14年02月

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因みにカラーだとこんな感じ。読んでる本は、たぶん『泣いた赤おに』だね。
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『冬虫夏草』梨木香歩 新潮社 9784104299096 ¥1,500+税
 亡き友の生家の守(もり)を託されている駆け出し文士、綿貫征四郎。行方知れずになって半年余りが経つ愛犬ゴローの目撃情報に基づき、家も原稿もほっぽり出して鈴鹿山中に分け入った綿貫を瞠目させたもの。それは、自然の猛威には抗わぬが背筋を伸ばし、冬には冬を、夏には夏を生きる姿だった。人びとも、人にあらざる者たちも……。
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12月のはじめ、友人らと白川郷へ行った。
ちょうどその二、三日前から雪が降り始め、古い小さな郷は真っ白い雪ですっぽりとおおわれていた。
世界遺産であり、世界中からたくさんの人が訪れるその小さな郷はひっきりなしに観光バスが出入りし、人々が行きかっていたにもかかわらず、音だけが消えた世界かのように静かだった。
とにかく寒くて、寒くて、凍えていたわたしたちは暖をもとめ入れそうな建物に次々と飛び込んでいった。
それはとある民家を見学していたとき、本当に偶然目に飛び込んできた。
壁に貼ってあった標語のようなポスター。どこかの僧侶が書いたもののようだった。
そこにはこう書いてあった。

「人間だけがありのままを忘れて生きている」

そうだ。その通りだ。
わたしたちは裸で生きることを恥ずかしいと思うちゃちな知識を身につけ、規則を身につけ、常識という名の鎧を身につけて生きている。
草や木や生き物たちは、そんなことは意に介さず、みんな堂々と立派なのに。

旅行にはいつも本を持っていく。
いや、旅行じゃなくても本はいつも持ち歩いているのだけど。
この日持ったのは、梨木香歩の新作『冬虫夏草』だった。
前作『家守綺譚』よりほぼ十年を経て、新進文士(かけだしものかき)綿貫征四郎の日常がまた読めるのだ。
ページをめくってすぐにのめりこんだ。
今回家守綿貫くんは、家を離れ山へ行く。ゴローの姿が見えなくなったのだ。
ひと月くらいならいつものことだけど、今回は半年も姿を見せない。いくらのんびりの綿貫くんでもさすがに心配になるもんだ。
いつも掛け軸から出てくる高堂もとんと出てこなくなった。
何かが起きている、、、らしい。
でも元来悩みや心配事を継続させることができないたちの綿貫くんは、あまり深くは考えない。ただゴローを探しに。それだけのために足をはこぶ。
途中出てくるのは様々な植物、カワウソの血が流れているらしい長虫屋、河童、イワナの夫婦、赤龍、、、悲運にも命を落としてしまった妊婦の幽霊。
そういうものがふつうにいた時代に想いを馳せる。
どういったら信じてもらえるか。
とにかくわたしは信じている。
そういう時代はたしかにあった。
それらは小川のせせらぎの中にたつぷくぷくとしたあぶくのように、木々の緑の隙間できらめく、あわい光のように自然に存在していた。

わたしはその片鱗たちをかつての自分の旅の最中に見ていた。
満点の星空の中、嘘みたいに光だした蛍の中のいくつかは本当の小さな星らしかったこと。とある島に向かう途中の海の上で見た神様たちの行列。茂みの中に隠れていく直前に見たキツネのニヤニヤ笑い。

大概は夜にその片鱗が生きていた。

この本を持って来たということが、とても偶然とは思えなかった。
わたしたちはいつからありのままを忘れたんだろう。
見えなくなったのはそのせいだと思えた。
それをちょっと悲しく思うと同時に、戻れやしないやとも思った。

だけど、大丈夫。
この本があれば。(酒井七海)

『ムーミン・コミックス第4巻 恋するムーミン』トーベ・ヤンソン ラルス・ヤンソン 冨原眞弓/訳 筑摩書房 9784480770448 ¥1,200+税
 まぼろしのムーミン・コミック、全14巻。この巻の収録作品:「恋するムーミン」「家をたてよう」「ちっちゃなバンパイア」「署長さんの甥っ子」。ちびのミイやニョロニョロをはじめ、初登場のゲスト・キャラクターも大活躍。
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ムーミン! ムーミン! ムーミン!
毎年、今年こそはこの冬を乗り切れずに凍死するのではないかとの恐怖に怯えているわたしですが、そう叫べば少しだけ明るい気分になってくる、、、ような気がいたします。
そのくらい好きです。ムーミン。
なんと今年2014年はトーベ・ヤンソン生誕100周年。いろいろな催しも予定されていそうです。
わくわくしますねぇ。わくわく!

