人気ブログランキング | 話題のタグを見る

15年10月 前編

前編



15年10月 前編_a0304335_18312728.jpg

15年10月 前編_a0304335_18315147.jpg

15年10月 前編_a0304335_9452358.jpg




『光』道尾秀介
光文社文庫 9784334769468 700円+税

 利一が小学生だった頃、仲間といれば毎日が冒険だった。真っ赤に染まった川の謎と、湖の人魚伝説。偽化石づくりの大作戦と、洞窟に潜む殺意との対決。心に芽生えた小さな恋は、誰にも言えなかった。懐かしいあの頃の記憶は、心からあふれ出し、大切な人に受け渡される――。子どもがもつ特別な時間と空間を描き出し、記憶と夢を揺さぶる、切なく眩い傑作長編小説。(光文社HPより)


『子供時代』リュドミラ・ウリツカヤ/著 ウラジーミル・リュバロフ/絵 沼野恭子/訳
新潮クレスト・ブックス 9784105901189 1,800円+税

 遠縁のおばあさんに引き取られた、けなげな孤児の姉妹の話……「キャベツの奇跡」、ほとんど目が見えない時計職人の曾祖父が、孫娘にしてやったこと……「つぶやきおじいさん」、いじめられっこのゲーニャのために母がひらいた誕生会で起きた思いがけない出来事……「折り紙の勝利」等六篇。静かな奇跡に満ちた、心揺さぶられる物語集。(新潮社HPより)

15年10月 前編_a0304335_18341154.jpg

 うちの店のスタッフなら、二回目にしてきたな! やっぱりな! と思うはず。そう!(笑)今回は私の大大大好きな道尾秀介さんの『光』が文庫化されたので、そちらともう一冊。

 私の中で勝手にですが(あくまで個人的にです)黒道尾作品と白道尾作品と分けている。黒道尾作品は内容が重くて衝撃的な描写があったりする『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)や『貘の檻』(新潮社)など。一方、白道尾作品は映画化もされた『カラスの親指』(講談社文庫)や『透明カメレオン』(KADOKAWA)そして今回の『光』などである。『光』は道尾作品の中で三本の指に入る位大好きだ。あっ、私の事はどうでもいいか(笑)。

『光』は小学生の子供たちのお話。主人公は利一(りいち)小学四年生。ダッシュという名前のカメを飼っている男の子。小学生らしい日常が綴られる一方、教頭先生から聞いた女恋湖の伝説に絡んで物語は少年たちの大冒険へと進んでいく……。

 本文の《私》は利一のこと。ではところどころに出てくるゴシック体で綴られた文章の《わたし》とは……?? これは最後まで読めばわかるのでぜひ読んでいただきたい。
 以前、道尾さんがあるところで『光』にはトリックをしかけてあるとおっしゃっていたのだが、文庫の解説の中で大林宣彦監督がそれを解き明かしている。正直、単行本で気付いてなかった私は絶句だった。色々ネタバレになるのでこれ以上『光』については触れないが、これだけは言っておく。大林宣彦監督の解説を読めば、冒頭の《そうだ、走れ。走れ。走れ。あの化け物を追いかけろ。水の上にいる者はオールを回せ。見失った瞬間に私たちは負けてしまうんだ。―― 市里修太『時(とき)の光』》が、どこからの引用なのかもわかるであろう。

 白道尾作品でも『光』の仕掛けのように最後に明かされる事実が多々あり、それを知ってから再読すると「あぁ、この文章はそういうことなのか!」と伏線に気付く。最新刊の透明カメレオンもそうだった。これだから道尾秀介ファンはやめられない!

 もう一冊は、リュドミラ・ウリツカヤの『子供時代』。いきなりまさかのロシア文学。ぶっちゃけ私は今まで海外文学で買った事があるのは、もう10年以上前にハリーポッター位で……。
 先日、当店の沢田にとある海外文学の本が面白い! と言われペラペラと見たのだが……。巻頭にある登場人物の名前を見て「ぐわぁぁぁあ! ロシア人の名前覚えられんわ! 読みはじめたら、このページと本文を行ったり来たりしそうだわ!!」と読む前に挫けた私がなぜ……ロシア文学……まあ皆さんご察しの通り(笑)道尾秀介さんがオススメしていたからである。

