17年03月 前編

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 人が恋をした時に使われる文章には色々ある。恋に落ちる、恋をする、好きになる、惹かれる……尽きることなくきっとそれは生まれ続けるだろうが、大抵は聞いたことのあるような言葉ばかり。勿論、口語で使うと思いっきり恥ずかしくなるような言葉もあるが。そんな中で「目覚めるように恋をする」という表現と「私は命をかけて貴方のものになる」というこの二つの表現。特に前者はストンと心の中に落ちて来るような言葉として引っかかった。綾崎隼の『命の後で咲いた花』
 
 単行本から晴れてこの度文庫化されたこの作品は、著者自らがオペ室で手術されている時に考えたものだとあとがきにて綴られている。単行本で読んでいた時「ええええ」と驚き涙が引っ込んだのを私は覚えている。ある意味脳内を見てみたいと思った瞬間だった。……というのは置いておいて。
 
 この読書日和に初めて文章を書いた際も綾崎さんのお話だったが、このお話もまた伏線に伏線が張られた私の言葉で言う「綾崎ワールド」全開のお話である。私の読解力の問題なのかは疑問だが、伏線に気付き推測を立てるもののそれが回収された時推測と異なることが多いのもまた魅力ではある。だがあまりにも純粋に書かれた恋愛小説は純粋すぎて現実世界にはないだろうと思いつつも泣いてしまう。
 
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 物語は二部構成、文庫版には書き下ろしの番外編が書かれている。一部では中学校教師を目指す榛名のどうして教員になりたいか、大学生活や恋愛模様が描かれている。その一方で二部では一部でも出て来る羽宮サイドの、同じく人間模様が描かれている。共通点は、教職希望という夢と恋だ。
 
 つい数年前まで留年の危機と戦いながら大学生活を送ってきた私としては、ああ……うん、分かる分かると頷ける大学模様。最初のオリエンテーション眠くなるよね、とか、あの人いつも同じ席だよね、とか、お願いだから飲み会で絡んで来るなこの野郎とか。そんな当たり障りない、きっとどこかで誰かが経験しているような大学模様がすっきりと描かれている。印象的なのは榛名が教育実習にて自分は向いてないのではないかと羽宮に相談した際の彼の返答だ。
 
「教壇に初めて立った奴が、ミスもなく十分な授業を出来るはずないだろ。自分には向いてない? 二週間で何が分かるんだ。失敗して何が悪い」
 
 …………ごもっともです!!! 榛名の自分向いてないかも、と言う不安も勿論分かるのだが羽宮の言葉もとても分かるどころか身に沁みるというか耳が痛いと言うか。入社して二ヶ月でこの自分には向いてないと言う壁にぶち当たった過去の私に聞かせてあげたい言葉である。きっとどの職に就くことになっても(または就いていても)、最初は何も分からない。だから聞いて吸収してまた前を向いていくのだと思う。
 
 そんな羽宮に惹かれていくのが榛名である。ここで冒頭に書いた言葉を思い出して欲しい。「目覚めるように恋をする」。これは榛名の心情だ。一部の一話のサブタイトルだが、そうかこういう言葉で表すことができるのかと感銘を受けた。どういう意味なのかはぜひ読んでほしい。もしくは察してほしい。
 
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 さて羽宮がメインとなる二部では社会に出てからのお話である。中学校教師となった彼女と一般就職した羽宮の短いようで長い、深く純粋な恋愛が主である。だが彼女はある日仕事を辞めて実家へと帰ってしまう。追った先で待っていたのはあまりにも酷すぎる現実で。
 
 実は彼女は病を抱えておりそれが悪化してしまい社会復帰するのは厳しい状態にまで追い込まれていたのだ。彼女は幸せになってもらいたいから別れてほしいと告げるけど、羽宮は引かない。最後までそばにいさせてほしいと告げる。自分のことよりも人のことを優先してしまう彼女らしい言葉だが、現実ではどうなのだろう。もし恋人にそう切り出されたら、あなたはどう返答しますか? 私? 残念ながらそういうお相手がいないのでコメントを控えさせていただきますね。
 
