17年04月 前編

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 春ですね。新入学、新社会人。新しい土地で新しい生活がスタートした方もいらっしゃるのではないでしょうか。この春から津田沼での生活がはじまりましたという方、はじめまして。よろしくどうぞご贔屓に。近年、津田沼駅周辺もかなり開けてきて、最近では住みたい街的なランキングに登場するようになったようですね。
 
 さて「春ですね」とか言っておいて私が今回ご紹介するのはホラー作品です(※ 私の紹介文ではたいして怖くないとは思いますが、念のため苦手な方はご注意ください )。
 
 ホラー作品は好んでは読まないけど、普段はそこまで苦手ではないのですが、書評で手元に置いておきたくない、本棚に並んでいるのも嫌などと言われる本作。読んだらやっぱり怖かった……。わかっていたけど怖かった……。この手の作品はネタバレすると面白くなくなると思われるかもしれませんが、多少内容を把握していた方が心の準備ができていいかもしれません。ネタバレしても怖い自信があります。
 
 ただ「怖い」と言っても性質が他のホラー作品と違うかんじがするのです。
 
 はじまりは小説家の「私」の元へ届いた読者からの一通の手紙。「誰もいない和室から畳を擦るような音がする」。その手紙の内容に興味を持った「私」は差出人の久保さんと連絡を取り、久保さん宅の怪異を調べはじめます。すると、怪異は久保さんの部屋だけではなく、同じマンションに住む別の住人の部屋や近くの団地にも起きていることがわかってきます。調べていくうちに怪異はその「土地」に刻まれ残ってきた、歴史に関係しているのではないかという仮説に辿り着きます。住人が変わっても、建物が変わっても続く怪異。土地の記憶という穢れの発端はどこなのか――。
 
 まず「私」はこれといった怖い思いや気持ち悪いと感じる出来事を体験していません。取材によって、当地の住民や所縁のある人々から話を聞いて、それを元に久保さん宅に現れた怪異の経緯と、その奥にある真実を探っているだけです。要は地域に伝わるよくある怪談話を拾い集めているだけ。なのに何故怖いのか。
 
 ホラー映画やゲームなんかでは、背後から忍び寄る影、見なきゃいいのにゆっくり振り返る、と急に大きな音とともに画面いっぱいにドン! と得体の知れないモノが出てきて、キャー!!! みたいなイメージですが、この作品にはそれがありません。読みながらじわりじわりとまるで染みが広がるように怖くなり、怪異の正体が明らかになるにつれ、ヒュッと寒くなり自分の足元が不安になる。
 
 それは知らずに自分も穢れに触れているかもしれないことに読者が気付くからでしょう。自分だけならまだしも、周りの人にも影響を与えているかもしれない。逆に周りからもらっているかもしれない。家は、家族は大丈夫だろうか。今度遊びに行くあの家は、友達は。引っ越す予定のあの部屋は、土地は……。そう考えるともうエンドレスです。
 
 土地の穢れ、穢れに触れた者、穢れに穢れが重なり、人の移動によって怪異は広がっていく。何がきっかけで穢れに触れてしまうかわからない。仕事、学校、結婚、人付き合い。生活を営む以上防ぎようがない。
 
 しかしそうなると、怪異の根っこが気になってくる。
 
 怪異を辿って取材を重ねる中で集まる、一見関係がなさそうなひとつひとつの情報や出来事が、やがて全て繋がっていく……という謎解きのような要素もあるので、怖いのにページをめくる手が止まりません( 余談ですが、個人的に小野不由美作品は散りばめられた点と点が線で結ばれていき、繋がってかたちになり、物語が加速し動き出す気持ち良さが好きです。代表作の『屍鬼』『十二国記』も然り )。核心に近付きいよいよ佳境か!? というところで、この怪談は
《 聞いただけでも祟られる 》
《 聞いても伝えても祟るから、一切、記録することができない 》
え、待って。それ今言うの? 私読んでるけどこれ大丈夫なの? 本になって出版されて日本中に流通していろんな人の手に渡ってるのにこれ大丈夫なの? これフィクションだよね? 大丈夫だよね?
 