 帯に書かれているように、まさに「大人のための絵本》」であった。六篇からなる短篇集。特別何か大きな出来事がある訳ではないけれど、読んだ後に読んで良かったと思える話ばかり。ウラミジール・リュバロフの挿絵がこの書籍に合っているなと感じるのだが、物語に合わせて描きおろしたものではないと知り驚く。海外文学が苦手な方もこの作品なら読めるはず! この私が読めたのだから(笑)。
 以上、この前は道尾さんが大好きだとおっしゃっていた木下龍也さんの 『 つむじ風、ここにあります 』(詩集!!!)を買ってしまった正樂がお送りしました。本当、自分でもどれだけ道尾秀介さん好きなんだ……と思う(笑)。(正樂公恵)


『機械/春は馬車に乗って』横光利一
新潮文庫 9784101002026 550円+税

 ネームプレート工場の四人の男の心理が歯車のように絡み合いつつ、一つの詩的宇宙を形成する「機械」等、新感覚派の旗手の傑作集。(新潮社HPより)


『上海』横光利一
講談社文芸文庫 9784061961456 1,050円+税

 1925年、中国・上海で起きた反日民族運動を背景に、そこに住み、浮遊し彷徨する一人の日本人の苦悩を描く。死を想う日々、ダンスホールの踊子や湯女との接触。中国共産党の女性闘士芳秋蘭との劇的な邂逅と別れ。視覚・心理両面から作中人物を追う斬新な文体により不穏な戦争前夜の国際都市上海の深い息づかいを伝える。昭和初期新感覚派文学を代表する、先駆的都会小説。(講談社HPより)


「花園の思想」
『日輪・春は馬車に乗って』所収
横光利一
岩波文庫 9784003107515  660円+税

 新感覚派の驍将として登場した横光は、つぎつぎと新しい小説形式に挑戦したが、戦争によって不幸にも挫折した。だが現在の文学状況の中で、横光の試みは今もなお課題たりうる多くのものを含んでいる。表題二作のほか「火」「笑われた子」「蝿」「御身」「花園の思想」など初期短篇と「機械」を収める。


『家族会議』横光利一
講談社文芸文庫 9784061982376 1,400円+税

 東京の兜町で株式売買をする重住高之は、大阪の北浜の株のやり手仁礼文七の娘泰子に心惹かれている。だが、文七はあくまで高之に熾烈な仕手戦をしかけて止まない。金の絡みと高揚する恋愛の最中、悲劇は連続して起こる。資本が人を動かし個人が脅かされる現代に人間の危機を見、「純粋小説論」を提唱実践した横光利一が、その人間崩壊を東と西の両家の息づまる対立を軸に描いた家庭小説の傑作。(講談社HPより)

15年10月 前編_a0304335_18483424.jpg

 純文学という小説のジャンルがあるらしい。らしい、というのはどうもジャンルの枠組みが曖昧だし、その言葉自体あまり使いたくないからだ。「文学」というただでさえ堅苦しい響きの言葉の上に「純」などと大それた冠をいただき、えらそうにしているのが気に食わない。実態はかなりぼんやりとしているくせに……。

 とはいうものの、いわゆる「純文学」が指し示す小説群は嫌いではない。ただ、その言葉とそれを賢しら気に使う人が気に食わないだけだ。なぜなら、僕自身が「純文学」なる言葉に騙され、多くの素晴らしい小説との出会いを逃してきてしまったからだ。

 そんな純文学アレルギーな少年を救ってくれた作家が横光利一という、主に戦前に活躍した作家だ。川端康成らとともに「新感覚派」と呼ばれ、数々の実験的な小説を残している。現在では文学史にちょこっと出てくる程度かもしれないが、同時代の作家からは「文学の神様」と呼ばれていたほど圧倒的な評価を得ていた。
「新感覚派」「文学の神様」ってなんだか難しそう……と思われるかもしれない。実際、一筋縄ではいかないことは確かだ。ところが、べらぼうに面白いのだ、彼の小説は。ただ、難しいのに面白いとはなかなか納得されないと思うので、彼の代表作「機械」という短編紹介しつつ、その魅力をお伝えできればと思っている。

