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14年08月

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『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』佐々涼子 早川書房 9784152094605 ¥1,500 + 税

 東日本大震災で被災した日本製紙・石巻工場。機能は全停止し、従業員でさえ復旧は無理だと考えた。しかし社長は半年での復旧を宣言。その日から彼らの戦いは始まった。紙の本を愛する全ての人へ(早川書房HPより)

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2011年3月11日14時46分、その時間自分がどこで何をしていたのか覚えていない人はおそらくいないでしょう。少なくとも東北、関東地方では。
へたしたら、先週のことよりも鮮明に覚えていたりしないでしょうか。
それは “ あの日 ” ということばで、わたしたちの記憶に強く印字されています。

日本製紙石巻工場は、あまり知られていないけれど、日本の出版物の約4割を担う紙を造る工場です。
そう、本は紙でできている。
話にきくと震災後、一時期出版界は騒然としたそうです。
本を作るための紙が入荷しなくなったからです。製紙工場が被災して紙が造れなくなったのだということでした。
でも、それも短いあいだのことで、すぐにまた紙は入るようになり、元通りに本を作れるようになったと聞いています。
わたしたちは、そのとき何が起こっていたのかをまったく知りもせず日常に戻りました。
そしてまた、今、この本を読まなければきっと二度と知ることはなかったでしょう。
日本製紙石巻工場の文字通り命をかけた戦いを。

「8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」
だから絶対に立ち上がらねばならないんだと、すべてを津波に流され絶望的状況だった工場は、それでも決してあきらめなかった。
8号とは、この工場で出版物、つまり本の紙を造っている巨大な機械、通称 “ 8マシン ” のことだ。
家族の安否もわからないまま、食べ物もろくにない、寝る場所すらないような状況でひたすらできることから復旧活動をはじめていく。
巨大な紙のロールは水をすって超重量級に肥大し転がり、民家の庭先にささっていたりした。工場の内部は水がひいてからも、何体も遺体が見つかり、あちこちから流れついた様々なものでうめつくされていた。
そんな状況でも、まずは一台。まずは一台動かすんだと、誰もが屈しなかった。

なんというか、もうわたしには想像もできない。
自分だったら、家族の安否もわからないような状況のときに、何が仕事だ・・・と思ってしまうでしょう。
生きねば、という気持ちばかりが先にたってしまうでしょう。
でも、彼らが考えていたのは今この工場が倒れたら日本製紙が、出版界が、そして石巻がつぶれるということでした。
これだけの大きな工場ですから、地域への貢献はちょっとやそっとのものではないのです。
彼らは自分が生きるか死ぬかだったときに、自分のことだけじゃなくもっと大きな、未来への希望を持った目で見ていたのです。
これがすごい、本当にすごい。
そして、復興への道もただやみくもに進むわけじゃない。リーダーがきちんと主導をとって、目標を定め、期限を設け、そのための筋道を順序だてて決めてゆきます(ただそれは、到底出来るはずないと思えるくらい無茶なものだったのだけれど)。

本が好き。
すべてのひとたちのその気持ちだけが、これからもこの工場を支え、そこからつながるたすきを次へ渡す。
最後にここ、本屋に届くまで。
何かひとつでもかけたら、つながらなくなってしまう小さなたすきを、絶対に絶やすなと、ふんばってくれた日本製紙石巻工場の方々にありがとうと何度言っても言いたりない気持ちです。
仕事でくじけそうになったら、この人たちのことを思い出そう。
そう、心に決めました。(酒井七海)



『海うそ』梨木香歩 岩波書店 9784000222273 ¥1、500 + 税

 昭和の初め、南九州の離島(遅島)に、人文地理学の研究者、秋野が調査にやって来た。かつて修験道の霊山があった、山がちで、雪すら降るその島は、自然が豊かで変化に富み、彼は惹きつけられて行く。50年後、不思議な縁に導かれ、秋野は再び島を訪れる──。歩き続けること、見つめ続けることによってしか、姿を現さない真実がある。著者渾身の書き下ろし小説。(岩波書店HPより)

