読書日和

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「読書日和」備忘録

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ペンギンのバタフライ その2

中山智幸さん『ペンギンのバタフライ』
いや、面白い! 非常に面白い!

第一話の舞台は、とある町のとある坂。そこを、チャリで後ろ向きに下ると過去に戻れる……らしい。事故で妻を亡くした男性が半ばヤケクソでチャレンジしてみると、なんとびっくり、マジで事故の30分前に戻ってる!? にも関わらず事故は防げず、妻も助からない。過去はそう簡単には変えられない。ところが悲しみに沈む主人公の元にやってきた一人の人物が開口一番「きみさ、過去、変えたよね」……!?

と、ストーリーを割るのはこのぐらいにして、この小説のもう一つの魅力。警句っつーかアフォリズムっつーか、思わずドッグイヤーしたくなるコンパクトな一言が満載。その幾つかをご紹介。

「飛べなくても、飛びこむことならできる」(ペンギンのキャラのキャッチコピー)

「人は、幸福にも不幸にも準備万端で臨むことはできないものです」

「傷を大きく見積もるのは、やめたらどうだ」

「いまよりずっと歳を重ねたとき、そこから見る今は、若い、だろう。あのころのわたしはもう若くないと思って控えめな格好だった、と振り返るのと、無茶やってたなと笑うのなら、後者の方がずっといい、そう思わないか?」

「彼女の進む先には街灯のほかに光はなくて、ぽつり、ぽつりとつづいていく灯りを見つめながら、わたしはなぜだかうまくいく気がした。大庭かおるが決断したところで、この先が苦難と苦闘の連続なのは間違いなく、それでも、闇に点在する灯りと同じように、この先にも良いことは巡ってくるはずだし、その点を結んでいけば道は続いてくんだろう」

「なんであれ、やっておかなければ手遅れになる。『いま』という奴は、決して我慢強くない」

etc、etc、etc……とまぁ、読めばきっと「今日も頑張って生きていこう」と静かに決心出来るような素敵な連作短編集。自信を持ってお薦めしたい。

ついでながら、『ペンギンのバタフライ』に触発されて思い出した文章を幾つか順不同で挙げておきます。どれも、二度も三度も読み直した大好きな作品ばかりです。

「昨日という日があったらしい。明日という日があるらしい。だが、わたしには今がある」
北村薫『スキップ』

「未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである」
高野和明『幽霊人命救助隊』

「弱気なこと言わないで。絶望なんてものが人の役に立ったことがあるの?」
高野和明『6時間後に君は死ぬ』

「……もう、いいだろう。うしろは!」
松樹剛史『ジョッキー』

「新しい映画や演劇、新しいテクノロジーの進歩、新しい音楽――それにしても、どんな歌であれ、今までにぜんぜん聞いたことのない歌を、なんと聞きたかったことか!」
ケン・グリムウッド/杉山高之[訳]『リプレイ』

そして最後は、高田敏子さんの詩集『暮らしの中の詩』から、
「春の渚」という詩をどうぞ。

失ってしまったあとで
ひとははじめてその大切さに気づく
私が若かったとき
よくひとからいわれた
「きれいな肌ね」
「つややかな髪ね」
私は大切にしただろうか
肌を髪を いいえ〝若さ〟をさえ
春の渚で
まぶしい〝若さ〟にであう
うらやんで ゆきすぎて
そしてふと思ってみる
いまの私の年齢もすぎればまた
なつかしいものであることを
春の渚で さくら貝をみつける





















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by dokusho-biyori | 2015-11-11 09:11 | サワダのひとりごと | Comments(0)