14年03月

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『殺人犯はそこにいる』清水潔 新潮社 9784104405022 ¥1,600+税

5人の少女が姿を消した。4人が殺され、1人が今も行方不明のままのこの大事件を追う記者が直面したのは、杜撰な捜査とDNA型鑑定の闇、そして司法による隠蔽だった――。執念の取材で冤罪「足利事件」の菅家さんを釈放へと導き、真犯人を特定するも、警察は動かない。事件は葬られてしまうのか。5年の歳月を費やし、隠された真実を暴きだす衝撃作。(新潮社HPより)
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大変な本を読んでしまった。
実は先月の頭には別の本を決めてあった。
これは書かなければっ! という本を読んだので、がぜんはりきって原稿用紙なんじゅう枚ぶんもの気合いの入った書評を書くつもりでいたのだ。
だがしかし、、、この本を読んだ。読んでしまった。
読んでしまったら、やっぱり書かないわけにはいかない。

もう既に朝日新聞の書評をはじめ様々なところで書かれているので、内容については専門の方々が書いたものを読んでもらうとして、わたしはただの一般人として思うところをお伝えしたい。
世に言う「足利事件」。
一般的には、絶対と言われたDNA鑑定が覆り、警察や法廷の怠慢、欺瞞、不確かさが露呈された冤罪事件として認識されているのではないか。
だけどこれが5件もの連続誘拐事件であり、殺人事件であって本当の犯人は今も捕まっていないということまで知っている人がどれくらいいるのだろう。
報道は嘘は言っていないかもしれない。でもすべてを伝えていない。
そういうことを暗にわかっていても、実際の事件で何が起こっていたのかなんて、あえてつっこんで調べるようなひまは普通の人にはないし、はっきり言って考えることもない。
でも、世論が騒がなければ葬られてしまうことも残念ながらこの社会にはあるようで、、、。
自分自身この事件がその後どうなったかなんて考えもしなかった。正直言って遠い過去の出来事であり、誰が何人殺してようが関係なかったのだ。
なぜなら、殺された子供たちの顔が見えなかったからだ。
顔が見えない子たちはわたしにとってただのどこかの女の子でしかなく、幼女殺害という残忍極まりない行動も、物語の中の域を出ない。
だけどこの本を読んでたくさんの、本当にたくさんの隠されていた真実を知った。
それを知ったとたんに、突然わたしの知っている顔がうかんできた。
あの子や、あの子やあの子が、知らない男に連れさられ傷つけられ捨てられる。犯人の欲望のためだけにゴミのように捨てられて、短い人生の最期を暗い河川敷の生い茂る葦の中で迎えた子たち。
どれだけ怖かったろう。寒かったろう。何度お母さんを呼んだだろう、、、。最期の瞬間その目に何を見たのだろう。

いまこの瞬間にも普通の暮しをしている犯人のことをはじめて考えた。
許せないというより、信じられなかった。
そんなことが起こりうるんだという想い。
著者、清水記者は終わっていないと言う。
そうだ、終わっていない。犯人は捕まっていない。
なぜ動かない、警察よ。
冤罪だったとわかりました釈放しますはいおしまい、、、じゃない。
犯人が捕まっていない。
ここに書かれていることが本当なら、わたしは我慢がならない。
なんのための警察なのだ。

“ 一番小さな声を聞け ”
どうか清水さんのこの言葉が届きますように。
わたしにできることはそれを願い、この本を売ることだけです。
一人でも多くの人に知ってもらうことが、この事件を動かすことにつながると思うので。(酒井七海)


