読書日和

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「読書日和」備忘録

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16年06月 後編

⇒前編から続く



(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 6月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。


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編集後記

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連載四コマ「本屋日和」

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by dokusho-biyori | 2016-05-29 17:16 | バックナンバー | Comments(0)

16年06月 前編

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最近の携帯ゲーム、いわゆるソーシャルゲームでは、通常の戦闘ゲームに出てくるような戦士、魔法使いなどは出て来ず、歴史上の人物、神々、デフォルメされた女の子たちが戦に駆り出されます。

真田幸村や織田信長なんかは実際に戦っていた(?)のでまだわかりますが、ベートーヴェンやバッハといった音楽家たちまで戦場に赴かなくてはならないなんとも世知辛い時代になりました。

そのうちゲーム会社もキャラのネタがなくなって、ついには大統領や首相なんかもでてくるのかな? 必殺技、アベノミクスなんつってね。

『どこかでベートーヴェン』中山七里



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 実はこの書籍は、入荷後二日で売り切れてしまったんです。私は洋服大好き、買い物大好き人間なので、片付けは長年の悩みです。なのでこの本を買おうと思っていたところでの売り切れで、買いたい心に火がついてしまい、津田沼じゅうの本屋を探し回りましたが見つけられませんでした(本屋さんが本を見つけっれないってっ……(笑))。

 入手まで待ちに待った分、一気読みしました。

 正直、片付け本はたくさん出版されています。大ブームになったものもあります。タイトルの「1週間で8割捨てる」って、すごく難しいことですよね? ですが本書の中では「捨てる意味、捨てる方法、捨てることに対する気持ち」を丁寧に教えてくれています。特に私が印象的だったのは

☆いつか使うかもしれないの「いつか」は絶対に来ない。
☆迷ったら捨てる。
☆捨て続けると捨て疲れる⇒捨てることに期待し過ぎない。
☆1日5分で捨てグセがつく。
☆15分で27個捨てる。
☆買ったら48時間以内に使う。
☆いつ、どんなシチュエーションで使うか、イメージしながら買う。
☆すぐに買わない。


特に最後の3つは、本当に心に響きました。

 便利な環境で生活していると、ついつい簡単にモノを買ってしまいますが、本来は「いつ必要なのか?」「本当に必要なものなのか?」きちんと考えてから買うべきなんですよね。セールで安かったからとか、ポイント○倍だったからとかの機会を上手く使うのも大事なことですが、それこそがモノを増やしてしまっているのかもしれません。

 本書を読んでから私は、買う前にしっかり考えるようになりました。そうすると、今までは買った(手に入れた)ことに対する満足だったものが、納得して決めたことへの満足に変化しました。勿論まだまだ8割は捨てられませんが、確実に「技術」は身に付いたと思っています。いつか8割捨てられる日が楽しみです。

『1週間で8割捨てる技術』筆子



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「ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」

 恐らく誰もが一度は耳にしたことがあろう台詞。どうしてロミオなの、って言われてもそう名づけられちゃったからね、と捻くれてみるが実際の意図はそうではない。ただの男であるのにその名前が、家柄が少女の恋愛の邪魔をする。ただの男だから恋してもいいじゃない! 家柄なんて知るかー!

 相変わらずの超訳だがこの台詞は、演劇界では知らない人はまずいないであろう、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』である。現在では劇やミュージカルのみならずパロディーなど様々なところで目にするが、この怒濤の恋愛模様と救いようのない悲劇をぜひ文章でも読んでいただきたい。

 さて、皆さんはシェイクスピアというとどういう印象を持つだろう。因みに私は「要約すれば一言で終わるようなものが何行にも書かれてる。つまり長い」この印象だ。ロミオとジュリエットに関しても変わらない。冒頭の台詞の後薔薇が云々かんぬんと出てくるが、結局「薔薇もただの花やん。だからロミオもただの男でしょ!? 好きで何が悪いの!!」とまとめられる。あんなにも長く書けるシェイクスピアには脱帽だ。

 ではロミオとジュリエットの印象はどうだろう。身分違いの恋とか、悲劇とか、そんなところだろうか。私の第一印象は「ああ、不法侵入した男と無知な女の子の恋ね」とまあ酷いものである。だがあながち間違っていないと言い張りたい。

 冒頭の台詞の場面は知っている人は知っている、バルコニーでのシーンである。この後ロミオが壁を登ってくるという御坊ちゃまにはあるまじき行為をしでかすのだが、ロミオとジュリエットのすごいところはこの更に後になる。

 そのすごさを話す前に一つ関係性を整理しておこう。ロミオの家とジュリエットの家は古くから敵対してきた。街中で出会えば口喧嘩から始まり暴力沙汰まで当たり前である。そんな敵対している両家の跡取りが恋に落ちるなんてもってのほか。だからこそこのお話はある意味禁断の恋を描いている。

 二人の出会いはジュリエットの家の仮面舞踏会にロミオとその親友が参加した時のこと。まあ仮面舞踏会なので仮面をつけているので正体は分からない。だが本能的なものなのだろうか、ダンスで偶然ペアになった二人は恋に落ちるのである。つまり一目惚れ。すごい、顔見えないのに!

 いや、確かにすごいけれども! 私が主張したいすごさはそこではない。この物語は恋に落ちてから二人が訣別するまでわずか一週間足らずの事なのである。たった一週間の中で二人は出会い、恋をし、両家の反対を押し切り逢瀬をし、そして別れ。なんて怒濤なのだろうか。それもロミオは現代で言う高校生ぐらいの年だし、ジュリエットは中学生ぐらいの年だ。まだ大人とは決して言えない二人が誰よりも純粋に人を愛し本当の愛を知る。それこそ、知識を得て汚い部分を見てきた大人にはできない、優しくて無垢な恋をだ。

 さらに二人は恋のみならず死と憎しみにも触れていく。それは親友の死であったり、従兄の死であったり。いずれも両家の古くからの諍いによる憎悪に巻き込まれたのと、幼い頃から好いていた相手が対立する家の男に惚れてしまったという憎しみ、悔しさ、嫉妬。人は汚いと思うかもしれない感情が、どうしてかそれこそ綺麗に見えてくる。不思議な感覚である。

