17年02月 前編

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 動物が出ているテレビ番組を見ているとどうしてもその可愛らしさ故か「飼いたい」と思うことがある。だが安易に「飼いたい」と言って飼えるものではない。そこには家族として迎え入れる「覚悟」と「愛情」と言う名の「責任」が伴うからだ。口にするものの実際に飼わないのは、自分が一度愛犬を亡くしているからとすっかり染み付いてしまっている『犬の十戒』があるからだろう。そんな『犬の十戒』を交えたお話『犬と私の10の約束』を紹介したい。
 
 大人のみならず小さい子にありがちな「この子飼いたい」と突然捨て犬やら迷い犬やら、まあ所謂野良を拾ってくるこの光景。話の導入は十二歳の少女・あかりが偶然自宅に迷い込んできた仔犬を捕まえようとするところから始まる。しかし丁度なんてタイミングだ、母親が倒れてしまい犬どころではなくなってしまった。父親は医者で忙しく母親は入院……普通に考えてこのぐらいの年の子ならば寂しかろう。その穴埋めとなったのが仔犬……ではなく、四月に知り合ったギター少年の進だった。そうか、男の子か!! と思ってしまった私は悪くないと思いたい。
 
 進と和やかな日々を過ごす中、とある日曜日。あかりは再び例の仔犬と遭遇する。今度は捕まえちゃいましたよ。無事に家族として迎え入れました。そのことを入院中の母親に仔犬を連れて見せに行くと(病院に連れていいのかと言うツッコミは敢えてスルーしよう)、母親からあかりに犬を飼う時の10の約束を渡される。それが『犬の十戒』なのだが、あかりが大人になるまでにそれらが守られたかどうかは読んでみて確かめて欲しい。
 
 さて繰り返し出てくる『犬の十戒』。物語の中では10の約束とされているこれは一体なんぞや、となるだろう。元々は著者不明と言われている英詩であり、犬と人間の在り方について書かれているものだ。
 
 犬だけではなく動物の寿命は私たち人間よりもはるかに短い。それは私たちよりも早く年老いていくものだからどうこうできるものではない。だが生きている間にできることはたくさんあるのもまた事実。私たちに感情があるように飼われるペット達にも感情は存在するのだ。そしてこの『犬の十戒』は犬だけではなく全ての動物、そして人間同士の関係にも照らし合わせることができる。全ては紹介しきれないが、ほんの一部紹介しよう。
 
【私の一生は10~15年くらいしかありません。ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです。私のことを買う(飼う)前にどうかそのことを考えて下さい】
 一度飼うとなったら最期まで面倒を見るのが最大の責任である。短い命の中飼われるペット達は何を思うのか。例えば主人公のあかりのように寂しく思うでしょう。きちんと面倒を見てあげられるか、愛情を捧げられるか、「可愛い」と言う一過性の感情だけに囚われていないか、覚悟を決めなければならない。
 
【私を叩く前に思い出して下さい。私には貴方の手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど、私は貴方を噛まないように決めている事を】
 怒りの感情をぶつけることがどういうことか。手を上げればペット達も人間も痛みを伴うのは当たり前の話である。それでも噛み付いて来ないのは犬がきちんと主人だと認めているからであって。人間もそう。手をあげ返す人もいるだろうけど、本当に信頼しあっていれば物理的な痛みは返さない。ペット達……特に犬は人間に本気で噛み付くようなことがあれば、あっさりと保健所行きである。そのことをわかって欲しい。
 
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【最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送って下さい 。「見ているのが辛いから」とか「私の居ないところで逝かせてあげて」なんて言わないで欲しいのです 。貴方が側にいてくれるだけで、 私にはどんなことでも安らかに受け入れられます 。そして……どうか忘れないで下さい。私が貴方を愛していることを】
 飼われてきてからどのくらい一緒に過ごせるか分からないけれども、必ず死というものは訪れる。見ているのは確かに辛いけれども、もし仮に自分が大切な人と死に別れなければならない状況下だったら。私はあまり見られたくはないがそれでもどこか寂しく思う節はある。それはペット達も同様だ。たくさんの愛情を受けてきたのだから。最期まで見届けるのが、飼い主としての最後の役割なのではないのだろうか。
 
