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13年9月号

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『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』レイチェル・ジョイス/亀井よし子・訳 講談社 9784062184007 ¥1,995

 65歳の定年退職者ハロルド・フライは、癌で死にゆく友人に、ただお見舞いとありがとうを伝えるために1,000キロの道を手ぶらで歩き始めた。本当は手紙を出すつもりだったのに、実際に会って伝えるべきだと思って……。道中の心温まる感動的エピソードの数々、すっかり蓋をしてもう触れることのないハロルドの悲しい秘密……。胸を打つ長編小説!(講談社HPより)

ふと、衝動的に足下のただただどこかにつながる一本の道を見て、このままどこまでもてくてくと歩いて行こう・・・と思ったことがあるだろうか?

道のむくまま、気のむくままでも、どこか定めた場所があってもよい、とにかくこの道が続く限り、自分の足で、、、

わたしは・・・・・・ない。

電車やバスに乗って、このままどこかに行ってみたいなぁと思うことは、星の数ほどあるけれど、歩いていこうなんて勤勉に思うことはまったくないでございます。

私が信じるにハロルド・フライもそうだったのだと思う。
65歳をすぎるまで、このまま歩いて600kmも離れた場所まで行こうなんて夢にも思わなかった。ある日トルコ菓子のようなピンク色の手紙が彼のもとに届くまでは。

断言してしまうけど、わたしはもう下半期この本を売るために働く!
そう決めた。
著者も無名。タイトルは印象的だけど、長いので覚えにくいし、内容も正直言って派手な要素はない。

けれども、これがすばらしかった。
本当に、、、、。
こういう本を売っていきたい。この本を売らないでいったい何を売るっていうんだ! とまで思ってしまった(いや実際は素晴らしい本たくさんあるのですけど)。

その触れたら溶けてしまいそうなやわらかい風貌の手紙は、がんに侵されハロルドに最後のお別れを伝える、昔の同僚からのものだった。
受け取ったハロルドは、彼女の命を少しでも引き止めたくてその道を歩き出してしまう。なんの準備もなく、衝動的に。
おそらく、じっとしてはいられなかったのだと思う。突然浮上した死を目の前にどうしたらいいかわからないまま、とにかく一歩を踏み出してしまったようだった。
でもそれが、すべてを変えていく。

歩く。ただ歩く。
右足を一歩前に出し、その前に左足を置く。左足の前にまた右足を持ってくる、、、その繰り返し。
それがなぜこんなにも、複雑で鮮やかな想いを呼び起こすんだろう。
なにかそこには不思議な効果があるような気がする。
ときどき、たいした距離でもないけれど、散歩をしたりすると、今まで思い出したこともなかったようなささやかで懐かしい記憶が呼び覚まされたり、昼間言われた一言を反芻してかたくなだった心を、そういう考え方もあるのかとふと軟化させてくれたりすることなんかがある。

この物語はハロルドの巡礼であるけども、関わったすべての人たちの想いも変えてゆく、、わたしたちの魂の救済の旅だ。
読んでいるこちらも、ハロルドとともに歩いているように、ゆっくりゆっくりと歩んでいく。喜びも苦しみも寂しさも優越感も罪悪感もともに感じてゆく。
何度も、何度もこんなことをして何になるのか、、、との想いにとらわれる。
それでも踏み出した一歩はそれにふれたすべての人たちの心に、やわらかな足跡を残していくのだ。
それは、トルコ菓子のピンク色のように胸に鮮やかに残っていくようだった。

最後のページまで、しずかに読み終えると、立ち上がって全身全霊をこめた拍手を送りたくなった。部屋にたった一人だったけど、無心で祝福の意味をこめて。(酒井七海)

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『社史編纂室 アフター5魔術団』安藤祐介 幻冬舎 9784344023253 ¥1,575

