月がとっても蒼いから

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『農協月へ行く 』筒井康隆 角川文庫
『李陵・山月記・弟子・名人伝』中島敦 角川文庫


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『月からきたうさぎ』作=みなみらんぼう 絵=黒井健 学研プラス
『月の都市伝説』並木伸一郎 学研プラス


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『世界はなぜ月をめざすのか』佐伯和人 講談社ブルーバックス
『月に吠えらんねえ』清家雪子 講談社アフタヌーンKC


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『溺れる月』新野剛志 小学館
『月光浴 青い星』石川賢治 小学館


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『絵のない絵本』ハンス・クリスチャン・アンデルセン 訳=矢崎源九郎 新潮文庫
『月をめざした二人の科学者』的川泰宣 中公新書


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『月は無慈悲な夜の女王』ロバート・A・ハインライン 訳=矢野徹 ハヤカワ文庫SF
『月世界小説』牧野修 ハヤカワ文庫JA


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『月のしずく』浅田次郎 文春文庫
『アポロ11号』ピアース・ビゾニー 訳=日暮雅通 河出書房新社


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『竹取物語』訳=川端康成 河出文庫
『天体嗜好症』稲垣足穂 河出文庫


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『月影の迷路』リズ・ベリー 訳=田中美保子 国書刊行会
『がらくた屋と月の夜話』谷瑞恵 幻冬舎


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『月』榎本司 誠文堂新光社
『幻視行 月の都、京都』藤川桂介 淡交社


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『もしも月がなかったら』ニール・F・カミンズ 訳=増田まもる 監修=竹内均 東京書籍
『もしも月が2つあったなら』ニール・F・カミンズ 訳=増田まもる 監修=佐藤勝彦 東京書籍


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『月世界へ行く』ジュール・ヴェルヌ 訳=江口清 創元SF文庫
『100%月世界少年』スティーヴン・タニー 訳=茂木健 創元SF文庫


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『月の歩きかた』マイケル・カーロヴィッツ 訳=松井貴子 二見書房
『13カ月と13週と13日と満月の夜』アレックス・シアラー 訳=金原瑞人 求龍堂


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『The Real Moon月の素顔』沼沢茂美、脇屋奈々代 小学館クリエイティブ
『月に吠える』萩原朔太郎 日本図書センター


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『月の時間』森光伸 光村推古書院
『幸せを呼ぶ月の暦』著=Kei 絵=おおたうに ワニブックス


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『地球と月』大野友資 青幻舎
『月の名前』高橋順子、佐藤秀明 デコ



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# by dokusho-biyori | 2017-09-01 08:50 | 開催中フェア | Comments(0)

17年09月

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 自分よりも年齢が上の相手に「死ね、じじい」と心のなかで悪態をついたことが、あなたには今まで何回あっただろうか。あったかなかったかではない。私は、もちろんそんなもの到底数えられない。「今まで食べたパンの枚数」と同じ類のものだ。今日もまた、この野郎ふざけんなよ、と思い、絶対に許さない覚えてやがれ、と心のなかで「ぶっとばしてやるリスト」を更新する……いくぶんの誇張こそあれ、実際のところ、これを読んでいるあなたの毎日にも多かれ少なかれこんなシーンがあるのではないだろうか。

 スポーツを「見る側」にも、人生のなかでのタイミングというものがあるのかもしれない。最近、ふとそう思ったのは、『Number 933号』の「甲子園ライバル伝説。」の巻頭、「田中将大に、勝ちたかった。」で明かされる当時の智辯和歌山メンバーのドラマを読んだときである。私にとって抗いがたい魅力をもつ話だった。きっと、中・高校生だった十年前では感じなかったと思う。仮に読んだとしても、表面上そうそう、そうだよなと思いつつ、すり抜けるように読み流してしまっただろう。

 ここで残されているのは「最大の田中将大対策は、彼が卒業するまで待つこと。無駄な対策はしない」と他校からサジを投げられるような巨大な壁に対して、全力を尽くして挑んだ声である。冒頭の言葉は、そのなかのひとつだ。