 というのも、この「私」は作中では名前は出てきませんが、経歴などから小野不由美さんご本人であると推測でき、さらに実在の作家仲間も登場し、取材の内容もとてもリアル。フィクションなのか実際あった体験談なのか、読者には全くわからないのです。そんな中で「聞いても伝えても祟られる」なんて言われたらびびりますよ。完全に読者巻き込まれてます。
 
 話は戻りますが、春ですね。新しい土地で新しい生活がスタートした方もいらっしゃるのではないでしょうか。
《 我々が住んでいるこの場所、そこには確実に過去の住人がいたはずだ。前住者の前にはさらに前の住人がおり、その前にはさらに以前の住人がいた。(中略)ある建物が建設される以前の土地、その「土地」に住んでいた住人までもが現在に影響を与え得るとすれば、問題のない土地など、果たしてこの世に存在するのだろうか 》
私達の住む街、土地、家、前住者にはどんな歴史があるのでしょうね――。
 

 
 
 
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 レビューも後半戦に突入し、ミステリー界隈でなじみのある著者や作品が多くなってきた。特に『犬神家の一族』は何度も映像化されていて、本は知らなくてもその作品名は知っている人が多いと思われる。監督や公開年によって、同じ作品であってもぜんぜん違った作品になっているので是非見比べて欲しい。更に今回は奇跡のような「季節銘柄」がランクインしている。この時期に読むとラストン余韻もひとしおである。
 
41位 宮部みゆき『模倣犯』 新潮文庫
 ミステリー史上、稀に見る目立ちたがり屋の犯人だ。そもそも犯罪者は目立ちたがり屋であってはならないはず。自分に注目を集めることはすなわち、容疑を深めることに繋がりかねないからだ。しかし『模倣犯』の犯人はそんな常識などお構いなし。世間の注目を集める「劇場型犯罪」を実行し、日本中の注目をわが身に引きつけるのだ。この物語はそんな異常な犯人の計画に巻き込まれ、翻弄される人々の群像劇である。
 
 文庫本全五巻、まさに大長編といえる長さだ。並みの作家であればこれだけの長さの物語を書くと中だるみが生じたりするのだが、そこは流石「稀代のストーリーテラー」宮部みゆき。読者を飽きさせることなく、むしろ五冊で物足りなさを感じさせるほどの見事なストーリーテリングだった。僕が一週間かからずに読みきってしまったという事実がその証左である。一体どうしてこの小説は読者を惹き付けるのか。おそらく超目立ちたがり屋犯人の造形に成功した事が大きい。犯罪者でありながら目立ちたがり屋、という矛盾を解決してしまうほどの智慧を持った彼が、関係者を思いのままに翻弄する様があまりにも自然で華麗なのだ。むろん、群像劇であるからには犯人に振り回される関係者たちも丁寧に描かれる。丁寧に描かれた彼らもまた、活き活きとした登場人物なのだが、だからこそ彼らの生い立ちや現在を巧みに利用する犯人の計画は完璧に思えるし、身近になってきた彼ら関係者の人生がどう狂わされていくのか気になって仕様がなくなってしまう。
 
 これだけ多くの登場人物を出しながら、それぞれの運命が絡まりあい、互いに作用していくさまを自然に描いた小説は少ないだろう。読後、やはり文庫で五冊分の長さは必要だったのだと思わされる。
 
40位 竹本建治『匣の中の失楽』 講談社文庫
 日本ミステリー界には厳然とそびえる難攻不落の山が四つある。ミステリーというジャンルを過剰までに突き詰めた結果、非情に読みづらいが何だかすげーと思ってしまう四作品、マニアたちはそれらを「日本四大奇書」と呼んでいる……。そして、その一つが『匣の中の失楽』である。
 
 この小説は構造自体も作品の面白味の一つであり、展開の一つ一つに驚いて欲しいのであらすじは詳しく書かかないことにし、この小説のどのあたりが奇書と呼ばれているのかの個人的な考えをつらつら書こうと思う。
 