 昨今、一年間で保健所での殺処分が決まっている動物は、犬猫だけでも七、八万頭と言われている。元々野良だった子たちもいるが、その中には一度飼っては人間の勝手で捨てられて望まない運命に当たる子たちすらいる。人間同様虐待されて捨てられる子だって。その現実を頭に入れて欲しい。そして『犬と私の10の約束』で人とペット達の繋がりを、並びに『犬の十戒』を念頭に入れて動物を飼って欲しい。また既に飼っている方々は今一度自分がどういう風に接しているか、思い出して欲しい。
 あなたは、守ることができていますか?
 
 
 
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61位『奪取』真保裕一 講談社文庫
「なあ、銀行と知恵比べしてみるってのも、面白そうだとは思わないか?」この主人公の一言に物語の全ては集約されている。国家技術の粋を集めて作られた紙幣の偽物を如何に作り上げるかという難題に挑戦する主人公たちは、まさに壮大な「知恵比べ」をしているのである。どんな紙を使えばいいのか、インクの色は、すかしの入れ方はetc……試行錯誤を繰り返す彼らの姿にどこからともなく「地上の星」が聞こえてくる……。
 
 物語は三部構成になっている。中でも第一部の着眼点は素晴らしい。友人の借金返済のために、一週間で1260万円の金を捻出する――。このミッションインポッシブルへの解決法が盲点を付いていてめちゃくちゃ上手い。主人公の天才っぷりが遺憾なく発揮される。ここで「贋金作り」という犯罪がとても知的でロマンにあふれた魅力的なものに思えてくる。そしたらもう上下巻一気読みである。二部、三部と激流のような物語に翻弄されて、爽快な一撃が待っているラストまで一直線である。
 
 ちなみに、本書は「印刷」に関する小説でもあるので、その方面への薀蓄も豊富。印刷業界に詳しくなれる。
 
60位『理由』宮部みゆき 新潮文庫
 お隣さんの名前を聞かれてすぐに答えられるだろうか。名前は分かっても家族構成や職業などは分かるだろうか。僕の場合、東西南北のご近所さん全てに関して答えは「否」。特にアパート暮らしの頃は顔さえも分からなかった。なので、たとえお隣さんがいつの間にか全く別人になっていたとしても気付くことは無いだろう。思えば、これほどミステリーの謎として魅力的な題材はそうそう見つからない。本書ではその魅力を存分に使った事件が起こる。
 
 とある高層マンションで殺人事件が発生する。一室で発見された三体の死体と一体の墜落死体。これだけで衝撃的な大量殺人事件であるのだが、なんと四人の死者とマンションに登録されている住人は全くの別人だったことが発覚する。では、元々いた家族はどこに行ったのか、誰が死んだのか、そもそも何故住人が入れ替わったのか。もはや謎が多すぎて続きを読むしかなくなってしまう。事件は関係者の証言を積み重ねていくことで真相をあらわにしていくのだが、着地点は輪郭すらつかめなかったスタートからは想像も付かないほどのリアリティがある。
 
59位『弁護側の証人』小泉喜美子 集英社文庫
 本書を読むにあたってアガサ・クリスティー『検察側の証人』を先に読むべし、みたいな人がいるのでその通りにしてみた。まあ、結果としてはどちらでもいいかな。読めばより騙されやすくなるといった程度だと思う。ただ、『検察側の証人』も傑作なので読んで損はない。
 