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海うそ? なにそれ、川うそなら知ってるけど・・・。
まずはタイトルを見てそう思った。
読めば説明があるのだけれど、ニホンアシカの別名だそう。どこかの地方では “ うみおそ “ ” うみかぶろ “ などと呼ばれていて、うみおそは海にいるかわうそ、うみかぶろは海にいる禿の意であるとウィキペディア先生は仰っている。

まぁそれはいいとして、昔から妖怪のような扱いを受けていたようで、おそらく嵐の海などにぽかりとあらわれるつるっとした海うそのあたまは、いやになまめかしくゆらめいたり、いたずらに恐怖心を植え付けたりして見るものの心をとらえて離さなかったのでありましょう。
それが転じて、海うそは幻や蜃気楼という意味につながっていきました。

さて今作は岩波書店創業百年記念文芸として、梨木香歩が書き下ろした渾身の長編です。
舞台は昭和初期、九州の遅島という架空の島に人文地理学専攻の研究者が調査に入る。ただそれだけと言ってしまえばそれだけのお話です。
でも、表面をなぞればそうであっても、一枚めくれば深淵なる時間、空間、記憶の川が流れているのがこの著者の小説の特徴ではないでしょうか。
『海うそ』は間違いなく『家守綺譚』と並ぶ梨木香歩の代表作としてずっと残っていくだろうと思える、じっくりといい小説でした。

一言で言えば、失われてしまったものの物語です。
時代が変われば、どうしても失われるものがあります。
もののあはれ。
かつて、たしかにそこにあったのに、今は、もうない。

それはしかたのないことです。
誰にもとめることはできません。
それでも、どうしようもなく寂しい。
どうすることもできなかったはずなのに、後悔する気持ちを押さえられない。
そういう気持ちが、見せるもの。
それが “ 海うそ “ なのかもしれません。

文中山歩きのシーンでたくさん植物の名前が出てきて、わくわくさせられます。
不勉強なわたしには、名前を言われても思い浮かばないものも多いのですが、想像するだけで楽しい。まさに知らない島を旅しているような気分になります。
島というのは、盆栽仕立てのようだと言っているくだりがありました。人工的というわけではなく、むしろあらゆるものの生命力が爆発していながら小作りであり、ぎゅっと凝縮されているようだと。
たしかにわたしも以前小さな島を旅したとき、生命力の濃厚な気配や、人間の力をかるく超越するような得体の知れないものを感じて、少し怖いような気持ちになったことがありました。
なるほど、盆栽か・・・と納得。
そういうふうに見たりもできるのだなと、これまた新しい発見をしたような気分になったのでした。

静かだけれど、胸が熱くなるラスト。
だれにもきっと “ 遅島 ” はある。
その場所を思い浮かべて、やはり行けるときにできるだけ足を運ばねばと心に決めたのでした。(酒井七海)



『居酒屋ぼったくり』秋川滝美 アルファポリス 9784434192487 ¥1,200 + 税

 東京下町にひっそりとある、居酒屋「ぼったくり」。名に似合わずお得なその店には、旨い酒と美味しい料理、そして今時珍しい義理人情がある――。全国の銘酒情報、簡単なつまみの作り方も満載! 旨いものと人々のふれあいを描いた短編連作小説、待望の書籍化!(アルファポリスHPより)

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「食」の描写が巧い小説には、名作が多い。
 その筆頭は何と言っても、池波正太郎大先生の『鬼平犯科帳』(文春文庫)だろう。何しろそこに登場する料理のレシピ本が何種類も発行されているぐらいだから、泣く子も黙ろうというもんである。時代小説というのは不思議と「食」と相性がいいようで、山本周五郎の『樅ノ木は残った』(新潮文庫)では原田甲斐の「朝粥の会」の場面が、食べているのはただのお粥なのにやけに旨そうだし、山本一力作品には、豆腐職人を描いた『あかね空』(文春文庫)や一膳飯屋を舞台にした『だいこん』(光文社文庫)など、古き良き日本の食が次から次へと登場する。今やすっかり文庫売り場の定番となった髙田郁さんの『みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)も、食通小説として外せないところ。
 現代ものに目を移した場合、個人的にイチオシなのは『花の下にて春死なむ』(講談社文庫)で始まる北森鴻さんの「香菜里屋」シリーズ。もしモデルになったビアバーが実際にあるのなら、一度お邪魔してみたいもんである。有川浩さんの『植物図鑑』(幻冬舎文庫)は、野草の採集の様子もそれを料理する手順も楽しそうで美味しそうで、恋愛小説が苦手な私も「食」の描写に釣られて一気に読み通してしまったお散歩グルメ小説の決定版だ。お散歩グルメと言えば、山本甲士さん(どうも、山本姓が多いね)の『ひなた弁当』(中公文庫)も見過ごせない。そこら辺の川や野原で採れる食材を、あんなに旨そうに描いた小説はそうそう無い。また、とある書店員仲間の弟さんがイタリアンレストランのオーナーシェフをやっているんだが、その彼が言うには、近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』(創元推理文庫)はシェフが読んでも文句無しのリアリティ! だそうである。そうだそうだ、忘れちゃいけない。中川李枝子さんと大村百合子さんの『ぐりとぐら』(福音館書店)も、グルメ文学の傑作であると断言したい。あの黄色くふくらんだカステラは、ページから甘い香りが漂ってきそうで大人が読んでも唾が湧く。

