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15年08月

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『ゲームセットにはまだ早い』須賀しのぶ
幻冬舎 9784344026490 ¥1,400+税


プロ野球選手になりそこねるも今もその夢をあきらめきれない高階圭輔。嫌々会社の野球チームのマネージャーに任命された無気力な女子・安東心花。家族を養う父親と、弱小チームの主将という立場の狭間で悩むベテランエースのクニさん、将来を期待されるも、身体も心もボロボロになり二度と投げられなくなってしまった元プロ野球選手の直海隼人。そんな寄せ集めのメンバーが、個性豊かな監督・片桐のもとで、自らの再生を試みる。野球を知らない人にも120%楽しめる、大人のための青春小説!(幻冬舎HPより)

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〝キング・カズ 〟 こと、サッカーの三浦和良選手のことを考えている。日本人で「キング」を冠して呼ばれたのは、カズの他には多分、キングギドラぐらいではあるまいか(人じゃないけど)。カズはかつて、間違いなくキングだった。彼がいなかったら、日本代表を始めとするサッカー人気は、今ほど定着してはいなかっただろう。

 それほどの選手が現在、40代半ばを過ぎても現役にこだわり、格下のJ2で、しかも必ずしもレギュラーとは言い難い立場にもかかわらず、実に楽しげにピッチを走り回っている。その溌剌としたプレーからは、サッカーがとにかく好きだってのが理屈抜きに伝わってくるし、「好き」なことに妥協しない姿に励まされたような気になるのは、サッカーファンだけに限るまい。しかし、そうなるまでに恐らく彼は、人知れず様々な葛藤を乗り越え、同時に幾つもの覚悟を自らに強いてきたに違いない。

 そんなことを思いつつ、『ゲームセットにはまだ早い』を読み終えた。これはサッカーではなく野球の小説だけれども、カズのように「好き」を諦めない登場人物たちに、勇気づけられる読者は決して少なくない筈だ。

 学生時代には№1スラッガーとまで騒がれた高階圭輔。怪我でドラフトから漏れ、実業団の強豪チームで捲土重来を期していた四年目の春、不況のあおりで野球部の廃部が決定する。いつかはプロで、という夢を抱いて野球を続けてきた高階だが、プロはおろか、他の実業団でさえ獲得に名乗りを挙げるチームはない。そんな野球人生の瀬戸際に、かろうじて声をかけてくれたのは、新潟にある発足間もない弱小クラブチームだった……。

 壁を乗り越えて夢を追う。世間の評価ではなく自分の価値観で道を決める。そういう生き方は恰好イイ。だけどそうやって生きていくには、無責任に騒ぎ立てる周囲には絶対に解らない、辛さや難しさがきっとある。ましてや我らが高階は、プロ入り確実と言われていた 〝 元・逸材 〟 だ。プライドだってあるだろうし、不遇感から屈折した感情が燻っていたりもするだろう。しかし、それでも野球にしがみつく。
 彼だけではない。不完全燃焼のまま過去を引きずっている様々な野球人が、三香田ヴィクトリーというクラブチームに吸い寄せられるようにして集結する。かつて甲子園を沸かせた元・名監督、ドラ1で巨人に入りながら二年足らずで解雇された元・本格派、学生時代、人間関係をこじらせて二軍に甘んじ続けた元・頭脳派キャッチャー、etc……。

 そしてそんな元・腕利きたちを、地元商店街のおっちゃん、おばちゃん連中が、時に辛辣な野次を浴びせかけ、時にやんやと喝采しながら、人肌の温かさで支援する。とある町工場のオヤジは言う。

「人生には、努力が報われないことはいくらでもある。なんの才能もない人間でも、ただ堅実に努力を続けていればいつかは報われると信じてやってきて、それでもどうにもならないことってのはあるんだ。(中略)そういう人間でも、ぎりぎりまでやれるだけやったと思えれば、それはひとつの誇りになるんだ」