 仕事一筋二十余年。敏晴は、新規事業失敗で、社史を作らない社史編纂室へ異動させられる。打ちひしがれながらも、新たな居場所を探し求めた先には……。笑って泣ける中年オヤジの青春小説。(幻冬舎HPより)

 突然ですが皆さん、ポストイットってご存知ですよね? そう、しおり代わりに資料に貼ったり、伝言の為にオフィスの電話に貼ったりする糊つきのメモです。アレ、元々は失敗作だったそうですね。新しい接着剤の開発中、やたらペタペタくっつく割りにすぐに剥がれてしまう糊が出来上がった。普通なら失敗作として棄てられるところを、「すぐに剥がれてしまうなら、剥がれないと困る物に使えばいいではないか」と考えた人がいて、あのポストイットが誕生したんだそうです。
 当初の目的に固執せず「失敗」を別の角度から見直した発想の転換が、単なる失敗作で終わる筈のものに新たな生命を吹き込んだ、これぞ「禍転じて福と為す」の好例ですね! と一つ感心したところで、禍も見方を変えれば福と為し得ることを、身を以て証明してみせたサラリーマンを紹介しましょう。

 東洋電工の玉木敏晴(45)は入社以来二十二年間、会社一筋。帰宅は毎日終電だし、土曜日曜も接待ゴルフや会議の準備で家庭は二の次三の次。ところがこの度、反りの合わない上司の策略にまんまとハマッて、総務部社史編纂室に異動になった。と言えば聞こえは良いけど、新しい配属先に行ってみると地下二階だから窓が無いのは仕方が無いとしても、デスクの上には電話も無いしパソコンも無い。それどころか、なんとびっくり仕事が無い!? 社史編纂室とは名ばかりで、実は会社の組織図にも載っていない、所謂「追い出し部屋」に他ならなかった。与えられたのは、各部署で不要になったフロッピーディスクを一つ一つ分解して廃棄するという業務……。
 そんな部署とも呼べない部署だから、残業などある筈もなく五時ぴったりに勤務は終わる。が、忙しいことを誇りにし、家庭を顧みないことの言い訳にもしてきた敏晴だから、まっすぐ家には帰れない。パチンコをやったり公園でカップ酒を呷ったりして、終電まで時間を潰すのに一苦労。
 当然ながら彼は腐る、投げる、憤る。二十二年間、脇目も振らずに会社の為に尽くしてきた俺が、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのだ!?
 そんな或る日、いつものようにすることも無く行くあてもなく、池袋の繁華街をぶらぶらしながら時間を潰していた敏晴は、ふと気付く。街を行きかう人々の、なんと表情豊かなことか! 肩を寄せ合う恋人たち、楽しげに買い物をする親子連れ、冗談を言っては奇声を上げる学生たち、etc。自分が脇目も振らずにデスクに齧りついてる間、世間の人々はこんなにも活き活きと暮らしていたのか!? だったら自分も何か出来るんじゃなかろうか。って言うか要するに、会社だけが人生じゃないんじゃないか? 幸か不幸か、残業が皆無の窓際に追いやられたお蔭で、使える時間はふんだんにある。ならば、今の立場でしか出来ないことをやってやろう!
 そこで思い出したのが、学生時代にセミプロ並みにまで修練したマジックの腕前。ものは試しと、夜の公園で通行人相手に披露してみるが……。

 とまぁ、私が好きないつものパターン。降りかかって来た災厄を逆にメリットとして活かしてしまう敏晴の発想の転換が小気味いい。人生七転び八起き、人間万事塞翁が馬、禍転じて福と為す。ちょっとやそっとツイてないことがあったぐらいで凹んでなんかいられないって、きっと勇気を貰える筈。と同時に、ゴールに向かって突っ走るだけではなく、たまには立ち止まってゆっくり周りを見渡してみると、走っている時には気付かなかった色んなものが見えてくるよと、そっと教えてくれる素敵な話。
 終盤、敏晴が娘を諭して言うセリフ。【ふと立ち止まった時にできた仲間って、意外といいもんだぞ】っていう一言が、読後いつまでも温かく胸に残ります。(沢田史郎)

