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16年11月 前編

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 東西ミステリー全作レビューの第二回目である。今回、未読のもので想像以上に楽しめたのは『白昼の死角』と『ガダラの豚』。自信を持ってオススメできる。また、『オイディプスの刃』はやや手に入りにくい。気の利いた古書店ならあるだろう。さて、では早速レビューに突入。

92位 赤江瀑『オイディプスの刃』 品切れ
 妖刀「備前次吉」、妖しくも美しい日本刀がひきおこす一家の血にまみれた悲劇を描く耽美的ミステリーである。血を求める日本刀、美しい母親、腹違いの兄弟、香水……と耽美小説のガジェット盛り盛りかつ幻想的な文体が夢を見ているような読書感覚に陥る。特に香水は物語全体に関わる重要な要素ということもあり、非常に香り高い作品に仕上がっているなんて評してみたくもなる。単なるミステリーから切り離して、文学作品としても読み応えのある作品だ。乱歩と共通する部分を感じる。

 蛇足だが、兄弟愛の描写や主人公と世話している青年との師弟愛などどことなく同性愛の雰囲気が漂う。ここにも乱歩の顔が見え隠れする。

91位 佐々木譲『ベルリン飛行指令』 新潮文庫
 一九四〇年の日独伊三国同盟が締結された直後、「零戦」がドイツに輸出されていたという「IF」のもと、日本からベルリンまで零戦を飛ばした二人のパイロットの極秘任務の顛末を描く。輸送機や輸送船は使わず、零戦そのものを操縦して英国領を突っ切るというミッションインポッシブルだ。とはいえ、飛び立つのは物語も三分の二を過ぎたあたり。それまでは輸送方法の打ち合わせ、補給地点の確保、零戦のパイロットを見つけたり、パイロットの私生活が描かれたりしている。この「静」のパートは退屈どころか、巧みな描写が1940年にタイムスリップさせ、登場人物たちとシンクロさせてしまう。そして後半の「動」のカタルシスと繋がる佐々木譲の冒険作家としての実力が存分に発揮された作品。

 102位の『エトロフ発緊急電』でもそうだったが、国家や時代に縛られない一匹狼のような男が魅力的だ。抑圧された時代の中で己の意思を持った人物にハードボイルドの魅力を感じる。

90位 山田風太郎『明治断頭台』 ちくま文庫・角川文庫
 文明開化直後の江戸と明治が入り混じる日本で起きる殺人事件を弾正台(警察の前身組織)の役人とイタコ能力を持つフランス人美女(!?)が解決する連作ミステリー。短編それぞれの完成度も非常に高いうえに、最後の章で短編全てが繋がって物語の大きな構造を見せる仕掛けがある長編ミステリーとしても素晴らしい作品。昨今流行の「どんでん返し系ミステリー」のさきがけと言うか、すでに完成型である。登場人物には歴史上の偉人も多く、事件それぞれも実際にあった出来事をベースにしていたりするので虚実ない交ぜの妙味がある。

89位 志水辰夫『背いて故郷』 電子版のみ
 仮想敵国の領海に進入し、調査するスパイ船に船員として乗り込む――、自分が紹介した仕事で友人が死んだ。事故死で処理されたその死に疑問を抱いた主人公は単独捜査を始めるが、秘密を守ろうとする勢力が行く手を阻む。独り、巨大な敵を相手に己を貫く男の姿を描いたハードボイルドサスペンス。

 エモーショナルな作品だ。主人公は確かにハードボイルドだけれども、自責の念や悔恨の情ばかり。ただ、ウジウジしているというより、その思いの強さが心の芯となり主人公を突き動かす静かな激情だ。それが志水節といわれる独特の文体が語るものだから、読者は心打たれることうけあいだ。

 真相部分ではサプライズも用意されており、ミステリーの楽しみも味わえる。

88位 高木彬光『白昼の死角』 光文社文庫
 法律を知り尽くした若き天才が法律の網目をかいくぐって犯罪を繰り返すクライムノヴェル。天才が知力を尽くして犯罪を繰り返す作品としては『DEATH NOTE』が思い浮かぶが、まさにそんな感じ。あちらは殺人、こちらは金融詐欺で犯罪の性質は異なるが、いかに敵を欺くかというトリックの小気味いいほどの鮮やかさは共通の面白さ。金融関係の法律の話が頻出するが、その部分があまり理解できなくても主人公も天才っぷりに戦慄するには支障はない。


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87位 江戸川乱歩『パノラマ島奇談』春陽文庫
 死んだ資産家の跡継ぎが自分と瓜二つなのを良いことに、死者に成りすまして遺産を横領した男が自分の理想郷を建設する奇想浪漫。