 前置きが長くなってしまったけれども、『匣の中の失楽』の一番の特徴と言えば延々と繰り返される推理合戦だろう。主人公たちは目の前で起こる事件に対し、友人が被害にあっているにもかかわらず、悲しみはそこそこに嬉々として事件の推理に熱中する。しかも推理合戦にルールを設けるのだから、事件の真相解明が目的と言うより「いかに面白い回答を見つけるか」を目指すゲームをしているようである。事実、なかなか面白い推理もいくつか披露されるのであるが、しかしこの「人間を描くこと」を放棄した態度は何なのであろう。もしかしたら、この推理合戦に興じる主人公たちは我々ミステリー好きの読者そのものなのではないか。小説の中の謎解きをゲームとして享受し、「もっと面白い解決を」と要求するミステリーマニアと重なって見える。つまり、作中の登場人物はまさに小説を読んでいる我々であり、小説を読んでいる我々は物語の中の彼らなのである。そしてこれが小説のあの構造を生み出すのであるが、それは読んで確かめて欲しい。
 
 と、「奇書」なので小難しいレビューにしてみたが、とりあえずミステリーが好きなら一度はチャレンジしてみて欲しい「山」である。一筋縄でいかない物語を読みきったときには、ミステリーというジャンルが違って見えるはずである。ただ、『匣の中の失楽』は奇書の中でも比較的読みやすい作品なので、「なに?『匣』が読了されただと!?」「しかし奴は我々四天王の中では最弱。」「どれ、次は俺が……」みたいな状況です。
 
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39位 横溝正史『犬神家の一族』 角川文庫
 おそらく、この全作レビュー企画の中で作品の中身と関係ないところで有名な小説№1かも知れない。湖に突き出した男の二歩足という光景は芸人の一発芸になったこともある名シーンである。角川映画の初期作品にしてその地位を磐石にしたとも言われている市川昆監督「犬神家の一族」の原作である。
 
 映画は映画として評価するとして、さて小説としてはどうだろうと考えた時に、初読時の興奮を思い出す。それはあまりに自然かつ必然的に描かれるメイントリックの素晴らしさへの興奮だった。ミステリーのトリックは大掛かりなものであればあるほど、当然の如くわざとらしさが目立つようになる。「わざわざこんな殺し方する?」という疑問である。大概は「小説だからいいか」と自己完結して終わるのだが、『犬神家の一族』では複雑で大掛かりなトリックが使われているのにも関わらず、とってつけた感がない。犯人の行動原理はトリックと直結するし、トリックが生むひずみが事件の不可解な現象として現れる。つまり、物語とトリックが見事に融合しているのだ。何と鮮やかなトリックだろう!
 ちなみに、佐清のマスクは映画の白い目出しゴムマスクという印象が強いが、作中ではデスマスクのように目や鼻が描かれた、特殊メイクのようなマスクだ。白いマスクでも不気味だけど、表情が全く変わらないデスマスクはもっと不気味だったろう……。
 
38位 泡坂妻夫『11枚のトランプ』 創元推理文庫
 本書を読むにあたって、著者がマジック好きであったこと、相当な腕前のマジシャンであったことは知っておいたほうがいいだろう。なぜならば『11枚のトランプ』にはマジシャンもマジックもこれでもかと言わんばかりに登場するので、「なんでこんなにマジックだらけなのか」と疑問に思うかもしれないからだ。
 
 舞台は地方の演芸ホールで開かれる奇術公演。その公演中に行方をくらませた一人の奇術師が死体となって発見されるという事件が描かれる。のっけから公演の描写で、紙上でマジックが次々と披露される。しかも部分的に種も明かしてくれるサービスつきだ。そして肝心の殺人事件は奇術の最中に行われる。しかも、その奇術公演を使ったトリックなのだから、奇術のトリックの裏で殺人事件のトリックも進行しているという何ともアクロバティックなミステリーなのだ。
 
 ちなみに作中作で「小説風の奇術のネタ帳」が出てくるが、これもミステリーのショートショートのようで、かつ完成度が高くて楽しめる。ミステリーに奇術、アイディアの出し惜しみをしない著者のサービス精神にあふれる一冊だ。
 