 何度も言うがこの物語はわずか一週間足らずの出来事である。その中でこんなにも人の感情に触れる事などあるのだろうか。二人を取り巻く環境は到底現代で生きている私達には理解できないが、死を覚悟してまでの恋愛や誰かを想う気持ちがこんなにも全面に出されているのは、純真無垢なロミオとジュリエットの二人だからかもしれない。

 これは悲劇だ。ただしそれは一般論である。私は完全なる悲劇だとは思えない。ではハッピーエンドか? ロミオとジュリエットにとってはハッピーエンドだ。だが二人以外からすればバッドエンドかもしれない。どういう風に捉えるかは読んでいる方の自由であって欲しい。もしかしたらシェイクスピア自身も悲劇として出したが、受取手の自由に解釈して欲しいと思っていたのかも。推測だが。

 今年はシェイクスピアの没後400年である。また数多くのシェイクスピア作品を手がけた演出家・蜷川幸雄氏が亡くなられた。これを機に、とは言わないがシェイクスピア作品に触れてみて欲しい。また元々大嫌いだったシェイクスピア作品を好きにさせてくれた蜷川氏に、哀悼の意を込めて。

『ロミオとジュリエット』ウィリアム・シェイクスピア/中野好夫 訳




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 刑事とは、警察とは常に正義の側にある。特に物語の中において刑事は常に悪人を追い、捕らえ、世界に秩序をもたらす存在として描かれることが多い。稀に越権行為をしたり物のはずみで人を殺めてしまう場面はあるが、その時は非常に重大な問題として物語に重苦しい陰を落とすことになる。結局何を述べたいのかというと、違法な捜査行為を繰り返し、平気で人を殺すような人物は物語の中では悪人として主人公に追われる立場にあると言うことだ。

 本当にそうなのだろうか? それは単なる我々の願望なのであって、平気で違法な行為を繰り返す刑事が主人公の警察小説があるのではないか。それが、ある。

 アメリカ警察小説の第一人者であり、国内外問わず後進の作家たちに多大なる影響を与えた作家、ジェイムズ・エルロイが20年ぶりに警察小説を発表した。タイトルは 〝 Perfidia 〟 (邦題『背信の都』)、戦前のロサンゼルス市警を舞台に日系一家惨殺事件をめぐる陰謀を描いた作品だ。

 市警の刑事たちが殺人鬼を追う、という筋書きは普通の警察小説と変わりないのだが、その操作方法が想像を絶するほど「黒い」。違法捜査は当たり前、証拠だって必要とあらば捏造、裏稼業の方々とは良好な関係だ。腐りきった警察組織――、エルロイの描く警察小説には欠くことのできない要素だ。

 果たしてそんな警察に真相究明などできるのか? ちゃんと事件は解決するのか? こういった疑問が浮かんでくるのは当然といえよう。しかし、ご安心あれ。腐っていても彼らは非常に優秀な刑事である。地道な(!?)捜査の末にはキチンと真相にたどり着いてくれる。

 と、書いてしまうと、単に有能な悪徳刑事が活躍する小説のように思えてしまうのだが、事はそう単純ではない。刑事たちが腐敗しているからこそ、裏社会と繋がっているからこそ描くことのできる、ある意味壮大な犯罪叙事詩がエルロイの警察小説なのである。

 小説において違法捜査、証拠捏造が行われることは既に書いた。ということは真相までの道のりは決して正統な道を通るわけではない。裏道、脇道といった普通じゃない道のりで真相に近づいていくのだ。当然、表の道ではうかがい知ることのできない事件の側面がそこでは見えてくる。事件を己の利権のために利用しようとするやからや、自分に降りかかろうとする火の粉を避けようとするやからたちの様々な陰謀が事件を取り巻いているのだ。そう、エルロイが描く「事件」とは、被害者がいて加害者がいる単純な構図ではなく、犯人の思惑とは別に交錯する陰謀をも含めた、人間の欲望なのだ。

 大見得を切ってしまったが、事実、エルロイの小説の最大の魅力は様々な人物の思惑が交錯していく構成の巧さにあるように思う。単純に事件があってそれを解決するのではない。その事件をきっかけにして引きおこされる人間の行動がどんどん物語を複雑に、面白くさせていくのである、今回の『背信の都』でも日系一家殺害事件が戦前の(太平洋戦争前後の)アメリカ社会においてどういう意味を持つことになるのか、それによって引きおこされる人々の行動とは、それぞれが必然の結びつきのようにして物語を作っていく。これだけ壮大な構相を一人の人間の頭で考えられたのかと思うと「鬼才」といった二文字が浮かんでくる。

 さて、ジェイムズ・エルロイは今回、久々の警察小説の刊行となったわけだが、20年以上前に書かれた作品で「伝説の警察小説」としてコアなミステリファンの間では愛されてきたシリーズがある。『ブラック・ダリア』『ビッグ・ノーウェア』『LAコンフィデンシャル』『ホワイト・ジャズ』の四作からなる「暗黒のLA四部作」である。1950年頃のLA市警を舞台に書かれたこれら作品もまた、「黒い警察小説」である。というよりそのジャンルの超有名作であり先駆け的作品である。どれもこれもミステリ、警察小説として一級品であるとの評判なのだが、残念ながら現在新刊で手に入るのは『ホワイト・ジャズ』のみ。ただ、『ブラック・ダリア』と『LAコンフィデンシャル』は映画化されているのでそこからエルロイの世界に入ってもいいだろう。『LAコンフィデンシャル』はアカデミー賞でいくつかの部門を受賞した名作でもある。また、今回の新作発売に合わせて、四部作全ての電子書籍化が決定したとか。無料の「エルロイ読本」も配信されるようだ。

 ミステリ好き、警察小説好きであるなら読んで損なしのエルロイ作品、新作刊行を機に手にとってみては?

