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15年07月

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『喜知次』乙川優三郎 徳間文庫 9784198939779 ¥710+税
菊枕は頭痛持ちにきくというので先祖が植えた菊が咲き、花を摘み始める頃、妹ができた。日野小太郎は五百石の祐筆の嫡男だ。赤い頬の妹を”喜知次”と呼んだ。友人の牛尾台助の父は郡方で、百姓の動き不穏のため、帰宅が遅い。少年の日々に陰を落とすのは、権力を巡る派閥闘争だった。幼なじみの鈴木猪平の父親が暗殺される。武士として藩政改革に目覚めた小太郎の成長に、猪平が心に秘めた敵討ちと喜知次への恋心を絡めて、清冽に描く傑作時代小説。 (徳間書店HPより)

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「少年小説」という言い方があるのかどうか知らないし、あったとしてもその定義も分からないんだけど、とにかく、大人への道のりを歩き始めた少年(もしくは少女)が主人公で、子ども時代への惜別の情とか、未来に対する期待と不安とか、或いは子どものままではいられなくなる焦り等などを、丁寧に辿っている物語が無性に好きです。以下思い付くままに順不同。

まずは重松清さんの初期の代表作『エイジ』(新潮文庫)は絶対に外せない。そして、池永陽さんの『少年時代』(双葉文庫)は決して有名な作品ではないけれど、否応無く大人の入り口に立たされて思わず尻ごみするような少年の心理描写が秀逸。湯本香樹実さんの『夏の庭―The Friends―』(新潮文庫)は、ホースで水を撒きながらそこに小さな虹を見つける場面が、何度読んでも清々しい。曰く
「太陽の光の七つの色。それはいつもは見えないけれど、たったひと筋の水の流れによって姿を現す。光はもともとあったのに、その色は隠れていたのだ。たぶん、この世界には隠れているもの、見えないものがいっぱいあるんだろう」

或いは、人によっては川上健一さんの『翼はいつまでも』(集英社文庫)山本幸久さんの『幸福ロケット』(ポプラ文庫)を挙げるかも知れないし、小説じゃないけどジブリの『魔女の宅急便』とか藤子不二雄Aさんの『少年時代』(中央公論新社)なんかも、同じ範疇に入るんじゃなかろうか。

 で、そんな「少年小説」の中でも名作中の名作が藤沢周平さんの『蝉しぐれ』(文春文庫)で、その『蝉しぐれ』に比肩しうる傑作であるにも関わらず長らく品切れで入手困難だった乙川優三郎さんの『喜知次』が、この度徳間文庫で蘇ったぞパチパチパチ! という報告です。

 舞台ははっきり書いてはいないけど、多分南東北あたりでしょうか。十二万石の小藩で、石高五百石と言うから相当な家柄のお武家さん。主人公の小太郎は、そこの長男坊で十二歳。塾と道場での同門である、牛尾台助、鈴木猪平とともに、長閑で平和な毎日を謳歌している。ところがそんな彼らの知らない間に、藩では凄まじい政争の嵐が吹き荒れていて、まだまだ子どものつもりでいた小太郎たちも、否応無く巻き込まれていく。
 とまぁ、筋だけ説明すればそういう話なんだけど、意志とは無関係に大人への階段を上らされる小太郎たちの動揺が微に入り細にわたって描かれていて、それこそが本書の一番の読みどころではないかろうか。ちと長いけど、思い切って引用する。

「ようやくすすむべき道を見つけたというのに、小太郎はまるで掛け替えのないものを失ったような寂寥を感じていた。脳裏に浮かんでくるのは、台助と竜神社の境内でこっそり田楽を食べたり、猪平とわけもなく体をつつき合ったり、河原に寝そべりながら話していたころのことで、無性に懐かしく思われてならなかった。失ったと思ったのはそういうものかも知れず、もしかすると、となりで押し黙っている台助も同じことを感じているのかも知れなかった」

 この、いつまでも子どものままではいられないんだなと気付いてしまった時の、何とも言えない寂しさや切なさ。そういう感情がこの作品には、まるで澄み切った清流の如くに、全編に渡って流れ続けている。そしてその水を透かして、幼い恋心や幼馴染みの友情が淡く見え隠れして、更に、くだんの「政争」の行方が物語を牽引する。まぁ、早い話が、読んでいてまるで飽きない。

 決して小難しい歴史的背景が出てくる訳ではないので、今まで時代物を敬遠して来た人でも、多分本書なら読めると思うし、ましてや、冒頭で挙げた幾つかの少年小説のうち一つでも好きな作品があれば是非とも『喜知次』も読んでみて欲しい。(沢田史郎)