「機械」は非常に短い小説だ。文庫のページ数にして40頁ほどだろうか。あらすじはいたって単純で、ネームプレート工場に勤める三人の男たちが互いに互いを産業スパイではないかと疑ったり殴りあったり、和解したりした挙句にそのうちの一人が死んでしまうといったものになる。こんな話の何が面白いのか、と疑問に思うかもしれない。確かに「話」は面白くないかもしれない。だが、「文学アレルギー」だった僕はこれを読んだ瞬間、横光利一のファンになってしまったのだ。何がそこまで僕を魅了したのか。それは一言で表してしまえば「文体」ということになるのかもしれない。

 あらすじ紹介で小説の舞台がネームプレート工場であることは既にご承知のことと思う。ネームプレートを作るためには金属を腐食させなければならず、その時に出るガスが有毒であり、脳に作用して自分はいつか狂人になってしまうのではないかと主人公が供述する場面がある。実際、小説の最後の乱闘シーンでは明らかに常軌を逸した主人公の様子が描かれている。その描き方がものすごいのだ。
 狂人を描写するときに著者が取る方法はふたつあると思われる。ひとつは「僕は狂った」と事実のみを記すこと。分かりやすいが、文章自体は正常なので「ああ、狂ったのね」程度の印象しか残らない。もうひとつは、書き方自体を狂気じみさせること。簡単かつ安直な例は「僕は狂っていない」と句読点無しで100回ほど繰り返せば「これは……」と読者を絶句させることができる。

「機械」の乱闘シーンではこれとは違った、もっと巧みな方法で描写されている。その実際は是非読んで確認してもらいたい。ただ、狂った描写だからとはいえ怖くもなく、陰惨でもないのは明示しておく必要があるだろう。それどころか思わず笑ってしまうほどユーモラスな書かれ方をされているのだ。さすが神様、絶妙なバランス感覚である。

 さて、だらだらと駄文を連ねてきたが、要するに横光利一は僕に「物語内容」だけでなく「書かれ方」の面白さを教えてくれた作家なのである。そして、世には「書き方」が非常に上手くて面白い小説を書く作家がいることも気づかせてくれたのだ。ふたつの読み方が出来るようになったということは、単純に考えて小説を二倍楽しめるようになったということだ。ちょっと難解かも、と思われる小説も読み方の視点を変えるだけで楽しめるようになる。その一歩目として「機械」が最適かどうかは分からないが、短さ、手に入りやすさ、個人的な思い入れもあってこれを取り上げることとした。

 最後に横光利一の小説三つ紹介する。

『上海』マイベスト。大戦下に、各国の分割領地化していた中国が舞台。当時の混沌とした上海の雰囲気が臭ってくるような描写は圧巻。著者の集大成的な作品と言えるかもしれない。初長編なのだけれども。

「花園の思想」そもそも横光利一に興味を持つきっかけはこの短編の一部が国語の問題として出題されたこと。幻想的な描写にイチコロ。病気の奥さんを看取る、哀しくも美しいお話。

『家族会議』物語内容で一番面白いのはこれかもしれない。株式売買と恋愛、めまぐるしく展開する物語。肩の力を抜いて読めます。(文藝春秋 販売促進チーム 安江拓人)



『ミッドナイト・ラン!』樋口明雄
講談社文庫 9784062773713 743円+税

 ネット心中を計画した5人の男女が、山中で実行間際に、ヤクザに追われている少女を助ける。自殺延期を決めた5人だったが、山を下りると、自分たちが指名手配されたことを知る。ネット心中者に仕掛けられた「罠」。誰が味方で、誰が敵なのか――。ページをめくる手がとまらない、痛快無比なジェットコースター・ノベル!!(講談社HPより)


『グレイヴディッガー』高野和明
講談社文庫 9784062751209 700円+税

 改心した悪党・八神は、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとしていた。だが移植を目前にして連続猟奇殺人事件が発生、巻き込まれた八神は白血病患者を救うべく、命がけの逃走を開始した。首都全域で繰り広げられる決死の追跡劇。謎の殺戮者、墓掘人(グレイヴディッガー)の正体は? 圧倒的なスピードで展開する傑作スリラー巨編!(講談社HPより)


『天国の扉』沢木冬吾
角川文庫 9784043832033 920円+税

 抜刀術・名雲草信流を悲劇が襲った。妹の死。父の失踪。恋人との別離。死刑執行を強要する脅迫殺人の裏に隠された真相は? 愛する者との絆の在り処を問う、感動のハードボイルド・ミステリー!(KADOKAWA・HPより)