 帯にも「映像化不可能」と謳ってあるし、物語冒頭でもそれと匂わす表現があるので明記していいと思うが、本書はいわゆるどんでん返し系のミステリーだ。最後に種明しで物語の様子が180度回転してしまう仕掛けが施されているのだ。あらゆる場面、セリフが正反対の意味を持ってくるので、真相が明らかになってからパラパラと読み返すと自分がいかに読み違えていたか分かるし、著者の巧妙な仕掛けに気づいて面白い。ただ、サラーっと流し読みしてしまうと騙され損なう恐れがあるのでそれなりにじっくり読むことをお勧めする。
 
 因みにトリックを除くと本書はいわゆる嫁いびりものとして読むことができる。不幸な生い立ちの主人公が家庭に入っていびられる様をヤキモキしながら読むだけでも面白い。
 
58位『猛き箱舟』船戸与一 集英社文庫
 プロローグのカッコ良さが尋常ではない。特殊部隊がある男の暗殺ミッションを遂行している場面から物語は幕を開ける。要人を幾人も殺めているというその男は、深手を負いながらも巧妙に追っ手から逃げ続ける。戦略的に罠を張って逃げる男、クレバーでクールである。そして追い詰められた男が見せる姿も、男なら誰もが憧れを抱くだろう。
 
 と、ハイテンションなプロローグが終わると物語は過去へともどる。そして、プロローグで追われていた男が主人公だと分かるのだが、しかしその様子にはプロローグのようなクールさは見られず、ただのチンピラのように描かれる。その主人公が日本財界を裏で牛耳る男の下で傭兵として働くことになるのが前半、つまり上巻のあらすじだ。海外の紛争地域で戦闘に参加するところまで描かれる前半は、リアルな戦争小説としての楽しみがある。しかし、後半、下巻に突入すると男の戦いの意味合いは一変する。そして、チンピラでしかなかった男が、プロローグの化け物めいた戦闘員へと変貌していく様が描かれるのだ。あまり詳しく書くとネタばれになってしまうが、前半の戦闘は戦争ゲームをしているような興奮があり、後半の戦闘は男の情念そのもののように読者の心を熱くする。ひとりの人間としてここまで凄まじい生き様はあるだろうかと思わせる、まさにタフガイな小説だ。
 
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57位『八ツ墓村』横溝正史 角川文庫
「祟りじゃーっ!」という老婆の叫びとか、ライトを鬼の角のように立てた殺人鬼の画が有名すぎて内容があまり知られていない印象を受ける本書。全て映画の影響が大きすぎるせいなのだが、これは原作がしっかりしているからに他ならない。本書はミステリーの枠を超えてエンターテイメントとして超一流の作品である。
 
 物語のメインは八つ墓村といういかにもな村で起こる連続殺人をめぐる謎である。無差別に殺されていく被害者たちの共通点は何か、なぜ殺されるのか、という所謂ミッシングリンクものとして展開される。一方で落ち武者の隠し財宝をめぐる宝探し小説としての一面も併せ持つ。本格ミステリーと冒険小説の見事な融合、幸福なマリアージュである。
 
 ところで、ものすごく話題がそれるが、年に一度ツイッターで行われる横溝ヒロイン総選挙なるイベントがあるのだが、そこで圧倒的人気を誇るのが本書のヒロイン里村典子だ。典子の他にも魅力的な女性が登場する本書は男性読者の好みがわかる試金石のような役割も果たす。個人的には主人公の姉、田治見春代のいじらしさがたまらない。
 
56位『異邦の騎士』島田荘司 講談社文庫
 小説の中の記憶喪失者はミステリーの読者と非常に似ているということを発見した。どういうことかと言うと、世界では何かが起こったはずなのに、それを知らない(覚えていない)。そして「何かが起こった」という謎を知ることが目的になり、他者(探偵)が導いてくれる。謎が解かれていくということは記憶を回復していくことに似ていると思うのだ。本書はまさに記憶喪失の一人称で描かれていたミステリーだ。冒頭から記憶喪失であることに気づいた主人公の混乱っぷりが見事に描かれる。そこから段々と過去が明らかになっていくのであるが、どうやらそれは忌まわしき過去のようで……。記憶を失った直後、出会った女と幸福な同棲生活をしていた主人公は記憶を取り戻すべきか否かのひどいジレンマに悩まされることとなる。このジレンマこそが真相が明かされたときの驚きにつながり、何とも切ない読後感を生むのである。
 
 さて、僕はレビューの前半に意図せずともちょっとした意地悪をしてしまった。ちょっとヒントを出すと、真相へとたどり着く(記憶を取りもどす)道のりが本当に正しいと言う証拠はどこにあるのだろう……?
 