 などなどと挙げていくとキリが無いのでここらでやめて、秋川滝美さんという人の『居酒屋ぼったくり』が、右の名作たちに引けをとらないほどの食通小説でビックリした、という話をしたい。
 いや、ビックリしたんだよ、本当に。
 主人公は両親の遺産である小さな居酒屋を妹と二人で切り盛りしている。場所はどうやら郊外の商店街で、駅から歩いて二十分。だから、いちげんの勤め人や学生がふらりと入って来ることは余り無く、客の殆どは同じ商店街の薬局の主だとか近所に住む職人だとか年金暮らしのおばあさんだとかで、要するに常連さんがちびりちびりと飲みながら、日々の愚痴をこぼしたり仕事の疲れを癒したりする小さな店。タイトルの「居酒屋ぼったくり」とは、実はそのまんまこの店の屋号で、
【誰でも買えるような酒や、どこの家庭でも出てくるような料理で金を取るうちの店は、もうそれだけでぼったくりだ】
という、主人公の父の口癖が由来。
 ストーリーには凝った仕掛けや構造がある訳ではなく、仕事の悩みや生活の愚痴を常連同士で聞きあって励ましたり慰めたり、誰かが悩みを抱えてる時にはみんなでその解決策を思案したり、それを「ぼったくり」の酒と料理が応援する、といった趣向。
【高い酒が旨いことは多いが、安い酒が全部まずいわけではない】
というモットーと共に供される全国各地の酒と、どこにでもある食材に一工夫を加えた創作料理の描写が、本書の魅力の大事な部分。その描かれ方は、おにぎり一つとってもこんな感じ。
【ゆかりの爽やかな酸味と、鰹節の旨み、そして醤油のアクセント。ゆかりと鰹節を一度に入れたおにぎりなんて初めてだが、こんなに合うとは思わなかった】
 どうです? 食べてみたくなるでしょう? 多分著者の秋川さん、相当の酒好き、料理好きだね(笑)。章ごとに登場するお酒の紹介ページも充実していて、気になる銘柄から一つずつ試していくのも楽しいかも。とにかく、世の食いしん坊とのん兵衛はすべからく読むべし。(沢田史郎)



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 今回は、ある特定の作品を紹介するのではなく、小説に於けるリアリティってなんだ? みたいなことを書いてみたい。と言うのもここ一年ほど、着想は悪くないのにリアリティが欠けているが為に全体が台無しじゃん、みたいな作品にやたらと当たっていて、いい加減辟易しているのだ。

 例えば、とあるミステリ作品でのこと。小学校で一つの事件が発生する。被害者は、その学校の四年生。捜査に当たった刑事さんはなんとその被害者の同級生の父親なんだけど、私情が入り込むかも知れないし、何らかの不正につながらないとも限らないし、そんなに被害者に近い人間が捜査を担当することって無いと思うがどうだろう?
 また別の作品で、小学一年生の男女が教室で言い争いをしている場面。遂に一人の女の子が泣き出してしまうんだが、その加害者である男子に向かって別の女の子がきっぱりと言う。「あなた、女の子を一人泣かしてるんだよ。男として恥ずかしいと思わないの」と。いや、言わねーだろ、小学一年生がこんなこと(笑)。せいぜい「あー泣かしたー! 先生に言ってやるかんね」ぐらいじゃね?