『おい!山田』安藤祐介 講談社 9784062187862 ¥1,400+税

「おい山田、お前今日からゆるキャラな」
大翔製菓・広報宣伝部に異動した山田助(やまだたすく)は、そのままのサラリーマン姿でゆるキャラとなり、新製品「ガリチョコバー」のPRをすることに!
「わかりました。私が山田さんをプロデュースします。打合せしましょう」
同僚の水嶋里美(みずしまさとみ)は突然立ち上がったプロジェクトに戸惑いつつも、持ち前の負けん気の強さでマネージメントを引き受けた。折衝係で胃薬を手放せない峰さん、社内のすべての噂を知る市村さん、無口なクリエイティブスタッフの柿崎さん、そして豪腕部長の琴平。全力で今を生きる広報宣伝部がお届けするノンストップゆるキャラスペクタクル!(講談社HPより)
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 例えば会社が一隻の船だとすると、航海を無事に完遂する為には、船長がいて航海士がいて水夫がいて、毎日の食事を準備するコックもいれば皆の健康を管理するお医者さんだって必要だ。乗組員一人一人の役割は違っていてもその目的は、無事に港に到達するというただ一点に収束している筈である。
 が、我々はともすると、「手段の不一致」を「目的の不一致」と勘違いする。どの航路を採るかで意見を戦わせている内に、「船を港に到達させる」という共通の目的を忘れて、自分の意見を通すことが目的になる。そうなるともはや、考え方が対立するメンバーは仲間ではなく敵である。これを一般にセクショナリズムと言い、組織が疲弊する原因の代表とされている。

 組織の老朽化を招くもう一つの代表が、現状維持を最善とする事勿れ主義、だそうである。私自身、この業界に入ってすぐの二十代の頃は、アイデアとか工夫とか単なる思い付きとか気の迷いとか、もっとポンポン気軽に提案していたような記憶がある。不便や不満は積極的に改善していくべきだし、前例が無ければ今から自分が前例になればいいと、何の衒いも迷いも無く思っていた。
 ところがまぁ、増え続ける仕事に追われて右往左往する内に、「明日出来ることは今日やるな」が習慣となり、余計な発議をして自らの仕事を増やすくらいなら黙っていたほうがマシであるという、思考の動脈硬化を発症して幾星霜……。

 そんな私に「そうじゃないだろっ!」と喝を入れてくれたのが、本書の主人公・山田助(たすく)だ。
 大翔製菓なる中堅お菓子メーカーの物流部門からいきなり広報宣伝部に異動になったかと思いきや、生身の体で「ゆるキャラ」になれという社命。予算も人員も限られた中での苦肉の策とのことだが、背広の上から「ゆるキャラ山田」ってゼッケン付けただけで、どこからどう見てもただのアラサービジネスマン(笑)。案の定、取引先はおろか、社内からも「ふざけているのか!?」というバッシングの嵐。挙句の果てには新製品の売り上げ不振の責任までなすりつけられて、広報宣伝部も山田個人も会社じゅうの嫌われ者。
 当然山田は凹むし傷つくが、広報宣伝部の先輩・水嶋里美は彼に言う。
「こう考えたらどうでしょう。今の痛みは成長痛なんだ、って。向き合っている仕事のスケールや影響力が、今までよりもずっと大きい。だから痛みは避けられない」
これで山田の中で何かが吹っ切れたのか、この日を境に彼は粘り強い匍匐前進を開始する。曰く
「景気や世界はそう簡単に変えられませんけど、自分自身やその半径五メートルぐらいなら変えることができるかもしれない」
 こうして「ゆるキャラ山田」と担当・水嶋のコンビが社内外で地味な広報活動を再開すると、共感する人間が一人、二人と増えていく。このままでいいのかな……、本当はこんな仕事をやってみたいんだけどな……、仕事のやり甲斐ってなんだろう……etc。そんな思いをくすぶらせていた連中が、山田の行動力に吸い寄せられて集まって来る。そして物語は、いよいよクライマックスに向けて、極秘プロジェクトが始動する!

 と、これ以上の説明は興を削ぐので控えるが、山田の周りに集まった、現状維持を潔しとしない面々が随所で発する名言名台詞が、いやもうシビレるシビレる!

「今はまだ絵に描いた餅だ。でも私たちに足りなかったのは、絵に描いた餅でもまずは描いてみようというちょっとした行動力だったのかもしれない」
「夢のひとつも見られなくなったら、俺たち勤め人はロボットと同じだ」
「足りないものは補い合えばいい。すると、一人ではできないことができるようになる。会社に集まって仕事をするということは、そういうことなのかもしれない」
「出勤したら『おはようございます』、仕事で助けてもらったら『ありがとう』、小さなことでも成し遂げたら『おつかれさま』、時々夜に集まれば『乾杯』。きっとそういうことの積み重ねなのだ」
「夢は小さくてもいい。たとえ小さな夢でも、みんなで見れば大きくなる」

 近年、比較対照する作品がちょっと思いつかないくらい、思いっ切り背中を押してくれるお仕事小説が『おい! 山田』。老若男女全てのビジネスパーソンは、読んで決して損は無いぜ!(沢田史郎)


