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13年12月

冬が~は~じまるよ~。
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『行きつけの店』山口瞳 新潮文庫 9784101111292 ¥700

 小樽、金沢、由布院、倉敷、銀座、浅草……津々浦々に「行きつけの店」はある。もちろん、地元・国立の店も。しかし、著者が愛したのは、名店の味だけではない。それは、店の雰囲気であり、従業員の気働きであり、女将や主人の人柄である。「行きつけの店」を持つためには、なによりも人間がわからなくてはいけない。店とのつきあい方に学ぶ、山口ブンガクの極上のエッセンス。(新潮社HPより)
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お酒は好きだ。酒場も好きだ。
誘われればたいてい出て行くし、勧められればわりとなんでも呑む。
ただちょろちょろっと呑んですぐにいい気分、調子にのってるとすぐにへべれけに、、、。そこになんというか流儀も何もない。
ただただわいわい呑みたいだけの、浅い酒呑みである。

言わずと知れた山口瞳の名著なのだが、この本を読むと、あぁ本当のお酒呑みっていうのは、何も底なし沼のごとくがぶがぶ呑めるだとか、お酒の銘柄に詳しいだとか、呑み方を心得ているだとかそんなことではないのだと思う。
では、何かと言うと、、、
いやそれはもうぜひこの本を読んで! 読んでもらえればわかるの! でもそれを言っちゃあ元も子もないよって今、わたしの肩の上の天使がささやくので、私のひざの上の悪魔が読めばわかるって書いてもう寝ろよって言っているのは、聞かないことにする(深夜二時、ちょっと呑んだ)。
何かというと、もうずばりそれは「行きつけの店」があるかということなのだ(あ、今これそんなに引っ張ることだったのか???って思ってますね! そういう人はどうぞ6行前に戻ってそのままここに飛んできてください)。

さて、二十三軒の山口氏が生涯かけて大切にしてきた店について書いた、たいへん熱のこもったエッセイである。
当たり前なのであるが、店が開けばそこに人が集まる。店主の人柄がこもった店に惚れた人たち。その人が人を呼び、今度は店を育てていく。
そんな循環がしっかり機能している血の通った店たちだ。
そこにいるのはただ者でない店主。美味しい料理。それでも敷居は低く、誰が行ってもしっかり居心地が良い。そういう本当にいい店ばかりだ。
本書には著者と、店主、店の常連たちとの心のやりとりがぎっしりつまっている。
例えば、「銀座 鉢巻岡田」のお内儀さん。
氏が初めてのお客を連れて行く。そうするとお内儀さんは、その客にしか話しかけない。氏のほうはもう見向きもしない。それを山口氏は実にうれしがっている。
なぜか、最大の接客は初めてのお客の居心地をよくすることだということが、言わずに通じているからだ。それで常連の氏も安心してくつろげるのだ。
おそらくこのお内儀さんは、こういうことを考えることもなくできる人なんだと思う。長年積み重ねた経験がそうさせるのだろう。
簡単なようでいて、これは簡単に出来ることではない。そもそも著者とお店のあいだに信頼関係ができていないと絶対にできない。
だから一度行っただけの店で、こういった宝物のようなものを見ることはまずないだろう。長年客として通い、客は店を、店は客を分かってくるから見られるものなのだ。

呑み屋はもうそのまま人生の色が出る場所だなと思う。
ここに出てくる人たちは、みんな粋。本当にかっこいい。
ルールもマナーもなんだかなんでもありになってしまったような気がする昨今、かっこいい呑み方をする人が減っていくのは本当にさびしいことだな。
自分もまったく考えもなくきゃいきゃい呑んでるだけじゃなく、まずは1軒『行きつけの店』をつくることを目標にしてみようと、ひっそり思ったのだった。
(酒井七海)

『神様の値段~戦力外捜査官2』似鳥鶏 河出書房新社 9784309022291 ¥1,470

 捜査一課の凸凹コンビ、再び登場! 新興宗教団体がたくらむ“ハルマゲドン”……。妹を人質にとられた設楽と海月は、最悪のテロを防ぐことができるのか!? ドラマ化決定のシリーズ第2弾!(河出書房新社HPより)
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 カルト。二十代後半以上の日本人なら、この言葉から連想するのは十中八九「オウム真理教」ではなかろうか。地下鉄サリン事件が発生した一九九五年、この平和な日本であんなにも大規模なテロが起こるということに問答無用で度肝を抜かれたし、サリンとかいう聞き慣れないガスの殺傷能力にものけぞったけど、それより何より大量殺戮を行ったこのカルト教団の幹部に、東大だの早稲田だのという名だたる大学の出身者だとか、医者だ弁護士だ工学博士だといったインテリセレブが大勢いたことに、驚き以上の途惑いを感じた当時の気持ちを、久し振りに思い出した。そんなに頭がいい人たちが、なぜなぜどうして???