 野球部の顧問も勤めた私の恩師は、高校野球を評して「あまりにスペシャルな世界」と言った。言い得て妙だと思う、なるほどあれは特異点(スペシヤル)だ。先日の夏の甲子園も、実力を限界以上に引き出した神がかり的プレーが続く、目の離せないシーソーゲームがいくつもあった。帰省中の車内や家電量販店のテレビコーナー、スマホの画面……モノは何であれ、思わず食い入ってしまった人も多くいるのではないだろうか。メディアを賑わせるのは、そういったゲーム展開だけではない。怪我をおしての出場や、炎天下の中での熱投が美談のように語られたり、それに対しての非難が巻き起こったりする。それは、夏にとって甲子園と同じくらいの風物詩かもしれない。それらを見聞きしていて、一方で将来を考えてほしいという気持ちもわかりながら、他方でどこかはばかられる自分にも気づく。あの場に立っている、いや、あの場所を目指したことのある多くの人間にとって、甲子園という場所はそれまでの人生の何割を占めているのだろうか。それまでの人生の大部分をかけたその濃度だからこそ、外野は好きなことをいえるのかもしれない。それこそちゃぶ台をひっくり返せば、本稿もそういった甲子園をめぐる言葉の一部である。


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 だからこそ、冒頭の言葉を目にしたとき、正直な実感でいえば、高校生の自分がすぐそばにいるような気になった。選手は、サイボーグのような身体をもつでもなければ、ロボットのように一心不乱にプレーに打ち込むわけでも、シナリオにそって動く駒でもない。普通の、本当に普通の人間味ある高校生だ。それは、いつになっても変えられない。子供の頃、甲子園を見ていると、どこか選手たちをそういった無敵のヒーローとして、本当に大きな存在として感じている自分がいた。だが、実際に自分がその年齢になって、そしてそれを超えてみると、キツい状況になれば悪態もつきたくなり、雨が降ればどこかで緊張の糸が切れてしまう……そんな気持ちが痛いほどよく分かるようになった。そう、「イタい」のだ。高校を出て何年もたつはずの今日の私もきっとそうしてしまうし、その未熟さを突きつけられているような気がして、より自分自身が痛々しくなってしまう。君はかつて高校生であり、今もまだそこから遠くはなれていないのだと、見せつけられた気がするのだ。


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 もちろんというべきか恥ずかしながらというべきか、今でも試合を見ているとその一挙手一投足に魅入られてうっかり童心にかえり、選手たちを再びそういったスーパーマンのように思ってしまいがちである。だが、今にして思えば、私にとって甲子園球児が自分の年下になった瞬間の衝撃は、むしろ彼らが私たちと同じ人間であるという当たり前のことと、その同じ人間が神がかったプレーを続けているという、そのはざまにあるものだったのだと思う。

 この記事の魅力は、それだけではない。いいかえれば、この記事からは、そういった「男の子」たちの気持ちの揺れが見えるだけではない。たとえば、智辯和歌山の高嶋監督が見せる意地とあがきの交差する姿勢である。決め球を打ちたい、どんな方法でもそれに信念を持って向かい続ける。それを続けることは、実際のところ本当に難しい。また、話し手としては一切出てこないのに引き立つのが、田中将大という壁のあまりの大きさと、その彼もまた、今では「あの日全く打てなかった」スライダーを投げず、「スプリットばっかり」にモデルチェンジをしながら、今日を戦っているという姿である。

 田中将大という存在の――もっといえば斎藤佑樹という存在の――光が明るいだけ、またそこには影も浮かび上がる。その対比のなかで、最後まで笑ってプレーできたのは今年も優勝校ただ一校。影が深い分、裏面もまた、幾重も光を重ねていく。

 人間同士が戦い、そしてそれを人間が見ているというそのなかでは、いつその瞬間(ゲーム)に出会ったかによっても、たくさんの見え方がある。八月の甲子園が終われば、次はサッカー、プロ野球……。スポーツの秋は、もうそこにいる。