 刻一刻と迫る命の時間。その中で彼女は羽宮に夢を託す。「教師になってください」と。自分が途中までしか出来なかった事を最愛の彼に託したのだ。幼い頃からその職に就きたかった羽宮に希望を持たせたのは間違いなく、今にも尽きてしまいそうな命の持ち主である。
 
 人の言葉とは不思議なもので。そんな小さな言葉一つでも誰かの背中を押す大きな言葉になりうる。けれども逆もまた、どんなに小さな言葉でも誰かを突き刺す鋭利なナイフになる。作品内ではそんな言葉の在り方も多く描写されている。綾崎さん特有だろう。
 
 単行本発行から四年の月日が経ち、彼の今の作品と比べてみる。言葉の在り方も、伏線の多さも回収も変わらず活かされている。だがこの作品に関しては、恋の感情に関しては、どの作品よりもずっとずっと清らかで深く、どこまでも透き通った水のように澄んでいると感じる。
 
「私は命をかけて貴方のものになる」。二部の三話での台詞であり、尚且つサブタイトルである。これ以上にない、最上級のプロポーズだ。
 
 
 
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 半分が過ぎた。だんだん冒険小説やサスペンスは少なくなってきている気がする。さて、今回は『半七捕物帳』がランクインしている。恐らくこれはシリーズ全てを指していると思われる。これを全て読むのは流石に無理だったので、光文社文庫の『半七捕物帳〈一〉』の収録作でレビューすることにしましたのでご承知おきを。
 今回は『太陽黒点』を再読できたのが何よりの収穫。やっぱすげえや山田風太郎。

51位 島田荘司『奇想、天を動かす』光文社文庫
 
 恐ろしいことに(?)消費税が導入された直後が作品の時代となる。10%に挙げるか否かが、消費税があることは前提の上で議論されている現在、消費税あるなしが騒がれている物語は一種の異世界のようにすら思えてきて……。
 
 と何のことやらの導入となったのは、この物語の発端となる殺人事件というのが消費税に関係があるから。消費税導入を知らなかった老人が3%の税金を請求されて逆上、店主の女性を殺害した、と動機が薄弱でしょぼい事件だと思われていたのが、アウトサイダー刑事が捜査をするにつれて過去の事件との関係が見えてくる、という本格ミステリーお得意の構図である。良くある手法とはいえ、入り口の事件が矮小な分、新しい事実が発覚するたびに事件がどんどん壮大な全体像を見せてくるので「まさか」の驚きと興奮は大きい。過去の事件の密室死体消失トリックなんかは「絶対こんなの無理でしょ」という状況を見事可能にしてしまう発想は賞賛の言葉しかない。このトリックを某少年漫画が流用していなければもっと驚いたんだろうなと思うと悔しさがつのる。
 
 社会問題を上手く絡めている部分も評価されているが、レビューが散漫になってしまうのでそこは割愛。とはいえ、社会派の部分を抜いて本格ミステリーの部分だけでも十分楽しめるのは間違いないのだ。
 
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50位 馳星周『不夜城』角川文庫
 
 情熱の炎は赤いとは限らない。燃え上がる炎が真っ黒な場合もあるだろう。『不夜城』はまさに真っ黒な情熱で読者を焼き尽くさんばかりの小説だ。
 
 舞台は新宿歌舞伎町ではあるが、我々の知る歌舞伎町ではない。その裏にある暗黒街の歌舞伎町を舞台に大陸系のマフィアが牛耳る闇社会が描かれる。主人公はアングラな歌舞伎町を器用に生き抜いている日本人と台湾人のハーフだ。絶妙なバランス感覚で平穏を保っていた生活は、ひとりの男の登場で崩れ始める。その男はかつて主人公の相棒であったが、過去に裏社会のボスの反感を買った「指名手配犯」である。くさいものにしていた蓋が外れた如く、突如として危うい立場に立たされた主人公は生き抜くための計画を練る。
 
