意されているのがミステリーの約束事で、必ずと言っていいほど動機は論点に挙がる。「人はなぜ殺される」これは至極まっとうな疑問であり、いまさら鹿爪らしい顔で問いを発してもなんら新鮮味はない。しかし、殺されるのが人形ならば? 殺人事件の直前に人形が殺されていたとしたら、――人形はなぜ殺される、この問いは小説の焦点になるほどの重大な疑問になるのである。

 殺人事件と人形の消失を絡めた小説はアガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』を筆頭に数多く生み出されてきた。しかし、それらの多くは殺人事件の装飾物であり雰囲気作りに一役買っている程度だった。それもそのはず、殺人を実行する人間がわざわざ人形をいじる必要はないのだから。つまり、いわばミステリー小説の余剰ともいえる要素を見事にトリックとして仕立て上げたのが本書である。人形とすり替えられた首、列車に轢かれる人形、見事なトリックに必要不可欠なのだ。32位の『刺青殺人事件』でもモチーフとトリックの両立を成し遂げていたが、本作でも人形が醸すミステリアスな雰囲気とトリックが見事に調和している。心地よい作品世界に浸っていたら、その舞台設定そのものに驚かされる、ミステリー好きには至高の体験が約束された作品。


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27位 江戸川乱歩『孤島の鬼』 創元推理文庫ほか
 日本探偵小説の父といわれている江戸川乱歩だが、その業績を一冊の本に凝縮したとしたら、本書になるだろう。本格ミステリーの謎解きと読み物としての面白さを日本的な作品風土の中で実現したのが『孤島の鬼』なのだ。

 物語は二部構成になっている。前半は東京を舞台に連続殺人事件を描いたミステリー。密室殺人に衆人環視下での殺人と「ザ・本格ミステリー」な事件を素人探偵が解決する。驚きの真相が明らかになった瞬間、新たな謎が提示されて、主人公は孤島へと赴くことになる。そして、妖しげな一家が支配する孤島においてサスペンスフルな宝探しが始まる。そう、探偵の推理はいつものように物語に終止符を打つ役割を果たさない。むしろ殺人事件に隠された大きな闇を探り当て、物語を大きく展開させるために探偵は推理するのである。前半の殺人事件を解決することで巨悪と対峙する後半があるのであり、後半があるからこそあのトリックが成立しうる、見事としか言いようのない「メビウスの輪」のような構造が、探偵の推理によって成り立っているのである。

 異なる性質の物語が巧みな筆によって描かれる物語。本格ミステリーにサスペンス、そして猟奇性といった所謂「江戸川乱歩的なもの」のフルコースを味わえる作品だ。

26位 原寮『私が殺した少女』 ハヤカワ文庫
 概してハードボイルド小説の主人公は不運であるように思われるが、本書の主人公はそれを自覚した上で自身の運命をこう表現している。「まるで拾った宝くじが当たったような不運」。主人公である私立探偵の不運は誘拐事件に巻き込まれたことから始まる。それは何ともアクロバティックな巻き込まれ方で、犯人が身代金の受け渡しに主人公を指名したのである。もちろん、誘拐被害者の一家とは面識も何もない主人公である。指名される理由は分からないものの、受け渡し役を引き受け不運の泥沼に入り込んでいくことになる……。

 冒頭の誘拐事件に関してだらだら筆を費やすことはしない。この順位の小説で誘拐モノがつまらない訳がないし、なにより誘拐事件は早々に決着してしまう。物語のメインはその後の誘拐事件の真相究明にある。被害者の親族から誘拐事件の継続捜査(厳密にはやや違うが簡略化)を依頼された主人公が、依頼主の親族四人が誘拐事件に関わっていないかを調査しつつ、事件の真相にたどり着こうとするのがこの物語のメインだ。依頼の趣旨は「四人が事件に関して潔白であることを調べて欲しい」というものだが、それぞれの関与を調べるにつれて「誘拐被害者一家」が抱える問題・事情etcが明らかにされる。そして、その調査結果から次第に事件の真相も明らかになるのである。人を描きながら事件も描く、見事な構成である。調査ものの醍醐味とミステリーの驚き、ハードボイルドのカッコ良さが全て詰った一冊だ。


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25位 松本清張『砂の器』 新潮文庫
 発端は身元不明の死体が線路の上で発見された事件。手がかりは事件直前に若い男と被害者が飲み屋で話しこんでいたという目撃情報のみ。警察はわずかな手がかりをもとに被害者の身元特定、そして犯人の特定にのりだす。しかし、インターネットもテレビもない時代のことだ。我々の想像もつかないほど被害者の身元を特定するのは困難を極めるのだった。