『背信の都』ジェイムズ・エルロイ/佐々田雅子 訳



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 統合失調症という精神障害と闘っている人がたくさんいることは、勿論知っている。けど、それがどんな症状で、どんな風に苦しいのかは全く知らなかった。それどころか、相手の考えていることが上手く読み取れない不安や、こちらの意思が伝わっていないのではないかという危惧が拭えず、失礼千万だとは自覚しながらも、どうにも近寄りがたかった。この二作品を読むまでは。

 佐久本庸介『ドラッグカラーの空』も、倉科透恵『泣いて笑ってまた泣いた』も、ともに統合失調症を抱える著者が自身の体験を大きく反映させて紡いだ物語だ。一応小説仕立てになってはいるものの、読んだ印象はエッセイ、或いは作文のようで、だけどそれはヘタクソという意味ではなく、無理にカッコイイことを言おうとせずに自分の言葉で素直に認められた文章に、非常に好感を持ったし共感もした。

 『ドラッグカラーの空』の主人公・伊知郎は二十代半ば。大学生の時に統合失調症を患って学校を中退し、以来何度かの入退院の果てに、今はデイケアセンターと呼ばれる訓練施設に通っている。仕事はしていない、と言うか出来る状態ではない。秀才肌の弟は、顔を見る度に「クレイジー」だの「ろくでなし」だのと罵ってくる。そんな弟を叱る立場であるべき父親までもが、「甘えていないで仕事に就け」と責め立てる。という訳で、伊知郎の毎日はほぼどん底。

 ところが或る日、「アビリンピック=全国障害者技能競技会」の存在を知ったことから、真っ暗だった未来に僅かながらも光明が射す。伊知郎は数ある種目の中から「ホームページ職種」を選び、大会に向けてプログラミングの勉強を始めるが……。といったストーリー。

 この作品は、統合失調症を抱えている主人公の心理描写が、とにかく際立っている。同級生たちとは大きな差が開いてしまった焦り、何をやっても人並みに出来ない悔しさ、将来への不安、周囲の無理解に対する苛立ちなどなどが、教科書に載るような文章ではなく、当事者の口から出た生の言葉として綴られる。統合失調症とは何がどう辛いのか、それが解ると言ってしまうと言い過ぎだけど、それでも相当シンドイんだろうなという程度のことは、無知だった僕にも容易に想像出来てしまう。

 だからこそ、懸命に前に進もうとする伊知郎に、精一杯の拍手を贈りたくなるし、同時に、彼を朗らかに支える人たちの心ばえに、何度も胸を暖められた。人間関係の失敗で自己嫌悪に陥る伊知郎に、或る人物がそっと言う。《 はじめからなにも間違いがなかったら人間じゃなくて神様になってしまいますよ 》なんて、素敵な励ましだと思いませんか?

 さてもう一作。『泣いて笑ってまた泣いた』は、著者本人を主人公にした自伝小説風。統合失調症の症状は、右の伊知郎青年よりも回復がやや進んでいるようで、印刷会社に職を得て二年ぶりに「通勤」を体験するところから、物語がスタートする。

 本書を読もうとするなら何を措いても、主人公=著者の頑張る姿を見て欲しい。

 例えば、電車でほんの数駅移動するだけのことが、彼女にとっては物凄い苦行になるらしく、駅に着く度に「降りてしまおうか、いや、もう少しだけ我慢しよう」と自分を鼓舞する。《 自分の代わりに働く人ならいくらでも代わりがいる。でも病気の自分を雇ってくれる会社はここしかない 》との覚悟で、仕事で必要なデザインソフトの勉強も始める。勿論、腕前はそう簡単には上がらない。それでも、《 心は毎回折れるが言い訳してはいけない。できないから勉強している 》とやっぱり自らを叱咤して前を向く。統合失調症を出来ないことの逃げ口上に使わない。どこかとぼけた様なユーモラスな語り口ながら、その向こうに透けて見える、克己のスタンスがとても凛々しい。

「生きているだけで立派です」――物語の中盤で、或る人物が主人公に贈ったこの言葉で、ふと思い出した文章がある。蛇足ながら、それを最後に紹介したい。「騙されるな」という詩で、作者はビートたけしだ。

 人は何か一つくらい誇れるものを持っている
 何でもいい、それを見つけなさい
 勉強が駄目だったら、運動がある
 両方駄目だったら、君には優しさがある
 夢をもて、目的をもて、やれば出来る
 こんな言葉に騙されるな、何も無くていいんだ
 人は生れて、生きて、死ぬ
 これだけでたいしたもんだ

『ドラッグカラーの空』佐久本庸介

『泣いて笑ってまた泣いた』倉科透恵



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『1週間で8割捨てる技術』筆子

『どこかでベートーヴェン』中山七里

『ドラッグカラーの空』佐久本庸介

『泣いて笑ってまた泣いた』倉科透恵

『背信の都』ジェイムズ・エルロイ/佐々田雅子 訳

『ロミオとジュリエット』ウィリアム・シェイクスピア/中野好夫 訳



⇒後編に続く
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by dokusho-biyori | 2016-05-29 17:15 | バックナンバー | Comments(0)
いや、最近猫ブームだから、猫が登場する本を集めただけの単純なフェアなんですがね、主役級からほんのチョイ役まで、様々な猫たちの活躍をどーぞ。

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『あたしの一生』ディー・レディー/江國香織[訳]

『あなたの猫、お預かりします』蒼井上鷹

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『うちのネコが訴えられました!?』山田タロウ

『江戸猫ばなし』光文社文庫編集部/編


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『神様ゲーム』麻耶雄嵩

『カンバセイション・ピース』保坂和志

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『キャットフード』森川智喜

『九死一生』小手鞠るい

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『今日も一日きみを見てた』角田光代

『黒猫の小夜曲』知念実希人

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『黒猫/モルグ街の殺人』エドガー・アラン・ポー/小川高義[訳]

『書店猫ハムレットの跳躍』アリ・ブランドン/越智睦[訳]