 嘘と裏切りの連続、ひたすら己の利益にのみ行動し、そのためには他人の命を駒のように扱う……。表社会の倫理を粉々に砕くような世界である。「えー、こんなのひどすぎるぅ」と言ってしまうヤワな読者には向かないだろう。しかし、このダークな世界観に脳髄まで浸ってトリップしたような感覚の読書体験はなかなかない。いわゆる暗黒小説(ノワール)と呼ばれているハードボイルド小説の亜流ジャンルでは日本を代表する作品と言えよう。ただ、血も涙もない小説のように書いてきたが、主人公とヒロインの関係は非情だけれども、普通の男女では到達できないようなところで深く繋がったような、崇高な結末を迎えたと僕は思うので、血も涙もない裏社会を描きながら、そこで花開いた極彩色の愛の物語でもあるのだろう。
 
49位 京極夏彦『絡新婦の理』講談社文庫
 
 さて、また箱の登場である。今度は前回よりもさらに分厚い。電車で読むと腕が疲れる。
 
 と、冗談はさておき、今回の京極堂は「あやつり」がテーマである。事件の裏には実は黒幕がいた! というサプライズは上手く伏線を張っていればかなりのインパクトを与えられる一方で、無限に黒幕を作ってしまう危険性を孕んでいる(犯人を操る黒幕、それを操る黒幕、またそれを操る黒幕、以下無限)。これはミステリーの評論等でよく問題にされ、麻耶雄嵩あたりはこの問題が大好きすぎて論理の袋小路に入り込んだような小説を書いている(褒め言葉)。それに比して本作は安心していただいていい。なぜならかなり序盤から事件に黒幕がいることが京極堂によって指摘され、「ゴール」が設定されているからだ。ゴールが分かっているなら簡単な事件に思えるが、そうではないらしい。京極堂曰く、どんなエラーも真犯人の計算のうち、あがいても真犯人の計画を妨げることはできない。たとえ名探偵たる京極堂が介入したとしても、その行動自体が計画の歯車のひとつになってしまうらしい。まさに完璧な犯罪計画。はたしてそんな神のような所業が可能なのか。そう、この神がかった犯罪がどのような構造をしているのかという問題こそ『絡新婦の理』のミソなのだ。正直ここまで大掛かりなあやつりトリックは無かったのではと思う。下手なサプライズよりも、完璧な犯罪計画で知的興奮を味わえるミステリー。
 
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48位 山田風太郎『太陽黒点』角川文庫
 
 山田風太郎のミステリーは予備知識一切無しで読んでもらいたい小説が多いが、この『太陽黒点』もその一つだ。生半可に内容を知っていると作品を充分に楽しめなくなってしまうからだ。だからといってレビューしないわけにはいかないので悩みどころ……。
 
 あらすじとしては非情に簡単だ、貧乏学生がアルバイト先で出会った令嬢の玉の輿に乗ってのし上がろうとするあまり、自分も周囲も傷つけ堕落していってしまうダークな青春物語。
 
 正直なところ、僕は一回目に読んだ時はそこまで凄いとは思わなかった(もちろん面白く読んだが)。しかし、今回全てが分かった状態で再読すると随所随所で鳥肌が立った。なんと上手い構成なのか、一人の青年とその周辺人物の運命が神の御業によって決定付けられていく様がはっきりと分かるのだ。「二度読み必須」を謳うミステリーは数多いが、トリックの確認だけではなく作品を全く違った読ませ方をさせる小説はなかなかない。本当の意味で二度楽しめる小説である。
 