 好きこそものの上手なり、とは言うものの、「好き」なだけで続けられるほど、人生も世の中も甘くはない。子どもの頃には大好きだったのに、今は見向きもされずに埃をかぶっている「好き」が、誰の胸にもきっと幾つかは在る筈だ。大人になるとはそういうことだと割り切って、僕らはみんな生きている。だからこそ、自分自身に嘘をつかずに、「好き」を追いかけ続ける三香田ヴィクトリーの面々を、僕は拳を握って応援せずにはいられなかった。

 あのイチロー選手のインタビューをまとめた『イチロー、聖地へ』という本がある。(石田雄太著、文春文庫)。その中の一節を、ちょっと紹介してみたくなった。

「かつて、自分に与えられた最大の才能は何だと思うか、とイチローに聞いたことがある。彼は『たとえ4打席ノーヒットでも、5打席目が回ってきて欲しいと思える気持ちかな』と言った」

 プライドも世間体も封印して、一度は捨てた夢に往生際悪くしがみつく。そんな三香田ヴィクトリーの 〝 5打席目 〟 を、須賀さんが渾身の野球愛と、圧倒的な表現力で描き切った大人のための青春小説。『ゲームセットにはまだ早い』とは、そういう小説だと思う。(沢田史郎)



『放課後に死者は戻る』秋吉理香子
双葉社 9784575238839 ¥1,400+税


病院で目が覚めると、冴えないオタクだった僕の見た目は、イケメンの姿に変わっていた。そうだ、教室の机に入れられた手紙で呼び出され、僕は誰かに崖から突き落とされたのだった……助けに入ったイケメンと一緒に。退院した僕は、元いたクラスに転校生として潜入した。一体、誰が僕を殺したのか? 僕は、僕を殺したクラスメイト探しを始める――。(双葉社HPより)

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 死んだ人間が蘇ったり幽霊になったりして、謎を解いたり無念を晴らしたりするのは、個人的には大好きな設定。とは言え実は割とよく見るタイプでもあって、本筋以外のエピソードや人物造形で工夫が無いと、意外と退屈だったりするのだけれど、『放課後に死者は戻る』の場合は、さてどうか。

 主人公は鉄オタのネクラな高校生で、学校でイジメられてる訳じゃないけど、誰にも相手にされていない。その小山のぶおが、或る日、崖から誰かに突き落とされて命を奪われた……と思ったら、のぶおを助けようとして一緒に落っこちてしまった見知らぬイケメン高校生の、中身だけがのぶおになっていた!?
 巻き添えで死んでしまったイケメン君には申し訳ないけれど、暫く彼の体を借りて、自分を殺した奴を探してやろうと決意したのぶおは、イケメン高校生の高橋真治として、生前に通っていた学校に舞い戻る。

 といったところまでが第一幕で、物語は「のぶおを崖から突き落としたのは誰なのか?」という謎を主軸に進んでいく訳だけれども、それを探りながら高橋真治として生きるのぶおが、仲間をつくって他愛無い会話で盛り上がったり、文化祭の準備にクラスの一員として参加したり、目立たないけど気持ちの優しい女子に淡い恋心を抱いたり、つまり、小山のぶおだった時にはどうしても出来なかった、高校生らしい生活をおっかなびっくり体験してゆく描写がいい。更には、小山のぶおという人間を計らずも他者の目で見直すことになって、彼(=自分)に足りなかったものが何なのかに気付いてゆく、その過程が切なくも爽やかで、青春小説ファンなら堪らない筈。例えば次は、クラスの人気者の意外な面倒見の良さを知った時の、のぶおの述懐。

「ふと気がついた。僕はずっと、外見で暗いと判断されることに不条理を感じていた。でも、僕だって同じことをしてたじゃないか。外見がいいから鼻持ちならない奴だって決めつけて、近づこうともしなかった」