ここ最近はどこもかしこもムーミングッズであふれているようで、人気が予想以上に高まっているような気がしておりますが、正直申し上げまして! ただただ可愛らしいグッズを集めているだけの方は「わたしムーミン好きでー」という資格なーし! はんぱもん!! と言いたい!
なぜならムーミンの魅力はやはりその物語にあると思うからです(いや、グッズも可愛いですけどね)。小説も素晴らしいのですが、今回はこちら。
ご存知の方も多いと思いますが、ムーミンは一時期ロンドンの新聞でコミックとして連載されていた時期がありました。
そのコミックの原書版(スウェーデン語で書かれたもの)を翻訳したのが筑摩書房から出ているムーミン・コミックスのシリーズです。
これが、かなりシュール。
内容は要約してしまえば、ムーミンたちがおもしろいことを探しているうちに、ひとつのことがみっつにもよっつにもこんがらがって、しまいにはねぇそれわざとやってんでしょ? ってくらい自分で自分を巻き込んでしまうけど、ママやスナフキンの一声でするするっとほどけていったり、、、いや、ほどけないでそのまんま、まぁいいやお茶にしましょってなったりしてるものがほとんどです。
そんななんだかサザエさんみたい(?)なムーミンですが、それぞれのキャラクターが迷い、落ち込み、長い物に簡単に巻かれたり、やっぱりやめてみたりする様は見ていて本当にあきないのです。

さて今回ご紹介したいのは、第4巻『恋するムーミン』。
冒頭、ムーミンは恋に落ちます。
それも顔も見たことがない人にです。なぜなら彼女はサーカスのプリマドンナだから。
ムーミンの中ではサーカスのプリマドンナは美女に違いなく、悲劇のヒロインでさらに洪水に流されてきます。もうべた惚れ、、、。そのシチュエーションだけで完璧なのです。
でも、スノークの女の子(フローレン)はそりゃあもう焼きもちやきますね。
結局のところやきもちがやきもちを呼び、すれ違って戻り、またすれ違って一周してきてふたりはもとに戻るっていうお話なんですが。
これがもうかわいいのなんのって。いつもは移り気で流行に弱くて、体裁ばかり気にしているスノークの女の子ですが、ムーミンが他の人に恋しちゃうとなるととたんに不安になってしまいます。「この木の下でムーミンといっしょに月を眺めたものね・・・」なーんてしんみり。スノークの女の子、それまではあんまり好きになれなかったのだけどこれを読んでからはかわいく見えるようになりました。
でも、このお話で一番最高なのは冒頭部分。ムーミンが流れ着いた生き物に「あなたがプリマドンナ?」と聞くとその生き物が「いいえ、わたしはプリマドンナの馬です。」と答える場面!! 馬!
表題作の他にも3話のおかしなお話が。
ムーミンのグッズにはまっていても、ストーリーは知らないというにわかファンのみなさん、こんな楽しいコミックスから入ってみてはいかが?(酒井七海)

『キクニの旅ラン』喜国雅彦 小学館 9784093882880 ¥1,200+税
 コミックエッセイのネタとして「極地」を走っていますが、読んでみると実はラン初心者にもやさしい、実践的ラン指南も兼ねています(期せずして)。走るとどんないいことがあるのか、何が楽しいのか……「ちょっと走ってみようかな」と少しでも思った貴方にオススメの一冊です!