『こんな日もあるさ』
上原隆 文藝春秋 9784163754505 ¥1,600+税

 希望退職を強いられたサラリーマン、パチンコ中毒の妻に悩まされる夫、交通事故で新婚の息子を亡くした父親、「婚活」に翻弄される男女……本書に登場するのはけっして特別な人ではありませんが、それぞれ心の中に物語を持っています。上原さんは、無名の人たちにそっと寄り添い、話を聞きます。さりげない筆致ながら、胸には静かな余韻が残ります。押しつけではない感動と、人生への再発見に満ちた傑作コラム・ノンフィクション集です。(文藝春秋HPより)
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 生きていれば色んな日がある。嬉しい日、悲しい日、楽しい日、寂しい日、忙しい日、退屈な日、うきうきする日、がっかりする日、etc……。だけども僕らは、普段はついつい忘れている。様々な「こんな日」を重ねながら生きているのは、自分だけではない、ということに。とりわけ自分が落ち込んでいる時には、すれ違う人々が誰も彼も、自分よりも幸せそうに見えてしまう。が、勿論そんなことはない。さっき買い物をしたスーパーのレジ係も、ぞろぞろと集団下校中の小学生たちも、郵便受けに夕刊を投げ込んで行った新聞屋さんも、駅までの行き帰りに乗るバスの運転手さんも、みんなみんな、それぞれの「こんな日」を受け止めながら生活している。上原さんの文章を読むと、いつもそのことに気付かされる。ああ、疲れているのは俺だけじゃないんだなぁ、と。

 例えば本当に体が弱り切っている時は、幾ら滋養に良いと言われたところでステーキやらとんかつやらは胃が受け付けないのと同様に、限界を越えて気持ちが萎えている時には、どんなに元気が出ると薦められようが、プラス思考の自己啓発書だのハッピーエンドの物語だのは、心が更にへし折れる。元気を出せと言われても、そもそも好きで元気を失くしている訳ではないし、言われて元気が出るなら苦労はない。どうしたって、明るくポジティブにはなれない時が、誰にでもある。
 そんな時、上原さんの文章は、心の底の方までスーッと抵抗なく沁み込んでいく。

 本書には、様々な半生を生きてきた普通の人々が登場する。皆、実在の人物だ。少なくとも家の外では、ごく普通の――即ち特別幸福でもなく特別不幸でもない当り前の一般庶民として働き、遊び、買い物をし、人と会い、当り前の生活を送っている。しかしながらその胸の内には、当り前ではない何事かを、それぞれが抱えている。と言ってもそれは、当人にとっては「当り前ではない」という意味であって、他人の目にどう映るかは分からない。例えば……。
 飲酒運転の車に撥ねられて息子を失くした夫婦は、一年以上が経過した今も、ふと携帯電話を開いただけで涙を溢れさせる。もう、息子からメールは来ないんだな……。
 リーマンショックの余波で、会社から陰湿かつ執拗な肩たたきに遭ったビジネスパーソンたちの、様々な思い――意地、プライド、焦り、妥協、執念、etc……。
 両親に虐待されて育ったことを六十を越えてから漸く自覚した女性は、自分を苛め抜いた両親が他界してから七年、「やっと引き出しを開けてもいいんじゃないかなって」……。
 お見合いパーティやら結婚情報サイトやらを駆使して散々婚活を続けていながら、「どこかにもっといい相手がいるのではないか」という幻想に縛られて、どんどん結婚から遠ざかる男女。
 若い頃に精神疾患を患い、その影響で犯罪にまで走ってしまった当時の記憶を、封印しようとして封印し切れず日々悔恨を積み重ねている女性。
 ……。

 本書の登場人物たちの中には、似た人生を送っている人は一人もいない。それぞれがそれぞれにしか無い物語を背負って生きている。とは言え決して彼らが特別なのではなく、むしろ、自分自身がこの中にいても違和感は無いのかも知れない、という不思議な親近感が湧く。そして、色んな生き方をしている人がいるんだなぁ、と思う。皆々、辛いことやシンドイことが多い日常で、時たま訪れる小さな喜びや楽しみを大事に温めながら、明日の夜明けを迎えるのだなぁ、と。(沢田史郎)