55位『サマー・アポカリプス』笠井潔 創元推理文庫
 矢吹駆シリーズの第二作。『哲学者の密室』のレビューでも書いたが、このシリーズは原則一見さんお断りなので、きちんと『バイバイエンジェル』からお読みすることをオススメする。でないと、僕のように前作のネタばれを喰らいながら読みすすめることになるからだ。
 
 さて、本書はミステリーの要素として、密室殺人、アリバイトリック、見立て殺人、多重解決等々を含んでいるが、なかでも注目したいのが見立て殺人だ。本書の事件の要と言っていい見立て殺人の意味、これが今までレビューした『悪魔の手毬唄』『霧越邸殺人事件』とは全く違っている。なによりもその必然性を生むのが困難な見立てなのだが、一番すっきりとした理由付けに成功している。トリックに見事に組み込まれていて、本格ミステリーとして見事な完成度を誇っている。
 
 ただ、キリスト教の宗教史云々が事件の背後に存在するため、斜め読みすると事件の全容が把握できなくなる。腰をすえてじっくり読むべく本である。間違っても電車の中で読んで何度も同じ箇所を読み返すような、僕のようにはならないで。
 
54位『半落ち』横山秀夫 講談社文庫
 ミステリーの謎は大概殺人行為そのものから発生している。所謂、フーダニット(誰がやったか)、ハウダニット(どのようにやったか)、ホワイダニット(なぜやったか)という分類も全て殺人行為に関係している。ところが本書は誰がやったのかも、どのようにやったのかも、なぜやったのかもすべて明らかになった上で謎が提示される。「殺人から自首までの二日間、犯人はどこで何をしていたか」このことに関しては一切しゃべろうとしない犯人に「何かある」と直感した刑事、判事、事件記者など様々な立場男が真相究明に挑む。正直どうでも良いと言ってしまいそうな謎であるが、そこに警察上層部の捜査妨害が入ってきたりして急にきな臭くなってくる。ここで権力という大きな正義に屈するか、それとも己の信念を貫くかという、横山秀夫お得意の「男たちのドラマ」が立ち上がってくるのだ。男たちはそれぞれ真相に近づいていくのだが、必ずどこかで挫折し(決して真相究明に失敗するというだけではない)、まるでバトンリレーのように次の男の視点に切り替わる。題材としては地味であるが、視点を変えることで飽きさせない手腕は見事。そして、全て持っていく「空白の二日間」の真相はハンカチの用意が必要だ。
 
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53位『マークスの山』髙村薫 新潮文庫
 表紙で「雪山で起こる連続殺人をめぐる山岳ミステリー」と勘違いしていたが、実際は骨太の警察小説だった。もちろん、雪山の殺人事件も関係しているが、メインは首都圏で起こる連続殺人事件だ。この事件を追う刑事たちの姿を圧倒的なリアリティで描いたらしい。らしい、なんて中途半端な語尾にしたのは、心理描写や捜査の方法は確かにリアルであるけれども刑事たちのキャラが立ちすぎて「現実にもいそう」とは思いづらかったから。ただ、それはむしろ良い意味でキャラ立ちしているのだ。特に刑事たちが個性豊かでその言動だけでも面白い。個人的には服がダサくて、チビでデブで仕切りたがりとちょっとウザいけれども矢鱈に頭の切れる吾妻ペコ(このニックネームも面白い)がお気に入り。
 