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『世界から猫が消えたなら』川村元気

『旅猫リポート』有川浩

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『敵は海賊・海賊版』神林長平

『なぜ猫は旅をするのか?』永嶋恵美

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『虹猫喫茶店』坂井希久子

『猫怪々』加門七海

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『猫が足りない』沢村凛

『猫と妻と暮らす』小路幸也

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『猫とわたしの七日間』秋山浩司 大山淳子 小松エメル

『猫の手、貸します』かたやま和華

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『猫の惑星』梶尾真治

『猫は音楽を奏でる』『ねこ新聞』編集部

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『猫は仕事人』高橋由太

『猫は忘れない』東直己

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『ノラや』内田百閒

『陽だまりの彼女』越谷オサム

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『ピン・ザ・キャットの優美な叛乱』荻世いをら

『深川にゃんにゃん横丁』宇江佐真理

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『ボブという名のストリート・キャット』ジェームズ・ボーエン/服部京子[訳]

『魔女の宅急便』角野栄子

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『雪猫』大山淳子

『夜の国のクーパー』伊坂幸太郎

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『吾輩は猫である』夏目漱石

『「吾輩は猫である」殺人事件』奥泉光
 僕の一番のおすすめはコレ。何しろ、文体模写が際立っていて、漱石自身が書いたのかと思うくらい! 迷亭君や寒月君、東風君などお馴染みのメンバーも勢ぞろい。その上、イギリスからはホームズとワトソンなる紳士な猫までやって来て、みんなで苦沙弥先生殺害の謎を解く! 出来ることなら、夏目漱石本人に読ませてあげたかった。


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by dokusho-biyori | 2016-05-28 22:30 | 過去のフェア | Comments(0)
こういう真面目なフェアも、たまにはやるのです。選書に際しては、下記目録の1ページ目に掲載した松籟社の『東欧の想像力~現代東欧文学ガイド』に大変助けられ、また大いに勉強になりました。個人的には、旧ユーゴスラビアの作家ダニロ・キシュの作品にチャレンジしてみようと思っています。また恥ずかしながら、アゴタ・クリストフの『悪童日記』も未読なので、これを機に読んでみたいな、と。

正直言って、飛ぶように売れるフェアだとは思いませんし、普段も店の片隅でひっそりと並んでいる自己主張の薄い作品たちですが、フェア台が空いたときぐらい、スポットライトを当ててあげたいな、と。

それにしても、作家の名前、覚えにくいにも程があるぞ東欧文学(笑)。

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『東欧の想像力~現代東欧文学ガイド』奥彩子、西成彦、沼野充義

『亡命文学論』沼野充義

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『文学の贈物』小原雅俊

『ポケットのなかの東欧文学』飯島周、小原雅俊


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『夢宮殿』イスマイル・カダレ/村上光彦 訳

『バルカン・ブルース』ドゥブラヴカ・ウグレシィチ/岩崎稔 訳

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『この世の美しきものすべて』ヤロスラフ・サイフェルト/飯島周、関根日出男 訳

『墓地の書』サムコ・ターレ/木村英明 訳

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『剃髪式』ボフミル・フラバル/阿部賢一 訳


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『二つの伝説』ヨゼフ・シュクヴォレツキー/石川達夫、平野清美 訳

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『黄金時代』ミハル・アイヴァス/阿部賢一 訳

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『カレル・チャペック短編集』カレル・チャペック/田才益夫 訳


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『ロボット』カレル・チャペック/千野栄一 訳

『冗談』ミラン・クンデラ/西永良成 訳

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『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ/千野栄一 訳

『愛されえぬ者たち』アルノシュト・ルスティク/野口忠昭、羽村貴史 訳

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『北は山、南は湖、西は道、東は川』ラースロー・クラスナホルカイ/早稲田みか 訳

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『悪童日記』アゴタ・クリストフ/堀茂樹 訳

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『ふたりの証拠』アゴタ・クリストフ/堀茂樹 訳

『第三の嘘』アゴタ・クリストフ/堀茂樹 訳

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『女がいる』ペーテル・エステルハージ/加藤由実子、ヴィクトリア・エシュバッハ・サボー 訳

『ぼくらが女性を愛する理由』ミルチャ・カルタレスク/住谷春也 訳

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『息のブランコ』ヘルタ・ミュラー/山本浩司 訳

『ソラリス』スタニスワフ・レム/沼野充義 訳


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『スタニスワフ・レム短篇ベスト10』スタニスワフ・レム/沼野充義 訳

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『ヴィトカツィの戯曲四篇』スタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェーヴィチ/関口時正 訳

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『終わりと始まり』ヴィスワヴァ・シンボルスカ/沼野充義 訳

『逃亡派』オルガ・トカルチュク/小椋彩 訳


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『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス/池澤夏樹 訳

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『南瓜の花が咲いたとき』ドラゴスラヴ・ミハイロヴィッチ/山崎洋 訳

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『若き日の哀しみ』ダニロ・キシュ/山崎佳代子 訳

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『砂時計』ダニロ・キシュ/奥彩子 訳

『メデイア』クリスタ・ヴォルフ/保坂一夫 訳


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『ホルンの最期』クリストフ・ハイン/津村正樹 訳

『サッカー審判員フェルティヒ氏の嘆き』トーマス・ブルスィヒ/粂川麻里生 訳


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by dokusho-biyori | 2016-05-25 09:15 | 過去のフェア | Comments(0)
文芸担当・大島優太のフェアなんですけどね。だいたい45%くらいって、何なんですかね? って言うか、僕は目からウロコが落ちましたよ。こんな本の勧め方があっていいのか!?