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『一〇〇〇ヘクトパスカル』安藤祐介



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 まずは、元気一杯の青春小説から。越谷オサム『階段途中のビッグ・ノイズ』(幻冬舎文庫)は、とある平凡な高校の軽音楽部の物語。事の起こりは、主人公の神山啓人が二年生に上がる直前の春休み。僅か三人しかいなかった軽音楽部の先輩二人が、大麻やら覚醒剤やらで逮捕され、煽りを食って軽音楽部の廃部がほぼ決まる。友人の伸太郎が連帯責任の理不尽さを校長に直談判して、かろうじて存続を許されはしたものの、半年以内に何らかの成果を上げられない場合は予定通り廃部、という条件。

「何らかの成果」と言われても、件の薬物騒動のお蔭で部員勧誘は大苦戦。どうにか集まったのは、ギターの腕はピカイチながら、それをナチュラルに鼻にかけるリアルスネ夫みたいな勇作と、全国レベルの吹奏楽部から落ちこぼれた急造ドラマーの徹。これに、ベースをかって出てくれた伸太郎と、サイドギター兼ボーカルの啓人を加えた四人組。

 如何にも凸凹なメンツだし、練習場所は校舎の四階と屋上の間の階段の踊り場だし、顧問は昼行燈みたいで頼りない。それでも啓人は、小さな喜びを噛みしめる。かつて、例の二人の先輩がいた頃は、耳障りだからとギターをアンプには繋げさせてくれなかった。先輩たちが屋上でタバコだか大麻だかを弄んでいる間、仕方なく独りで練習し続けた。試しにアンプにつないでちょっと弾いたら、途端に「うるせぇ」と怒られた。

 でも今は、俄か作りとは言え、ちゃんとバンドを組んで音楽をやっている。薄暗い階段の奥で何をやっているか分からない怪しげな集団ではなくなった。技術的には未熟なところも多いけど、それはこれから少しずつ磨いてゆけばいい。今は、演奏出来ることがひたすら嬉しい。啓人は、初めての四人での音合わせの時に、そっと呟く。《 俺、一人じゃなくなった 》。

 勿論、それで全てが上手く回り始める程、人生は甘くない。意見が食い違って喧嘩したり、警察沙汰を起こした軽音楽部を敵視する教師から嫌がらせのような仕打ちを受けたり、挙句の果てには、春からずーっと目標にしてきた文化祭の直前に、選りにも選って……。


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 とまぁ、一難去ってまた一難。だけれども、作中のとある登場人物が言っている。《 若さを武器に勝負できるのはせいぜい十代のうちだから、少々不躾でもやりたいことをやるといいよ 》と。これこそが、本書の主題ではないかと思うのだがどうだろう? 実際、啓人たち四人は突き進む。周囲の白い目も、教師たちの敵意も、予算その他の悪条件も、ものともせずに突っ走る。

 かの司馬遼太郎が、名作『坂の上の雲』(文春文庫)の序盤でこんなことを言っている。《 青春というのは、ひまで、ときに死ぬほど退屈で、しかもエネルギッシュで、こまったことにそのエネルギーを知恵が支配していない 》。こういった損得勘定抜きの元気を堪能したいからこそ、僕らは青春小説を手に取るのだし、それこそが青春小説の醍醐味だろう。若さのバカさと真っすぐさに胸を熱くしたいなら、『階段途中のビッグ・ノイズ』は必読だ。

 青春一直線の次は、おっさんと青年。小野寺史宜『ひりつく夜の音』(新潮社)は、落ち目のクラリネット奏者と、新進気鋭の若手ギタリストとの、奇妙な友情の物語。

 下田保幸は四十六歳。ジャズのクラリネット奏者として生計を立ててはいるが、最近はジャズファンそのものがめっきり減って、それに連れて仕事も減って、貯金を切り崩しながら細々と生きている。そんな彼の家に、ひょんなことから、二十二歳の佐久間音矢が転がり込む。こちらは、目下売り出し中のギタリスト。超有名ではないけれど知ってる人は知っているというぐらいには有名で、彼の腕前ならばその知名度は、これからぐんぐん上昇すると思われる。そんな二人が、寄り添うでもなく対抗するでもなく、成り行きと惰性で一つ屋根の下での暮らしを始める。

 保幸は、ジャズという音楽の未来も自分自身の行く末も、淡泊に見切ってしまっており、《 腕を上げるためではなく、下げないために 》最低限の練習しかしない。ジャズの普及に努めるでもなく、自分の技術を売り込むでもなく、かといって、音楽はすっぱり諦めて別の生き方を探るでもなく、縮小均衡のような人生を、良く言えば受け入れている。悪く言えば諦めている。