47位 藤原伊織『テロリストのパラソル』文春文庫ほか
 
 開始早々大爆発が起こる。映画のようなオープニングは『MOZU』に似ているが、主人公は公安ではなくただのバーテン。しかもアル中というこれだけだと頼りなさ過ぎる主人公なのだが、その過去は学生運動に参加していたり、ボクシングで期待の新人だったりと実は武闘派。爆破事件の被害者にかつての学生運動の仲間の名前があったことや、現場から指紋つきの酒瓶が発見されたことなどから、事件に隠された陰謀に巻き込まれていくことになる。
 
 本書の批判に「様々なことが繋がりすぎてあまりにも偶然に頼りすぎている」という意見が見受けられた。しかしそれは裏を返せばプロットに無駄がないということ。一見関係なさそうに思えた人物、事柄も一つの真相に収斂していく様は読んでいてため息が出るほど。単にアル中のおっさんが陰謀に巻き込まれてきりきり舞いしているだけの物語ではないのだ。
 
 ちなみに、主人公の経営しているバーにはフードメニューがホットドッグしかない。しかし、このホットドッグが実に美味そうに描かれていてちょっとした飯テロ描写である。その描写の見事さにNHKの二次元グルメドラマ「本棚食堂」に取り上げられたこともある。ドラマにもなっているのでDVDを見るお供はポップコーンではなくホットドッグで決まりだ。
 
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46位 船戸与一『山猫の夏』小学館文庫
 
 この本を読み終えたのは2月22日、ニャンニャンニャンの日つまり猫の日である。愛くるしい猫の写真がSNS上で見受けられたが、この山猫は、愛嬌はあっても愛らしさは皆無のおっさんである。その名を裏社会に轟かせている伝説の傭兵、それが山猫だ。
 
 今回の山猫の任務は男と駆け落ちした娘を連れ戻すこと。家出娘の捜索とはいえ、駆け落ち相手の男の家系が悪かった。家出娘の家と血で血を洗う争いを繰り広げている家の息子なのだ。簡単に言えばロミオとジュリエットのジュリエット奪還任務であるが、男の家も傭兵を雇っているからロマンチックな風情はない。両家の傭兵が出会うことはすなわち殺し合いの始まりを意味する。常に緊張感が漂う、過酷な任務が始まる……というのは前半のあらすじにしか過ぎず、どうやら山猫はこの任務のさらに先にあるものを見ているようだ。前半で描かれる山猫の奇妙な言動の理由が明らかになる後半の展開は凄まじい。前半では単なる雇われ者にしか過ぎなかった山猫であるが、後半になり山猫の壮大な計画が始動すると、すべての登場人物が山猫に踊らされることになるのだ。読者もまた、山猫の智略にただただ圧倒されるしかない。彼の計画は常に読者の予想を超えるのだ。
 
 腕っぷしの強さとキレッキレの頭脳をもつこの猫は、どちらかといえば躊躇いなく人を殺す暴力的な人物に描かれている。しかし、最後に明かされる彼の秘密に思わずキュンとしちゃう人も多いはず。
 
45位 大沢在昌『毒猿 新宿鮫Ⅱ』光文社文庫
 
 毒猿とは台湾の伝説の殺し屋で、彼を裏切った台湾マフィアのボスを殺すために日本に来ているらしい――。そう、新宿鮫シリーズの二作目は台湾マフィアが中心の物語で、なんと今回レビューの『不夜城』と題材が一緒。ただ、『不夜城』が完全に裏社会の話である一方で、一応『毒猿』は警察組織が機能しているので表社会の論理が通っている。個人的にはネガとポジのような感覚で二つの物語を読んだ。
 
 一作目で鮮烈なデビューを果たした新宿鮫であるが、意外にも第二作目では影がうすい。主役の座は毒猿と彼を負う台湾警察の刑事の二人が占めている。鮫島は台湾刑事の相棒となって毒猿を追うことになる。
 