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『わたしをみつけて』中脇初枝 ポプラ社 9784591135365\1,470

 誰かの仕打ちで、ひとは傷つく。でも、ほかの誰かのひとことで、生きていけるようになる。
施設で育ち、今は准看護師として働く弥生は、問題がある医師にも異議は唱えない。なぜならやっと得た居場所を失いたくないから――。
『きみはいい子』で光をあてた家族の問題に加え、医療現場の問題にも鋭く切り込んでいく。新境地となる書き下ろし長編。(ポプラ社HPより)

あの『きみはいい子』の続編がでると聞いたとき、はっとした。
あのとき感じた、苦みのまざったどうしようもなくやさしい感情が、また味わえるかもしれないという期待と同時に、身を切るような切なさをもまた味わいそうだという恐怖も、正直にいえば感じた。

中脇さんは、それほどまでに人の心の奥までもぐりこんでくる作品を書く人だと思う。
それが強引にこじあけるのではなく、ゆっくりと、静かに、気がつくといつしか奥のほうに入ってきているところに、わたしはやられている。

そして、結論からいうと、今作『わたしをみつけて』もその期待感も恐怖感もうらぎらない作品だった。

続編といっても、物語が続いているわけではなく、同じ街を舞台にした、今度はとある病院の準看護士を主人公とした長編である。
だから今作だけでも充分に味わえる作品になっている。

作中に、おそらく100人読んだら100人が”あいつは嫌いである”と豪語できるほどいやなやつが一人でてくる。主人公、弥生が勤める病院の院長だ。
100人が100人ともというのはよっぽどだぞ、適当なことを言うなという声はもっともだが、私はこの意見には自信を持っている。
だって、つい違和感を持ってしまったくらいなのだ。”さすがにここまで嫌なやつはいない”、、、
くり返す医療ミス。自分の弱さもいやらしさもさらけだしつつ権力をカサにそれを認めない。んなバカな、さすがにもうちょいうまくやるだろ、と。
しかし、読み進めるうちに思った。
違う。この院長はたんなる”象徴”にすぎないんだ、、、。
というのも、もう一人現実離れした人物がでてくるからである。
それは、同じ病院に転任してきた新しい師長さん。
彼女は院長の真逆に位置する存在。強い。とてつもない強さを持っている。自らの正義があり、まったくぶれない。
いつも顔にはにこにこと笑顔を貼付け、主人公を正面から見つめる。
この人もやっぱり”象徴”なのだと思う。

最初は院長の側で、不正にも見て見ぬふりをしてきた弥生も師長に出会い、まったく違う世界を見る。
両極端の価値観の中で揺れ動いているあいだに出会うのが、近所の消防団のおじさん。
このおじさんが、すごくすごくまっとうなのだ。それが本当に救いになる。
この世の中、まっとうな感覚を持ち続けるのは容易なことじゃない。努力しなければできない。
でもそんな人が一人いると本当に助けられる。少しずつ、少しずつ氷解していく弥生の心が手にふれられるようで、すばらしい。
自分は捨てられた。いい子じゃなければまた捨てられるという観念のもと、生きていた弥生は、いつしか生きるというのはそういうことではない、自分の考えをもち、自分の足で動いていくことだとわかっていく。
人間の温かさを、心のどこかで信じている、、、
だから書けることばたちなんだと思う。

主人公がみつけるこたえは、そのまま『きみはいい子』の登場人物たちにもあてはまっていく。いや、それはそのままわたしたち誰しもにあてはまるものなんだ。
(酒井七海)


(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 9月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。
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編集後記
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連載四コマ 『本屋日和』
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by dokusho-biyori | 2013-08-25 06:44 | バックナンバー