 こういうの、「解るわぁ」っていう中年は、きっと少なくはない筈だ。「このまんまじゃジワジワと先細りだよなぁ」と感じてはいても、「とは言え今すぐ何かを変えないとヤバイ、というほどの緊急事態じゃないしなぁ」とも半分ぐらいは思っていて、いずれはどうにかしなきゃと思いつつ、その〈 いずれ 〉はいつまで経っても来やしない(笑)。


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 ところが若者にとっては、ここで動かない理由が解らない。変化と現状維持とでリスクが五分なら、変化を選択しない理由が無いだろ、と考える。だから音矢は、生活の全てをギター中心に組み立てて、朝から晩まで弾きまくる。当然、恐ろしい早さで上達する。興味を持ったらバンジョーにまで迷わず挑戦したりする。

 そんな音矢を間近で見ながら、保幸は、羨ましいと感じると同時に、かつては自分もそうだったことを思い出す。クラリネットさえ吹いていれば幸せだった二十代の日々。新しい音を次々と自分のものにしていく達成感。その記憶が、「お前、まだやれるだろ?」と、保幸自身に問いかけてくる。古い友人からは《 伸びなくても、ふくらむことはできるんじゃない? 》などと背中を押されたりもする。そしてトドメは音矢のひと言。超一級の演奏技術を、活かすどころか持ち腐らせているだけの保幸に、彼は堪りかねて発破をかける。《 自分の音楽をやれよ 》と。そして続ける。《 うめえのに、何で吹かねえんだよ 》と。《 またバンドを組みゃいいじゃん。逆に訊きてえよ。何でそうしねえんだよ 》と。

 そんな訳でこの作品は、「あの頃はよかった」的な中年自己満足懐古小説などでは断じてない。惰性で人生を浪費していたおっさんが、幾つかの出会いに刺激を貰って、老けこむにはまだ早いだろ、と思い直して一歩を踏み出す。その一部始終を描いた落ちこぼれ中年再出発小説。それが、『ひりつく夜の音』なのだ。


 最後は先月号でもチラッと触れた、須賀しのぶ『革命前夜』(文藝春秋)。登場する楽器はピアノ、ヴァイオリン、パイプオルガン。

 時は一九八九年――東西冷戦の最末期。駆け出しのピアニスト眞山柊史は、憧れの音楽家バッハの息吹を肌で感じながらピアノの腕を磨くため、東ドイツはドレスデンの音楽大学に留学して来る。そこで出会った三人の音楽家。よく言えば自由奔放、悪く言えば傲岸不遜。独自の解釈でエゴイスティックな演奏を繰り返す天才肌のラカトシュ・ヴェンツェル。同じヴァイオリニストながらヴェンツエルとは正反対に、正確無比な演奏でどんな難曲も弾きこなす理論家のイエンツ・シュトライヒ。西側への移住を希望したために生活の細部までシュタージ(=国家保安省)の監視を受けながら、音楽への情熱を胸の最深部で燃やし続ける美貌のオルガニスト、クリスタ・テートゲス。


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 そんな彼らの狭間で自らの音を見失った柊史が、のたうち回るように苦悩する姿を描いた本書は、だがしかし、「若者が苦難を乗り越えて成長しました!」といったスポ根ノリの単純な小説では全くない。ならば何が描かれるのか?

 それは、一言で言えば〈 戦い 〉である。

 先に挙げた三人の他にも、柊史は、バロック音楽の聖地で幾人もの人間との出会いを重ね、意気投合したり反発を覚えたりするのだが、その誰も彼もが、まるで命を削るようにして何かと戦いながら生きている。或る者は理想の音楽のために、或る者は大切な人を守るために、或る者は国家から自由と尊厳を取り戻すために、そして或る者は国民から見捨てられつつある母国の未来のために。時には愛する人を傷つけ、時には自らの身を炙るが如き凄惨な様相を呈するその〈 戦い 〉の真っただ中に、誰もが怯むことなく突っ込んでゆく。