僕ら本屋は普段、その本が如何に面白いかを一生懸命伝えようとしている訳です。ストーリーの起伏が云々とか、キャラ立ちがいいとか、泣けるとかビックリするとか笑えるとか怖いとか、その作品の良さをどうにかして分かって貰おうと四苦八苦している訳です。

しかるに今回の大島のフェアときたら、内容一切関係無し。あらすじの紹介すら無し。ザ・ジャケ買い。しかも45%……。本文中で大島がかなりテキトーなこと言ってますので、話半分で愉しんでもらえたら、と思います。

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『厭世マニュアル』阿川せんり

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『だれの息子でもない』神林長平


『カステラ』ヒョン・ジェフン/斎藤真理子 訳

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『その孤島の名は、虚』古野まほろ

『ジ、エクストリーム、スキヤキ』前田司郎

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『颶風の王』河崎秋子

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『何が困るかって』坂木司

『冬の物語』イサク・ディネセン/横山貞子 訳


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『心の死』エリザベス・ボーエン/太田良子 訳

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『ここで、君の隣に任意の異性を代入する』竹田真太朗


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『バン、バン!はい死んだ』ミュリエル・セーラ・スパーク/木村政則 訳

『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』アンドリュー・カウフマン/田内志文 訳

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『冷蔵庫を抱きしめて』荻原浩

『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』木下古栗


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『スカイ・クロラ』森博嗣
『ナ・バ・テア』
『ダウン・ツ・ヘヴン』
『フラッタ・リンツ・ライフ』
『クレィドゥ・ザ・スカイ』
『スカイ・イクリプス』

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『天盆』王城夕紀

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『憤死』綿矢りさ

『A』中村文則

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『風』青山七恵

『ふる』西加奈子


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『雨の降る日は学校に行かない』相沢沙呼

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『プラットホームの彼女』水沢秋生


『シャンプーが目に沁みる』山下貴光

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『夕暮れ密室』村崎友

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by dokusho-biyori | 2016-05-24 11:40 | 過去のフェア | Comments(0)

最初の1冊

新書担当・袋が、初めて企画したフェアです。因みに「新書担当・袋」というのは、、ビニール袋とかゴミ袋みたいに新書担当袋という袋がある訳ではなく、「袋 智明」という名前なんです。

何はともあれ、「最初の1冊」だそうです。何が「最初」なのかというとですね、

①新書の棚にいらっしゃるお客様の顔ぶれが、いつも殆ど一緒だぞ、と。
②新書は固いイメージが定着していて、慣れない人は手を出しにくいのではないか、と。
③実際は、情報バラエティで採り上げられそうなライトなネタも多いんだがな……。
④ならば、そういうユルいテーマの新書を集めて提示してみたらどうだろう。
⑤普段新書の棚には来ない人に向けたフェアだから、展開場所も全然違うところで。

とまあそういった経緯で、新書に親しむ最初の1冊として、ユルいテーマのものをピックアップしてみたようです。ほら、新書は怖くない、怖くない。

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『面白い本』成毛真

『ヘタウマ文化論』山藤章二

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『正しいパンツのたたみ方』南野忠晴

『女子読みのススメ』貴戸理恵

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『キャバ嬢の社会学』北条かや


『整形した女は幸せになっているのか』北条かや


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『ロボットの心』柴田正良

『関係する女 所有する男』斎藤環

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『未曾有と想定外』畑村洋太郎

『ウルトラマンが泣いている』円谷英明


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『女装と日本人』三橋順子


『格闘技「奥義」の科学』吉福康郎

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『武術「奥義」の科学』吉福康郎

『イカの哲学』中沢新一  波多野一郎


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『大槻教授の最終抗議』大槻義彦

『幕末バトル・ロワイヤル』野口武彦

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『ジョークで読む国際政治』名越健郎

『女装する女』湯山玲子

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『詭弁論理学』野崎昭弘

『雑草のはなし』田中修

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『贈与の歴史学』桜井英治

『動物に魂はあるのか』金森修

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『人はなぜ集団になると怠けるのか』釘原直樹

『ぼくが最後のクレーマー』関根眞一

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『唐揚げのすべて』安久鉄兵


『毒草を食べてみた』植松黎

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『「秘めごと」礼賛』坂崎重盛

『お坊さんだって悩んでる』玄侑宗久

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『ユリ・ゲラーがやってきた』鴨下信一

『ドキュメント深海の超巨大イカを追え!』日本放送協会  坂元志歩

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『人生で大切なことはラーメン二郎に学んだ』村上純

『裁判官の爆笑お言葉集』長嶺超輝

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『裁判官の人情お言葉集』長嶺超輝


『ヤクザに弁当売ったら犯罪か?』宮崎学


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『「しがらみ」を科学する』山岸俊男

『いのちと重金属』渡邉泉

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by dokusho-biyori | 2016-05-22 06:31 | 過去のフェア | Comments(0)

ちょっとしたお知らせ

殆どの人には無害無関係な事実ではありますが、
僕は今日、盛大に寝違えました。
もう、人生で最大! ほぼ、むちうち症。
右も左も上も下も向けない。
正面しか見られない。

いや、ただそれだけなんですけどね。
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by dokusho-biyori | 2016-05-06 09:13 | サワダのひとりごと | Comments(0)

休配

祝日が続いてて、荷物が入って来ん。
だから配架する商品が無い。

安西先生、品出しがしたいです。
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by dokusho-biyori | 2016-05-05 21:40 | サワダのひとりごと | Comments(0)

16年05月 後編

⇒前編から続く

(*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) (*`▽´*) (∩.∩) ┐(´ー)┌ (*´∀`) 

以下、出版情報は『読書日和 5月号』製作時のもです。タイトル、価格、発売日など変更になっているかも知れませんので、ご注意ください。

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編集後記
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連載四コマ「本屋日和」
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5月のイベントカレンダー

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by dokusho-biyori | 2016-05-03 07:46 | バックナンバー | Comments(0)

16年05月 前編

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第一弾 『魔法のケーキ』荻田尚子 主婦と生活社 9784391146998 \1,300+税
フランスで大人気の『魔法のケーキ(gateau magique)』を、日本向けにおいしくアレンジしたレシピ集です。料理書の中でもお菓子のレシピ集はゆるくじわじわと売れていくことが多いのですが、本書は初回入荷分が一気に売れてしまい、びっくりしました。私は「食べる」専門ですが、ケーキを作れる女性、憧れます!!