 久々に再読して新たに感じたことが二つ。一つは成りすまして遺産を相続するという主人公の犯罪計画が倒叙ミステリーとして十分面白いこと。計画を練るところから実行、そして破綻までのプロセスは倒叙ミステリーの構造そのもの。この小説は倒叙ミステリーだったのかと(いまさら)気づかされた。もう一つは男が建設する「パノラマ島」が非常に魅力的であるということ。はじめて読んだ時はそうでもなかったが、改めて読んでみると自分も訪れてみたくなる魅力がある。海底トンネルとか水族館ではもう実現されているし、再現不可能ではないはず。USJあたりに期待しよう。

86位 連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』 宝島社文庫
 トリックの名手が惜しげもなくアイディアを使いまくる傑作短編集。これは長編にしてもいいのではないかというトリックばかり。当然、全ての短編の完成度が高い。個人的なお気に入りは「過去からの声」「奇妙な依頼」。こんな凄いアイディアを短編で出されちゃあ後世の作家が可哀想になる。

 連城作品の魅力は最後のツイスト、跳躍の意外性にある。見事に発想の盲点を突いてくるので毎回あっと驚かされる。この醍醐味を十分に味わわせてくれる一冊だ。

85位 逢坂剛『カディスの赤い星』 講談社文庫
 世界的なスペインのギター職人から依頼された「人探し」。PRマンの主人公は少ない手がかりをもとに依頼されたギタリストを探し始まるが、それはやがてスペイン本土で起こりつつある大きな事件へと繋がっていく……。

 上下巻あわせて1,000頁超す大作で単なる人探しはないだろうと思っていたら、予想を超えて物語が海を越える広がりを見せた。前半はPRマンの仕事ぶりや人探しの様子を描きつつスペイン編の伏線を張っていたのだ。それが最後のある「意外な真相」まで関係するのだから驚いた。

 主人公の人物造形も魅力的だ。どんなにピンチに陥ってもジョークを飛ばす器のでかさどいうかふてぶてしさというか、とにかく冒険小説の主人公にふさわしい「かっこよさ」を備えている。

 本筋とは関係ないが、カルメンの話題が頻出するので読んでいる途中からカルメンを聞きたくなる。

84位 殊能将之『ハサミ男』講談社文庫
 美少女を殺してその首にハサミをつきたてる連続殺人鬼「ハサミ男」は次の標的を定め、偵察している最中に何者かにその標的を殺されてしまう。しかも被害者にハサミを突き立てる自分のやり方を真似て。「ハサミ男」は単独で犯人を探り始める……。問題は「ハサミ男の模倣犯は誰か」と「ハサミ男は誰なのか」の二点。それぞれ意外な真相が待ち受けているが、正直現在ではありふれた真相の感じが否めない。今この作品を読むとするなら、後世に書かれた有象無象の「叙述トリック」には無い鮮やかなミスリードと、含みのあるラストだろう。ともあれ、ネタばれ食らってないのであれば一読の価値ある傑作であることに変わりない。

83位 中島らも『ガダラの豚』 集英社文庫
 アフリカ呪術研究の第一人者、大生部多一郎。著作がベストセラーになり、テレビでの受けもいい彼はテレビの企画でケニアの呪術師に会う旅に出ることになる。そこには予想以上の力を持つ大呪術師と、思わぬ人物がいて……。日本とケニアで繰り広げられるサスペンスをユーモラスな筆致で描いたエンターテインメント大作。

 この小説の何が凄いかというと、オカルトと科学の成分バランスがしっかりとれていて、相反する二つ要素の魅力を一層引き立てているところだ。心理学やトリックで似非オカルトの種明かしをしながら物語のベースには科学には説明できない超自然的な力が蠢いている……、「現実もこうなのかも」と思わせるバランス感覚だ。余談だが、オカルト要素と科学要素をミックスしたゲームで『流行り神』というのがあるが、似たものを感じた。



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 友人と久々に会って話をする時、まるで息をするかのように高校時代の話が出てくる。それは高校の同級生だったり、幼馴染だったりと様々だが思い出話の一つとして何故か高校時代の話が持ち上がるのだ。実に不思議なものである。

 けれども振り返ってみれば確かに高校時代は(色んな意味で)濃い日々を送っていたと思う。特にわたしは女子校というある意味閉鎖的空間だったからなのかもしれない。

 いやまあ何が言いたいのかって、ようは高校時代ってある意味青春よねと。多感な時期で色んな人と関わって色んな感情を渦巻いてと、知らず知らずと忙しない日々だったのではないか。青春の定義など知ったこっちゃないが、全部引っくるめて青春なんじゃないかと。そんな青春を詰め込んだ本が『ベンチウォーマーズ』だ。