 そこに、油絵の具を塗り重ねるようにして描かれるのが、東欧を席巻した民主化革命である。これまで正しいと信じてきたものが一夜にして覆される。築き上げてきた栄えある過去が音を立てて崩れ去る。後には自分たちが依って立つべき何物も無く、茫漠とした未来だけが陽炎の如く揺らいでいる。

 その様子が、彼らの人生に重ならないという読者は恐らくいまい。

 そうなのだ。若きピアニストの挫折と再起を描いたように見せながら、実は本書の肝はそこではなく、東欧革命の嵐の中にすっくと立ち上がって未来を見据える人々――矜持や信頼や愛情や希望を木端微塵に撃ち砕かれて満身創痍になりながらも、懸命に明日への道を切り開こうとする柊史やヴェンツェルやクリスタや、その他大勢の登場人物たち――の生き方を、まるで袈裟斬りでもするような激しさと鋭さで描き出した、それこそが『革命前夜』の読みどころであり魅力であるのだ。

 物語の最終盤で描かれる革命の熱狂と、それとは対照的に静かに鼓動を刻む柊史たちの友情。その余韻は、読了後いつまでも読者の胸にこだまし続けるに違いない。そしてふと耳を澄ませば、聴いたこともない『革命前夜』なる名曲が、胸の奥で高らかに鳴り響いていることに気付くだろう。



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『階段途中のビッグ・ノイズ』越谷オサム 幻冬舎文庫
『革命前夜』須賀しのぶ 文藝春秋
『Sports Graphic Number 933号』 文藝春秋
『一〇〇〇ヘクトパスカル』安藤祐介 講談社文庫
『ひりつく夜の音』小野寺史宜 新潮社



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# by dokusho-biyori | 2017-08-31 20:09 | バックナンバー | Comments(0)

夏の100冊はもう飽きたという方へ その2

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『赤ワインは冷やして飲みなさい』友田晶子
『海のふた』よしもとばなな


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『海辺』レーチェル・ルイス・カーソン 訳=上遠恵子
『美味しい台湾 食べ歩きの達人』光瀬憲子


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『怨霊とは何か』山田雄司
『怪奇小説傑作集 1』アルジャナン・ブラックウッド他 訳=平井呈一


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『からだを救う水の飲み方、選び方』馬渕知子
『検索禁止』長江俊和


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『この国の冷たさの正体』和田秀樹
『コワ~いブラック企業の話』別冊宝島編集部


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『怖いクラシック』中川右介
『怖い俳句』倉阪鬼一郎


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『坂上動物園のシロクマ係』結城敦子
『さむけ』井上雅彦


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『死ぬかと思った プレミアム』林雄司
『清水義範の作文教室』清水義範


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『診断名サイコパス』ロバート・D・ヘア 訳=小林宏明
『スノーボール・アース』ガブリエル・ウォーカー 訳=渡会圭子、川上紳一


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『世界最悪の旅』アプスレイ・チェリー・ガラード 訳=加納一郎
『禅が教える人生の答え』枡野俊明


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『総天然色廃墟本remix』中田薫、中筋純、山崎三郎
『なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか』福本容子


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『南極越冬隊タロジロの真実』北村泰一
『廃道探索 山さ行がねが』平沼義之


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『白銀ジャック』東野圭吾
『ビア・ボーイ』吉村喜彦


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『ビール大全』渡辺純
『ビールの科学』サッポロビール価値創造フロンティア研究所、渡淳二


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『冷えと肩こり』白杉悦雄
『仏教の冷たさキリスト教の危うさ』ネルケ無方


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『吹雪の山荘』笠井潔/岩崎正吾/北村薫/若竹七海/法月綸太郎/巽昌章
『文は一行目から書かなくていい』藤原智美


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『北欧の神話』山室静
『北欧の旅』カレル・チャペック 訳=飯島周


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『ぼくの出会ったアラスカ』星野道夫
『北極圏1万2000キロ』植村直己


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『マイナス50℃の世界』米原万里
『みんなが知りたい南極・北極の疑問50』神沼克伊


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『無悩力』武田双雲
『流氷にのりました』銀色夏生


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# by dokusho-biyori | 2017-08-07 10:01 | 過去のフェア | Comments(0)