第二弾 『魔法のパスタ』村田裕子 主婦と生活社 9784391148367 \1,300+税
ついに出ました、魔法シリーズ第二弾。4月に刊行されて当店でもど~んと仕入れました!! まず惹かれるのが、どのページも写真がキレイで美味しそうなんです。そしてなんと! 鍋一つで麺も具材もまとめてゆでるお気楽パスタ!! 文字通り魔法のように、パパッと美味しいパスタ作ってみませんか? しつこいようですが、私は「食べる」専門なので、パスタをささっと作ってくれる男性募集中です!!(結構本気)


『魔法のケーキ』荻田尚子

『魔法のパスタ』村田裕子



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『海の見える花屋フルールの事件記 秋山瑠璃は恋をしない』清水晴木

『海の見える花屋フルールの事件記 秋山瑠璃は恋を知る』清水晴木

『こころ』夏目漱石

『完本妖星伝 1』半村良

『完本妖星伝 2』半村良

『完本妖星伝 3』半村良

『独立記念日』原田マハ



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 自慢じゃないけれども、僕が好んで読む本は絶版であるものが多い。出版社の営業がそんなんで大丈夫か? と思えるほど古い時代の本が好きだ。ということは、趣味の本ばかり読んでいると全く仕事と結びつかないのだ。そのおかげで今月は充実した読書経験ができた代わりにネタに苦しんだ。まあ、その分の成果は来月発揮できたら……なんて思っているのだが、今月は絶版に関しての話題にしようと思う。

 半村良という作家がいた。関係者には申し訳ないが、確実に「過去の作家」である。ほとんどの作品が絶版なのじゃないかな。もはや新刊書店で見かけることはほとんどない。

 そんな作家をどうして知ったのかといえば、わが偏愛作家・山田正紀先生がその名を口にしていたのと、伝奇小説をかじったら自然とその名に出会うことになったということなのだ。今まで読んだのは『産霊山秘録』と『石の血脈』のみだが、その面白さたるやとても1970年代の小説とは思えない発想の斬新さと瑞々しい文章で記憶に強く焼きついている。

 大学四年の僕に衝撃を与えた半村作品であるが、社会人になってからというもの、前記の「仕事と結びつかない読書」ということで必然的に読書の優先順位が下がってきてしまった。ところが先日、久々に会った友人と古本屋に行ったときに見つけてしまったのだ。半村良『完本 妖星伝』を。

 とある評論家に「今までであった最高のエンタメ小説の一つ」と評された半村良の傑作である『妖星伝』。なかなか古本屋でも見かけることのなかった(つまり誰も手放したがらない)作品を見つけた僕は、興奮してしまい、即購入。「仕事に結びつかない読書」を毎日通勤の電車内ですることと相成った。

 後悔したか? そんなはずはなかろう。大満足だった。相変わらず発想の素晴らしさがぬきんでている。ifの歴史をSF的な要素を交えながらかくもダイナミックに描くとは。やっぱりすごいですよ、半村良。ここには全てのエンターテインメントの要素が詰っていると言っても過言ではないだろう。想像力の全てをつぎ込んだ超大作と言える。

 ……と熱弁をふるったものの、僕が読んだのは全三巻のうちの第一巻のみ。残念ながら購入した古本屋では一巻しか売ってなかったのだ。続きが読みたくて古本屋に行くたびに探すのだが、なかなか売っていない。図書館にはあるのだが手元に置いておきたいので、なるべく買いたい。「どこかにないですかね~」などと書店員さんと話す時に話題に出したりしても「多分、絶版ですよね~」という会話になってしまう。かくなる上はネット通販か……! と覚悟を決めかけていた。しかし、見つけてしまったのだ! つい先日、営業先で平台に『妖星伝』が積まれているのを!

「絶版ではなかったのか!? それともずっと在庫を持ち続けている酔狂なお店なのか!?」 と様々な思いが脳内を駆け巡っていたが、何よりも頭を占めていたのは、
「手持ちのお金がほとんどない!!(1000円ありませんでした)」
ということ。間が悪いことにちょうど財布の中身がすっからかんでその場で買うことができなかったのだ。

 まあ、お金がなかったのは単なる笑い話として置いておくとして、絶版疑惑があった『完本 妖星伝』だが、後日調べたところ「版元在庫あり」とのこと。こういう本をちゃんと残しておくなんて、祥伝社さん何て素晴らしいんだろう。ウチの会社も見習って欲しいなあ。

 まさかの出会いがありました、というエピソードなのだが、こういった名作がきちんと残っているのはとても嬉しい。内容は抜群に面白いのに時代とともに忘れ去られてしまう作品が多いのは非常にもったいない。絶版になってしまうと人の目にふれる機会が減ってしまい、結果的には新しい読者を獲得できない、そんな負のスパイラルに陥ってしまう。こういうことがなるべく起こらないように面白い本はちゃんと読者に届くよう精進しないと心に刻みました、と教訓めいた話に仕上げたところでお終い。

※ちなみに『産霊山秘録』と『石の血脈』は電子書籍で読めます。


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 この本の存在は知っていた。しかし表紙の可愛さ、副題に入っている 《 恋 》 の文字を見て、昭和生まれの私のようなおばちゃんが読んじゃだめだ! と思って避けていた。ええ、勝手に(笑)。

 その作品は清水晴木さんが書く『海の見える花屋フルールの事件記~秋山瑠璃は恋をしない』とその続編『海の見える花屋フルールの事件記~秋山瑠璃は恋を知る』の二作。

 ではおばちゃんがなぜ読んだのかというと(笑)舞台が幕張らしいぞ! ということ、そして著者が習志野市在住だということを聞いたからである。さらに幕張の方の某書店ではランキングにくいこんでるらしいじゃないか! 弊店文庫担当の筧が言うには、うちでも売れとると。そりゃ読むしかないわ。うん。読まず嫌いはよくないもんね、おばちゃんでもね。という訳である(だから結局どんな訳なんだ笑)。

 主な登場人物は大学生の浦田公英と副題にもある秋山瑠璃27歳。

 瑠璃の家は海浜幕張にあるフルール(フランス語で花)という花屋であり、父と二人で営業している。しかしその父親がギックリ腰になり、フルールはアルバイト募集中。そんな時ひょんな事から出会った二人。公英はなんとなくフルールでアルバイトをする事になってしまう。蒲公英(タンポポ)に名前が似ていて、花が大好きな瑠璃が喰い付いたのも理由のひとつ。