 ところで、前作では正体不明の凶器というミステリー的な謎解き要素があったが、本作にはそういったガジェットは無い。なのに前作より評価されているのはなぜか。それはハードボイルドとしてより純度の高い作品に仕上がっているからだろう。警察、毒猿、台湾マフィア、三つの勢力が入り乱れる事件をスピード感たっぷりに描いている。次々と殺される台湾マフィア、追い詰められる毒猿、まるで生きているかのように刻々と変化する事件を鮫島とともに現在進行形で体感できるのだ。クライマックスの緊張感たるや気持ちが入りすぎて窒息しそうになった、と大げさに言ってみたくなる作品。
 
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44位 皆川博子『死の泉』ハヤカワ文庫
 
 第二章を読み始めるまで「おや?」という気持ちで読んでいた。というのも、どう考えてもミステリーには思えない物語だったからだ。「これは、『ダックコール』の再来か!?」と。物語は第二次世界大戦下のドイツ、私生児を身ごもった主人公はナチの産院に身を寄せる。人種差別問題や悪化する戦況、主人公は次第に追い詰められていく……。という銃後の戦争系の物語でミステリー要素と言えば、不老不死の研究をしている医師の存在くらい。それも戦中は珍しい話ではないく、ミステリーというジャンルには分類しづらい物語が続く。とはいえ、著者特有の素晴らしい文章に飽きることなく読みすすめられるのであるが。
 
 ところが第二章に突入すると様相は一変。複数の人物の視点がめまぐるしく切り替わり、それぞれの思惑が交錯するサスペンス色の強い物語へと変わる。そして最後にはとあるトリックも明かされるのだから、結局はミステリーだった一安心というわけだ。簡単に書いてしまったが、第二章以降は第一章がしっかりしているから成り立っている。登場人物の行動原理や伏線も全て第一章が無ければ成り立たない。それほど緻密に組み上げられた物語なのだ。
 
 さて、この小説は物語と同じく注目すべき点がある。それは著者の文章力だ。文学作品に勝るとも劣らない見事な文章は物語を一層豊かにする。特に狂人の描写が凄まじい。精神が錯乱している様子が見事に描かれている。この文章を読むだけでも価値がある一冊だ。
 
43位 桐野夏生『OUT』講談社文庫
 
 本書のあとがきにおいて、タイトルの「OUT」を松浦理英子大先生は「一億総中流社会的な一般社会から外れた女達」とアウトサイダーのようなニュアンスで書いている。「OUT」な場所にいる女達が「OUT」な行為によってどんどん「OUT」になってしまう物語りだと。しかし、僕は違った意味で「OUT」という単語を理解した。つまり、主人公たちは現状から「OUT」したくて、日常に風穴を開けたくて「OUT」な行為をし続けるのではないか、と。
 
 冒頭から描かれる女達の日常は、地獄のように過酷な日々。そんな日々から彼女たちが抜け出すために請け負った行為が「死体処理」である。同僚が殺した夫の死体をバラバラに切り刻んで遺棄したのである。結果として汚泥を啜るような日常からは「OUT」した彼女たち。しかし、当然の如く彼女たちの犯行は追求を受けることになって……。
 
 何が一番恐ろしいかといって、先述の「地獄のような女達の日々」がすぐ隣にあるような日常として描かれていて、倫理を無視して「遺体損壊」へと一気に飛躍してしまう彼女たちの思考が抵抗無く受容れられてしまったことだ。「これはありうることだ」思ってしまうのである。多くの人が抱えている日常への鬱屈した思い、そこから「OUT」したいという欲望を極限的な形で描き出した作品といえるのかもしれない。
 
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42位 岡本綺堂『半七捕物帳』光文社文庫
 
 今や当たり前のジャンルとなった捕物帖の先駆け的シリーズ。日本ミステリーの黎明期において重要な役割を果たしたと言われていて、確かにこのシリーズは一九一七年スタートで、乱歩のデビューはその六年後なのだ。どれだけの後進作品に影響を与えかは計り知れないものがある。
 