37位 松本清張『ゼロの焦点』 新潮文庫
 新婚早々、結婚相手が出張先から忽然と行方をくらましたら。それも、ただ消えたのではなく不可解な言動をしていた相手であったら。そして、謎を追うにつれて周囲の人間が次々と死んでいったら……。
 
 松本清張といえば社会派ミステリーの祖として有名である。密室殺人や呪われた旧家など非現実的な要素とは決別して、もっと人間の業や社会の矛盾を描こうとした社会派ミステリーはどうしてもトリックの点で楽しめないのではという不安を持ってしまう。事実、清張以後、雨後の筍のように量産された社会派気取りのミステリーにはそういうものも多いと聞く。しかし、『ゼロの焦点』は違った。大きなテーマとしては確かに社会的な問題、戦後日本社会がいかに混乱していたか、それがどんな悲劇を巻き起こしたか、が物語の中心となっている。一方で、行方不明になった男の素性という謎は取ってつけたような解決で終わらずに、鮮やかな○○○○トリックで驚かせてくれる。綺麗に隠された伏線も見事だし、夫の隠された素顔が次々と明らかにされていくスリリングな展開など、純粋なミステリー要素だけでも十分楽しめるのだ。
 
 人間ドラマを描きつつもミステリーとしての楽しみを損なわない、社会派ミステリーが目指すべき原点にして一つの到達点がここにある。
 
36位 歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』 文春文庫
 なんとタイミングの良いことだろう! まさか四月号に『葉桜』の回がまわってくるとは。まことに運命とはおもしろい悪戯をするものである。
 
 いわゆるどんでん返し系のミステリーである。同じくどんでん返しミステリーの『イニシエーションラブ』がどんでん返すことである種のイヤミス的な驚きを与えたのに対して、『葉桜の季節に君を想うということ』は最後のどんでん返しによって、小説が至上の人生賛歌を歌っていることに気づかされ、心が温かくなってくる。
 
 物語は大きく三パートに分かれていて、メインになるのは悪徳商法を繰り返す会社を調査する男の物語だ。この部分だけでもユーモラスなハードボイルド小説として楽しめる。楽しめてしまう分、「何か仕掛けられている」というのを忘れた状態で種明かしをされるので見事に騙される。騙されたことがわかった瞬間、小説の表情がガラッと変わり、今まで隠されていた物語のテーマが深く胸を打つのである。
 
 ミステリー的な要素だけであれば、個人的にはメインのトリックは想定の範囲内。ミステリーのトリックではヤクザ潜入編の滅多刺しにされた変死体の謎が面白く読めた。
 
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35位 江戸川乱歩「陰獣」『江戸川乱歩傑作選 獣』収録 文春文庫
 江戸川乱歩は日本探偵小説の父といわれながらも、じつは自作においてミステリー小説として高く評価されている作品は少ない。どちらかと言えば怪奇趣味小説が評価されていたりする。ところが「陰獣」は、乱歩最大の持ち味である怪奇趣味がミステリー要素と見事に融合した奇跡のような作品になっている。
 
 一人の夫人がある小説家から脅迫状を受け取り、身辺を付け狙われているのではないかと主人公に相談することから物語は始まる
 
 血みどろな怪奇小説ばかりを発表している作家は、作品そのもののねちねちとした陰湿さで婦人をストーキングしているらしいのであるが、その行方は杳として知れない。彼の行方を捜すうちについに悲劇が起きて――。というあらすじ。作家のストーキング行為や婦人の隠された秘密などが作品に背徳的で、耽美的な乱歩ファンが大好きな雰囲気を醸成しているし、次第に婦人が追い詰められる展開はサスペンスフル。そして、最後の意外な解決と余韻を残すラスト、文句の付け所がない。エンターテインメントとして完成度の高い作品だ。
 
 ちなみに、そのストーカー作家は明らかに乱歩自身がモデルである。自作のパロディも出てくこともあって、乱歩ファンならニヤニヤできる。
 
34位 泡坂妻夫『乱れからくり』 創元推理文庫
 奇術ときて次はからくりである。38位『11枚のトランプ』では奇術を作品に多用した泡坂妻夫が『乱れからくり』ではからくりを作品に多く登場させている。からくり人形、万華鏡、迷路……、からくりやおもちゃに関する薀蓄も満載で著者の趣味が垣間見える。
 