 クラス対抗駅伝、通称〝 落伝 〟に選ばれた者は受験に失敗すると言われている。高校三年間のうち一度でも選ばれると失敗するという謎のジンクス。だから到底誰もやりたがらない。そんな中選ばれたのは、バレー部エース(現在リハビリ中)の朔、バスケが好き(ただし父親が厳しい)な康太、運動部のマネージャー(自分のことが大っ嫌い)な伊織、ちょっと太った(原因:自分に甘い)勇樹、練習時間が少ない(アルバイト三昧)恭子。この五人である。

 さてこの字面だけ見ると、なんとも平凡なレールに敷かれた物語のようにみえる。だがそんな主人公たちには様々か問題を抱えているのだ。

 一人目の朔はバレー部エースでありながら怪我を負いただいまリハビリ中。練習を見ながら自分に出来る作業をこなすのは、部活に熱中していた人なら分かるだろうが相当キツイことだ。自暴自棄にだってなる。

 バスケ少年な康太はバスケが上手くなくても大好き、だが父親が厳しい性格な為あまりいい顔をされていない。康太を見ていると上手いと好きというのは違うものなのだと痛感する。父親との対立も思春期あるあるだ。

 自分が嫌い故に誰にでも愛されるような仮面を被る伊織。どれだけ外見が可愛くても中身が可愛くなかったら、まさしく見た目詐欺。それでも憎めないのは嫌いな自分を隠してまで好かれたい、その人間らしさはいっそ好きだ。

 自分に甘い勇樹は少し自分を見ていてつらい。どうしても楽な方に逃げようとして、そしてその度に自分に言い訳をしてどんどん辛くなっていく。

 諸事情によりバイト三昧な恭子は背の高い女の子。本当は可愛いものとかも好きだが、彼女は伊織とは別に自分を殺し目の前のことだけに一直線。

 一見バラバラに見える五人だが連ねて見ていくと、みんながみんな歪で未熟で。葛藤を抱え「自分なんて」と思っている。自分を卑下するような、ネガティヴな言葉はきっと無意識に皆使ってしまう。読んでいると「そんなに卑下しなくていいんだよ」と思う以前に「自分も使ってるわ……むしろ分かるわこの気持ち」となるマジック。

 ただのスポーツ青春小説と侮ることなかれ。これに加えさらにだ、みんな大好き(?)恋愛要素も少しばかりある。悲しかな、最後に恋したのなんていつだろうと目が遠くなる私であるがなんとも言えない純粋な感情に「んんんん」と言葉にならない言葉が出てくる。誰と誰、とは言わないがとても可愛らしい淡い感情は、話の流れに違和感を指すことなく自然に、あたかも最初からあったかのように馴染んでいる。ただ泥臭いだけではなく淡く、そしてどこか爽やかな後味だ。

 彼らの駅伝もとい青春の一ページ、そして誰もがきっと経験したことのある感情がぎっしりと詰まっている。彼らの人生はまだまだ途中ではあるが、そんな彼らをどうか最後まで見届けてほしい。歪なピースがぴたりとはまる瞬間をどうかご覧あれ。また今作は第十二回酒飲み書店員大賞を受賞した。この場を借りて祝福の言葉を。おめでとうございます!



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 お蔭さまで好評を博している「うしろ読みで行こう!」フェアですが、実はその選書の際に、絶版或いは品切れで、泣く泣く削った作品が幾つかありました。今月は、それら入手困難な小説がいつか復刊されることを祈りつつ、その名作ぶりをラストシーンと共に紹介してみます。

『レッド・オクトーバーを追え』(トム・クランシー/井坂清[訳] 一九八五年 文春文庫)
 ソ連の最新鋭原子力潜水艦「レッド・オクトーバー」が、潜水艦ごとアメリカに亡命を企てる。それを察知したソヴィエト海軍は、レッド・オクトーバーを拿捕、或いは撃沈しようと、総力を挙げて追撃する。ところが、その光景を衛星からの赤外線写真やら何やらで見れば、大量のソ連艦艇がアメリカに向けて進撃しているようにしか見えない訳で、「すわっ、戦争か!?」と慌てふためき、迎撃態勢を整えるアメリカ海軍。このままでは大西洋の真ん中で第三次世界大戦の幕が切って落とされることになりかねない。しかし、CIAの情報分析官ジャック・ライアンただ一人は、レッド・オクトーバーの意図を正確に読み取っていた……。

