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江戸川柳

只今『読書日和』の2月号を制作中な訳ですが、そこに載せるつもりで書いたけど結局ボツにした文章があって、時代小説の「長屋もの」を紹介する話の枕で江戸川柳を採り上げたんだけど、枕ばっかり長くなっちゃったので本誌への掲載は見送って、まぁ、何かのひまつぶしになればと、こちらに掲げておきます。

因みに僕の江戸川柳アンチョコ本は小林弘忠さん『江戸川柳で現代を読む』と、神田忙人さん『江戸川柳を楽しむ』の2冊です。どちらも初心者でも読みやすいし解りやすいから、もう何度も読み返してボロボロなんですが、現在は生憎、品切れ再販予定無し。いい本なんだけどなぁ。

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江戸川柳が大好きです。金も地位も名誉も無い、吹けば飛ぶような貧乏人たちが、世間の風当たりを少しでも和らげようと相身互いと肩寄せ合って、小さな幸せを育んでゆく。そんな姿の一つ一つに、ほっこりしたりほのぼのしたり、或いは自分の身に置き換えて励まされたり。幾つか挙げます。

「夕立に 取り込んでやる 隣の子」
 おかみさん連中が他愛無い冗談を言い合いながら夕飯の支度を始めた長屋の井戸端。そこへ不意の夕立。皆が慌てて洗濯物を取り込む中、ふと見ると隣の家の子がまだ遊んでる。「おやおやこんなに濡れちゃって、風邪ひいちまうよ」とか言いながら、洗濯物は後回しにして子どもを家に入れてやる、という図。

「椀と箸 持って来やれと 壁をぶち」
 貧乏人の食卓にはめったに上らないようなご馳走が手に入った。こんな美味いもん、一人で食ったらバチが当たるぜ。そうだ、隣の源さんも呼んでやろう。ということで、そこは壁の薄い裏長屋の便利なところ。ドンドンと叩きながら呼ばわった。「おーい源さん、珍しいもん貰ったんだ。一緒に食おうぜ。余分な食器なんか無いから、茶碗と箸持って来な!」

「ほころびと 子をとりかへる 独り者」
 なんだい辰吉さん、襟元がほころびてるじゃないか。全く独り者はすぐこれだ。縫ってやるから、ちょっとこの子を抱いてておくれ、と隣のカミさん。ついでに「あんたも早くお嫁さんを見つけなよ」などと小言も貰っている様子まで目に浮かぶ。

 明日の保障など何も無い当時の庶民たちにとっては、こういった助け合いこそが頼みの綱であり、故に、そんじょそこらで当り前に見られた風景だったんだろうなと思います。それが証拠にこのテの句は枚挙に暇が無くて、他にも

「壱人(ひとり)鍛治 道を聞かれて 焼き直し」
 道を訊かれた鍛冶屋が丁寧に教えている内に、せっかく焼いた鉄が冷めてしまってやり直している情景とか、

「こう下げて 行けとおしへる 菓子袋」
 お菓子を買いに来た子どもに「中身が落っこちないように、ここを持って行くんだよ」と教えてやるお菓子屋さんとか、

「困った時はお互い様」という思想がごく自然に浸透していて、それこそが保険や年金の代わりであり、同時に、今日を明るく生きるコツでもあったんだろうな、と。勿論その暮らしは今とは比較にならないくらいに貧しく厳しいものだったんだろうけど、心映えみたいなものは、現代よりもずっと豊かだったんじゃないかと思ったりもします。

 明るく生きると言えば、少々のことで苛立ったり落ち込んだりしない心の持ち方も、江戸庶民は僕らより一枚上手。

「小便所 先をこされて 月をほめ」
江戸の長屋は普通はどこも外の共同便所。夜も更けてそろそろ布団に入ろうか。でもその前に、ちょっくら用を足しておこうと出てみたら、生憎、誰かが先に入ってる。僕らだったら舌打ちの一つもしたくなるところだけれど、江戸の人々のこのゆとり! イライラしたってトイレが早く空く訳じゃなし、月でも愛でていた方が絶対に得だよね。

 ゆとりつながりで、こちらの一句も。
「灰吹を 持ってみて居る 雪の朝」
 灰吹ってのは、乱暴に説明すれば今の灰皿。そこに溜まった灰を捨てようと外に出てみたけれど、昨夜からの雪で一面の銀世界。ここに真黒な灰を捨てちまっちゃあ、それは無粋というもんだ。さて、どうしたもんかと思案の図。こんな風に、銭金に勘定出来ない価値観を大切に出来る人ってのは、豊かな人だなぁと思います。見習いたいです。

 そして最後に紹介するのは、僕が座右の銘にもしている名句。
「いい加減 損徳も無し 五十年」
 人生50年生きてきて、振り返ってみれば損したことと得したこととプラスマイナスゼロだったなぁ、ぐらいの意味ですかね。ブルーハーツの『情熱の薔薇』を彷彿させられたりします。
♪ なるべく小さな幸せと~なるべく小さな不幸せ~なるべくいっぱい集めよう~そんな気持ち分か~るでしょ~。
少々の不運は「苦あれば楽あり」と受け流し、かといって大きな欲をかいたりはせず、足ることを知って暮らしていく。そういう人に私はなりたい。
by dokusho-biyori | 2016-01-27 14:47 | サワダのひとりごと