15年10月 前編_a0304335_18541061.jpg

 世の中には「自殺サイト」なるものがあるらしい。本書のとある登場人物によると「死にたい、楽になりたい。そんな言葉が蔓延しているダークサイドな言葉の坩堝」だそうだ。

 悲観が悲観を呼ぶ、そんなサイトで知り合った五人の男女が、ワゴン車に七輪と練炭を積みこんで向かった先は、丹沢山系の奥の奥。窓に目張りをして練炭に着火して、いよいよ揃ってあの世行きというその刹那、まだ十代だと思われる女の子がどこからともなく現れて、追ってくる男たちに捕まると殺されるから逃げろと言う。事実、明らかに堅気とは思えない連中が罵声を挙げながら走ってくる。訳が分からないままに車を飛ばして山道を駆け降り、どうにか街まで辿り着いて謎の娘を降ろした時には、死のうとしていた勢いは失せていて、かと言って明日からどうやって生きていく考えもなく途方に暮れていたところ、何の予告も前触れも無く今度は警官隊に包囲される。えっ!? なんで? 俺たち何も悪いことはしてないよ! とは言え、追われたら逃げたくなるのが人情で、ついさっきまで死ぬつもりだったことも忘れた五人は、取るものも取り敢えず包囲網を突破して走り出す。

 といったところまでが第一幕。その後は、ハリウッド映画顔負けのカーチェイスあり、巨大な組織の陰謀を暴く謎解きあり、更には地元ミニFM局が特ダネに飛びついてきたことで、事態は予想外の方向へ――という娯楽大作! 彼らを陥れた黒幕の正体が見えてくる終盤は、小説だと分かっていても、ワナワナと震えるほどの怒りを覚え、故に、五人を応援する拳にも否応無く力が入るというもんです。

 ふと気がついたんだけど、こうやって謎の組織と警察と両方に追われる設定が僕は結構好きなようで、ついでだからあと二つばっかり紹介したい。

 高野和明さんの『グレイヴディッガー』は、ゆすり・たかりで糊口をしのぐ小悪党の八神が主役。或る日を境に心を入れ替えて骨髄ドナーに登録したら、いきなりドンピシャの患者が見つかって移植手術の日取りも決まった。これで俺も真人間、と思ったのも束の間、何故か自宅に友人の死体が転がっていて、えっ!? なんでなんで? どうなってるの? と動転していると、ドカドカと黒ずくめの一団がなだれ込んできていきなり発砲! 話せば分かる! ちょっと待てっ! と言う間も無く命からがら逃げたはいいけど、自宅から死体が見つかった訳だから重要参考人として警察にまで追われる破目に。素直に出頭して事情を話せば無実は証明されるんだろうけど、それじゃあ手術に間に合わない。こりゃあ移植が終わるまで、死んでも捕まる訳にはいかないぜ! ってな訳で、赤羽の自宅からの川崎にある病院まで、都内縦断の大逃走劇が始まった! という物語。実はユーモアのセンスが抜群の高野さん。その筆運びは、ハラハラとクスクスが絶妙に同居する上に、『幽霊人命救助隊』(文春文庫)や『ジェノサイド』(角川文庫)にも通じる人生賛歌もてんこ盛り。これぞまさしくエンターテインメント!

 そしてもう一つはグッとシリアスに、沢木冬吾さんの『天国の扉』。突然、謎のグループに拉致された修作が隙をついて脱出すると、自分が指名手配されていた!? というプロローグに続いて繰り広げられるのは、修作の無実を信じる友人たちとの絆の物語。「逃走幇助」の罪に問われることを憂慮して、「もう俺に構うな」と言う修作に、それでも何人もの手が差し伸べられる展開には、心の奥が何度もじ~んと震えます。降り注ぐ陽光を背に遠ざかるシルエットが目に浮かぶようなラストは、一度読んだら忘れられない名シーン。

 そんな訳で、何も悪いことしてないのに濡れ衣着せられて警察からも犯罪組織からも追われる三部作。絶対にあなたに退屈はさせませんよ!(沢田史郎)



後編に続く⇒
by dokusho-biyori | 2015-09-30 19:19 | バックナンバー