 事件は玩具会社の経営者一族の息子が隕石に衝突して(!)急死したことから始まる。次々と不可解な死を遂げる一族だが、その死には他殺であれ自殺であれ、事故であれ決定的に腑に落ちない点が残る。どうせ殺人なんだろう、と僕は意地の悪い読み方をしていたのだが、それでもアリバイがあったり動機がなかったりとにかくどんな仮説もしっくりこない。それもそのはずで、真相は僕の想像もおよばないものだったのだから。なまじミステリーを読んでいただけに見事に騙されたと言うべきか。犯人がいて、綿密に練り上げた犯罪計画を着実に進行する、そういうありふれたミステリーとは一線を画しているのだ。この奇想天外なトリックは「からくり」というモチーフと密接に関係しているし、「からくり」だらけの物語だからこそとても印象深いトリックとして読者の記憶に残るのだろう。
 
33位 鮎川哲也『りら荘事件』 創元推理文庫
 「本格ミステリーってどういう小説のことですか」と聞かれたら、僕は『りら荘事件』を読んでくださいと答える。それほど謎解き小説として純度の高い小説なのだ。
 
 山奥の山荘に集まった若い男女に次々と襲い掛かる殺人者の手、現場に残されたスペードのカードは何を意味するのか、そしてあらゆる場面にちりばめられた登場人物たちの不可解な言動等々、一見バラバラに見える断片でちょっとやそっとじゃ真相にたどり着くことができない。しかし、ちょっと視点を変えて手がかりを丹念にたどっていけば、解決を読まずとも真相にたどり着くことが出来るようになっている。堂々と読者への挑戦がされるくらいフェアなミステリーなのである。とはいえ、大抵の読者は推理を諦めて解決編へと読み進むのだが、その時真相を語りだすのは刑事ではなく、れっきとした私立探偵が読者を真相へと導くのである。
 
 なんだかこう書くと教科書みたいで地味な印象を受けるが、ばたばた人が殺されていくので展開は飽きないし、スペードのカードの使い方も綺麗で驚かされる。なにより、疑問に思っていた描写が次々と伏線として回収されていくのは気持ちが良い。「再読三読によって妙味が増す端麗巧緻なギミック」なんて本の裏に書いてあるけどまさにその通りの「スルメ本」。
 
32位 高木彬光『刺青殺人事件』 光文社文庫
この本を読むまでは知らなかったのだが、刺青は一種の日本的芸術文化として海外で評価されているらしい。繊細な指先の技術で、鮮やかな図面が肉体的な苦痛を伴って半永久的に身体に刻み込まれる行為は、なるほど確かに官能的な美があると言えなくもない。刺青といえば反社会的な連想をしがちな現代人も、妖艶な刺青に彩られた『刺青殺人事件』を読めばきっと「刺青」で画像検索してしまうだろう(検索しました)。
 
 この刺青というモチーフの活用が素晴らしい。まず、乱歩ばりの怪奇的な雰囲気の演出に成功している。美女の肉体に彫られた刺青や、刺青コレクターなど耽美なフックで作人世界に引きずり込む。さらに、この刺青が肝心のトリックにも関係してくるのだ。そもそも刺青は彫ったら一生消せないもの。つまり、刺青は指紋並みの、もしかするとそれ以上の身分証明になるのだ。『刺青殺人事件』で起こるのはバラバラ密室殺人。バラバラ死体というのは身元の特定が困難で、時にはすり替えトリックが行われたりするのだが、刺青はその可能性を否定する材料になる。すると、なぜバラバラする必要があったのかといった問題が代わりに出てきたりして謎は深まるばかり。死体に刺青があるだけでミステリーはここまで面白くなるのだ。
 
 発表は1948年と戦後ミステリーの初期作品。密室の謎やバラバラの謎など、ミステリーを書いてやる! という著者の情熱が感じられる作品であり、その情熱が見事な完成を見た一作である。
 
 
 
後編に続く⇒
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
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by dokusho-biyori | 2017-04-01 21:20 | バックナンバー | Comments(0)