『東京マラソンを走りたい』喜国雅彦 小学館101新書 9784098250677 ¥740+税
 ダイエットのためのジョギング、スポーツジムが続かなかった、あなたにこそ読んでいただきたい、「愉(たの)しくだらだら走る」ためのマラソンエッセイ。ご案内するのは、中学は文化系クラブ、高校は帰宅部、大学は漫研というギャグ漫画家・喜国雅彦。つらいことや退屈なことはどーーしてもできない男が、なぜ、ひと月に200kmを走り続けられるのか、その理由を一挙公開!
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 きっかけは、私が弊社の川崎店に配属されて単身赴任してた頃。
 元々面倒臭がりな上に出無精で、オフタイムを充実させる為に美術館やらコンサートやらハイキングやらに、自ら出かけようなどとはまず考えない。かと言って、家の中で黙々と鉄道模型を作るでもなく、DVDをレンタルしまくって映画三昧なんてこともせず、料理に目覚めて「合鴨のラグーソーススパゲッティリングイネ」だとか「甘鯛のうろこ焼き旬の野菜添え」などを作ってはせっせとブログにUPする、なんて趣味も勿論無い。ならば、休みの日には一体何をしていたのかと言うと、正直、掃除洗濯ぐらいしかすることが無く、丸一日誰とも一言も口を利かない、なんて休日はざら。それが寂しいとか虚しいとかいう訳ではなく、むしろ、自由気ままな感じが楽しいとさえ感じておりました。が……。
 早い話、ヒマでヒマでしょうがない。特に目的も無く張りも無くだらだらと過ごすだけだから、何もしていない割にどうにも休んだ気がしない。当然疲れてもいないので、夜もなかなか寝られない。仕方が無いので、半ば渋々散歩に出たのが始まりです。
 当時私が借りていたアパートは鎌倉の大仏まで2.5km、江ノ島まで6kmという、今振り返ると絶好のロケーションに位置していて、天気の良い夏の夕方などはトンビは頭上をくるくる舞ってるし、サーファーは沖にぷかぷか浮いてるし、「ははぁ~ん、ここがサザンで有名な稲村ケ崎だね」などと感心しながら歩いていると何かいいことがありそうで、思わずテケテケと走りだした。そうしたら五分持たなかったからビックリだ。
 こう見えても中学生の頃から二十歳過ぎまでバスケットボールをやっていて、瞬発力にもスタミナにもそこそこ自信はあったのです。ところが20年に亘るサラリーマン生活で体はすっかり堕落したようで、かつてなら準備運動にもならないような距離をジョギングしただけで、アッと言う間に息が上がってしまった。これはさすがにショックでしたね。うわっ、俺、正真正銘のおっさんだ……。
 一念発起した私はその日から、休みは必ずウォーキング。仕事が早めに終わった日も、駅一つ分のウォーキング。走るのは潔く諦めて、とにかく歩く、歩く、歩く。ところが、不必要なところで無駄にせっかちなのが、私の性分。次第に歩くのが面倒臭くなってきて、ちょこっと走っては歩き、息が落ち着いたらまた走り、なんてことを繰り返している内にいつの間にか走る距離が伸びて来て、三ヶ月を過ぎる頃には遂に、歩かず止まらず10kmを走れるようになっていた。飽きっぽい私が三年半もの間ジョギングを続けて来られたのは明らかに、この時の「おおっ! おっさんでも10km走れるようになるんじゃん!!」というサプライズのお蔭だと思う。

 で、本の紹介。ジョギング体験エッセイっつーと、たかぎなおこさんの『マラソン1年生』(メディアファクトリー)が一番人気だと思うけど、喜国さんの二作品も、負けず劣らず面白い。素人目線で様々な成功例や失敗談を語ってくれるこのテの体験エッセイは、読み手である自分が将来犯すであろう過ちのあれこれを先回りしてやってくれている点がとにかくありがたい。〝 疲れたからといって座り込んでしまうと筋肉が硬くなって余計に辛くなるから、走れなくなっても歩きながら休む 〟なんて、経験しないと解らない。
 そういったハウツーも然ることながら、更に面白いのは、喜国さんがトライする様々なシチュエーションでのランニング。とりわけ、あの箱根駅伝の五区に挑戦する『旅ラン』の最終章は圧巻。東洋大学の〝 新・山の神 〟柏原君の凄さをリアルに実感出来ます。

 まぁそんな訳で、趣味でジョギングしてる人、またはジョギングを始めようかなと迷ってる人には、大いにお薦めしたい喜国さんのジョギングエッセイ。最後に一つ、素敵な言葉を紹介して、私の駄文は終わりにしましょう。『東京マラソン~』からの引用です。これって、ジョギングだけに限らないかも。(沢田史郎)

【一流のアスリートの条件は<普段の力を出せること>という。それはとりもなおさず<平常心>という心の問題だ。地図があれば道には迷わない。だが、心が平常でなければ、上下を見間違うことだってあるし、自分が地図を持っていることさえ忘れてしまうことだってありうるのだ】

『手のひらの音符』藤岡陽子 新潮社 9784103348719 ¥1,400+税
 不器用でも、間違いでもいい。ひたむきな全力が私を強くした――。デザイナーの水樹は、45歳・独身にして転職を余儀なくされる。人生の岐路で思い出すのは、貧しい子ども時代を共に過ごした信也のことだった。今大注目の新鋭による、まっすぐに生きる人への応援歌。
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 重松清さんに、「青あざのトナカイ」という作品がある(新潮文庫『小さき者へ』所収)。脱サラしてフランチャイズのピザ店に挑戦した主人公の、孤軍奮闘と挫折、そして再起への望みを描いた切なくも温かい短編だ。中盤、店の経営に失敗した主人公が、こんな呟きを漏らすシーンがある。