 一作目は公英目線からの描写、語り。二作目は瑠璃目線から。

 読んでいて「おほっ!」と変な声が出た(実話です)。なぜかというと、良く知っている場所が出てきたからである。それは一月号に書いた亡くなった父が眠る、新習志野駅からほど近い海浜霊園。しょっぱなからこれだったので、物語にすぐに引き込まれた。

《 お仕事ミステリー 》 と 《 胸キュン ♡ ミステリー 》 と帯にあるように、人は死なないけれど、ちょっとした事件が起こりそれを瑠璃が解決していく。決め台詞は「全てが咲きましたよ」。謎解き部分もそれほどミステリー然とはしておらず、読みやすい。

 この小説の素敵なところをいくつかあげてみよう。

 まず、一章ごとに花の名前がついている。《 一輪目 さよならスイトピー 》 《 二輪目 サクラの匂ひ 》といった具合だ。それとおばちゃんが手を出しづらかった表紙(笑)。読んでみると、これがとても魅力的な印象に変わった。特に二作目が良いのだ! ストーリーに寄り添ったイラストなのだが、自転車をこぐ公英とその後ろに乗る瑠璃が、一面の向日葵畑を進む。この二人の表情ったら! かー! 青春だねぇ。若いね!(←どこのおっさんだ笑)

 公英は一作目からある程度、いやかなり? 瑠璃に好意を抱いている。しかし瑠璃はそれに全く気付かない。彼女はかつてのとある出来事から「私は花以外を好きになってはいけない」と思い定めているのだ。一作目では、そんな過去を乗り越えようとする瑠璃の姿が描かれる。そして二作目に入ると、彼女の気持ちは次第に公英に向いていくのだが、時にヤキモチまで焼いたりする瑠璃の姿を読むほどに、おばちゃんキュンキュンなんです。「二人とも想いあってるのになんでなんだぁぁあ! 言っちゃえよう!」となるのです(笑)。

 二作目の終盤。公英があることで「もう少し、自分の名前を好きになってみようかな……」と思うようになる。そして瑠璃に伝えるのだ。そうすると瑠璃も……! 最後の最後でやっとか! やっときたか! と叫びながら読みました(笑)。今後の二人を追った続編に期待である。

 余談だが、著者の清水晴木さん、市は違えども、めちゃくちゃ近所にお住まいでした。私がよく行くパン屋さんの事もご存知だったし、取材をされたお花屋さんには、私も娘と二人で行ったことがある。ヒゲのダンディーな御主人がいらっしゃり、とてもお洒落なお店なのだ。習志野市にお住まいの方は、ここ知ってる! 的なところが多々出てくるはずなのでオススメである。そして昭和生まれの私が読んでキュンキュンしたので、久々にキュンキュンしたい同年代の方、これを読んでくれている平成生まれのそこのキミ(平成生まれなら、どストライクなはず)、ぜひ一緒にキュンキュンしようではありませんか!(笑)



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――恋は罪悪で、神聖なもの。
 夏目漱石の『こゝろ』で登場人物の一人である「先生」はそう語っている。序盤で「私」にそう忠告する「先生」のその言葉はいったい何を意味しているのか、それは最終章まで読まないと分からないものだが『こゝろ』とは巧妙な伏線とキーとなる最終章をもって構成されている。

 私が初めて『こゝろ』を目にしたのは高校の教科書だった。きっと私と同世代やその下の世代の人たちも、余程純文学に興味がなければ、名は耳にしたことはあるかもしれないが読んだことはないのではないだろうか。当時の私も教科書に載っている、最終章の『先生と遺書』のしかも途中の部分からしか読んだことがなかった。思い出せば現国を担当していた教師は「本を買って一通り授業までに読んでくること」という課題を出していた。が、部活がなかなかハードだったという言い訳とともに読まずに授業に参加したら、ものの見事に後悔した。それも二重の意味で。

 正直『こゝろ』は高校生が読むには少し難しい。いやそう書くと語弊が生じるが、高校の教科書には『先生と遺書』の切り取られた部分だけ載せられている為、全体として分かりづらい印象を与える。今年大学生になった弟なんて帰宅した途端「姉ちゃん、夏目漱石、訳わかんねぇ」と真顔で言ってきたぐらいだ。ただし弟の場合もともと本を読まない人間なので少し例外な気がするが。

 話を戻すと。元々この話には主軸に「私」「先生」「K」という重要人物がいる。『先生と遺書』の場面では「先生」が「私」宛てに書いた遺書の内容が綴られているのだが、この章にはほとんどセリフらしいセリフがない。そして内容が深く、重い。なんというか、濃い。教科書に載っている部分だけを要約すると、

「下宿先の娘さんに恋しちゃったけどまさかの親友も同じ人を好きになってて、あ、これあいつ頭いいから先越されるやばいわ先手打たなきゃ! お母さん娘さんを自分にください宣言をしてさて親友にいつ言おうかと迷っていたら、お母さん先に言っちゃって。嘘だろー! と取りあえず謝らなければと思い彼の部屋を開けたら彼は自殺していました」

といったところだろうか。ちょっと明るく書いてみたが実際はこんなに明るくない。明るいなんて言葉はどこか遠くに逃げ出した。脱走レベルだ。正直この章だけでも人間臭さを非常に感じるのだが、現実はそんな甘くなかった。『こゝろ』は全体を通して人間の綺麗な面と汚い面を表している作品だった。

 いくらこれまでのあらすじ、みたいに書かれていて抜粋された部分だけを読んでもどうしても腑に落ちない箇所は出てくる。だから私はいま改めて最初から読んでいただきたいと思う。