 今回の戦力外捜査官が挑むのは、まさに第二のオウム真理教とも言うべきカルト教団・宇宙神瞠会。
 発端は、都内で発生した四件の連続放火事件。最初の放火から一ヶ月が経過してそろそろ持久戦かと捜査本部でため息が目立ち始めた頃、我らが海月警部と設楽巡査はひょんなことから、新興のカルト教団・宇宙神瞠会が関与しているらしき気配を嗅ぎつける。とは言えそれはあくまで〝 気配 〟であって、実際に奴らが悪さを企んでいる証拠がある訳ではないので、正面切って捜査に乗り出すことは難しい。どうしたものかと拱手傍観していたところ、事態を更に深刻化させる出来事が! なんとびっくり、設楽巡査の妹が――大学進学で北海道から上京、アパートで独り暮らしをしているそうだ――その未来(ミク)ちゃんが、こともあろうに宇宙神瞠会の熱烈な信奉者になっていた!? という展開。
 この未来ちゃんを、当然、設楽は全力で説得するのだが、いやまぁ話が通じないこと甚だしい。新聞や雑誌の記事を見せながら宇宙神瞠会の悪逆非道ぶりを散々指摘する設楽に対して、未来はそれを片っ端から否定する。曰く「大学での学問には神の視点が欠けている」、曰く「お金や地位では、本当の幸せは得られない(だから、学歴も就職も不要)」、曰く「雑誌や新聞は、悪魔の影響で真実が見えていない」、曰く「世界が乱れているから正しい者( =宇宙神瞠会)が誤解されて迫害を受ける」、etc。挙句の果てには、彼女のことを誰よりも心配している実の兄・設楽に対しても「聖性がひくくて穢れている」などとのたまう始末……。設楽と未来の堂々巡りの問答が続くこの場面、オーム事件の記憶がある人ならば押し並べて〝 ああ言えば上祐 〟というフレーズを思い出すことだろう。もうね、カルトの信者と話し合うぐらいなら、火星人との方がまだ理解し合えるような気がするね、俺は。
 そして遂に、宇宙神瞠会から未来を取り戻す為、設楽と海月は奥多摩に在る会の施設に不法侵入を試みるが……。

 ってな展開の後でいよいよここからがクライマックスなんだが、読んで驚くなよ。なんと今回の戦力外捜査官は泣けるのだ!! その秘密はプロローグ。登場するのは、警察にもカルトにも何ら関わりが無さそうなタクシー乗務員の下川さんやら、お医者さんの飯田先生やら、板橋区の主婦の猪俣さんやら、テレビ東洋の牧瀬アナやら、やらやらやら。彼らの一途な仕事振りがどうやら沢山の人の命を救うことになるらしい。曰く
【 誰にも見られていないところで「 いい仕事」をしようと全力を尽くす彼らのうち幾十人か幾百人は、二ヶ月後のその日、どこかの誰かの命を救うことになる 】
では、何故どうやって? というのが第十七章なんだが、いやはやこれが泣けた! 金だの出世だの賞賛だのといった脇見をせずに、自分のやるべきことを全うするというただそれだけの事に、これ程までに心を打たれるとは思わなかった。シリーズ一巻目『戦力外捜査官 姫デカ・海月千波』をまだ読んでない人も、取り敢えず二巻目のこのプロローグだけは目を通してみてくれ。ほらほらほら、読んでみたくなったでしょう!
 とにかく何しろ、今年一番興奮しながら読んだのは、間違い無く本書であることは断言しておく。(沢田史郎))

『神様の値段~戦力外捜査官2』は、こちらで試し読みができますぜ。是非!!