この場面、かつては味わうことが出来なかった友情めいたものの清々しさに途惑いながらもワクワクする内面が伝わってくるのと同時に、小山のぶおとして生きているうちに気付けていれば……という悔恨も溢れていて、死者ながらもその成長を、誰もが温かく見守ってやりたくなるだろう。この作品に、仮に謎解きの要素が無くっても、不器用な高校生が少しずつ友だちを増やしていく友情小説として、充分に読者を感動させることが出来るのではあるまいか。

 ここで、いい機会だから「怖くない幽霊」系の傑作を、幾つか紹介しておきたい。

 高野和明『幽霊人命救助隊』(文春文庫)は、僕のオールタイム・ベスト1。自殺した四人の男女の幽霊が、浮かばれない霊となって地上に舞い戻り、自殺志願者100人の命を救うために奔走する。「未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである」という一言は、日本文学史に永遠に刻みつけられるべき名セリフ。

 越谷オサム『ボーナス・トラック』(創元推理文庫)の主人公は、ひき逃げで命を奪われた青年の霊。いわゆる「見えてしまう」体質のファストフード店員と知り合って意気投合し、二人でひき逃げ犯を探す、という話。笑って笑って最後に泣ける。この著者、若者が仲良く何かに熱中する話を描かせるとピカイチです。

 梶尾真治『黄泉がえり』(新潮文庫)は、死者が生前の姿で蘇って来る話だから、幽霊と言うよりはゾンビだけど、多分、世界一泣けるゾンビの本。死後、遺された人たちに「寂しい」と強く思われた者だけが、ごく僅かな期間、甦って心残りを清算する。本人も周囲も、お互いをどれだけ大切に思っていたかを再確認してゆく過程が、とにかくひたすら温かい。長らく版元品切れだけど、何卒、重版して下さい。

 フレドゥン・キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』(酒寄進一 訳/東京創元社)は、五十年前に死んだ青年ピアニストが現代に甦り、音楽学校の生徒たちと学生生活をエンジョイする。その学生たちの弾けっぷりがとにかく楽しい青春小説かと思いきや、切なく美しいラストにびっくり。こちらも品切れが続いていたけど、九月に『幽霊ピアニスト事件』と改題されて、創元推理文庫になるそうです。めでたしめでたし。(沢田史郎)



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世界の果てのこどもたち』中脇初枝
講談社 9784062195393 ¥1,600+税

『きみはいい子』の中脇さんが挑んだ、戦中、戦後の70年。満州で出逢った三人の少女たちの生涯を通して、戦争が子どもたちから、如何に多くのものを奪うかを、これでもかというぐらいに描き切る。

『ワンダー』R.J.パラシオ/中井はるの[訳]
ほるぷ出版 9784593534951 ¥1,500+税

 遺伝的な病気で、顔に重大な障害をもって生まれてきたオーガスト。彼と、彼をとりまく人々の複数の視点で、差別とは何か? 優しさとは何か? そして勇気とは何か? を問いかける。平易な日本語で、小学校高学年ぐらいから読めそうです。

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『雲は湧き、光あふれて』須賀しのぶ
集英社オレンジ文庫 9784086800297 ¥540+税

 もう一つ、須賀しのぶさんの野球小説。高校野球を題材にした三つの中編。まさか「代走」を主人公に小説が出来るとは思わなかったよ。

『生還者』下村敦史
講談社 9784062196116 ¥1,600+税

 去年絶賛した乱歩賞作家、下村さん。今度はヒマラヤの高峰を舞台にしたミステリー。相変わらず、研ぎ澄ましたような日本語は健在。笹本稜平さんの山岳小説が好きな人は、本書もきっと楽しめます。

『火星の話』小嶋陽太郎
KADOKAWA 9784041028346 ¥1,400+税

 内乱を避けて火星からやって来たと公言する不思議ちゃんと、思いがけず彼女と仲良くなった主人公。二人の、風変わりな恋を、あっけらかんと描いた青春小説。終盤、隠し味的な切なさがグッとくる。



(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 08月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。


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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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by dokusho-biyori | 2015-07-28 22:20 | バックナンバー