 さて、全集の1巻、14作品を読んだところの一番の驚きは作品テイストの多様さだ。怪談調、サスペンス、本格テイストの作品etc。毎回違った趣向を凝らしてくるので飽きない。さらに提示される謎が興味深いものばかりなのだ。例えば、干からびた生首を持つ浪人、ひとりでに鳴り出す半鐘、忽然と消えた美少年、「これ、どういうこと?」と気になってしまうものばかり。それが短編という短さでサクサク解決していくのでストレスフリー、次から次へと読んでしまう。
 
 ただ、ミステリーとして謎解き要素は総じて弱い作品が多い。現代ミステリーばりのトリックを期待すると肩透かしを食らうのでそのあたりは広い心で読むのがベスト。ただ、たまに解決も素晴らしい作品があることは明記しておきたい。
 
 また、半七捕物帳は江戸風俗の史料としても評価が高い。制度や文化など「へえ」と感心できるトリビアが豊富だ。もちろん、人の価値観も現代とは異なるので、登場人物の行動原理も現代とは違う。そこが謎解きのミソになることもあるので、時代小説でしか書けないミステリーであると評価するのともできよう。
 
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後編に続く⇒
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by dokusho-biyori | 2017-03-03 21:55 | バックナンバー | Comments(0)

17年03月 後編

⇒前編から続く
 
 
 
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 今回は、時間ものの名作を幾つか読み返しながら、「今」と「未来」について考えてみた。
 
 トップバッターには、ケン・グリムウッドの『リプレイ』が相応しかろう。43歳の主人公ジェフが、冒頭の一文でいきなり死んでしまうという珍妙な幕開けだ。
 
 で、その後どうなるかっつーと、彼は気が付いたら18歳の頃に戻っている。25年前の若々しい身体で、時代も間違いなく25年前。ただ一点、彼の記憶だけは元のまま。つまりジェフは、18歳から43歳まで25年間の記憶を保持したまま、もう一度人生をやり直すことになる。言わば「未来からやって来た男」になった彼は、株価の上下から競馬の大穴まで全てお見通しな訳で、当然それを利用して大儲けする。掛け値なしの大富豪になる。ブラボー!
 
 が、あろうことか43歳になった途端、また死んでしまう。そして、気が付くとまた、18歳に戻っている。そして43歳になったら三度、死んで、三度、時間を遡って生き直す。更に、四回、五回、六回……。ジェフは、訳も解らないまま、死んで戻って生き直す、を延々と繰り返す。そして、その度に「より良い人生」を模索するのだけれど、毎回毎回、何かしら失敗し、大小様々な後悔を抱えながら43歳で死んでしまう。
 
 ところが或る日、何十回目か何百回目かの43歳の時、やはり理由も解らないまま唐突に彼は、「リプレイ」の輪から抜け出すことに成功する。その瞬間、彼は――音楽にしろ映画にしろ文学にしろ、あらゆるものを体験し尽くして飽き飽きしていた彼は――聞き覚えのない音楽を耳にして狂喜する。《 それにしても、どんな歌であれ、今までにぜんぜん聞いたことのない歌を、なんと聞きたかったことか! 》。
 
 そうなのだ! どこにでもいる凡庸な中年オヤジが何度も人生をやり直すという夢のような設定のこの物語は、見方を変えれば何度やり直しても完璧な人生にはならない男を描いている訳で、それはつまり、何度生き直そうとしょせん人間は神様になれる訳ではないと言っているのであり、同時に、やり直しの利かない時間を生きる僕らに向けた「人生は一度しか無いからこそ素晴らしい!」という、力強い声援にもなっているのだ。
 
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 そんなメッセージを内包した作品の一つとして、畑野智美の『ふたつの星とタイムマシン』も挙げてみたい。
 