『猫なんかよんでもこない。 その3』杉作 実業之日本社 9784408411774 ¥945

 オレはひろった子猫をポコと名付けた。チン子は猫のくせに猫ギライで、ポコが近付くとシャーシャーと威嚇しまくる。気になる女性ウメサンは「もう子猫をひろうな」と言っていた。オレはウメサンに知られないよう、こっそりとポコの里親探しをはじめた。(実業之日本社HPより)
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待っておりました。ひそかに、この日を!
猫なんかよんでもこない。その3発売であります!!
前作、その2が出たときに1と2をまとめ買い。このコミックの地味だけど、じんわりあったかい魅力にすっかりかっぽりはまっていたわたしは、その3が出るのを心待ちにしていたのでありました。

猫まんが、最近たくさん出ていますね。以前ご紹介した『まめねこ』(さくら舎)しかり。『きょうの猫村さん』(マガジンハウス)あたりが元祖でしょうか(わたしコレも大好き)。
ほっこりかわゆいのがなんとも魅力だと思います。
でも、この『猫なんかよんでもこない。』は、ほかの猫まんがとはどうもひと味違う。
だってこのまんがの魅力は、ずばり〝猫〟ではないと思うのです。
もちろん、出てくる猫たちはみんなかわいいし、しぐさや行動も妙にリアルで、猫を飼っている人なら必ず、うんうんわかるっ!っていう場面あると思います。
読んでいるうちに、自分が〝チン子〟や〝ポコ〟(猫たちの名前)を飼っている気分になってしまって、冷たくされるとさびしくなったり、甘えてくれるとデレデレしちゃったりなんかもするんですが。
でも、このまんがの一番の魅力、すなわち他の猫まんがと違うところはなんといっても飼い主〝杉作〟さんの人柄だと思うのです。
そう、著者の実体験に基づいているこのまんがは飼い主として、著者杉作さんが初めての飼い猫に悪戦苦闘、四苦八苦しつつも、舐犢之愛(しとくのあい――我が子を舐めるようにかわいがる様、、だそうです。四字熟語辞典より、、)をそそぐ様を描いているのですが、その様子が本当にけなげ。

普通だったら人間の都合で、左右されてしまうペットの生活ですが、杉作さんはそこでいつも迷う。チン子は満足だろうか、ポコは幸せだろうか、、、と。
もちろん、いつも彼らの要求を叶えてやれるわけではなくて、だからこそ毎回のように悩んでしまうんです。しかもかなり真剣に!
その様が非常に愛らしい。というか、あまりに振り回されていてかわいそうにも思えるのですが、それでも杉作さんに飼われている猫たちは幸せだよと思わずにはいられません。

その3では、相変わらず我が道を行き風格も出てきたチン子が、新米の子ねこポコをすこーしずつ受け入れる様子が描かれています。
本当にすこーしずつすこーしずつ。最初はぜっったいにこれはダメだ二匹はうまくいかない、と思うくらいものすごい剣幕で怒っていたチン子ですが、だんだんと同じ空気はすっても良いというくらいから、五メートル以内だったら近寄っても良いになり、一メートルになり、ふれなければ良いというくらいまで慣れていきます。
その様子が本当にリアル。うちの猫たちもまさにこういう風だったなぁとまざまざと思い出して懐かしくなりました。
そしてそして杉作さんの恋も発展が、、、!
この二人のやりとりもまた、ういういしすぎて癒されるんですよねぇ。あーかわええ。

いやはや楽しくなってきましたねぇ、次号も楽しみだ!
と思ったら、あとがきを読んで愕然、、、、な、なんですってぇ~(ぷるぷる)。
(酒井七海)

『風をつかまえた少年』ウィリアム・カムクワンバ ブライアン・ミーラー/田口俊樹・訳 文藝春秋 9784163730806 ¥1,750

 アフリカのマラウイに住むウィリアム少年は、学費が払えず中学校を退学せざるをえなくなりました。しかし、知的好奇心にあふれた彼は、NPOがつくった図書室に通い、そこで風力発電について書かれた1冊の本に出会います。電気があれば、暗闇と空腹から解放される——ウィリアムは発電のしくみを独学し、廃品を集めてつくった風車で発電に成功。さらにそこから大きなチャンスをつかみます。あの池上彰さんも、学ぶことの大切さを教えてくれる、と太鼓判を押す感動の実話。ぜひ親子でお読みください。(文藝春秋HPより)
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 例えば、空腹のあまり毎晩のように食べ物の夢を見た経験があるだろうか? 大抵の日本人なら、答えはNOだろう。私だって勿論、NOだ。では、バケツ一杯分の食料の為に一日中並んだことは? NO。家族や友人を飢餓で亡くしたことは? NO。或いは、シロアリで天井も床も穴だらけの学校に通った経験はあるか? NO。通学の途中で、空腹の為に歩けなくなったことは? NO。そんな劣悪な環境の学校でさえも、飢饉で諦めなければならなかった経験は? NO。
 これらの質問に全てYESと答えざるを得ない人々というのは、恐らく世界で何億人といるのだろう、ということは知っている。知ってはいるけどそれは机上の知識として知っているだけで、正直なところそういう飢餓と貧困が現実に存在するという実感はなかなか湧いて来ない。それでも、もし自分がそういう環境に放り出されたら、きっと全ての努力をいとも簡単に諦めてしまうだろうな、ということだけは容易に想像出来てしまう。