 冷戦真っ盛りの頃に書かれた作品で、強く正しく自由なアメリカと全体主義的で抑圧的なソ連の対決、という構図は当時のステロタイプ。とは言え、音だけが頼りの潜水艦戦の緊張感や、断片的なデータをつなぎ合わせて正解を探る情報戦のスリルは、今読んでも特筆もの。

 主人公ライアンは飛行機が大の苦手で、任務で止むを得ず搭乗する時は、まんじりともせずに脂汗を流すのが常。そんな彼が、米ソ両大国の正面衝突を回避すべく不眠不休で奔走した後、幼い娘が待つ我が家へ帰る為にボーイングの座席に収まる場面で、この物語はそーっと幕を下ろす。

《 機が雲を抜けて日光の中に出たとき、彼はそれまでに一度もやらなかったことをやっていた。生れて初めて、ジャック・ライアンは飛行機の中で眠ったのである 》

 ライアン、お疲れ様(笑)。

『ハマボウフウの花や風』(椎名誠 一九九一年 文藝春秋)

《 町の中に入るまでの間、草むらの中にハマボウフウの花があるのだろうか、ということがすこし気になった。見つけてみようかと思ったが、でもよく考えてみると、それがどんな姿をしているのか、赤石の日記にあったヘタクソな絵の記憶以外、水島はまったく知らない花と草なのであった 》

 主人公の水島が青春時代を過ごした海辺の町を十数年ぶりに訪れたのは、当時仲が良かった友人――アメリカに渡って犯罪を犯し、刑務所に出たり入ったりしてやさぐれていった赤石という名の親友――が、かつての恋人=吉川美緒に宛てた手紙を届ける為だった。

 水島を主人公にした青春小説であるとも言えるし、赤石と美緒の恋愛小説であるとも言えるし、中年の男女が自らの青春時代に決別する物語であるとも言える、と思う。当時さんざん目にしていた筈のハマボウフウを、全く思い描けないという点が、何かを象徴しているような気がします。

 六つ収められた短編の第一話「倉庫作業員」も、温かいラストで全力で推したい。

『黄泉がえり』(梶尾真治 二〇〇〇年 新潮社)

《 その瞬間、義信はマーチンが言いたかった真意が理解できたような気がした。しかし、風が吹き、花びらが義信の眼の前を舞ったとき、その真理は閃きのように、飛び去ってしまっていた 》

 熊本で死者が甦る現象が多発。死んだ当時のままの姿で戻って来る大勢の人々に、周囲は途惑い行政は混乱する。しかし、次第に分かってきたのは、甦るのは「もう一度会いたい」と強く強く思われていた人たちばかり。しかも、近い内にまたいなくなると言う。一体どういうことなのか?

 もう一度会えたら……とは、大切な人を亡くした誰もが願うことだろう。それが不意に、まるでアンコールのようにして叶う。だけれどもそこで交わされるのは、今度こそ最後の最後だと覚悟した上での会話と抱擁。ラストの数十ページは「想いよ、伝われ!」と強く願わずにはいられない。

 梶尾真治の代表作だと思う。



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『オイディプスの刃』赤江瀑 ハルキ文庫 9784894567023 ¥760+税

『ガダラの豚』中島らも 集英社文庫
①9784087484809 ¥490+税
②9784087484816 ¥570+税
③9784087484823 ¥505+税


『カディスの赤い星』逢坂剛 講談社文庫 
上巻9784062756402 ¥730+税
下巻9784062756419 ¥800+税


『白昼の死角』高木彬光 光文社文庫 9784334739263 ¥1,143+税

『ハサミ男』殊能将之 講談社文庫 9784062735223 ¥750+税

『パノラマ島奇談』江戸川乱歩 春陽堂文庫 9784394301523 ¥800+税

『ハマボウフウの花や風』椎名誠 文春文庫 9784167334055 ¥408+税

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『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』伊藤秀成 雷鳥社 9784844137085 ¥1,200+税

『ベルリン飛行指令』佐々木譲 新潮文庫 9784101223117 ¥890+税

『ベンチウォーマーズ』成田名璃子 メディアワークス文庫 9784048667838 ¥650+税

『山田風太郎明治小説全集 7 明治断頭台』山田風太郎 ちくま文庫 9784480033475 ¥1,100+税

『黄泉がえり』梶尾真治 新潮文庫 9784101490045 ¥629+税

『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦 宝島社文庫 9784800231734 ¥730+税

『レッド・オクトーバーを追え』トム・クランシー/井坂清[訳] 文春文庫
上9784167275518 下9784167275525 各¥619+税




⇒後編に続く
















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by dokusho-biyori | 2016-11-04 10:23 | バックナンバー