 本書のもう一つのオススメポイントは殺人者の視点が描かれていること。それも短期記憶障害で記憶の混濁がしょっちゅう起こる人物の心理を見事に描いている。捜査パートが骨太の警察小説であれば、犯人パートは猟奇的な幻想小説だ。この二つがどうやって一つの事件に収斂していくのだろうとハラハラするのも一興だ。
 
52位『第三の時効』横山秀夫 集英社文庫
 短編集というのは大概一作くらいは残念な思いをするのだが、本書は全て傑作ミステリーという素晴らしい短編集だ。F県警という架空の県警を舞台に、常勝集団と言われるほど検挙率の高い捜査一課の活躍が描かれる。どれも警察小説としてリアリティがありながら、本格ミステリーとしての仕掛けも見事に決まっている。例えば表題作の「第三の時効」は冷血な班長の下で働く捜査員が、事件関係者に同情を覚えながらもその家族を壊しかねない解決に進むしかない苦悩を描き、同時にタイトルの持つ意味と最後のどんでん返しであっとさせられる。
 
 また、本書は同じF県警を舞台にしながらも視点人物は短編ごとに違う。当然、捜査一課であっても複数班があるわけで、班の内側から見た場合と外側から見た場合とで一人の人物の評価が違ってくるので、短編ごとに登場人物が掘り下げられていくことになる。つまり、事件は一つの短編内で完結するが、F県警という舞台絵繰り広げられる物語は一冊を通して描かれている。短編ミステリーとして一編ずつ楽しみながら、刑事たちの群像劇として一冊とおして楽しむ、二重に楽しませてくれる仕掛けである。
 
 
 
後編に続く⇒
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by dokusho-biyori | 2017-02-03 10:30 | バックナンバー | Comments(0)

17年02月 後編

⇒前編から続く 
 
 
 
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 今回は、2016年に読んだ新刊の中から、とりわけ強く印象に残った作品を四つほど採り上げたい。いずれ劣らぬ傑作揃いで甲乙つけ難く、故に順位やランキングという体裁はとらずに、発行日順で紹介したい。
 
 まずは五月の奥田亜希子『ファミリー・レス』。2014年にすばる文学賞でデビューした新鋭の、これは三作目。タイトルは恐らく造語だろうが、無理矢理日本語に置き換えると「家族欠落」或いは「家族未満」といったところか。その名が暗示する通り、ここに登場する老若男女は、「家族」と呼ぶには何かが足りない。戸籍の上では家族でも、心は他人よりも離れてしまったり、家族同様に暮らしていながら遠慮や気兼ねを払拭出来なかったり、或いは、存在さえ知らなかった血縁者が突然現れて戸惑ったりと、様々な距離感の六つの「家族未満」が描かれる。
 
 この作家の作品は前作『透明人間は204号室の夢を見る』で初めて読んだんだけど、市井の人々の後ろ向きの感情をこれほどナチュラルに描ける人は、昨今ちょっと見当たらない。と言っても誤解しないで頂きたい。話が暗いとかストーリーに救いが無いという意味では、決してない。むしろ、単純なハッピーエンドの物語では味わえない不思議な安らぎがある。
 
 例えば松岡修三氏のように、何でもかんでもポジティブに捉えて前向きに生きることばかりが奨励される世の中だけど、生きていればどうしたって後ろ向きにしか考えられない時期もある。元気を出せと言われて元気が出るなら苦労は無い。前を向かなきゃと頭では解っていても、心がついて来ないから苦しいのである。
 
 そんな時に奥田亜希子の作品は、「そのまんまでいいんだよ」と優しく肯定してくれる。歩いていて転んだ時と走っていて転んだ時とどっちが痛い? 傷が大きいのは、全力疾走していたからこそ。そんな自分に鞭打って無理に前を向こうとするよりも、傷ついた自分を労わってあげよう。いずれ自然に元気が出るまで、泣いたりふさぎ込んだりする自分を許してあげよう。
 