 マスメディアが発達していなかった舞台だからこそ、刑事の個々の執念が光る。彼らの執念が浮き立てば浮き立つほど、読者も近づいては遠のく真相のとりこになってしまうのだ。なにせ解明すべき謎は山ほどある。被害者の身元、犯人との接点、犯行の動機、そして真犯人の正体……。これらすべてが警察の捜査を描くことによって明かされるのではない。並行して描かれる前衛芸術家たちの物語が事件捜査と交叉し始めた瞬間から事件は真相の断片を現し始めるのだ。泥臭い事件捜査の世界とハイカラな若い芸術家たちの世界を交叉させ、事件を形作る複雑な人間関係の綾が解き明かされていく過程は見事としか言いようがない。執念の捜査で明らかにする事件の真相、まとめてしまえばこれだけだが、熱量を感じる執念の書き方、単純な様で計算された事件の構造に引き込まれてしまうのは必至だ。

24位 江戸川乱歩「二銭銅貨」 文春文庫『江戸川乱歩傑作選 獣』収録
 たった二枚の銅貨からここまで話が膨らむものなのか。ざっくり話の筋を説明すれば、帝大の貧乏学生が二枚の銅貨から推理に推理を重ねて大金の隠し場所を探し当てるという、いわば「論理のわらしべ長者」。この小説が乱歩のデビュー作であり、「本格的な探偵小説を書いてやる」という意気込みを感じる短編に仕上がっている。謎解きよりも怪奇色が強かった「変格探偵小説」が多かった当時、論理性を重視した作品を世に送り出すことは乱歩の強い願望だったに違いない。それはこの小説がほとんど探偵役の台詞、つまり推理で成り立っていることが表している。銅貨の発見からどのような思考の筋道をたどって金のありかを突き止めたのか、探偵の思考をたどることが物語になっているのである。物語に謎があって推理をするのではない。謎を推理をすることが謎を生み、その謎を推理することでまた謎が生まれていく……、まさに推理をすることそれ自体が物語となった、最高度に純度の高い探偵小説だ。ミステリーを読む醍醐味が最も体感しやすい小説の一つといえよう。

 「純粋に論理的な小説? なんだか難しそう……」と思われたなら謝らねばなるまい。要するに「一人の男が語る、地に足ついた妄想話」だと思ってもらって間違いない。抜群に面白い妄想であることは約束する。


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23位 京極夏彦『姑獲鳥の夏』 講談社文庫
 この作品がミステリー界に与えた衝撃は計り知れなかっただろうと思う。それも全てあの「驚愕の真相」にあるのだが、この「驚愕」の意味合いが他のミステリーの宣伝文句と違っている。賛否両論、まさに未知のジャンルと遭遇した戸惑いを含んだ驚愕だったのだ。

 京極夏彦はこの作品で一種の実験をしたのではないかと考えている。それは科学的、哲学的な知識や論理を極限まで突き詰めたうえでしか構築できないトリックは可能かという実験だ。冒頭で京極堂と関口が交わす(京極堂がレクチャーする?)認識論や記憶に関する問答を長々と繰り広げるのであるが、あれは「驚愕のトリック」を成立させるための土壌を読者の中に作る準備作業であり、SF小説であれば作品世界の説明に当たるものだったのだ。この論理の土壌なしにして真相のみを知ったのであれば、あのトリックは「トンデモトリック」として相手にすらされないだろう。しかし、京極堂のレクチャーによって論理の土壌が出来上がっている読者は(賛否こそはあれ)あの真相を理解できてしまう。と、同時にこの本が今まで体験したことのない種類のミステリーだったことに気づくのだ。

 賛否両論巻き起こしたミステリー、これが成功したか否かはこれがシリーズ化し、非常な人気を博している事実が答えになっている。

22位 有栖川有栖『双頭の悪魔』 創元推理文庫
「読者への挑戦状」、探偵が真相を語り出す直前にはさまれる、「ここまで読めば真相に到達することはできる。さあ、読者よ推理したまえ」といった主旨のページ。これが本書では都合三回も繰り返される。なぜ三回も繰り返されるのか、それはこのミステリーが三段ロケットのような構造になっているからなのと、それだけフェアな論理を展開できると著者が自負しているからだ。

「学生アリスシリーズ」の第三作目にあたる本作は、おなじみの推理小説研究会のメンバーが、奇しくも二グループに分かれて事件に遭遇する。完全に連絡が途絶えてしまった状況でそれぞれに事件の真相を解明するのである。つまり、名探偵役の江神二郎が不在のグループ(有栖川、織田、望月)もディスカッションを重ねながら犯人の名前を言い当てるのである。探偵・江神の明晰な推理もいいが、行きつ戻りつのディスカッションも面白い。もちろん、「読者への挑戦状」を挟んだ後の解決編になるので、両者とも鮮やかな論理で犯人を言い当てる。

 以上で終わったとしても十分ミステリーとして満足な作品だが、この二つの事件が解明された後にも「読者への挑戦状」は突きつけられる。そう、コトは二つの事件を個別に解決して終わりではなかったのだ。第一、第二の解決編の後、安心しきっていた読者は最後の最後に最も驚くべき推理を江神の口から聞くことになる。論理の美しさもさることながら、事件の構想も練られた本格推理の一つの完成型である。



後編に続く⇒



















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by dokusho-biyori | 2017-05-03 08:59 | バックナンバー