『夏を赦す』
長谷川晶一 廣済堂出版 9784331517482 ¥1,600+税

 北海道日本ハムファイターズでエースをつとめていた岩本勉。プロでの華やかなパフォーマンスとは別に彼の高校時代のことはあまり知られていない。平成元年の夏、岩本たちの阪南大高野球部は下級生の 不祥事で夏の府選手権大会の出場を辞退する。彼らが事件をどう咀嚼し、心の傷をどう癒したかを追う。(廣済堂出版HPより)
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 元日本ハムファイターズの岩本勉投手、と言っても、野球に興味が無い人は全く知らんだろうから、ウィキペディア的に軽く紹介すると、一九七一年生まれで、一九八九年に阪南大学高等学校からドラフト二位で日本ハムファイターズに入団、暫く雌伏の時期が続いたが一九九五年のシーズンから一軍に定着、明るくユーモラスなキャラから「ガンちゃん」の愛称で親しまれ、開幕投手やオールスター出場を何度か重ねた末に、二〇〇六年の一月に引退。現在は野球解説を中心にテレビで活躍中、と。
 その「ガンちゃん」が、実は甲子園に出ていない。いや、予選で負けて甲子園には行けなかったという意味ではなく、大会そのものに出場していない。余り知られていないのだけど、彼が三年生の夏、大阪府予選が始まる直前に後輩が起こした暴力事件の影響で、阪南大高校は出場を辞退していたのだそうだ。
 一九八八年の夏、快速球で鳴らす岩本投手を擁する阪南大高は、選手も監督も当然甲子園を狙っていた。プロ入りを目指す岩本の他にも、大学や実業団で野球を続ける夢を持った選手も何人もいた。だがそれが、開幕直前に、たった一人の部員が起こした不祥事のせいで全て吹っ飛んだ。当時三年生だった二十人の部員は、自分たちは何も悪いことはしていないのに、連帯責任の名の元に理不尽に野球を奪われた。

 それからほぼ四半世紀。辛い思い出に彼らがどう向き合って生きてきたのかを、丹念なインタビューで掘り起こしたのが本書。
 読み始めるとすぐに、こんなエピソードが紹介されている。
 事件の直後、悔しさも悲しさも整理出来ないまま部員たちが皆、野球から目をそむけていた時期、ドラフトによるプロ入りを目指していた岩本選手だけは、一人黙々と練習を続けていた。しかしその胸の内にはプロ入りへの期待や希望など欠片も無く、「自分だけ野球を続けられる可能性があって申し訳ない」という後ろめたさだけがあったという。だからこそ、彼は一生忘れられないのだろう。ドラフト会議の当日に三年生の部員が全員揃って贈ってくれた言葉を。
「甲子園には出られへんかったけど、オレたちにはもう一つ《野球の夢》がある。お前のドラフトはオレらのドラフトや!」

 夏の高校野球シーズンにテレビの『熱闘甲子園』なんかで、「~君の夏は終わった……」とかってナレーションを聞くだけで泣けて来る私にとって、上のエピソードはそれこそ号泣ものなんだが、実は本書の主眼は、不祥事による出場辞退という出来事そのものではなく、当時の部員たちがその後の二十数年間をどう生きてきたか、という点にある。そこが、いい。
 当り前の話だけれど、出場辞退を告げられた時の気持ちを忘れてしまっている部員は一人もいない。と同時に、ずるずると無駄に引きずっている部員もこれまた皆無。それは一体何故なのか? 別の学校に行っていればと、悔やんだことはなかったのか? そんな著者の疑問に、彼らは異口同音に答えている。曰く、阪南大高に行ったからこそ皆に出逢えた。岩本みたいな凄いピッチャーとも一緒に野球をやれた。そしてプロに入った岩本が頑張ってるのを見て、俺も頑張ろうと思えた。それで充分や、と。その清々しさといったら、ちょっと言葉では言い表せん! 少なくとも野球をやったり見たりするのが好きな人なら、本書は必読!

 それにしても高校野球の連帯責任って、アレどうにかならんもんかね。悪いことした当事者だけ罰するのでは一体何がいけないの? 教えて誰かエライ人。(沢田史郎)


(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 03月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。
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編集後記
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連載四コマ『本屋日和』
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by dokusho-biyori | 2014-03-05 09:44 | バックナンバー | Comments(0)


「読書日和」備忘録


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