 今よりちょびっと未来の日本。そこではタイムマシンが、あたかも現代のリニアモーターカーの如く「実用間近か!?」と期待されていたり、数千人に一人の割合で超能力者が存在することが認知されていて、やはり現代のカラオケバトルのような、視聴者参加型の超能力番組が放送されていたりする。
 
 そんな世界で、例えば或る女子大生は、試作品のタイムマシンを使って、悔やみきれない過去を変えようとする。しかしタイムマシンの開発者は忠告する。曰く《 過去を変えたら、もっと悲惨な未来になるかもしれない。今が一番いいと思っていた方がいいです 》。このセリフは、続編である『タイムマシンでは、行けない明日』を読むと一層深みを増すのだけれど、「今が一番いいと思っていた方がいい」とは、なんという人生肯定の言葉だろう!
 
 本書には他にも、瞬間移動の超能力を使って週末ごとに世界旅行を楽しむOLだとか、自分の周りだけ時間を遅らせることが出来る小学生だとか、はたまた「惚れ薬」を手に入れて意中の女性を振り向かせようとする青年だとか、奇跡とでも言うべき力を手にした男女が登場する。
 
 だけどその行間から溢れ出すのは、奇跡の礼讃ではなく、むしろその逆、万能ではない僕らの生を精一杯肯定せんとするメッセージだ。少々便利な力を手に入れたとて、それを使うのが人間である以上、やはり失敗と後悔はつきまとう。ならば、特殊な能力を使って人生のドーピングをするよりも、始めから「人生は思うに任せない」という心づもりで生きていけばいいではないか。そんな主張を本書から読みとるのは、果たして僕の深読みのし過ぎだろうか?
 
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 中山智幸の短編集『ペンギンのバタフライ』も、現在肯定の時間旅行ものと言っていいだろう。
 
 とある町のとある坂道。そこを自転車で後ろ向きに下ると過去に戻れるというのは、第一話「さかさまさか」。半信半疑で試してみた主人公が、まんまと戻れた過去の世界で、一人の女性から忠告を受ける。《 わたしのいちばんの失敗はね、過去に戻れば運命を変えられるって勘違いしたこと。わかる? 結局、いましかないんだよ 》。
 
 或いは第三話「ふりだしにすすむ」では、平凡なOLが、未来からやって来たという老人に頼みごとをされる。ならば「自分の未来を教えて欲しい」と交換条件を出すものの、「知らん方がいい」とはぐらかされる。何故か?
 
 ここで僕はふと考えた。自分の未来が分かってしまったら、努力して「今」を変えていく気になれるだろうか? 判明した「未来」が良いものだったにしろ悪いものだったにしろ、それが「既定事項」だと言われたら、それでも努力を続けられるだろうか? 例えば、「あなたの明日のテストは60点と決定しています」と告げられたら、それでもテスト勉強を頑張れるだろうか? 僕には無理だ。「どうせ~なんだから」と、知らされた「未来」を口実に「今」の努力を放棄してしまうに違いない。だから老人は言ったのだろう。《 知らないからこそ生きるに値するんだ 》と。そして続ける。《 ありきたりだが、悲喜こもごもがある。いい人生かどうかは、きみが最後に決めることだ 》と。
 
 即ち、だ。人生の先に待ち受けているのが良い未来なのか悪い未来なのか、それはあらかじめ通達されるべきものではなく、それらを通り過ぎた後、ゆっくりと振り返った時に自分自身で判断すべきものであると、そういうことをこの老人は言っているのではなかろうか。別の言い方をするならば、将来、過ぎ越し方を「良い人生だった」と思い返せるかどうか、それは、そこに辿り着くまでの自分自身の行動次第だと、そういうことをこの老人は言っているのではなかろうか。
 