 そんな奥田亜希子ならではの温かみを実感したければ、まずは本書の第一話「プレパラートの瞬き」を読んで頂きたい。
 
 二十代半前半の主人公・希恵には、かつてツーカーの仲だった姉がいるのだけど、現在はほぼ絶縁状態。どうやら余程のことがあったらしいのだけど、希恵はその過去から目を逸らし続けている。とは言え、記憶を失った訳ではないので何かの拍子にその「出来事」に焦点が合ってしまうことはしばしばあって、だけれども彼女は、恐らく自己防衛反応なんだろう、「私は傷ついてなんかいない」「過去を引きずってなんかいない」と懸命に演技する。周囲に対しても、自分自身に対しても。
 
 が、そんな無理をいつまでも続けられる筈がなく、臨界に達した慟哭はラストシーンで遂に爆発する。堰を切ったように泣きじゃくる彼女の悲哀に、心を動かされない読者は恐らくいまい。「君は悪くない」「次はきっといいことがあるよ」と、一言言ってあげられたらと、きっと誰もが思うだろう。
 
 けれど希恵は、多分この後、立ち直る。しんどかった経験を「無かったこと」のように無視するのではなく、自分が傷ついたという事実を受け入れることで、初めて過去は過去になる。悲しんでいない人を慰めることは出来ないのと同じで、自分自身の悲しみをまずは自分で認めないことには、立ち直ることも前を向くことも難しい。俵万智に「悲しみがいつも私をつよくする今朝の心のペンキぬりたて」という歌がある。相田みつをは「あのときのあの苦しみも あのときのあの悲しみも みんな肥料になったんだなぁ」と言っている。或いはアメリカのジャーナリストだったか詩人だったかは(うろ覚え)、「目が洗えるほどたくさん涙を流した女は、視野が広くなるのよ」とかいう言葉を遺したそうだ。
 
 首根っこ掴んで無理矢理前を向かせるようなプラス思考の押し売りに、ちょっと疲れたりしている人には、奥田亜希子をお薦めしたい。
 
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 お次は六月の『ロボット・イン・ザ・ガーデン』だ。
 舞台は、家事用アンドロイドが高額ながらも普及し始めた未来の世界。ロンドン郊外に住むベンの庭に、或る日、一台の小さなロボットが現れる。一般的なアンドロイドと違って何の取り柄も無さそうな、しかもどこか壊れかけているらしいそのポンコツに、親の遺産でダラダラと日を浪費するベンは自分自身を重ねて親しみを持ち、「タング」と名乗るそのロボットを、製造元まで送り届けて修理してやろうと決意する。
 
 斯くして始まるベンとタングのずっこけロードノベル。これが楽しいの楽しくないのって! 一応学習機能は備わっているらしいタングだけれど、取り敢えずは人間の幼児並みの知識しか持ってないようで、空港で迷子になったと思ったら、初めて乗るエスカレーターに一心不乱。昇っては降りて昇っては降りてを嬉々として繰り返していたり、幼児期特有の反抗期なのか(?)、ベンが迷子になるから離れるなと言っても「やだ」、床が滑るから気をつけろと言っても「やだ」。そのフリーダムな言動にベンは度々苛立つのだけど、読者はハートを鷲づかみにされること請け合いだ。
 
 帯にも書いた通り、2016年で僕が「最も、ずーっと読んでいたかった本」。因みにこれは、販売促進用に考えたコピーではなく、ゲラを読んだ直後に担当編集さんに送ったメールの一部。つまり100%個人的な感想で商売っ気抜きだから信じていいよ(笑)。
 