『カカシの夏休み』重松清 文春文庫 9784167669010 ¥629+税
ダムの底に沈んだ故郷を出て二十年、旧友の死が三十代も半ばを過ぎた同級生たちを再会させた。帰りたい、あの場所に——。家庭に仕事に難題を抱え、人生の重みに喘(あえ)ぐ者たちを、励ましに満ちた視線で描く表題作始め三編を収録。現代の家族、教育をテーマに次々と話題作を発信し続ける著者の記念碑的作品集。(文藝春秋HPより)

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 重松清さんが描く少年少女は、セリフ一つ、挙動の一つがいちいちナチュラルで、「大人が描いた子ども」に在りがちなウソ臭さや操り人形的な感じがまるで無い。前項でチラッと触れた『エイジ』(新潮文庫)なんかはその代表で、能天気にはしゃぎ回る子どもっぽさと、大人扱いして欲しくって精一杯背伸びするいじらしさが同居する中学生という年頃が、まるで目の前にいるかのように躍動する。『ナイフ』(同)『きよしこ』(同)『きみの友だち』(同)等など、子どもを描かせたら重松さんは、日本でも指折りの小説家だと思う。

 その重松文学にはもう一つ柱が在ると個人的には思っていて、それが「中年もの」とでも言うべき作品群。現在の生活に特別な不満がある訳ではないけれど、幸せだと胸を張るには何故かためらいがあって、仕事が忙しいとか寝不足だとかとは違う種類の疲れを、心と体のどこかにいつも抱えて生きている。そんなおっさんやおばさんを主人公にした物語が、例えば直木賞の『ビタミンF』(同)『日曜日の夕刊』(同)『トワイライト』(文春文庫)『口笛吹いて』(同)等などで、いやはや刺さるんだな、これが。

 今回紹介する「カカシの夏休み」は、三つの中編が収められた作品集の、表題作。
 小学校の教師をしている三十七歳の「僕」のところに、或る日、同級生の訃報が届く。その告別式で再会したのは、故郷の日羽山の中学で一緒に過ごした三人の仲間たち。「僕」らの故郷がダムに沈んで、村の人間が皆ちりじりになって以来、二十二年ぶりの再会だった……。
 ところがカラ梅雨と猛暑の影響で、そのダムの水位が日ごとに下がっているという。
「驚くなよ、コンタ(※ 僕の中学時代のあだ名)。日羽山ダム、空っぽになるかもしれないぞ」
ってことはもしかして、故郷がダムの底から姿を現すかも知れない!?

 という本筋が謂わば大人のファンタジーだとしたら、並行して描かれるのは、「僕」らが背負う苦い現実。倒産が囁かれる会社で四苦八苦するシュウ。嫁姑が揉めに揉めた末に離婚したアダ。父親の借金で一家離散したユミ。そしてコンタこと「僕」も、受け持つクラスが崩壊の一歩手前で、教頭やPTAからチクチクと小突かれて息切れするような毎日を送っている。
 大河を泳ぎ渡ろうと飛び込んではみたものの息継ぎするだけで精一杯で、自分が進んでいる方向まで考える余裕も無く、ただやみくもに手足をばたつかせている三十七歳の自分など、中学の時には想像することすら出来なかった……。

 だけれども、ギブアップはしない。決してスマートでもないしお洒落でもない。勿論、全然恰好良くもない。それでも、痩せ我慢して笑ってみせる。そんな泥臭い闘いを繰り広げるおっさん、おばさんたちこそが、重松さんの「中年もの」の魅力だろう

 ここに、南直哉さんというお坊さんが書いた『なぜこんなに生きにくいのか』(新潮文庫)という本がある。重松イズムと大きく重なると思ったので唐突だけれども紹介しておく。

「おまえもそのうちわかるだろうが、お父さんみたいになるのだって大変だぜ。お父さんは一生懸命努力して、やっとこの程度だ。お父さんみたいになりたくない、それはそれでいい。しかし、お父さんみたいになるところまで行くのは並大抵じゃないんだよ」

 話が逸れまくったけれども要するに、明日から再び現実を相手に鎬を削る覚悟を決めて、「僕」らが手にした一日だけの人生の夏休み。夜の高速をひた走る彼らの車が、まぶたの裏に浮かんで来るようなラスト二ページは、重松作品の中でも一、二を争う名場面。なんか最近疲れてるな。そう思ったら重松清。下手なビタミン剤よりもよく効きます!(沢田史郎)



(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 07月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。




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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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by dokusho-biyori | 2015-07-02 22:55 | バックナンバー