 勉学にしか興味を持たなかった過去の「先生」。それをいいことに全面的に信頼を置かれていた親戚たちが「先生」を裏切り「先生」は人間不信に。東京に来てからも変わらず、だが下宿先で出会った「お嬢さん」にいつしか恋をして、外の世界を知った。親友である「K」もまた過去の「先生」と似たようなところがある。「K」もまた勉学にしか興味はなく、女は邪魔と思っていた。が、養子だった「K」は様々な理由で縁を切られて暫く働きながら勉学に勤しんでいたが神経衰弱に。見かねた「先生」が「K」の心を、身体を休ませるため、そして人間らしさを持ってほしいと思ったため自分の下宿先をすすめる。そうして奇妙とも言える共同生活が始まったが、「K」もまた恋を知ってしまった。初恋だ。どうしたらいいか分からない。だって勉強以外してきてないのだから。

 一人の女性を巡って水面下での戦いとでも言うべきなのだろうか。その腹の中の探り合いは非常に人間臭さを感じるが、正々堂々と勝負をした「K」と、ある意味 〝 反則 〟 を使った「先生」はどちらが善悪だか判断つけがたい。そもそも善悪二元論ではないものかもしれない。結果として「お嬢さん」を手に入れた「先生」は大事だった親友を失った。その負い目は一生かけて彼に付きまとう。もしかしたら死してなお付きまとっていたかもしれない。冒頭に記した恋とは罪悪で、神聖なもの。これは「先生」自らの忠告であり自分に言い聞かせていた言葉のように思える。自分が「私」と同じぐらいの年だった時のことを重ねていたのかもしれない。だからこそ、たびたび過去を匂わす言葉を並べて「私」と対峙する「先生」は危ういと思い後悔してほしくなかったのかもしれない。

 『こゝろ』には数多の葛藤と苦悩、そして非常に繊細な人物たちの不器用な生き方が描かれている。すべては私の推測及び感想ではあるが、これがまた十年後、二十年後に読み直したら考え方が変わるかもしれない。人の心は移ろうものだから。



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 例えば子どもの頃、初めて補助輪を外して自転車に乗れた時。あんなに頼り切っていた補助輪が、あっさりと「要らないもの」になったあの感覚。或いはもっと長じてから、バイクであちこちツーリングしてた頃。予期せぬトラブルで当初の予定が狂ってからの方が、順調に走っていた時よりもどこかワクワクしていたあの感覚。

「~無しでは出来っこない」とか「~しないとやっていけない」などというのは気のせいで、実は無くてもどうにかなっちゃうことは結構多い。だけどやる前にはそうは思えず二の足を踏む。その枷がふとしたはずみで外れた時に、「なんだ出来るじゃん」とびっくりする。そして、自分の可能性に蓋をしていたのは自分自身だと、漸く気が付く。

 そんな達成感と解放感が、ページの端からこぼれ落ちんばかりに詰まっている。

 本書『独立記念日』に登場するのは、生い立ちも家族構成も年収も価値観も、何もかもがバラバラな二十三人の女性たち。

 自分が生まれ育った町とは川を挟んだ反対側、瀟洒な街のスタイリッシュな生活に憧れるOLは、経済的な無理を押して引っ越しを決意する。恋人のDVに日々痛めつけられるネイリストは、それでも「二人の為」と信じて家路をたどる。スナックを経営する母親と二人暮らしの女子高生は、母親から離れたい一心で、カラオケの響く店の片隅で受験勉強に邁進する。夫の転勤で引っ越した片田舎で、友達もつくれないまま子育てに疲れ切った母親は、幼い娘と抱き合って涙をこぼす。外資系ファンドの敏腕トレーダーは、地上五十階にあるオフィスから周囲を見下ろす生活に、終わりの予兆が見えてうろたえる。出産以来五年間、仕事と子育てに追われ続けた未婚の母は、殺伐とした毎日に潤いを与えてくれたペットを失って、やっぱり自分は幸せにはなれないんだと悲観する。etc、etc、etc……。

 こんな彼女たちに唯一共通すること。それは、誰もが皆見えない鎖で自分を縛り、不運だ不幸だ不自由だと、未来の可能性を狭めている点。その姿はまるで、補助輪が無いから自転車に乗れないと諦めている子どものようだったり、道に迷うのを恐れて旅立ちを躊躇うライダーのようだったりするのだけれど、人生の道のりは一つだけでは勿論ない訳だし、一見難しそうでもいざやってみたら簡単だったなんてことも決して少なくない訳だし、仮に上手くいかなかったとしてもそこで人生が終わってしまう訳ではないんだし、要するに、色々なしがらみやら義理やら責任やら世間体やらに縛られていると思っているのは勘違いで、自分を縛っているのは自分自身だったということが、案外多かったりするんではなかろうか。

 ……なんてことを本書の登場人物たちは、文字通り七転び八起きの果てに掴み取る。例えばソムリエとして独り立ちを目指す或る女性は、生きることの難しさを自身の仕事と重ね合わせて一人呟く。「人生、甘くない。苦いし辛いし酸っぱいし、けっこうとんでもない。でも、そういう味をちょっとずつブレンドするからこそ、美味しくなるのよね」。また、いじめに遭って生きる意志を失くした少女に、担任の女性教師は、武者小路実篤の詩の一節を贈って、それでも生きようと訴える。「生れけり 死ぬる迄は 生くる也」。そして、日々の生活に追われて笑顔を忘れた或る母親は、ふとしたハプニングをきっかけに、自らを縛り続けた枷を断ち切る決意をする。曰く「自由、になるんじゃない。独立、するんだ。ややこしい、いろんな悩みや苦しみから」。

 と、ここまで言えば、本書がどんな小説なのかはお解り頂けるのではなかろうか。『独立記念日』と題されたこの短編集は、無意識の内に自らを縛っていた固定観念や諦めを振りほどいて独立し、自由を勝ち取る女性たちのリベンジマッチを描いているのであり、同時にそれは、行動する前から結果を恐れて足踏みをする僕らに向けた、原田マハさんからの温かい応援歌であると、僕は思う。

 最後に蛇足。「独立」に関して、福沢諭吉の『学問のすゝめ』から。「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛う(へつらう)ものなり」。案ずるより産むが易し、なんて言葉もあるし、一歩踏み出してみようかね。



⇒後編に続く
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by dokusho-biyori | 2016-05-03 07:46 | バックナンバー | Comments(0)