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 そう言えば、映画史に残る時間もの、かの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でも、シリーズの最後の最後で似たようなことを言っていた。タイムマシンで持ち帰った「未来の自分の解雇通知」が白紙になっていて驚くマーティとジェニファーに、ドクことブラウン博士がしたり顔で告げるのだ。「君たちの未来はまだ白紙という意味だ。誰にとっても、だ。自分の未来は自分で切り開くものなのだよ(It means your future hasn't written yet. No one's has. Your future is……whatever you make it.)」。
 
 或いは、日本代表級の時間もの、『ドラえもん』にも、相似形の言葉がある。「45年後……」というタイトルの短編で、文字通り、45年後ののび太が少年時代を懐かしんで、タイムマシンで現代に遊びに来るという話だ。例の如くドタバタ喜劇が展開された後、すっきりした顔で未来に帰ってゆくオッサンのび太。その別れ際に彼が、少年のび太にそっと告げるアドバイス。《 一つだけ教えておこう。きみはこれからも何度もつまづく。でも、そのたびに立ち直る強さも、もってるんだよ 》。
 
 多分きっと恐らくけだし、「未来」というものは、何度もつまづきながら「今」をつなげていった先にしか存在し得ず、ということは、つまりその「未来」を決めるのは、無数に連なる「今」を生きる自分自身だと、そういうことを藤子・F・不二雄さんは言いたかったのではなかろうか。
 
 いや、一人藤子氏に限らず、ここに挙げたどの作品もどの作者も、言いたいことは結局一つなんだという気がするがどうだろう? 未来は白紙だ、と。だからこそ、人生は生きるに値するのだ、と。そう思うと、つまらん日常もほんの少しだけ、輝きを増すように感じるのは、決して僕だけではないのではなかろうか。
 
 
 
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『OUT』桐野夏生 講談社文庫
 
『命の後で咲いた花』綾崎隼 メディアワークス文庫

 
『奇想、天を動かす』島田荘司 光文社文庫
 
『死の泉』皆川博子 ハヤカワ文庫
 
『絡新婦の理』京極夏彦 講談社文庫
 
『太陽黒点』山田風太郎 角川文庫
 
『テロリストのパラソル』藤原伊織 文春文庫
 
『毒猿』大沢在昌 光文社文庫
 
『ドラえもん プラス 5』藤子・F・不二雄 小学館てんとう虫コミックス
 
『半七捕物帳』岡本綺堂 光文社文庫
 
『ふたつの星とタイムマシン』畑野智美 集英社文庫
 
『不夜城』馳星周 角川文庫
 
『ペンギンのバタフライ』中山智幸 PHP研究所
 
『山猫の夏』船戸与一 小学館文庫
 
『リプレイ』ケン・グリムウッド 杉山高之/訳 新潮文庫
 
 
 
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編集後記 
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連載四コマ「本屋日和」
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3月のイベントカレンダー
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# by dokusho-biyori | 2017-03-03 21:54 | バックナンバー | Comments(0)

面白い本

先日、東京創元社の「新企画説明会」にお邪魔してきました。
ゲストに有栖川有栖さんがいらしていて、そのスピーチが素敵でした。

「これからも “ みんなは、こういうのが好きなんじゃないかな ” という作品ではなく、
 “ 僕はこういうのが面白いと思うんだけど ” というものを書いていけたらいいなと
 思っています」

おぉ、さすが! 万人が面白い! という本など恐らく存在しない訳で、
だとしたら自分が面白いと感じるものを書いていくのが、「嘘」のないスタンスだよなぁ、
などと、感動したりした訳です。

この『読書日和』もそんな風に、
“ 誰が読んでも必ず面白い本 ” ではなく、
“ 僕らが面白いと思う本 ” を、嘘をつかずに紹介していけたらな、と。

って言うか、3月号、遅れててすみません。
多分、3/3(金)か3/4(土)には、お目通し願えるかと思いますので
今しばらく御猶予下さいませ。
















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# by dokusho-biyori | 2017-03-02 11:22 | サワダのひとりごと | Comments(0)