 ディズニーランドが「夢と魔法」で出来上がっていると、本気で信じている大人はまずいまい。しかしだからと言って、「アトラクションなんて全て電気とモーターで動いてる工業製品じゃん」などと考えたら、楽しい筈の休日が急に色あせてしまわないだろうか。嘘だ、作りものだと解ってはいても、中にいる時は敢えて騙されていたいのが人情だ。それは、小説も同じではなかろうか。嘘だと解っていても、「でも、こんなことがあったらいいなぁ」「いやぁ、あるかも知れないぜ」などと想像を膨らませながらと読むのが、読書の醍醐味だと思うのだ。どんなストーリーにしろ、どんな登場人物にしろ、読んでいる間は酔わせて欲しい。

 そこで、これぞリアリティ! という例をいくつか紹介してみたい。
 有川浩さんの『海の底』(角川文庫)という作品がある。三メートルほどにまで巨大化したエビの大群が横須賀に押し寄せて市民を食い殺すというパニック小説で、それだけ聞くとトンデモの気配すら感じるかも知れないが、侮ってはいけない!
 当初、市民の保護と避難誘導には機動隊を中心に神奈川県警が当たる訳だけれども、固い殻に鎧われたエビ連中はピストルの弾丸も弾き返す手ごわさで、警察の装備では歯が立たない。そこで自衛隊が投入されることになるのだけれど、初期の段階では「災害派遣」の名目だった為に、売るほど持っている銃火器のどれ一つ使用することが許されず後方支援に回らざるを得ない、といった描写がある。これを「リアリティ」と呼ぶのだと思う。ここで、自衛隊が装備する銃火器の詳細な解説なんぞを幾ら差し挟んでも、それがリアリティに結びつくとは限らない。だってミリタリーマニアでもない限り、そんなこと書かれてもよく分からんもん(笑)。だけれども、その銃火器を使用する人間の様子なら、法律に縛られて撃つに撃てないという情景の描写なら、読んだ誰もが「なるほど、そういうこともあるかも」と納得出来る。有川さんはこういった地味なリアリティを無数に積み重ねることで、巨大化したエビの大群が人類を襲うという突拍子も無い物語に、見事に現実感を与えているのだ。

 また、佐藤青南さんに『消防女子』(宝島社文庫)という青春お仕事小説がある。その名の通り、主人公の女性は新米の消防署員だ。当然、作中には火事場の描写が続出する。そして佐藤さんが描く消防署員たちは皆、火災現場の台詞だけが極端に短い。「こっちだ!」とか「急げ!」とか「駄目だ!」とか、そんな短い言葉だけで次々に改行されていく。勿論、佐藤さんが原稿枚数を稼ぐ為にやっていることではない(笑)。一刻を争う消火活動中に、何事であっても悠長に説明したり指示したりする余裕などある訳無く、結果、単語の怒鳴り合いみたいな会話になるのが恐らく普通で、それを佐藤さんが忠実に再現した為にこの小説は、切羽詰まった火事場の空気までもが行間から滲みだしてくるかのような傑作に仕上がっている。
 或いは、最近躍進著しい似鳥鶏さんの、確か『迫りくる自分』(光文社)だったか『神様の値段』(河出書房新社)だったか、或る一人の登場人物の台詞だけ、いわゆる「ら抜き言葉」が散見される。他の人物の台詞にも、勿論地の文にも「ら抜き言葉」なんて一切無いのに。これは明らかに似鳥さんが、「ら抜き言葉」をキャラクター造形の手段の一つとして使っているに違いないのだ。これもまた、実に分かりやすいリアリティのお手本ではなかろうか。

 などなどまとまりも無く長々と書き散らしたが、要するに、その作品世界に現実味を持たせようと作家さんが繰り出すあの手この手を、もっともっと楽しませて欲しいと思うのだ。(沢田史郎)



きょうの音楽

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(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 08月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。




新刊案内

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まもなく文庫化

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編集後記

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連載四コマ『本屋日和』

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by dokusho-biyori | 2014-08-10 22:34 | バックナンバー | Comments(0)