【しかたない。負けは、負けだ。だが、「負け」と「終わり」とは、違う】

そう。「負け」と「終わり」は多分違う。だけど僕たちは一度の敗北、一度の失敗で、全てが終わったと勘違いしてうなだれてしまうことがしばしばある。
 例えば、高校の部活動の最後の大会で敗れた時。行きたかった大学の入学試験に落ちた時。業績が振るわず左遷やリストラに遭った時。心の溝を埋められず離婚届に判を捺した時。etc、etc……。僕らは「終わったな」と自嘲しながら肩を落とす。
 確かにその時、何かは終わってしまったのかも知れない。だけど、終わってしまったその何かの隣では、それまでとは違う新しい何かが、始まろうとしていたりはしないだろうか? うつむけていた顔をふと上げて見れば、何かのゴールだと思っていたものが、実は別の何かのスタートラインと重なっていたりはしないだろうか? 試験や試合に敗れようが、事業や結婚に失敗しようが、明日も来月も来年も僕らは生きて行かなきゃならない訳で、その道中には、上り坂も下り坂も分かれ道も枝道も、きっとたくさん在る筈で、そしてその度に僕らは、勝ったり負けたりを何度も繰り返すことだろう。だから覚えておこう。「負け」と「終わり」とは違う、ということを。

 などといささか肩に力が入り過ぎたのは、『手のひらの音符』の余韻のせい。この作品の登場人物たちも、それぞれの敗北に打ちのめされて、時に立ち止り、時に迷い、時に諦め、時に後ろ向きになったりしながらも、少しずつ新しいスタートラインを探っていく。その人間臭い一生懸命に、思わず目頭が熱くなる。電車の中で、涙がこぼれないようにまぶたを一杯に広げて堪えなければならないことが、一体何度あったろう。
 主人公は、45歳の服飾デザイナー、水樹。彼女がある日、上司に呼ばれて告げられたのは、業績不振の会社が服飾部門から撤退するという知らせ。無論それが即解雇につながる訳ではないが、20年以上服作りに心血を注いできた彼女にとっては、自分のデザイン、自分の仕事、ひいては自分の存在そのものが不要であると言われたに等しく、心の中で彼女を支えていた何かがポキリと折れる。社内の全く別の部署で働く自分をリアルに想像することは難しく、かと言って転職活動にも身が入らず、水樹は中途半端な気持ちを持て余す。そんな鬱々としたある日、高校の同窓会に誘われたことをきっかけに、水樹の中で止まっていた時間が、数十年振りに動き出す。
 貧しかった幼年時代、幼馴染みの信也との思い出。年に一度の夏祭り、肩を並べて歩いた学校からの帰り道、渋々参加した体育祭のリレー、純粋で一途だった子どもの胸にゆっくりと膨らみゆく淡い恋。しかし、さよならも言えずに消息を絶った信也……。
 それらの記憶が――信也と、彼をとりまく幾人かの優しい人々によってもたらされた優しい言葉の数々が――45歳で人生の岐路に立ち孤独に苛まれる現在の水樹に寄り添うように背中を押す。

【全力でいけ。人の全力を笑うやつは最低や】

【受け取る側にとっては、バトンをもらう時の順位よりも、どんな気持ちでそのバトンが渡されたか、その方が重要なんだ】

【虚しいというのは何も為さないことではなくって、幸せな時間を生きてきたと思えないことだから】

【このところ日本はだめだな。何がだめかというと、おれの周りにいる人間の大多数が日本はだめだと思ってるということが、だめだ】

【たとえばいま全力で何かをやって、それがことごとく失敗したとしても、次の世代を走る人には自分たちが見せる全力疾走が残るんじゃないだろうか】

 スポーツにしろ勉強にしろ仕事にしろ、どんなに頑張っても負けてしまう時はきっとある。だけど、負けることは終わることではないということを、あたかも読者の肩を抱くようにして諭してくれるのが『手のひらの音符』という作品。大掛かりなトリックや派手などんでん返しなど一つも無いけれど、読後はきっと、うつむけていた顔を少しだけ上げてみようと思える筈。「大丈夫。負けはしたけど終わりではない」と、胸の中で呟きながら。(沢田史郎)

(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 02月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。
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編集後記
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連載四コマ『本屋日和』
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by dokusho-biyori | 2014-01-28 11:42 | バックナンバー | Comments(0)