 さて、先を急ぐ。賽助というラノベっぽい著者名で敬遠してはいけない。七月に出た『君と夏が、鉄塔の上』は、近年随一のまっとうな青春小説だ。主役は三人。鉄塔おたくの伊達成実(♂)。幽霊が見えるという特技の持ち主、比奈山優(♂)。そして、美人だけれど変わり者という評判の帆月蒼唯(♀)。全員、中学三年生。彼らのひと夏の冒険は、近所にある鉄塔のてっぺんに座る男の子が幕を開ける。帆月が見つけたその男の子は何故か彼女にしか見えず、霊感がある比奈山にも見えないということはどうやら幽霊ではなさそうで、だとしたら、地上五〇メートルに座り続けるあの子は何者? ってな謎解きに、受験だとか友情だとか恋だとかを重ね合わせることで、子供から青年へと脱皮しつつある少年たちの軽やかさも淋しさも、活き活きと描き出している。また、《 誰かにためらいなく蓋をされたように、あっけなく夜になった 》といった、この著者独特の気の利いた言い回しや、外国映画にでも出てきそうな洒落た会話も本書の魅力。『スタンド・バイ・ミー』とか『サマーウォーズ』とか『夏の庭』とか、そのテの話が好きな人なら一気呵成に読める筈。
 
 そして最後は、直木賞候補にもなった須賀しのぶの『また、桜の国で』。先々月に紹介した帚木蓬生『ヒトラーの防具』と同じ時期、こちらはポーランドのワルシャワにある日本大使館を舞台に、やはりナチスのホロコーストに懸命に抗う人々が描かれる。序盤、人物の動きが少なくて、ともすれば史実の「説明」になりがちな点が残念と言えば残念だけれど、中盤以降、主人公とその親友たちが大事な者を守るため瓦礫の中から立ち上がり、決死の覚悟でナチスに闘いを挑んでゆく姿には、何度も心を揺さぶられる。
 
《 国を愛する心は、上から植えつけられるものでは断じてない。まして、他国や他の民族への憎悪を糧に培われるものであってはならない 》
 
終盤、主人公が決然と言い放つこの言葉に触れる為だけでも、本書を手に取る価値はあると思う。
 
 
 
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『犬と私の10の約束』川口晴
 
『改訂完全版 異邦の騎士』島田荘司
 
『君と夏が、鉄塔の上』賽助
 
『サマー・アポカリプス』笠井潔
 
『第三の時効』横山秀夫
 
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『猛き箱舟』船戸与一
 
『奪取』真保裕一
 
『半落ち』横山秀夫
 
『ファミリー・レス』奥田亜希子
 
『弁護側の証人』小泉喜美子
 
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『マークスの山』髙村薫
 
『また、桜の国で』須賀しのぶ
 
『八ツ墓村』横溝正史
 
『理由』宮部みゆき
 
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール/松原葉子訳
 
 
 
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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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2月のイベントカレンダー
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# by dokusho-biyori | 2017-02-03 10:28 | バックナンバー | Comments(0)

薬丸岳『ガーディアン』

2005年の乱歩賞、『天使のナイフ』で、これホントに新人か!? とビックリして以来ずーっと追いかけてきた作家だけれども、いやぁ、ここ2~3年の進境は著しいどころの騒ぎじゃないな。『神の子』とか『誓約』とか『アノニマス・コール』とか『Aではない君と』とか、キャラはめちゃくちゃ立ってるし、セリフはナチュラルだし、文章は円転自在だし、作風もミステリーの枠には収まりきらない幅を持つようになって、もはや日本のエンタメ文学を代表する作家の一人と言ってもちっともオーバーではないと思う。

その薬丸さんが初めて挑戦した学園もの!? ということで、半信半疑で読み始めたら、いやはや一気読みでしたよ!! 中学校が舞台なだけに、先生やら生徒やら薬丸作品の中では異例なくらい登場人物が多いんだけど、その一人一人の心情が丁寧に描かれているから、どの人物にもついつい感情移入してしまう。勿論、乱歩賞作家の面目躍如たる謎解きも、大いに期待して貰って構わない。

薬丸岳『ガーディアン』は講談社から、2月下旬に発売予定。乞うご期待!


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# by dokusho-biyori | 2017-01-31 00:24 | 試し読み | Comments(0)