 ところが、本書の主人公、ウィリアム・カムクワンバ少年はそうではなかった。彼が生まれたマラウィ共和国はアフリカ大陸の南東寄りにある内陸国で、GNPが幾らだとか経済成長率が何%だとかそんなことは知らないが、家庭で電気を使用出来るのは全人口の2%だというから、他のインフラ整備やテクノロジーの普及など推して知るべし。
 そんな後進国のマラウィが、一九九九年から二〇〇一年にかけて、洪水だの干ばつだのといった天候不順に政府の無策が加わって記録的な大飢饉に見舞われた。カムクワンバ家では食事を一日一回――シマと呼ばれるトウモロコシの粉で作ったお餅を一かけら――にまで制限してどうにか飢饉を乗り切ったものの、農家であったが故に作物の不作は痛恨の一撃。早い話、どうにか命は助かったものの、莫大な借金を抱える羽目になり、結果、中学校の授業料が払えずウィリアム君は退学を余儀なくされる。

 そうして学校に行けなくなったウィリアム君は、近所の図書館に入り浸るようになる。当初は他にやることもなく――何しろ友だちはみんな学校だ――ほんのヒマ潰し程度のノリだったようだ。ところがその図書館にはNPOが寄付した海外の書籍が豊富に揃っており、知的好奇心旺盛なウィリアム君は、それらの本の虜になっていく。とりわけ電気科学系の世界に夢中になった彼は、ラジオを分解し、自転車の車輪についている発電機を分解し、それだけでは事足りず、粗大ごみ置き場を漁ってはガラクタ同然のあれやこれやを持ち帰り、仕組みを調べることを日課にする。村の人からは頭がおかしくなったと心配され、かつての級友たちにはごみ置き場の変人とからかわれながらも、二〇〇二年、遂に高さ五メートルの風力発電機を作り上げてしまう。
 これがどのぐらい凄いことかと言うと、まず、マラウィの公用語であるチェワ語にはそもそも「風車」を表す単語さえ無い。つまり、風力発電という概念すら存在しない地域で、学校にも通えない僅か十四歳の少年が辞書と首っ引きで英語の本を読み漁り、一人で風力発電を成功させてしまったのだ。しかも、材料はどれもこれも粗大ごみ置き場の拾い物、ドライバーすら手に入らず、太い針金を石で叩いて潰してマイナスドライバー代わりに使ったというから、我々が何かを作る場合とはハードルの高さが全然違う。更に、電球を一個二個灯しただけでは満足せず、過電流が流れた時の為にヒューズを取り付けたり、バッテリーをつないで電気の安定利用を工夫したりと、中学生の自由研究の域は遥かに通り越している。
 当然、噂は広まってマスコミの取材は来るわ、学費の援助の申し出は来るわ、遂には、TED(テクノロジー・エンターテインメント・アンド・デザイン)なる国際会議に招待されてスピーチまでやってしまう。そもそもの始まりは、飢饉と退学だったことを考えると、まさに人間万事塞翁が馬。
 その後もウィリアム少年は、風力発電を利用して井戸水の電動ポンプを作ったり、それを独占せず村の共有にしたりと大活躍する。ついたあだ名は、ノア。そう、人々にバカにされながらも巨大な船を作り上げ、家族と沢山の動物を救った旧約聖書の英雄だ。

 人が何かを成し遂げ得るか否か、その決め手は環境ではなく、努力。そう私に教えてくれえたウィリアム君。彼の取っておきの一言を最後に紹介しておこう。曰く
【何かを実現したいと思ったら、まずはトライしてみることだ】
(沢田史郎)


(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 12月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。


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編集後記
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連載四コマ『本屋日和』
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by dokusho-biyori | 2013-11-25 09:04 | バックナンバー | Comments(0)